骰子の眼

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東京都 渋谷区

2018-08-31 16:00


カンヌコンペ出品、濱口竜介監督が『寝ても覚めても』を最高の恋愛映画と語る理由

「『自分自身の感情を尊重すること』なくしては、他者との関係も続けることはできない」
カンヌコンペ出品、濱口竜介監督が『寝ても覚めても』を最高の恋愛映画と語る理由
映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

5時間17分の大作『ハッピーアワー』でロカルノ国際映画祭などで主要賞を受賞した濱口竜介監督が、芥川賞作家・柴崎友香の小説を映画化した商業映画デビュー作『寝ても覚めても』が9月1日(土)より公開。webDICEでは濱口監督のインタビューを掲載する。

主人公は大阪出身の21歳の女性、朝子。写真展で運命的に出会った青年・麦(ばく)と付き合うようになるが、掴みどころのない性格の麦はある日、こつ然と彼女の前から姿を消してしまう。彼の思い出を引きずりながら上京した朝子は、仕事先で麦とそっくりな風貌を持つサラリーマン、亮平と出会い、再び恋に落ちる。朝子役を演じる唐田えりかと、麦と亮平の二役を演じる東出昌大、ふたりの演技のアンサンブルはもちろん、ふたりに関わる人たちのキャラクター造形など、俳優とのワークショップを通じて俳優の自然な姿を引き出す濱口監督の演出が、荒唐無稽でさえある麦の行動原理と麦の愛する人への思いにリアリティを与える。「一目惚れ」から始まる恋愛の駆け引きを楽しむコミカルさの奥に、説明できない衝動に抗うことなく生きる主人公の姿を通し、震災以降の世界で生きること、という濱口監督のライフワークとも言えるテーマが描かれている。


「私にとって主人公の朝子は一貫して、とても聡明な人です。それは彼女が常に『今』何が自分にとって重要であるかを、考えるまでもなく判断し、行動できるからです。たとえそれが社会の批判を受けるような行動であっても、彼女は迷いなく自分自身の感情を尊重することができる。暴力的に見えるとしても、私はそれこそが誰かと真に長く続く関係を築く上での基盤だと思います。『自分自身の感情を尊重すること』なくしては、どのような他者との関係も続けることはできない。朝子はそのことを理屈抜きに理解しています」(濱口竜介監督)


恋に落ちることの魔法を描ききった原作

──まず柴崎友香さんの原作を映画化しようと思った理由を教えてください。

『寝ても覚めても』ほど、恋に落ちることの魔法か呪いのような不思議な力を、真に迫って描き切った恋愛小説を私は知りません。読後、私自身がプロデューサーにこの小説を原作とした映画化を提案しました。幸運にもそれが実現できるとなったとき、私は原作者・柴崎友香さんのスタイルをできるだけ敷き写したいと考えました。それは細密な日常描写と、突然訪れる荒唐無稽な展開を可能な限り同居させる、ということです。麦/亮平というキャラクターが非日常/日常というそれぞれの要素を象徴して思えますが、東出昌大さんという外見(美しさ・ミステリアスさ……)と内面(優しさ・誠実さ……)の二面性を併せ持った人が演じることで、まずそのことが体現されたと思います。

映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
映画『寝ても覚めても』濱口竜介監督 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

──震災以降の日常を描くことについては?

十年近い時間を描くこの映画を現在から描くとき、当然「震災」という出来事も入り込んでくることになりました。日常と非日常の混淆を描くこの映画にとっては、それは必須のことであったとも思います。現在、私たちが生きているのは、あくまで震災以降の「日常」だからです。震災は「今日は、まったく昨日と違う日である」という事実を示しました。それを真摯に受け取ればもはや私たちは「日常」という感覚を持つこと自体不可能になるはずでした。にもかかわらず、日本の社会全体が「昨日と今日はだいたい同じ日で、明日もきっと同じような日が来る」と、つまり「日常」は続いているという虚構を相も変わらず強弁しています。おそらく誰も「日常」のない世界に耐えられないからでしょう。そもそも「日常」と「非日常」をはっきり隔てることができず、明日どころか次の瞬間すらどうなるかわからないような生を、果たして人は生き得るものでしょうか。しかし『寝ても覚めても』の恋人たちが生きるのは、まさにその問いなのです。

映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

過酷な生へと、決然と踏み出していく恋人たち

──ヒロイン朝子は監督にとってどのような存在ですか?

