骰子の眼

cinema

神奈川県 横浜市

2018-07-19 18:00


フランスと日本、ろうコミュニティの共通点と問題点を考える

クラウドファンディング実施中の『ヴァンサンへの手紙』特別上映トークレポート
フランスと日本、ろうコミュニティの共通点と問題点を考える
『ヴァンサンへの手紙』レティシア・カートン監督(中央)、作品を買い付けた牧原依里さん(右)、イベントに登壇した秋山なみさん(左)

アップリンクが運営するクラウドファンディング・サイトPLAN GOにてクラウドファンディングを実施中の映画 『ヴァンサンへの手紙』のレティシア・カートン監督がフランスより来日した。監督の来日は「東京ろう映画祭2017」への参加以来1年ぶり。今年10月に劇場公開となる『ヴァンサンへの手紙』の取材対応を精力的にこなし、7月10日には横浜にて上映イベントに登壇した。


【PLAN GO:映画『ヴァンサンへの手紙』日本公開にご協力ください!】
http://plango.uplink.co.jp/project/s/project_id/70


クラウドファンディングは7月19日時点で当初の目標額の100万円を超える117万4千円を集め、引き続き7月30日まで実施している。

今回のイベントは、フランス映画祭2018・横浜フランス月間2018の関連企画として開催された。「フランスと日本のろう社会について考える」と銘打ち、『ヴァンサンへの手紙』の上映後に、レティシア・カートン監督と秋山なみさんをゲストに迎えたトークが行われた。今回はトークの一部を紹介する。


秋山なみ(以下、秋山):来日して今日でちょうど1週間、滞在中に新聞や雑誌など色々なインタビューを受けたそうですね。

レティシア・カートン(以下、レティシア):この1週間、ほとんどの時間を取材対応に費やしていました。日本のジャーナリストは、インタビュー前にたくさん準備をして、好奇心を持って念入りに質問事項を考えてくれていると感じました。ですからひとつひとつのインタビューがよい思い出です。

取材以外ではあまり時間がなく、ほとんど出かけていないのですが、なんといっても日本のみなさんの優しさ、歓迎してくれる態度、そして本当に親切に接してくれたことが忘れられないです。

『ヴァンサンへの手紙』
『ヴァンサンへの手紙』レティシア・カートン監督

秋山:映画では、フランスのろう学校の様子が描かれていました。日本には現在100校くらいろう学校があり、ほとんんどの学校で手話が使われていますが、口話教育は今でも残っています。映画の中では、バイリンガルの学校(注:手話で学び、書き言葉としてのフランス語も学習する)の様子がみられますね。日本でも私立のバイリンガルの学校がありますが、日本の公立学校では手話も声も使っているのが実情です。フランスではいかがでしょうか。

レティシア:映画の中ででてきたようなバイリンガルの学校は、トゥールーズかポワチエかリヨンにしかありません。学んでいる子供はだいたい100人ほどです。その他ではインテグレーション教育(注:統合教育 聴者と一緒に学ぶこと)が行われています。

ろう学校は減ってきています。2005年に「ハンディキャップ法」が施行されたことにより、インテグレーション教育が主流になったからです。バイリンガル教育を受けたい場合は、先の3つの地域に引っ越すしかないのです。

映画『ヴァンサンへの手紙』
映画『ヴァンサンへの手紙』より

映画の中でステファヌが話しているように、このインテグレーション教育によって、学校内でのろう者同士のコミュニケーションが減り、年長者から下級生への手話の伝達がなされず、手話が衰退、質が低下しているという問題があります。思春期になると手話コミュニティに戻ってくることが多いのですが、手話を学ぶ年齢が上がってきているのです。

秋山:日本の状況もフランスとよく似ていると思います。地域の学校にインテグレーションしている場合、聞こえない子たちはばらばらになってしまう。どうやってろうコミュニティに引き戻すのか、難しい問題だと思っています。

『ヴァンサンへの手紙』
トークの様子

ミラノ会議の影響

秋山:1880年のミラノ会議(注:聾教育国際会議、「口話が手話よりも優れていることは議論の余地がない」という決議が下された)を受け、当時文部大臣だった鳩山一郎さんが「(ろう教育は)口話教育がよい」という方針を打ち出しました。その結果、日本では口話教育が主流となりました。フランスでもミラノ会議の影響はあると思います。若い人たちはミラノ会議のことを知っているのでしょうか。

レティシア:両親がろう者であったり、ろうコミュニティになじんでいる人は、ミラノ会議についても知っていると思います。ただ両親が聴者で、聴者のコミュニティで暮らしている人はもちろん知らないでしょう。そもそも大人のろう者に会ったことがないという人もいるほどです。映画の中でエマニュエルが語っていたように、大人のろう者に会ったことがないために、自分が大人になるということが想像できなかった。という人すらいます。多くの聴者のなかで暮らしている子供たちは、手話の存在、ろうコミュニティの存在を知らずに育つこともあるのです。

