骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2018-06-22 16:10


自閉症の弟と失業中の父、家族の為に闘う少女を追う『祝福~オラとニコデムの家~』

「大島渚『少年』、是枝裕和『誰も知らない』に影響を受けた」監督インタビュー
自閉症の弟と失業中の父、家族の為に闘う少女を追う『祝福~オラとニコデムの家~』
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

ポーランド、ワルシャワ郊外に暮らす14歳の少女オラと13歳の自閉症の弟ニコデム、その家族を描き、昨年2017年山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞した『祝福~オラとニコデムの家~』が6月23日(土)より劇場公開。webDICEでは、この作品が長編デビューとなるアンナ・ザメツカ監督のインタビューを掲載する。

ドキュメンタリー出身である是枝裕和監督の『誰も知らない』に影響を受けたというザメツカ監督はこのインタビューのなかで、家族の真実を短い期間で捉えるために、まず撮影を始める前に1年3ヶ月の準備期間を設け、家族の予想される反応を事前にまとめた脚本を用意したという。そうしたアプローチにより、懸命に弟を養い家族を支える少女オラと同じ目線で描かれた家族の物語は、ヒリヒリとした痛みとともに観客の心を動かす。


「『祝福~オラとニコデムの家~』は日本映画から影響を受けました。大島渚監督の『少年』では、少年が両親に当たり屋をやらされていますが、警察に追及されても少年は両親を守ろうとします。その子供の感情がとても勉強になりました。また是枝裕和監督の『誰も知らない』は5回、見ました。特に印象的だったのは母親像で、非難されてしかるべき立場なのですが、子供っぽくて愛らしい人物で観客は彼女を嫌いになれません。彼女の存在はどこか『祝福』の母マグダに似ている気がします。是枝監督の新作『万引き家族』はまだ見ていませんが、早く見たいと思います。是枝さんが私の映画も見てくれたら嬉しいですね」(アンナ・ザメツカ監督)


映画監督に必要な勉強は映画の技術ではなく、哲学、心理学、人類学

──これがデビュー作だと聞いていますが、簡単に、本作に至る経緯を教えていただけますか?

私はこの映画の前には短編さえ撮っていないので、これが正真正銘の第1作です。とは言え、映画は昔から大好きで、高校時代にはカール・テオドア・ドライヤーやイングマール・ベルイマン、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーを見ていたのですが、それは映画監督になりたいという夢を持つには逆効果でした。とてもあんな映画は私には作れないと思ったからです。それで大学では人類学と写真学を学び、ジャーナリズムも少し勉強し、大学を卒業してからは、別の仕事をしていました。ですが時間が経ってから、自分の映画を撮ってもいいのではないかと思い始めました。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』アンナ・ザメツカ監督 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』アンナ・ザメツカ監督 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

私の経歴に「ワイダ・スクール」と書いてあるので、よく聞かれるのですが、ワイダ・スクールは学校ではなく、短編映画を制作させてくれるプログラムで、私はその資格を取り、短編のための脚本を書き始めていました。その頃に偶然、ワルシャワ中央駅で『祝福~オラとニコデムの家~』の父親マレクに出会ったんです。とても心を惹かれる人物で、目が離せませんでした。それから数日後、彼が子どもたちのことを愛情込めて語るのを聞いて、子どもたちに会わせて欲しいとお願いし、彼のアパートを訪ねました。その時にオラがこう言うのを聞きました。台所の修理が終わったら、お母さんが帰ってくるんだと。そして結果的に、私は短編映画を撮るかわりに、長編ドキュメンタリーを完成させたというわけです。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

──完成した作品を見ると、これが短編の経験さえない監督のものとは信じられません。

これは今になってより強く感じていることですが、映画監督に必要な勉強は映画の技術ではなく、哲学、心理学、人類学だと思います。私の場合で言えば、スタッフは撮影も編集も私より映画のキャリアのある人でしたので、ある意味で私はこの映画を作りながら学んだとも言えますし、写真を学んでいたので映像に対するビジョンも明確でしたが、それでもやはり監督に第一に必要なのは技術ではないと思っています。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

──最初に考えていた短編はどんなものだったのですか?

