映画『判決、ふたつの希望』 © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
第90回アカデミー賞アカデミー賞でレバノン史上初となる外国語映画賞にノミネートされた映画『判決、ふたりの希望』が8月31日(金)より公開。webDICEではドゥエイリ監督のインタビューを掲載する。監督を務めるのは、クエンティン・タランティーノ監督のアシスタント・カメラマンという経歴を持つジアド・ドゥエイリ。また『顔たち、ところどころ』のプロデューサー、ジュリー・ガイエがプロデュースを担当している。
レバノンの首都ベイルートに住む、キリスト教徒であるレバノン人男性トニーの住むアパートのバルコニーからの水漏れを修理することになったパレスチナ難民の男性ヤーセル。ふたりの口論が裁判沙汰となり、全国的な事件へと発展していく様子を描いていく。インタビュー中にもあるように、個人と個人の感情的なもつれが、ふたりの生きてきた境遇と相まって社会的な問題に拡大していく。しかしその騒動を冷静に見つめ対処していこうとするのがトニーの妻シリーンとヤーセルの妻マナール、そして裁判をつかさどる判事である。こうした人物配置により、女性の強さと社会における役割が浮き彫りとなっている点が興味深い。
「頑固者であるトニーとヤーセル男性ふたりのバランスをとるような存在として、それぞれの妻を配置しました。だから彼女たちは美しくて聡明なんです。それから、判事をあえて女性にしています。中東では社会の中で女性がまだまだ抑圧されています。『そんなこと知るか!』というのが私の立場で、女性の判事が誰よりも賢く、客観性を持ってふたりの仲裁にあたるのだと決めました」(ジアド・ドゥエイリ監督)
衝突の裏にある動機を掘り下げてゆく
──この物語はどのようなアイディアが源となったのでしょうか。
ベイルートに住んでいた数年前、映画の冒頭と同じようなことが起こったのがきっかけです。その場では口喧嘩になりましたが、すぐに謝りに行ったことで解決しました。その時、実は映画と同じようにチョコレートを持参したんです。そこからストーリーが生まれました。
映画『判決、ふたつの希望』ジアド・ドゥエイリ監督
──リサーチする上で参考にした作品があれば教えて下さい。
「どのように諍いが解決されたのか?」ということに対して、多くの映画を参考にしました。例えば、スタンリー・クレイマー監督の『ニュールンベルグ裁判』(61)やシドニー・ルメット監督の『評決』(82)。『評決』でジェームズ・メイスンが演じた弁護士からは、たくさんのインスピレーションを得ています。ほかにも『十二人の怒れる男』(57)、『或る殺人』(59)、『クレイマー、クレイマー』(79)、『秋菊の物語』(92)そして『ランゴ』(11)。みんなからは「なぜ『ランゴ』なんだ!?」と言われますけれど(笑)。
──監督は、衝突によって問題点を炙り出すことよりも、どうすれば“和”に成り得るかというプロセスを重視しているように感じます。
すぐに解決してしまったら映画になりませんからね。「どうしてそんなことになってしまうのか?」という疑問や、その裏にある動機を掘り下げてゆくことが、この物語では重要でした。
映画『判決、ふたつの希望』 © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
──『THE ATTACK(原題)』(12)や『LILA SAYS(英題)』(04)などの過去作でも、異なる人種や民族を背景に対立構造が生まれること描いていましたが、そのことと社会的な問題自体を描くこととは別だと感じました。
その通りです。もちろん、この映画に社会的な側面を感じる観客もいると思います。それは自然と感じる部分で、本来は“個”と“個”の非常にシンプルな諍いであることを、社会というものが勝手に大きくしてしまっているからです。例えば映画を作る時というのは、政治を通してではなく政治家を通して、医療ではなく医者を通して描くことでテーマがより大きくなる。そうすることで深遠な良い作品になるものです。今回の場合は、ふたりの人間が対立する姿を描く中で、どのようなことを信じ、どのような過程で嫌悪を抱くようになるのかを少しずつ明かしてゆくという構成にしました。
映画『判決、ふたつの希望』 © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
“映画の魔法”でカメルはべネチア国際映画祭で男優賞に
──主人公ふたりの演技が素晴らしいのですが、キャスティングの経緯を教えて下さい。
アデル・カラムはレバノンの大スターですが、撮影を予定していた地域の出身だったんです。街のことを良く知っていることは、作品に何か野生的なものを与えてくれるはずだと思ってキャスティングしました。一方のカメル・エル=バシャは舞台俳優で、映画での大役の演技経験がありませんでした。映画と舞台の演技は異なります。リスクがあることは自覚していましたが、実際、撮影が始まると本当に大変で苦労しました。例えば、彼が怒りを露わにする場面では、本当に怒っている姿を撮影しているんです。あえて侮辱するような言葉をかけて、彼がフラストレーションをぶちまける瞬間を内緒で撮影しました。だから、とてもリアルなんです(笑)。とはいうものの「これでは作品が成立しないのでは」と自分の演出に対して落込んでいました。ところが“映画の魔法”にかかったのか、カメルはべネチア国際映画祭で男優賞を獲ったんです。
