伊藤郁女(右)と伊藤博史(左)©Gregory Batardon
ヨーロッパを拠点に活動するダンサー・振付家の伊藤郁女が彫刻家の父とつくり上げ、2015年の初演以来、世界40都市で上演された『私は言葉を信じないので踊る』が7月21日(土)・22日(日)彩の国さいたま芸術劇場を皮切りに、ほか豊橋、金沢で上演される。webDICEでは舞踊・演劇ライターの高橋彩子氏によるインタビューを掲載する。
『私は言葉を信じないので踊る』は2015年の初演以来、世界40都市で上演。フィリップ・ドゥクフレをはじめ、世界の名だたる振付家にその才能を認められる彼女は今回、彫刻家である父の伊藤博史を迎え、「父と娘の距離感」をテーマに舞台で踊る。
なお伊藤郁女が出演したアレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』が9月5日(水)にBlu-rayとDVDで発売される。彼女はこの映画のなかで、若きアレハンドロの芸術仲間である合体ダンサーの片割れ、カンナを演じている。ホドロフスキーがキャスティングし、パリからチリのサンティアゴまで赴き、撮影に参加した。
娘から父への質問
『私は言葉を信じないので踊る』は、ダンサー・振付家の伊藤郁女とその父で美術家の伊藤博史という芸術家親子による異色の舞台だ。その発端を郁女はこう語る。
「父とは昔から仲が良かったのですが、私が13年間ほど海外で暮らしているため、ゆっくり話をする機会がありませんでした。転機は2013年の冬、私が演出・振付作品『ASOBI』を創作している稽古場に両親が訪ねてきたこと。父が始めたダンサーたちの真似がとても上手だったので、ああ、踊りのセンスがあるのだなと思いました。それ以来、日本に帰る度に、父は中島みゆきをかけて私とダンスをしたいと言うようになり、それなら二人で舞台をやったらどうかと考え、この作品を作ることにしました」
本作の中で一つの鍵となっているのは「質問」。舞台では、娘から父へ、次から次に質問が投げかけられる。それは「どうして私は踊るの?」「私は舞台に何を求めているの?」という独り言のようなものから、「私がいるといつも疲れているのはなぜ?」「なぜ私があげた帽子を被らないの?」「どうして私にできた彼氏をすべて嫌うの?」といった父娘の関係性が伝わるもの、あるいは「死ぬのは怖い?」「あとどのくらい生きたい?」と老いに迫る問いまで、様々。だが、父がそれらに返答することはなく、舞台の中盤まで、二人の対話はもちろん、一緒に動く・組んで踊るといったデュエットも見られない。
©Gregory Batardon
「創作にあたって、私は帰国時に父に100個ほどの質問をし、3時間かけて父の回答を録音しました。この録音は舞台の後半で聞こえてきます。確かに舞台上では質問に答えませんが、答えたとしても、言葉では伝えきれないことのほうが多いと思うのです。舞台上の私と父は、見ないようでいて見ていたり、聞いていないようで感じていたり。言葉だけでの会話より、もっと複雑な会話をしています」
狭義の対話やデュエットの代わりに郁女が見せるのがソロ。濃密な内的エネルギーが表出するような踊りにはどこか、海外でButohと評されそうな雰囲気もある。実際、日本からヨーロッパに出て踊る彼女には、東洋的/西洋的といったカテゴライズはしばしばついて回るのではないだろうか?
