骰子の眼

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2018-08-24 21:30


雷雨のなかの野外上映も!スイス・ロカルノ映画祭現地レポート

国・言語・宗教・世代入り混じった多種多様な視点に出会える映画祭
雷雨のなかの野外上映も!スイス・ロカルノ映画祭現地レポート
ロカルノ映画祭の屋外上映会場、ピアッツア・グランデ

2018年8月1日から11日まで「ロカルノ映画祭」が開催。毎年スイス南部、イタリア語圏のティチーノ州ロカルノで行われ今年で71回目を迎えるこの映画祭について、webDICEでは、移動式の映画館プロジェクト「moonbow cinema」を主催する維倉みづきさんによるレポートを掲載する。
※本年度の受賞結果はこちら

■アルプスに囲まれた湖畔の街、ロカルノ

今回は、ロカルノ映画祭に一般観客として参加した様子をお伝え致します。ドラマティックな野外上映や、新たな才能との出会い、そして映画の未知の姿の発見など、非常に濃密な時間を過ごすことができました。来年のロカルノ映画祭は2019年8月7日~17日開催。当文章が皆さまの夏旅計画の参考となれば幸いです。

ロカルノはスイス南部、イタリア語圏の人口約16,000人の街。スイスとイタリアに跨るマッジョーレ湖の北部湖畔に位置します。交通の便は良く、電車ではチューリヒ(スイス)とミラノ(イタリア)を結ぶ特急から、ローカル線に乗換え1回、何れの都市からも約2時間半で到着。鉄道駅から街の中心であり映画祭のメイン会場でもあるピアッツァ・グランデ広場までは徒歩5分程で、その他街の大部分を徒歩で巡ることができます。

写真1 映画祭仕様特急
ロカルノ映画祭仕様のチューリヒ←→ミラノ特急

ロカルノのすぐ背後にはアルプスの山々が連なっており、街の中心部からフニクラ、ゴンドラ、リフトを乗り継ぐと1時間未満で標高1,670mのチメッタ山頂に到着。マッジョーレ湖やスイス最高峰モンテ・ローザなどを含む360度の景色を楽しむことができます。夏の間、山頂では牛が放牧されており、一頭一頭が奏でるカウベルの音が広く風に乗って響き渡っていました。

写真2 チメッタ山頂からマッジョーレ湖
チメッタ山頂から見たマッジョーレ湖

映画祭が開催される8月は、日差しは強いものの湿度は低く、日中は屋外でも日陰であれば心地良く過ごすことが可能。朝晩も特に冷え込むことはなく、夜風心地よく冷房なしで眠ることができます。

■ロカルノ映画祭について

正式名称は「Locarno Festival」。1946年8月23日夜、グランド・ホテル(現在は閉館)の芝生にスクリーンを設置した野外上映から始まりました。第二次世界大戦後まもなく始まった、世界で最も歴史ある映画祭です。スイスという永世中立国の立場を生かしてか、冷戦中もロシアを含む東欧諸国の作品を上映し、アンドレイ・タルコフスキー(旧ソ連)を始めとする映画人を審査員として招待していました。また、早くから若手作家の登竜門として名高く、今日アカデミー賞やカンヌ映画祭を賑わせている監督たちも30歳前後でロカルノで作品が上映されていたこともしばしば。欧米以外の作品発掘にも力を入れ、女性監督も自然な形で多数参加。国・言語・宗教・世代入り混じった多種多様な視点に出会うことができます。

映画祭の公用語は英語と言ってよく、アジアや中南米、東欧の作品には英語字幕しか付かない場合も多々ありました。作品によってはスイスの公用語であるフランス語・ドイツ語あるいはイタリア語字幕が足され、複数言語の字幕が併記されるという日本ではお目にかからない場面に出会うことができます。上映の前後、質疑応答に登壇する監督・プロデューサー・俳優も殆どが英語(私が見た中ではロシアの方が1人だけ、通訳を連れていました)。フランス語・ドイツ語・イタリア語の場合はその場で映画祭関係者によって英語に訳されました。

