映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD
インドの巨大繊維工場の過酷な労働を圧巻の映像美で描き出すドキュメンタリー映画『人間機械』が7月21日(土)より公開。webDICEではラーフル・ジャイン監督インタビューのインタビューを掲載する。
舞台となるのは、インド北西部のグジャラート州。ジャイン監督は、労働者が体を洗うきれいな水もままならない劣悪な環境で労働者たちが一日12時間働く悪条件な環境を、厳かさえ感じさせる映像美でつまびらかにしていく。映画の後半、出稼ぎ労働者たちが「誰も現状を理解してくれない。この状況をどうにかしてくれないか。あなたに力があるなら行動を起こしてくれ」とカメラに向かって労働者が問い詰める言葉は、観客に投げかけてくる重要な問いかけでもある。
「この映画は、労働者階級のために作られた映画ではありません。彼らは映画を観る余裕さえないですから。我々、中流・上流階級の人たちが、余裕のある人たちが考えて、それに従って行動を起こして行く。そのための映画だと思います」(ラーフル・ジャイン監督)
映画をある種のキュレーション装置として活用する
──どのような経緯でこの作品を作ることになったのですか?
5歳の頃、インド・グジャラート州のスーラトという街に祖父が所有していた繊維工場を遊び場にしていました。今はもうなくなっているこの工場は、通路が迷路のように張りめぐらされ、すぐ迷子になってしまった。身長90センチあまりの幼稚園児だった私は、いつも機械の存在に圧倒されていました。巨大な機械を前に、自分がちっぽけな存在であることを痛感しましたが、わたしはこの感覚に導かれ、20年後に同じような工場を、今度はカメラを持って訪れることにしました。
映画『人間機械』ラーフル・ジャイン監督 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD
多くの工場を訪ねるうちに、私は自分の階級を意識するようになりました。13億人いるインド人の一人としての自分のアイデンティティです。多くの労働者は口を閉ざし、自分について語ってくれませんでした。おそらく私が経営者の側の人間だからでしょう。しかし、それでも大部分の労働者は、互いの違いを乗り越えて、自分が工場で働くことになったいきさつを話してくれました。
子どもは高いところを見ようとしますが、大人になると、それが奥行きの知覚に取って代わられます。同じ目の高さで世界を見ると、こうした自分なりのものの見方を選り分けて考えやすくなります。日々生活するなかで、何かを介してものを見ることがないために、こうしたことは忘れがちです。私は、カメラを介すことにより、この目の高さからシンプルに見えているものを明らかにしたかった。ときに私たちはそこで見えているものをあえて認めようとしないし、見たくないものから目を逸らすのは簡単です。そのため私は、映画をある種のキュレーション装置として活用し、じっくりと時間をかけながら、見たくないもののいくつかを直視することを目指しました。
映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD
撮影2ヵ月前から労働者と過ごす
──インド・ドイツ・フィンランドの3ヵ国が製作国になっているのはなぜですか?
2015年の11月に、自分ひとりで撮った完成途中の作品を、インドのゴアで開かれた「フィルムバザール」に出品しました。そこにいたフィンランド人の審査員が作品を気にいって、プロデューサーになってくれたのです。また、ドイツの共同製作者が、サウンドとカラーリングのポストプロダクションの資金を工面してくれました。それが、インド・ドイツ・フィンランドの3ヵ国がクレジットされた理由です。
映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD
──作品を観ると、画が緻密に構成されている印象を受けます。被写体である工場の労働者たちには、どのようなアプローチをしたのでしょうか?
特に被写体に要求したことはないです。強いて言えば、彼らにカメラを意識させないことでしょうか。撮影に入る2ヵ月前から、カメラを持たずに彼らとともに過ごすことで、彼らがカメラを意識して緊張しない環境を作りました。
──音も非常に印象的でした。工場の規則的な音は、まるで労働者から生気を奪い取る麻薬のようにも感じられます。音に関して、監督が現場で感じたことはありますか?