まず自分の一番身近なところから始めようと考え、子どもが成熟していく過程を映画にしようと思いました。私が小さな頃、両親はとても忙しく、4歳違いの弟の面倒を私がみていたのですが、5歳の時に、自分にとって重すぎる責任を感じ、それなのにどうしていいかわからないという感情に気づきました。その後10代になると目の前のことで気持ちがいっぱいで、そのことを考えることはあまりありませんでしたが、しばらくしたらその感情が戻ってきて、その感情を映画にして昇華しようと思ったのです。

──『祝福~オラとニコデムの家~』に通じる主題ですね。

はい。子どもなのに大人のような責任を負っている「アダルト・チャイルド」です。父親のマレクに会い、オラとニコデムを知った当初は、まだ短編のためのリサーチという気持ちでしたが、彼らと過ごすうちに、私がやりたいのはこれを俳優たちに演じさせることではなく、彼ら自身を撮ることだと気づき、ドキュメンタリーとして撮ろうと決めました。

──本作を観て驚かされるのは、何と言っても登場人物がカメラを全く意識していない「自然さ」です。また、日本のドキュメンタリーの感覚から言うと、その固定カメラで撮られた映像の美しさやフレーミングがとても美しく、ドキュメンタリーというより劇映画のように感じられる瞬間があることにも驚きます。なぜこのような映画が撮れたのでしょうか?

まず私はカメラをまわし始める前に1年3ヶ月の時間をかけ、この家族と信頼関係を築きました。また私は映画を撮りたいのだと正直に話しました。それは両親だけでなくオラやニコデムにも彼らの人格を尊重して、私のやりたいことを率直に話し、彼らに受け入れてもらったのです。それがとても重要だったと思います。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

──多感な年頃のオラがよく映画の撮影を受け入れましたね。

出会った時、オラは12歳で、撮影当時は14歳になっていました。映画の中でオラは時に大人たちに嘘をつきます。たとえば定期的にやって来る福祉士が、何か大変なことはないかと聞いても、オラは何も問題はないと答える。それは父親を守りたい、自分たちが父親から引き離されて施設に入れられたりするのを防ぎたいと言う気持ちからです。そんなオラが、大人側の人間である私の撮影を受け入れてくれた理由は、ひとつには私がオラの感情と近いものをかつて感じていたことがあるという共有感覚があるかもしれませんが、それ以上に、オラや家族は、彼らの人生の証人を求めていたのだと思います。父親のマレクは失業中ですが、失業手当をもらいに役所へ行っても親切にしてくれる人はありません。マレクはこの社会が不公正だと感じています。オラもそうです。この世の中は彼らに不公正なもので、彼らの人生に共感する存在としてのカメラが必要だったのだと思うのです。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

35日間の撮影で彼らの真実を掴み取るために、脚本が必要だった

──ドキュメンタリーにも関わらず、あなたはこの映画の脚本を書いたと聞きましたが。

ドキュメンタリーには様々なタイプがありますよね。手持ちカメラでじっと何かが起きるまで待って、何かが起きたらそれを追いかけていく。その後で脚本を書いて、膨大な映像を編集して映画の物語を浮かび上がらせるという手法もありますが、私はそのような撮り方が好きではないんです。それに四六時中、家族の生活を撮り続けるようなやり方では、きっと家族は私を受け入れてはくれなかったと思います。また私たちにはそれだけの時間を撮影や編集に費やす予算もなく、たった35日間の撮影で、彼らの真実を掴み取る映画を撮りきらなくてはなりませんでした。だから私には脚本が必要でした。

1年3ヶ月の間に、彼らの生活や感情を深く知り、彼らがどんな時にどんな反応をしめすのか、彼らが何を望んでいるかは分かるようになりましたが、それでも、どこから映画を始めるべきか、どこで終わるべきかがわかりませんでした。そんな時、彼らがニコデムの初聖体式を望んでいることを知ったんです。実はニコデムは8歳の時に初聖体を受けようとしたのですが、その頃は撮影時よりも状態が重く、時折叫んだりすることもあったので、司祭に「初聖体の準備ができていない」と断られていました。それで家族は初聖体を諦めていたのですが、本当はまだ望んでいたんです。それで私は、もう一度、初聖体のために頑張ってみない?、とオラやマレクに言いました。二人はとても喜んでくれました。ポーランド人にとって初聖体は誰もがやることなので、ニコデムを自閉症の子ではなく普通の子どもとして扱ってほしいと思っていた家族にとって、初聖体が受けられてこそ「ニコデムは普通の子なんだ」と信じられるからです。それが彼らの望みでした。またポーランドで初聖体は宗教儀式というよりも、家族や親戚が集まるための機会として考えられているので、オラはニコデムが初聖体式を受けられたら、今度こそお母さんは帰ってくると考えたんです。そこから初聖体を中心とした物語が生まれてきたんです。

脚本といっても、もちろんセリフは書いてありません。シーンを書き、そして予想される反応を書いておきます。ただ予想した反応とは全く違うことも起きるので、現実におきたことに合わせてそのたびに脚本は書き直しました。また、オラたちには、明日はこういうシーンを撮りますよ、とできるだけ伝えるようにしました。たとえば、明日は福祉士さんが来るのでそこを撮るよとか、ディスコシーンを撮るよとか。例外は多少ありましたが、オラたちが最後まで撮影を受け入れてくれたのは、そうして互いに尊敬できる大人同士として約束を守ろうとしたことが大切だったと思います。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