写真3 FEVI複数言語字幕スクリーン
複数字幕専用のスクリーンを追加したPalexpo FEVI

上映会場は計10ヶ所で全て徒歩圏内。主な上映会場は最低でも約400席(ご参考:TOHOシネマズ 六本木ヒルズの最大スクリーンが約520席)あり、ほぼ自由席。上映開始直前でも座れるのが非常にストレスフリーでした。上映作品は11部門に分かれ、計約300本の新/旧、長/短、フィクション/ドキュメンタリー様々な作品が上映されます。

私はこれまでサンダンス映画祭(米国)へ2014年から当時米国に住んでいたこともあり2017年まで4年連続で足を運んでいたのですが、今年2018年は急遽参加を断念する事態となり悶々としながら映画祭情報を探していたところ、行き当たったのがロカルノ映画祭でした。インディペンデント作品が広く上映されること、未体験のヨーロッパでの映画祭に興味があったこと、そして極寒雪山のサンダンスに対して夏のリゾート地で屋外上映有り、という点に惹かれ、参加を決定しました。

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ピアッツア・グランデ

ロカルノ到着前に映画祭ウェブサイトで一般観客向けパスを購入すると共に、上映スケジュールや作品あらすじを確認。しかし知っている監督・俳優は限られており、短いあらすじを読んで何となく見たい作品の目星をつけ、あとは現地の様子や当日の天気、鑑賞後の気分によって都度都度決めようと、やや「ゆるい」気分で現地に到着しました。蓋を開けてみると3日半の滞在で長編10作品・短編10作品を計16言語を耳にしながら鑑賞し、合間には他の観客および監督達との会話も楽しみ、滞在延長できたらと心の底から願う充実した時間でした。以下、ロカルノ映画祭での体験をご紹介して行きます。

■ピアッツァ・グランデ:雷雨で始まったスパイク・リー『BlackKklansman』

ロカルノ映画祭独特のイベントとして名高いのが街の広場ピアッツァ・グランデを丸ごと使った屋外上映。1971年にロカルノ出身の建築家、リヴィオ・ヴァッキーニの提唱で始まったそうです。広場の一方の入り口を塞ぐ形で幅26m、高さ14mのスクリーンが設置され、80m先の特設室よりフィルム/デジタル問わず投影されます。広場には約8,000席が並び、字幕さえ気にしなければプロジェクターより後方の席からでも十分に映画を楽しむことができます。

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ピアッツア・グランデ

ピアッツァ・グランデ上映作品は1部門として区別され、ハリウッドのベテラン監督新作から若手監督の初長編作品、名誉賞受賞者の過去作品まで毎晩異なるテーマの作品が上映されます。ピアッツア・グランデ部門作品を対象に観客の投票が実施され、最も評価された作品に観客賞(Prix du Public)が贈られます。

写真5 投票用紙
投票用紙

私の初ピアッツァ・グランデ体験はスパイク・リー新作『BlackKklansman』。世界人権宣言採択70周年を記念した1夜限りの催しでした。ピアッツァ・グランデは毎晩20時開場、21時半開演。20時少し過ぎに様子を見ようと入場したところ、完全自由席のためか続々と席が埋まっており、慌てて席を確保しました。日没は21時少し前であるため、空が徐々に色を変えて行く下、広場周辺に並ぶお店でテイクアウトした飲み物や食べ物を頬張りながら、あるいは翌日に観る作品を選びながら夜の訪れを待ちます。

