映画『ビューティフル・デイ』 ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation,and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. ©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
『少年は残酷な弓を射る』のリン・ラムジー監督が『ザ・マスター』のホアキン・フェニックスを主演に迎えたスリラー『ビューティフル・デイ』が6月1日(金)より公開。webDICEでは、リン・ラムジー監督のインタビューを掲載する。
主人公は幼少時の父親からの暴力によりトラウマを抱える男・ジョー。彼は老いた母を養いながら暮らす穏やかな面を持ちながら、行方不明の少女たちを探す裏稼業を営んでいる。ある依頼をきっかけに出会った無口な少女ニーナとジョーとの交流をサスペンスフルに描いている。悲惨な家庭の境遇という共通点を持つ年の離れたふたりが、ほとんど会話らしい会話もないものの、次第に心を通わせていく過程を、ラムジー監督は鮮烈に描いている。レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドによる音楽もその不穏なムードを高めている。同じテーマの『タクシー・ドライバー』や『レオン』を再構築したようなダークなムードとともに、観客の心に不思議なひっかき傷を残す作品だ。第70回カンヌ国際映画祭でホアキン・フェニックスが男優賞を、そしてリン・ラムジーが脚本賞を受賞した。
「サウナで撮影した日に、ホアキンと一緒に水風呂に入ったんです。ホアキンがそこに浸かって震えてるのが目に入って、俳優がどんな感覚でいるのか、自分でも体験したくなったんです。でもサウナの熱があるから、出ると気持ちいい。ずぶ濡れで歩き回るのはたいへんだったけど(笑)、あれから彼との絆が深まった気がします」(リン・ラムジー監督)
ホアキンのおかげで主人公のキャラクターが完成した
──『少年は残酷な弓を射る』(2011年)以来の出品となったカンヌ映画祭で、見事男優賞と脚本賞のダブル受賞となりました。
実は私の知らないうちに、製作会社が未完成のまま出品していたんです。見せるには早すぎると思ったけど、気に入ってもらえた。カンヌ映画祭からの申し出を断ることなんてできないでしょう?上映に間に合うかどうかは心配だったけれど、よかったです。
映画『ビューティフル・デイ』リン・ラムジー監督
──ホアキンとの出会いと、彼との関係をどのように築いたのか教えてください。
『ビューティフル・デイ』は、ジョナサン・エイムズの書いた中編小説が原作です。彼は、ノワールものが大好きな小説家志望の青年が探偵になるというHBOのテレビ・シリーズ『ボアード・トゥ・デス』を制作しました。ジョナサンの作品はハードボイルド系で、私も『ミルドレッド・ピアース』(1945年・未)とか『イヴの総て』(1950年)とか、この手のものが好きだった。とにかくハードボイルド・タッチの映画を作ってみたかったんです。
原作を読んでみると、主人公はジェームズ・ボンド的なヒーローではありませんでした。それですぐに、ホアキンのことが思い浮かんです。付箋に名前を書いて、脚本を仕上げるまでコンピューターに貼っておきました。
幸運なことに、プロデューサーのジェームズ・ウィルソンが『戦争のはじめかた』(2001年)に関わっていて、ホアキンと知り合いでした。それでメールのやりとりをするようになって、出演依頼をしたんです。そうしたら、「スケジュールは詰まっているけど、短期間なら空けられる」という返事が来たので、それに飛びついたんです。ホアキンのスケジュールが空くと決まってから、2ヵ月で撮影に入りました。
映画『ビューティフル・デイ』 ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation,and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. ©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
これまでの作品でもすばらしい人たちに巡り会ってきました。『少年は残酷な弓を射る』のジョン・C・ライリーとエズラ・ミラーもすばらしかった。『モーヴァン』のサマンサ・モートンもそう。でもホアキンはほんとうにすごかった。彼のおかげで主人公のキャラクターが完成したし、それがなければこの作品が成立していたかどうかもわからないくらい。
映画『ビューティフル・デイ』 ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation,and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. ©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
──原作の小説をどのように映像化したいと思いましたか?
ものすごく短い作品なんです。でも短い小説には膨らませる余地がある。前作の『少年は残酷な弓を射る』の原作は550ページもあったので、エッセンスを抜き出すのがたいへんだったのですが、今回は自由度が高くて、いろんな方向に進んでいくことができました。創作プロセスがまったく違いました。
──トラウマに縛られて、身動き取れなくなっている男の話です。
そう、ヒーローの仕事をしないヒーローというかんじ。抑鬱状態にある満身創痍の中年男で、頭にあるのは自殺のことばかり。監禁されている少女たちを救出するのが仕事なのに、助けた少女のおかげで生の世界に戻ってくるという。
現場で一緒に水風呂に入って絆が深まった
──ホアキンがすばらしかったのは俳優としてですか?それとも人間として?