人工内耳の装用

秋山:人工内耳についてもお聞きしたいです。日本では装用している子供が非常に増えています。フランスではどうでしょうか。装着している子供たちの様子、将来についても教えてほしいです。

レティシア:聴者の両親の場合は99%が人工内耳、口話教育へと進みます。医療の世界の人たちの勧めがあり、子供のためを思って選択をしているのです。2、3年ほど前から、人工内耳手術をしても手話の習得をすすめるお医者さんが出てきました。アイデンティティの問題からもバイリンガルで育てることがふさわしいのです。私は、人工内耳に反対するつもりはありません。手術を受ける、受けないに関わらず手話を学ぶことは必要だと思っています。

秋山:日本の状況も本当にフランスによく似ているなあと思います。日本のろう学校のなかでも人工内耳の数は増えています。人工内耳を装用すると、聞こえる人と同じようになるという誤解があります。装用しても支援が必要であること、手話が必要という理解がまだまだ足りません。

最後に、ヴァンサンについてです。本来、彼と一緒に映画を作ろうと話していたけれども、彼はもういない。それでも、映画を通じて彼の魂はここに一緒にいると思いました。

レティシア:1週間前からずっとヴァンサンのことを語っています。 亡くなって14年、日本の人たちが彼の物語を知ってくれたということはまさに映画の魔法だと思っています。

秋山:映画の中で生き続ける魂というのもありますね。そのあたりもみなさん感じてもらえたらと思いました。




『ヴァンサンへの手紙』
トークの様子

今回は「情報保障付き」の開催となり、日本手話通訳者に加え、フランス語通訳者、UDトークによる書記日本語のリアルタイム字幕が実施された。

たとえば、秋山さんの手話による発話は、日本手話通訳者によって日本語音声となり、UDトークでリアルタイム字幕表出と、フランス語通訳者によるフランス語により聴者であるレティシア監督に届くといった具合だ。 これにより、聴者も聾者も、難聴者も、トーク内容を等しく情報を受けとれる。

映画『ヴァンサンへの手紙』の公開時には、なるべく多くの劇場で、上映後トークを開催したいと考えており、今回のような情報保障付きの開催を目指している。クラウドファンディングによる支援で情報保障の機会を少しでも増やすことができるよう、残りの募集期間にも支援を呼びかけたいとしている。


【PLAN GO:映画『ヴァンサンへの手紙』日本公開にご協力ください!】
http://plango.uplink.co.jp/project/s/project_id/70




レティシア・カートン(Laetitia Carton)

1974年生。聴者。フランス・ヴィシー出身。クレルモン=フェラン美術学校卒業後、学士入学したリヨンの美術学校でジャン=ピエール・レムのもとドキュメンタリー映画製作と出会う。その後、リュサでドキュメンタリー映画製作の修士課程修了。自身初のテレビドキュメンタリー“La Pieuvre(蛸、貪欲な人、執念深い人)”で、ハンチントン病で亡くなった女性とその家族の記録を撮影。2010年国際テレビ映像フェスティヴァル(FIPA)にて上映される。2014年、長編1作目のドキュメンタリー“Edmond, un portait de Baudoin(直訳:エドモン、ボードワンの肖像)”が同年のクレルモン=フェランのドキュメンタリー映画祭でグランプリを受賞。『ヴァンサンへの手紙』は長編映画2作目。現在は人とダンスに焦点をあてたドキュメンタリー映画を製作、2018年カンヌ映画祭で上映された。

秋山なみ

NPO法人日本ASL協会副会長としてアメリカ手話の普及に関わる。昨年コートジボワールと、フランスに合計1年間住み、フランス手話を学びながらフランスのろう学校やろうコミュニティに参加していた。著作:『手話でいこうーろう者の言い分 聴者のホンネ』ミネルヴァ書房 (2004年)。




映画『ヴァンサンへの手紙』
映画『ヴァンサンへの手紙』

映画『ヴァンサンへの手紙』
2018年10月、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

友人のヴァンサンが突然に命を絶った。彼の不在を埋めるかのように、レティシア監督はろうコミュニティでカメラを回しはじめる。美しく豊かな手話と、優しく力強いろう文化。それは彼が教えてくれた、もう一つの世界。共に手話で語り、喜びや痛みをわかちあう中で、レティシア監督はろう者たちの内面に、ヴァンサンが抱えていたのと同じ、複雑な感情が閉じ込められているのを見出す。

「ろう者の存在を知らせたい」というヴァンサンの遺志を継ぎ、レティシア監督はろう者の心の声に目を澄ます。社会から抑圧され続けてきた怒り、ろう教育のあり方、手話との出会い、家族への愛と葛藤…。現代に生きるろう者の立場に徹底して寄り添いながら、時に優しく、時に鋭く、静かに、鮮やかに、この世界のありようを映し出す。

監督:レティシア・カートン
音楽:カミーユ(『レミーのおいしいレストラン』主題歌)
編集:ロドルフ・モラ
共同配給:アップリンク、聾の鳥プロダクション
宣伝:リガード
ドキュメンタリー/112分/DCP/2015年/フランス/フランス語・フランス手話

公式サイト

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