写真6 ピアッツァグランデ夕暮れ
ピアッツア・グランデ 夕暮れ

日没時刻を過ぎた頃から、西のプロジェクター裏には紅く染まった雲が浮かびながらも、東のスクリーン裏には徐々に稲妻が光るように。ふと、映画祭記念グッズ店でレインコートが3種類も販売されていたことを思い出しました。開演直前に大粒の雨が落ち始め、周囲に座っていた人たちは慣れた様子でレインコートを装着、席を立つ人は見当たりませんでした。

写真7 レインコート
レインコートを着て鑑賞する観客

『BlackKklansman』上映に先立ってケイト・ギルモア国連人権副高等弁務官が登壇し「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」から始まる世界人権宣言が70年前、第二次世界大戦直後に採択された背景と、今日更に意識されるべき理由について8,000人の観客に力強く語りかけました。ギルモア副高等弁務官のスピーチ中、雷雨はますます激しくなり、それを見た彼女は更に盛り上げるべく登壇の締めくくりとして観客に「拳を上げて、自由のために立ち上がりましょう」と笑顔で呼びかけ、多くの観客が席から立ち上がって応える、という展開に。そして間髪開けずに『BlanckKklansman』の上映に突入。スクリーン、プロジェクターそして音響は雷雨にもビクともしません。この時点で私は一生忘れられない体験をしている実感がありました。

▼ギルモア副高等弁務官スピーチの様子 via RSI Radiotelevisione svizzera

『BlackKklansman』は人種差別を80年代から一貫して扱ってきたスパイク・リー監督が、1970年代初頭の米国コロラド州を舞台に白人至上主義団体クー・クラックス・クランへの潜入捜査を行う黒人警察官とユダヤ人警察官を描いた作品。黒人差別、ユダヤ人差別、警官による黒人の不当な扱い等、今日も存在する人種差別への鋭い示唆に富みながらも、チャーミングな出演俳優達によるユーモアと、潜入捜査の緊張感が溢れるエンターテイメントとして鑑賞できる作品。上映開始後まもなく雷雨も止み、心地よい夜風が雨を乾かしてゆきました。

▼『BlacKkKlansman』予告編

しかし、作品の最後、上映当日から1年も遡らないうちに起こった実際の事件の映像が流れると、会場の空気が凍結。映画で描かれた内容は過去のものではなく、更に過激な事態が現実で起こっていることを突きつけられました。私の脳裏には今年5月にカンヌ映画祭で本作品が上映された際にスパイク・リー監督が見せた怒りの表情が。上映が終わったのは日付が変わってからでした。

『BlackKklansman』
『BlackKklansman』

私はあまりにも強烈なロカルノ映画祭の幕開けに圧倒され、なかなか寝付けず。翌朝も早々に目覚め、マッジョーレ湖沿いを歩いてみると非常に穏やかで、前夜の夢のような体験が本当に夢だったのではないかと感じられました。

写真8 朝のマッジョーレ湖
朝のマッジョーレ湖

今年のピアッツア・グランデ部門ではこの『BlackKlansman』が観客賞を受賞。作品自体はもちろんのこと、雷雨の中でのギルモア副高等弁務官の熱いスピーチでの幕開けという体験そのものが受賞したのかと思います。ヨーロッパで本作品を鑑賞できた経験は貴重で、なぜならばユダヤ人差別というヨーロッパが自分事の歴史として認識している要素が含まれていることで、本作がアメリカに留まらずヨーロッパでも深く心に刺さる人々が生まれていることを目撃するきっかけになったからです。作中には、KKKメンバーに相応しい発言としてホロコーストに対する過激な台詞も含まれています。ロカルノ映画祭会場で配布されていたチューリヒ映画祭ドイツ語フリーペーパー「frame」表紙はスパイク・リーが飾り、ロカルノ映画祭後に立ち寄ったドイツの映画館では『BlackKklansman』の豪華フライヤーを発見。特に後者は個別映画のフライヤー自体が殆ど置かれていない中だったため、本作への関心の高さを垣間見た気がしました。