映画『判決、ふたつの希望』キリスト教徒のレバノン人トニー役のアデル・カラム © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
映画『判決、ふたつの希望』パレスチナ難民のヤーセルを演じたカメル・エル=バシャ(右) © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
──ふたりの男性には妻がいて、彼女たちの客観的な視点が入っているのも印象的でした。
私は“母がフェミニスト”という家庭で育ったのですが、母は社交的、父は内向的なところがありました。私の映画に、社交的なキャラクターと内向的なキャラクターが必ず登場するのはそのためです。今回の場合は、レバノン人の方が社交的でパレスチナ人の方が内向的なキャラクターになっています。共同脚本のジョエル・トゥーマと考えたことですが、頑固者である男性ふたりのバランスをとるような存在として妻を配置しました。だから彼女たちは美しくて聡明なんです。それから、判事をあえて女性にしています。中東では社会の中で女性がまだまだ抑圧されています。「そんなこと知るか!」というのが私の立場で、女性の判事が誰よりも賢く、客観性を持ってふたりの仲裁にあたるのだと決めました。
映画『判決、ふたつの希望』 © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
──裁判になることで有罪か無罪の結果にしかならない。どちらに転んでも国内が混乱するはずなのに、この映画は見事な結末を導いています。
社会的なことや政治的なことは一切考えずに、ドラマとして模索した結末です。脚本が書き上がってからも悩み続け、決めるまでに時間がかかりました。結果的に判決の有罪・無罪ではなくて、自分が求めていたものを得たか否かが物語の着地点だと考えました。逆にいえば、判決は関係なくなるというわけなんです。
──ひとつのショットで何かを表現しようとカットが印象的でした。例えば、駐車場で鉢合わせしたふたりが逆方向を向いて運転席に座っているワンカット。視覚的にも<不和>という記号を生み出しています。
正直に言うと、この場面は共同脚本家である元妻のジョエルが考えたもので、私は「ちょっと作為的だな」と思いました。それで、あまり思い入れがなかったせいか、イメージも固まっておらず、アドリブで撮影したという最も準備のできていないシーンだったんです。それが意図せず、この映画の中で一番いいシーンになりました。これも予測の出来ない“映画の魔法”です。
(オフィシャル・インタビューより TEXT:映画評論家・松崎健夫)
ジアド・ドゥエイリ(Ziad Doueiri) プロフィール
1963年10月7日ベイルート生まれ。レバノン内戦状況下で少年期を過ごし、20歳の時にレバノンを離れアメリカへ留学。サンディエゴ州立大学で映画学位を取得。卒業後、ロサンゼルスでクエンティン・タランティーノ監督のカメラアシスタントとして『レザボア・ドッグス』(91)や『パルプ・フィクション』(94)などの作品に参加。『西ベイルート』(98)で?編デビュー以降、続く『Lila Says(英題)』(04・未)ではスペインのヒホン映画祭で男優賞・脚本賞など受賞。イスラエル人俳優を起用し、イスラエルで撮影を行ったため、政府によりレバノン国内での上映が禁止された『The Attack(原題)』(12・未)では、サン・セバスチャン国際映画祭審査員特別賞ほか世界中で上映され、高い評価を受ける。本作『判決、ふたつの希望』では第74回ベネチア国際映画祭で主演のひとりカメル・エル=バシャが最優秀男優賞を受賞し、レバノン史上初アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。
映画『判決、ふたつの希望』 © TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL
映画『判決、ふたつの希望』
8月31日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
レバノンの首都ベイルート。その一角で住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人のヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れをめぐって諍いを起こす。このとき両者の間に起きたある侮辱的な言動をきっかけに対立は法廷へ持ち込まれる。やがて両者の弁護士が激烈な論戦を繰り広げるなか、この裁判に飛びついたメディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから裁判は巨大な政治問題となり、“ささいな口論”から始まった小さな事件はレバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった……。
監督・脚本:ジアド・ドゥエイリ
脚本:ジョエル・トゥーマ
出演:アデル・カラム、カメル・エル=バシャ
2017年/レバノン・フランス/アラビア語/113分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
英題:The Insult
日本語字幕:寺尾次郎
字幕監修:佐野光子
配給:ロングライド