彼は俳優としてほんとうにすごい。でも同時に、面白くてチャーミングで真っ当な人間の側面も持っています。40代とはとても思えないし、なんというか、ロックスターみたいな存在です。仕事は愛しているけど、きらびやかなことは嫌い。そこがすてきでした。
映画『ビューティフル・デイ』 ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation,and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. ©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
──撮影初日に、一緒に水風呂に入ったというのは本当ですか?なぜそんなことしたんですか?
サウナで撮影した日のことで、ものすごい暑さでした。暑すぎてみんな体調がおかしくなりそうなくらい。サウナには水風呂もあったのですが、ホアキンがそこに浸かって震えてるのが目に入った。そんなに冷たいのかと思って、入ってみるとやっぱりすごく冷たかった。俳優がどんな感覚でいるのか、自分でも体験したくなったんです。でもサウナの熱があるから、出ると気持ちいい。ずぶ濡れで歩き回るのはたいへんだったけど(笑)、あれから彼との絆が深まった気がします。
──今回の作品は共作とも言えますよね。彼も意見を出し、一緒に試行錯誤する。
そのとおりです。どうすればいいのかわからないこともあって、二人でいろいろ試したこともありました。「長髪のジョーの髪の毛は何でまとめるのがいいのか」とか。一緒に作り上げるのはとても楽しかった。
──ノワールというジャンルがお好きとは聞きましたが、この作品はジャンルを超えていますよね。「殺しそのものよりも人間を描く映画」という言葉がぴったりだと思います。
そうですね、そう言われるのは光栄です。たしかに、最終的に完成したのは人間を描く映画でした。作る過程で変化していったし、ホアキンと一緒だからできたと思います。すばらしい俳優はたくさん見てきたけど、彼はジョーそのものだった。ホアキンが登場人物に命を吹き込む姿には、感動しました。
映画『ビューティフル・デイ』 ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation,and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. ©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
──作品の尺についてですが、たった90分ですね。人間描写のための映画でも一時間半で充分でしたか?
前作も95分でしたし、どちらかと言えば短い映画が好きなんです。観客を退屈させるよりは簡潔な方が良いでしょう?私の場合、いつも脚本の段階から短くて、ラフ編集の段階でも95分を超えることはないんです。
──ホアキンとはまた一緒に仕事をしたいですか?
もちろん!今度はコメディーを作りたい。ホアキンは根っからのコメディアンなんです。「怖そう」と言う人もいるけど、あんなに面白い人はいません。ケイシー・アフレックと一緒に出てくれたら最高ですね。
この6年くらいはバタバタしていて、あっという間に過ぎてしまったけれど、次の作品のアイデアはいくつかあります。人生にはいろんなことがあるから、どうなるかは正直わかりませんが、ブランクが長くなりすぎるのは良くないし、今回の作品にはほんとうにいろんな刺激をもらったから、次はもっと早く作りたいと思っています。
(オフィシャル・インタビューより)
リン・ラムジー(Lynne Ramsay) プロフィール
1969年12月5日、スコットランド・グラスゴー出身。イギリス国立映画テレビ学校の卒業制作として制作した短編『Small Deathes』(未)で、96年度カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。長編映画デビューとなった『ボクと空と麦畑』(99)はカンヌ国際映画祭ある視点部門で上映され、エディンバラ国際映画祭ではオープニングを飾り、ガーディアン新人監督賞を受賞。批評家を中心に絶賛され、数多くの賞を獲得し華々しい監督デビューを飾った。長編2作目の『モーヴァン』(02)では、02年度カンヌ国際映画祭のCICAE賞とユース賞を獲得。美しき母子の歪んだ関係性をサスペンスフルに描いた長編第3作目『少年は残酷な弓を射る』(12)でもロンドン映画祭作品賞受賞を始め、主演を務めたティルダ・スウィントンのヨーロッパ映画賞とナショナル・ボード・オブ・レビュー賞での主演女優賞受賞、さらには英国アカデミー賞での各賞ノミネートなど話題を呼んだ。本作は『少年は残酷な弓を射る』以来6年ぶりの新作となる。
映画『ビューティフル・デイ』 ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation,and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. ©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
映画『ビューティフル・デイ』
6月1日(金)新宿バルト9 ほか全国ロードショー
元軍人のジョーは行方不明の捜索を請け負うスペシャリスト。ある時、彼の元に舞い込んできた依頼はいつもと何かが違っていた。依頼主は州上院議員。 愛用のハンマーを使い、ある組織に囚われた議員の娘・ニーナを救い出すが、彼女はあらゆる感情が欠落しているかのように無反応なままだ。そして二人はニュースで、依頼主である父親が飛び降り自殺したことを知る。
監督・脚本:リン・ラムジー
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ
音楽:ジョニー・グリーンウッド
原作:ジョナサン・エイムズ『ビューティフル・デイ』(ハヤカワ文庫刊)
2017年/イギリス/英語/カラー/シネマスコープ/DCP5.1ch/90分/PG-12
提供:クロックワークス、アスミック・エース
配給:クロックワークス