写真9 frame+BlackKklansman
frame誌、BlackKklansmanフライヤー

ロカルノ滞在中、ピアッツア・グランデでは他にフランス映画『Le Vent Tourne』、イーサン・ホーク監督最新作『Blaze』を鑑賞。

▼『Le Vent Tourne』予告編

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▼『Blaze』予告編

何れも動きと色彩を抑えた繊細な映像の作品で、後者に関しては加えてギターの音色も心地よく、作品そのもののインパクトというよりは、夜空の下での映画体験に呑まれた印象が拭えませんでした。また、何れの作品も上映途中一時的に雷雨となり、観客が広場周囲のアーケードに駆け込み、雨が上がると再び座席に戻ってくるなど、映画に集中仕切れない環境だったのも事実。『BlackKklansman』の時には雷雨でも誰も席を立たなかったことは特別であったことに気付きました。

尚、『Blaze』上映前にはイーサン・ホークが登壇し国際的に活躍する俳優に送られるエクセレンス賞を受賞。世界的なスターの登場に会場中が沸き立っていました。

イーサン・ホーク
イーサン・ホーク
Blaze
『Blaze』

■コンペ部門:金豹賞は初のシンガポール映画

ロカルノ映画祭最高賞である金豹賞(Padro d’oro)が選出されるのがインターナショナル長編コンペティション部門(Concorso Internazionale)。ドキュメンタリー作品も含む長編全般を対象にしているのが特徴です。日本からは2015年に濱口竜介監督『ハッピーアワー』がコンペ部門に選出され、主演した4名の女優全員に最優秀女優賞が贈られました。

尚、金豹賞にちなみ、映画祭期間中はロカルノの街中が豹柄尽くしとなります。映画祭関連グッズはもちろんのこと、各お店のショーウィンドーを始め街中に工夫をこらした豹柄が登場していました。

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ロカルノの街並み
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ロカルノの街並み
写真7-2 レインコート<
ロカルノ映画祭公式グッズ店頭に飾られたレインコート

今年のコンペ部門は計15作品。初上映は2,800席のPalexpo FEVIで行われ、冒頭にロカルノ映画祭アーティスティック・ディレクターを務めるカーロ・チャトリアンが監督や俳優と共に登壇し作品を紹介。チャトリアンの、登壇監督の使用言語によって英語・イタリア語・フランス語・スペイン語を自在に使い分けながら、そして自らその場で通訳もこなしながら作品紹介する様子は非常に熱心で、観る側の背筋が伸びるものでした。彼は毎朝9:45~オンライン生放送「Good Morning, Locarno」でその日の見どころを発信し、毎晩ピアッツァ・グランデに登壇。映画祭を通じて誰もが自然とその姿を目にします。尚、彼は2013年回から6年間ロカルノ映画祭アーティスティック・ディレクターを務めてきたのですが、今回を最後にロカルノを離れ、ベルリン映画祭(ドイツ)のアーティスティック・ディレクターを2020年2月開催回から務めることが決まっています。

カーロ・チャトリアン
カーロ・チャトリアン

今年のコンペ部門は「『家族』、あるいは家族的な共同体という概念に挑む作品を中心に選出した」とチャトリアン。審査員長ジャ・ジャンクー監督(中国)を始め、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ショーン・ベイカー監督(米国)を含む計5名が審査員を務めました。私が鑑賞したコンペ部門作品は合計3作品、結果は偶然にも全て受賞作となりました。

金豹賞を射止めたのはシンガポール映画『A Land Imagined』。監督は本作が長編フィクション2作目のイェオ・シュウ・ファー監督。2015年には東京フィルメックスの1プログラムとしてベルリン国際映画祭「ベルリナーレ・タレント」と提携し開催されているアジア圏監督・プロデューサー育成プログラム「タレンツ・トーキョー」に参加した経歴があります。