彼らは、ヘッドフォンで音をブロックしています。しかし、工場から村に帰った労働者に話を聞くと、眠れない、機械の音が耳に付いて離れない、と言っていました。つまり、彼らの耳は完全に破壊されているのだろうと思います。私も3ヵ月も工場で過ごしていたら、完全に聴力が麻痺して、出血もあり、その後、2年間ほど大きな音の音楽は聴くことができませんでした。
映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD
映画を作るということは自分にはね返ってくる、写し鏡のようなもの
──監督は、作中で工場の経営者のひとりにインタビューを行っています。「労働者は金のことしか考えていない。手にした金で無学な連中が何をすると思う?タバコや酒を買い、金を使い果たすので故郷に仕送りなどしない」という、彼の労働者に対する意見は、インドの工場経営者の多くが持っている意見である、と考えて良いのでしょうか?
はい。あの地域に1,300軒くらいの工場があります。映画に出てくる工場は、そのなかで一番よいと言われている工場で、あの状態です。他の工場がどんな状況かは、推して知るべしです。
食事、住居、衣類は、生きるために必要なものです。それらを提供する働きをする工場は、さまざまな人間的要素によって成り立っている。数千人の労働者に対して、ボスはたった一人です。人口が多く、急成長する経済において、労働組合の不在は多くのことが見過ごされるということを意味します。一握りの人間の利益のために、大多数の人々が軽視される。これは一つの工場の問題ではありません。文明の構造的な問題です。こうした事態が起きることを許しているシステムが存在することを、社会全体で認識しなければなりません。
映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LT
──映画の終盤のシーンで、労働者に囲まれ「お前は自分たちに何をしてくれるのか」と問い詰められるシーンがありました。監督は労働者に対してこの映画で何ができると考えていますか?
映画監督は、救世主のように思われているのでしょうか。ジャーナリストの仕事は、ある情報をAからBに伝える仕事だと皆さん知っている。なのに、映画監督は問題があれば、それに対する答えを知っている、と皆さんは考えているかもしれない。この映画は、労働者階級のために作られた映画ではありません。彼らは映画を観る余裕さえないですから。我々、中流・上流階級の人たちが、余裕のある人たちが考えて、それに従って行動を起こして行く。そのための映画だと思います。
映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LT
──ドキュメンタリーという方法を選んで映画を制作されていかがでしたか?
この映画で描かれている現実には白黒つけられないし、映画も同じで白黒つけられないと思います。映画を作るということは自分にはね返ってくる、写し鏡のようなものです。この映画を通して外の世界を知って欲しいですし、映画に登場する彼らを通して自分を知ることになると思います。
──最後に、デビュー作を完成させた感想をお願いしてもよろしいですか?
次作を作りたい。でも、そのことについてはナーバスになっています。映画を作るにはお金もかかりますから。でも、この映画が成功したことによってできた土台をもとに、そのことを考えると夜も眠れなくなるほど、関心を持ってこだわっている、次の課題に切り込む映画を作りたい。次の作品は、ニューデリーの土地、水、空気の汚染の問題に取り組もうと思っています。
(オフィシャル・インタビューより)
ラーフル・ジャイン(Rahul Jain) プロフィール
1991年ニューデリーに生まれ、ヒマラヤで育つ。カルフォルニア芸術大学で映画とビデオを学び、美術学の学士号を取得。現在は美学・政治学の修士課程で学んでいる。関心のある題材は、距離、他者性、そして日々の生活。本作はデビュー作になる。
映画『人間機械』 ©2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD
映画『人間機械』
7月21日(土)より渋谷・ユーロスペースにてロードショー、以下全国順次公開
監督・脚本:ラーフル・ジャイン
撮影:ロドリゴ・トレホ・ヴィラヌエバ
サウンドデザイン:スミト・“ボブ”・ナート
録音:エイドリアンバウマイスター
編集:ヤエル・ビトトン、ラーフル・ジャイン
カラリスト:グレゴール・プフラー
製作:ラーフル・ジャイン JANN PICTURES
タナシス・カラサノス Pallas Film
イッカ・ヴェファカラハティ IV FILMS LTD
2016年/インド・ドイツ・フィンランド/デジタル/カラー/71分
日本語字幕:岡崎真紀子
配給:株式会社アイ・ヴィー・シー/配給協力:ノーム
宣伝:スリーピン