──それであっても、よくカメラを意識せずに、またありのままの感情を見せてくれましたね。

やはりそれには1年以上の準備期間が重要でした。もっともニコデムは自閉症によって目を合わせることができないので最初からカメラを意識することはありませんでした。オラは、時々カメラを意識するようなことがありましたが、機嫌が悪いときなどは最初から一切撮らないようにしました。またカメラが超えてはいけない一線を超えないように、ということにも気を使いました。

──映像についてはどんな考え方で撮影したのですか。

きょうは何を撮るということが分かっていますから、きちんと準備をすることができました。たとえば、福祉士が来るシーンでは、オラの表情こそが重要なので、福祉士は入れずにオラだけを撮るフレーミングで撮影しました。偶然のメリットもありました。光が美しかったと言われるのですが、実は光はすべて自然光で、運良くあのような光が射し込む部屋だったんです。そして壁紙がちょうどよく色あせていたから美しく見えたり、また父親のマレクがヘビースモーカーだったのですが、その煙がよい効果も生み出してくれたりもしましたね(笑)。

映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

『誰も知らない』は5回、見ました

──準備をしていてもそれを超えるできごとがあったと思いますが、どんなシーンが印象的でしたか。

たとえばニコデムの告解のシーンを思い出してください。実はある日、ニコデムのノートに彼が彼なりの十戒(デカローグ)を書いているのをオラが見せてくれました。だから、きっとニコデムは告解のときに素晴らしい言葉を言ってくれるだろうとは思っていましたが、まさかあんなに面白くて楽しくて創造的なことを言うなんて、予想以上でした。ニコデムは詩人なんです。

それから大きな意味で言えば、私はオラの成熟をこの映画で描けるのではないかと考えていました。成熟とは、思い通りにいかないことが世の中にはあると受け入れることと言い変えてもいいでしょう。それはオラが初聖体を経て、「もう母を待たない」という決めることだろうと想像していました。しかし、現実に起きたことは、それを超えることでした。

──オラたちとは今も交流を続けているのですか。

はい。いまオラは18歳になりました。医療の勉強をしたいと言っていた時もありますが、オラのような経験をしている子にとってそれを実現するのは簡単ではありません。今は心理セラピーも受けています。ニコデムも以前よりきちんとした自閉症の治療を受けられています。ニコデムはポケットモンスターのユニコーンみたいなキャラクター(ギャロップ)が大好きなので何か日本で買っていってあげないといけませんね(笑)。

──次回作はドキュメンタリーですか。フィクションですか。

私にとって映画は映画です。ドキュメンタリーかフィクションかと言うことよりも、人物の真実を捉える映画を作らなくてはと思います。そして、ドキュメンタリーともフィクションとも思えるような映画を撮ってみたいと思っています。

──-日本といえば、この映画には日本映画の影響があると聞きました。

大島渚監督の『少年』です。あの映画では、少年が両親に当たり屋をやらされていますが、警察に追及されても少年は両親を守ろうとします。その子供の感情がとても勉強になりました。また是枝裕和監督の『誰も知らない』は5回、見ました。特に印象的だったのは母親像で、非難されてしかるべき立場なのですが、子供っぽくて愛らしい人物で観客は彼女を嫌いになれません。彼女の存在はどこか『祝福』の母マグダに似ている気がします。是枝監督の新作『万引き家族』はまだ見ていませんが、早く見たいと思います。是枝さんが私の映画も見てくれたら嬉しいですね。5回見てくださいとは言いませんから(笑)。

(オフィシャル・インタビューより)



アンナ・ザメツカ(Anna Zamecka) プロフィール

ポーランドの映画監督、脚本家、プロデューサー。ワルシャワとコペンハーゲンで、ジャーナリズム、人類学、写真を学ぶ。ワイダ・スクールでドク・プロ・ドキュメンタリー・プログラムを修了。長編デビュー作となる本作は、第69回ロカルノ国際映画祭で批評家週間賞を獲得。ほかにも2017年ポーランド映画賞(イーグル賞)など各国の国際映画祭で受賞し、2017年8月にはヨーロッパ映画賞の最優秀ドキュメンタリー部門にノミネートされた。




映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016
映画『祝福~オラとニコデムの家~』 ©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wazelkie prawa zastrzeżone. 2016

映画『祝福~オラとニコデムの家~』
6月23日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

脚本&監督:アンナ・ザメツカ
撮影監督:マウゴジャータ・シワク
編集:アグニェシュカ・グリンスカ、アンナ・ザメツカ、ヴォイチェフ・ヤナス
原題:Komunia
英語題:Communion
監督:アンナ・ザメツカ
2016年/ポーランド/DCP/カラー/5.1ch/75分
配給:ムヴィオラ

公式サイト


▼映画『祝福~オラとニコデムの家~』予告編

キーワード:

ドキュメンタリー


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