▼『A Land Imagined』予告編

映画のあらすじは、シンガポールの埋立工事現場で働く中国人出稼ぎ労働者が不眠をきっかけにインターネット・カフェの常連になり、オンラインゲームにのめり込み、そして行方不明に。誰も彼のことを探そうとしない中、警察官が行方を追います。アジア諸国からシンガポールへ出稼ぎに来た、自分の意思で帰国することも許されずに家族から離れて働く人々の物語。シンガポールが舞台ですが高層ビルは一切登場せず、現実と空想が入り混じって斬新な映像が展開されます。シンガポール建設に関する豆知識も盛り込まれ、それがロマンティックに使われている点も作品を豊かにしていました。

A Land Imagined
『A Land Imagined』

私はショッキング・ピンクの告知画像に惹かれて初上映回に出席。イェオ監督は上映前の挨拶で、ロカルノへ出発する際お母様から「スイスでシンガポール映画なんて、10人も見に来ないんじゃないの?」と言われたと初々しく挨拶をし、Palexpo FEVIをほぼ満席にした2,500人以上の観客から温かい笑いが起こりました。

写真13 A Land Imagined 上映告知
『A Land Imagined』上映告知看板

次点にあたる審査員特別賞を受賞したヨランデ・ゾバーマン監督『M』はイスラエルのユダヤ教超正統派の本拠地、ブニ・ブラック地区で夜間だけに撮影されたドキュメンタリー。

▼『M』抜粋映像

現在では一部地域でしか使われていないイディッシュ語での会話が収められています。ブニ・ブラック地区は警察もなく全てラビが取り仕切り、道を歩く男性たちは一様に黒い山高帽子にカールしたロングヘア、黒づくめのユダヤ教伝統衣装を着用する閉鎖的な街。この地域に生まれ、物心ついた時から歌い手として活躍し、その裏でラビによって性的虐待を受け続け、20歳でやっと車で30分足らずのテル・アビブに逃げ出したマナヘム・ランが、ブニ・ブラック地区に15年経って初めて足を踏み入れる姿を追った作品です。

M
『M』

カメラは、ランが虐待を受けたことのみならず、その事実によって父親から否定されたことなど、二次的に発生した物事も含めて今も胸に渦巻く感情を捉え、その父親と会話する様子やブニ・ブラック地区で次々と出会う同じ目にあった仲間たちとの会話も描かれます。マナヘムが、レイプ中に頭の中で歌っていたという曲を歌い上げるシーンや、「あのビルでレイプされていたんだ」と街中で指差すシーンなど張り詰めた空気が続きます。一方で、幼児期にラビや親族から性的虐待を受けた人々が今の性生活・性的嗜好について友人同士としてティーンエイジャーのように屈託なく会話する様子や、女性に関する知識が乏しいブニ・ブラック地区に住む男性たちの性に関する会話をコミカルに切り取るなど、喜怒哀楽のバランスを取っています。

ゾバーマン監督はフランス生まれ、オレンジ色のロングヘアが印象的。1980年代からカンヌ映画祭を始め世界中で作品が上映・受賞しているベテランです。写真では強面ですが、フランス語でランについて語る姿は慈愛に溢れていました。初上映回後に行われた質疑応答では「ブニ・ブラック地区のように閉鎖された世界は、事柄によって外界へ全て公開するか、非公開にするかのどちらか。ランの姿は、非公開の世界にいる人々が往々にして気付いていない発信する能力の一例。この作品を見て皆が持つ発信力に気付いて欲しい」と述べました。本作はイスラエルでテレビ放映することは禁止されたが、映画館公開の道は残されているのことです。

M
『M』質疑応答の様子、中央がゾバーマン監督

特別賞を受賞した『Ray & Liz』は写真家として有名なリチャード・ビリンガムの初長編作品。写真集でも取り上げているアルコール中毒の父、肥満でチェーンスモーカーで動物好きの母、そして弟の様子が、現実の壮絶さを嫌という程想起させる生々しい映像で綴られます。動物や虫、糞尿など視覚的な不快感を避けられないシーンが続き、初上映回ではPalexpo FEVIから退出する人が続出していました。この作品は9月トロント映画祭(カナダ)でも上映が決定しているそうです。