この物語の終末部における、朝子の行動は少なからず観客にショックを与えるものと思います。観客の多くは、亮平やマヤの怒りに同調するかもしれません。私も原作を読んでいて読者としてショックを受けました。ただ、それはどちらかと言えば「お前は彼女のように生きることができるのか」と問いかけられたからです。

映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
映画『寝ても覚めても』朝子役の唐田えりか(左)、朝子の恋人である麦と亮平の二役を演じる東出昌大(右) ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

私にとって朝子は一貫して、とても聡明な人です。それは彼女が常に「今」何が自分にとって重要であるかを、考えるまでもなく判断し、行動できるからです。たとえそれが社会の批判を受けるような行動であっても、彼女は迷いなく自分自身の感情を尊重することができる。暴力的に見えるとしても、私はそれこそが誰かと真に長く続く関係を築く上での基盤だと思います。「自分自身の感情を尊重すること」なくしては、どのような他者との関係も続けることはできない。朝子はそのことを理屈抜きに理解しています。そして朝子役を演じた唐田えりかさんも同様に、説明を必要としない聡明さを持っていました。そのことは、映画にとって非常に幸運なことと思っています。

映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

──最後に、この映画は「恋愛映画」と捉えていいのでしょうか?

はい。他者同士が「自身の感情を尊重する」なら、一緒にいることは単に喜びをもたらすだけでなく、互いを破壊するような暴力性も同時に持つ。その恋愛の困難さを真正面から扱っていることが原作『寝ても覚めても』が最高の恋愛小説たる所以であり、私が映画化を熱望した理由です。『寝ても覚めても』の中の恋人たちは、恋すること・愛することを通じて、日常/非日常の境が崩壊したあとの「次の瞬間何が起こるかわからない」過酷な生へと、決然と踏み出していきます。それはフィクションだから可能な荒唐無稽なのでしょうか。ただ、映画の中の東出さんと唐田さんをずっと見ていると、私はそれが単にフィクションではないような気持ちになります。ラストの二人の表情を見ると、映画『寝ても覚めても』もまた最高の恋愛映画になった、と私は思うのです。素晴らしい原作とキャストの出会いに、心より感謝します。

(プレスシートより)



濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ) プロフィール

1978年12月16日、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同制作『THE DEPTHS』が東京フィルメックスに出品、東日本大震災の被害者へのインタヴューから成る『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』を監督。15年、映像ワークショップに参加した演技経験のない女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』を発表し、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。一躍その名を世に知らしめた。自らが熱望した小説「寝ても覚めても」の映画化である本作で、満を持して商業デビュー。第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選ばれるという快挙を果たし、世界中から熱い注目を集めている。




映画『寝ても覚めても』 ©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

映画『寝ても覚めても』
9月1日(土)より、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開

出演:東出昌大 唐田えりか 瀬戸康史 山下リオ 伊藤沙莉 渡辺大知(黒猫チェルシー)/仲本工事/田中美佐子
監督:濱口竜介
脚本:田中幸子、濱口竜介
原作:「寝ても覚めても」柴崎友香(河出書房新社刊)
音楽:tofubeats
主題歌:tofubeats「RIVER」(unBORDE/ワーナーミュージック・ジャパン)
英題: ASAKOⅠ&Ⅱ
2018/119分/カラー/日本=フランス/5.1ch/ヨーロピアンビスタ
製作:『寝ても覚めても』製作委員会/ COMME DES CINEMAS
製作幹事:メ~テレ、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント
配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス

公式サイト


▼映画『寝ても覚めても』予告編

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