「私は常に、自分の中から何が出てくるのだろうと考えて踊ってきました。それが日本的に見えたり西洋的に見えたりしたとしても、それは見ている方に任せたいと思っています。色々な振付家のもとで踊り、それぞれまったく異なるものを学びましたが、この作品に繋がっていることがあるとしたら、時間と空間の関係、それから、自分にできるだけ近いところで演技をするということかもしれません。ただ今回、舞台上の父を見る時、どうしても家族としての距離感が出てしまうのは今までにない経験でしたね」
©Gregory Batardon
芸術家同士として対峙する
郁女がソロを踊る一方、美術家の父が袖から運んでくるのは自作のオブジェだ。
「舞台において、娘のアイデンティティは踊りなので、父のアイデンティティとして彫刻がほしいと考えました。父に言わせると『椅子は反対向きにすると椅子ではない』。ただの椅子を逆さまに積み上げて作ったこのオブジェは、父の内面を表している気がします。もしかしたら父にとっては、私自身も父が作り上げた彫刻なのかもしれません」
舞台後半には、「リンゴ追分」を皮切りに父娘が幾つかの歌を歌ったり、向かい合い、あるいは並んで踊り始めたりと、それまでよりも緊密な雰囲気に変わっていく。
「歌っているのは、父が昔好きで歌っていたフランスの歌と、父がよくかけていたギリシャの歌だそうです。この作品を作ったおかげで、そうした父の知らなかった一面をみつけることができました。父にここまで踊りの才能があるとは想像していませんでしたし、ヨーロッパツアーではいつも観客を笑わせていて、そうした笑いの才能も、舞台を通して発見しました。父のほうでも、私の仕事を近くで見て体験することで、何か感じるものがあったと思います」
©Gregory Batardon
終盤にはついに(?)二人が手を取り合って踊る場面も。どこかぎこちなく緊張感をはらんだデュエットはなんとも言えず魅力的なので、ぜひご注目いただきたい。
「あのシーンで私たちは父と娘としても存在しているし、アーティスト同士としても強く存在しています。共演することで、二人の芸術的感性が非常に近いことがわかりましたし、私は生まれて初めて父をアーテイストとして、哲学者として見て、尊重できるようになりました」
舞台を通じて“邂逅”を果たした父娘。作品タイトルからも分かる通り、この舞台には、どれだけ言葉を重ねても表しきれない思いが徐々に溢れていく。その思いを、踊りを、見届けたい。
取材・文:高橋彩子(舞踊・演劇ライター) Photo:Gregory Batardon
伊藤郁女(Kaori Ito)
©Gregory Batardon
5歳よりクラシックバレエを始める。NY のアルビン・エイリー・ダンスシアターにて研鑽を積む。2003年フィリップ・ドゥクフレ『Iris』に抜擢。以後、プレルジョカージュの作品に参加するなどフランスを拠点に活躍。シディ・ラルビ・シェルカウイや、アラン・プラテルともコラボレーションを行う。2008年に初の自作を創作し、本作以外にも『Asobi』『La religieuse a la fraise 』『Robot, l?amour eternel』など精力的に発表。現在パリ市内の3つの劇場とレジデンス・アーティストの契約を結ぶなど、飛ぶ鳥を落とすほどの勢いで躍進している。アヴィニヨン演劇祭にも参加。2015年SACDより新人優秀振付賞、フランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受賞。
伊藤博史(Hiroshi Ito)
©Gregory Batardon
東京在住の彫刻家。演出家や舞台美術家として舞台の世界でキャリアをスタートする。1974年に美術の修士号を取得。“ランド・アート”を実践し、主に郊外や自然の中で土や木、顔料などを用い、インスタレーションを創作。広告デザインなども手がける。1997年、フィンランドのラップランド・アーツカウンシルから招聘を受け、同国にて滞在制作。1999年にはエビスビールから地下鉄恵比寿駅のインスタレーションを委嘱される。2013年ポルトガルに招聘され、1か月間ポルトガルで滞在制作、展覧会を行う。
伊藤郁女『私は言葉を信じないので踊る』
[テキスト・演出・振付]伊藤郁女
[出演]伊藤郁女、伊藤博史
【さいたま公演】
7月21日(土)・22日(日)15:00開演
会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
チケット(税込): 全席指定 一般 4,000円 U-25* 2,000円 メンバーズ 3,600円
*U-25チケットは公演時、25歳以下の方が対象です。入場時に身分証明書をご提示ください。
お問合せ:SAFチケットセンター 0570-064-939(休館日を除く10:00~19:00)
http://www.saf.or.jp/stages/detail/5156
主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
【豊橋公演】
7月27日(金)19:00開演、28日(土)14:30開演
会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース
チケット(税込)一般3,000円、U24(24歳以下):1,500円、高校生以下:1,000円
お問合せ:プラットチケットセンター 0532-39-3090
https://toyohashi-at.jp/
主催:公益財団法人豊橋文化振興財団
【金沢公演】
8月4日(土)19:00開演、5日(日)14:00開演
会場:金沢21世紀美術館 シアター21
チケット(税込):一般3,000円(ほか割引料金あり)
お問合せ:金沢21世紀美術館 交流課 076-220-2811
http://www.kanazawa21.jp/
主催:金沢21世紀美術館(公益財団法人金沢芸術創造財団)