▼『Ray & Liz』予告編

■コンペ外:私的ベスト長編作品『Just Like My Son』

一定のキャリアを積んだ監督の新作を披露するセクション「Fuori Concorso」に選出され世界初披露されたイタリア映画『Just Like My Son(Sembra mio figlio)』は、私が今回ロカルノで鑑賞した長編の中で最も深く心に染み込んできた作品です。

▼『Just Like My Son』抜粋映像

物語の主人公は9歳で母親に諭されアフガニスタンを後にし、イタリアへ難民として辿り着き、兄と共に生活基盤を築き上げてきた29歳のハザラ人男性。家を出て以来音信不通となっていた母親と人伝てに電話ができるようになるも、母親側が男性を認識しないことから、物語が始まります。私はこの映画を見て初めて、ハザラ人のこと、そして彼らはアフガニスタンで少数民族として弾圧を受けてきた歴史があり、タリバンやISIS台頭後は市民を巻き込んだ大規模な虐殺が発生し続けていることを知りました。

Just Like My Son
『Just Like My Son』

本作は実話に基づいており、本作のコスタンツァ・クアトリリョ監督(イタリア)が2006年に発表したドキュメンタリー映画『Il mondo addosso』の被写体となったモハメド・ジャン・アザドの体験によるもの。本作にアザドは共同脚本家として参加しています。また、主人公を演じたバジール・アマードもイタリアに暮らすハザラ難民。詩人/ジャーナリストとしても活躍するアマードを含め、誰にも話すことがないだろうと各々が考えてきた体験を共有しながら映画が作り上げられていったそうです。

私がこの作品に心を捉えられた理由は、映像としての衝撃は必要最小限に抑えながらも、イタリアでの日常生活の言葉の数々から、兄弟が潜り抜けてきた想像を絶する道のりが事実として淡々と伝えられる点。だからこそ過去の禍根が兄弟の中に今でも深く重く存在することが伝わってくると共に、イタリアでの日常が非常に儚いものに見えてきます。また、近しい人からの拒絶や、近くにいてくれる人との心の通じ合いなど映画としての「盛り上がり」も、言葉を荒げることなく大袈裟になることなく、仕草や表情が丁寧に切り取られ、見る側に確実に伝わってきます。気付けば私は英語字幕を一言たりとも見逃すまい、目線の動きを見逃すまいと、目を一層見開いて集中していました。ハザラ人はモンゴルに起源を持つとも言われ、主演俳優、アマードの風貌が日本人に非常に近いことも、私がロカルノで作品の世界に入りこめた一つの要素かもしれません。

写真15 Just Like My Son 上映告知
『Just Like My Son』上映告知看板

尚、映画祭期間中の8月9日から、アフガニスタンでハザラ人を標的にしたと見られる攻撃が再開され、中には首都カブールでハザラ人が多く住む地域の大学進学準備校が爆破され、10代少年少女30名以上が死亡するという事件も発生しています。『BlackKklansman』同様、作品が過去を写したものではなく、人間の醜さが作り出す容赦ない現実の波が今も大きく畝り続けている事実を突きつけられます。

ヨーロッパに暮らす難民を描いた作品として、ブダペスト(ハンガリー)に住むソマリア難民の少女カフィアを追った長編ドキュメンタリー『Easy Lessons(Könnyű leckék)』も鑑賞。

▼『Easy Lessons』抜粋映像

父親によって老人と強制結婚させられることが決まり、反対する母親の手引きによって1人家を出て1年以上かけて旅を続けた末に落ち着いたブダペスト。母親には言えない生活の変化に後ろめたさと戸惑いを感じながらも、勉強に励み、モデルとしてのキャリアを目指すカフィアの日常を捉えています。

Easy Lessons
『Easy Lessons』

ドロタ・ズーボ監督(ハンガリー)は、カフィアがいつの日か母親にブダペストでの生活を全て話す時、言葉では表しきれないだろうから、この作品を見て分かってもらえることを念頭に制作した、と上映後の質疑応答で話していました。今も続いている欧州の難民問題、ニュースを読むだけでは見えない個別の人々の姿を映画を通じて知ることができましたが、これが私の日常にどう変化をもたらすのか、自分でも長い目で見て行きたいと思います。

ズーボ監督
ズーボ監督登壇の様子

■短編:新たな才能との出会い

長編作品をまだ制作したことがない監督限定の短編部門が「Pardi di domani」。インターナショナルとスイス国内に分けて上映作品が選出されます。5~6作品1プログラムとして上映されるのですが、そのうちインターナショナルの1プログラム5作品を鑑賞しました。

1作目に上映され、あまりの完成度の高さに後続の4作品がすっかり霞んでしまったのが台湾出身フランス在住の黃邦銓(Huang Pang-Chuan ホアン・パン=チュアン)監督『Last Year When the Train Passed by』でした。

▼『Last Year When the Train Passed by』予告編

電車から撮影した家々に1年後訪問し「去年の今、何をしていましたか?」と尋ねて回るドキュメンタリー。もともとグラフィックデザイン、そして写真を勉強した黃監督。白黒あるいは色調を抑えた多数の写真を用い音声を重ねる独特の手法で、写真と映像、フィクションとドキュメンタリーの垣根を無くすような世界感でした。ラストシーンは、まるで宇宙映画を見ているかのように壮大で、Palexpo FEVIの大スクリーンに映し出されても映像の美しさが納まり切らず溢れ出しているかのよう。上映後、黃監督とお話する機会があり、プロデューサーに本作のアイディアを話した時、日本の文学を読む中で知った「もののあはれ」をコンセプトに説明したと教えてくれました。

Last Year When the Train Passed by
『Last Year When the Train Passed by』より

黃監督にとって『Last Year When the Train Passed by』は短編2作目。初作品『Retour』(2017年)は今年2月のクレルモンフェラン国際短編映画祭(フランス)でいきなりグランプリを獲得した他、フランス及び台湾の映画祭で受賞を重ね、9月にはキプロスやスロヴェニアでの映画祭で上映が予定されているとのこと。私は個別に鑑賞する機会を頂きましたが、白黒写真を多用しナレーションを重ねる手法は1作目から健在。『Retour』は黃監督自身の旅と、約70年前の別の旅を行き来して描いたドキュメンタリーで、より私的な物語でした。これら短編2作品は今後日本の映画祭にも応募予定、そして初の長編作品も準備中とのこと、目が離せません。

写真17 黄監督
黃(ホアン)監督

■Open Door:インディペンデント映画黎明期の国との出会い

「Open Door」は、欧州から見て東(中東・アジア等)および南(アフリカ・中南米等)のインディペンデント映画製作の土壌が弱い国のプロデューサーや監督を支援するためのプログラム。ラボ開催の他、ロカルノ映画祭で対象国作品の上映も行われます。期間毎に対象地域を絞って取り組んでおり、2016年から2018年は南アジア8カ国(アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディブ、ミャンマー、ネパール、パキスタンそしてスリランカ)が対象。今年はこれらの国から8長編作品が上映され、私はスリランカ映画『Thundenek(Her. Him. The other)』を鑑賞しました。

▼『Thundenek』抜粋映像

3人の監督が「Her」「Him」「The other」各パートを担当した共同作品で、何れも2009年まで26年間続いたシンハラ人とタミル人の内戦後、両民族が入り混じった日常生活の中に残る内戦の痕跡を、どちらの民族の肩を持つこともないよう、非常に注意深く、且つユーモアも入れて描いた作品です。この作品を鑑賞したのは朝だったのですが、その日の夜、ピアッツァ・グランデで監督3人に再会。まだ人がまばらな後ろの方の席に座っていらっしゃいました。恐らく朝の上映回登壇から忙しい1日を過ごしてお疲れだったと思うのですが、お声がけすると快く会話に応じてくれました。全てが徒歩圏内のロカルノで、ピアッツァ・グランデという開かれた大集合場所があることで、その気になれば映画製作側の方々と話す機会があちらこちらに転がっているの環境もロカルノ映画祭の大きな魅力だと感じた出来事でした。

写真18 スリランカ監督3人組
スリランカ監督3人組
Thundenek
『Thundenek(Her. Him. The other)』

■大笑いもあり:サイレント映画ピアノ生演奏付上映

毎年、特定のカテゴリーや映画人を取り上げ過去作品を特集上映する「レトロスペクティブ」セクション。今年は1920年代からハリウッドで活躍したレオ・マッケリー監督作品が、サイレント映画から長編まで計100本以上が上映されました。その中で私はチャーリー・チェイスを主演に迎えた1926年のコメディ短編4本を、生ピアノ演奏付きで鑑賞するプログラムに参加。サイレント映画の生演奏付上映を体験したのは初めてだったのですが、各作品の最初から最後まで多彩なテンポで演奏し続けるピアニスト、ダン・ヴァン・デン・ハーク(オランダ)の演奏で作品のコミカルさが一層引き立ち、時にお腹が痛くなるほど笑う100分間を過ごしました。ハークはピアニスト、作曲家としての活躍に加えてサイレント映画専門のピアニストとしてヨーロッパ中の映画祭を巡っていらっしゃるそう。ロカルノ映画祭は比較的重いテーマが多い中、この上映プログラムに参加したことによってエンターテイメントとしての一面もしっかり堪能できました。

写真19 ハークさんリハーサル
ハークさんリハーサル

■さいごに:映画の光が舞う姿

以上、ロカルノ映画祭での主な鑑賞作品をご紹介して参りましたが、私にとって大きな発見となった映画そのものの新たな姿との出会いをお伝えして本レポートを終えたいと思います。

ピアッツァ・グランデでの上映は毎晩日付が変わる頃に終了するのですが、日によっては更にもう一本作品が上映されることも。映画上映中、広場周辺の照明は飲食店含め全て消えますが治安に何の不安もなく、スクリーンの光を頼りに観客は徒歩で帰路につきます。

ある晩、ピアッツァ・グランデ2本目に挑戦しようとしたものの程なく睡魔に襲われ、広場を出ようとスクリーン横の出入口に向かって歩き始めました。スクリーンを全て視界に入れるのが難しいほどの距離にきた時、ふと、プロジェクターの方を振り返ってみました。

そこには、80メートル先から発せられる光の束が、幅・濃淡の組み合わせを自由自在に変化させながら踊っている姿がありました。私はそれまで、映画の光は1本の白い光の束として銀幕に届く静的なものだと思っていたのですが、この夜、ダイナミックに動き続ける集合体であることを発見しました。

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映画の光

スクリーンの脇に立って、プロジェクターの方を向き、音声を聞きながら光の動きを追っていると、それだけで作品を見ているような全く新しい鑑賞体験で、気付けば30分ほどその場に立ち尽くしていました。映画の作り手と観客を結ぶのが光が舞う姿である事実に、ますます映画の魅了された瞬間でした。今後も状況が許す限り様々な国・地域の映画祭に足を運び映画体験を積んでゆきたいと思います。

取材・文:維倉みづき(moonbow cinema主宰)



移動式の映画館「moonbow cinema」第10回上映会は2018年9月29日(土)開催。詳細はホームページをご参照下さい。

http://moonbowcinema.com/

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ロカルノ映画祭


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