映画『犬ヶ島』 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
ウェス・アンダーソン監督がストップモーション・アニメーションを駆使して近未来の日本をテーマに犬と少年の冒険を描く新作『犬ヶ島』が5月25日(金)より公開。webDICEではウェス・アンダーソン監督のインタビューを掲載する。
舞台となるのは20年後の日本にある架空の街・メガ崎市。「犬インフルエンザ」の流行に頭を悩ませる小林市長は、全ての犬を隔離するためにゴミの島・犬ヶ島に追放。愛犬スポッツを探すために犬ヶ島にやってきた市長の養子アタリは、彼を探す小林市長の策略をかわしながら、次第にこの島に暮らす犬たちとの交流を深めていく。ティルダ・スウィントン ビル・マーレイ、エドワード・ノートンやスカーレット・ヨハンソン、グレタ・ガーウィグ、オノ・ヨーコらが声優に参加。日本からも、渡辺謙、野田洋次郎(RADWIMPS)や夏木マリ、野村訓市らが参加している。今回のインタビューでも日本のポップ・カルチャーへの愛情を語るアンダーソン監督は、そのコミカルなストップ・アニメーションの動きのなかに、小林市長の独裁政権に立ち向かうアタリの活躍を通して帝国主義への嫌悪をにじませる。荒廃した犬ヶ島の描写は、彼のポップな色彩のセンスに新たな風を吹き込んでいる。
「製作段階初期で『この街の政治を発明しなければならない』と思いました。空想の日本の街の空想の政治です。しかし、ある段階から『いま我々が作っている最中のアートを、世の中が真似しはじめた』ような感覚になりました。我々が実生活を通じて受けたインスピレーションが細かく映画に反映されているかもしれません」(ウェス・アンダーソン監督)
私たちのアートを世の中が真似しはじめた、という感覚
──『犬ヶ島』のアイデアはどこから誕生したのでしょうか?
ふたつのアイデアから始まりました。数年間にわたって、2本目のストップモーション・アニメーションを作りたいと思っていました。前に『ファンタスティック Mr.FOX』という作品を作りましたが、今度は犬をテーマにしたく、ゴミ捨て場に住むチーフ、デューク、ボス、キングという名前のボス犬の群れが思い浮かびました。このアイデアを、他の作品でも一緒に仕事をしたことがある私の親友のジェイソン・シュワルツマンとロマン・コッポラに伝えると、一緒にストーリーを書こうという話になりました。「日本の何かをやりたいね」と以前から彼らと話していたので、ふたつのアイデアをぶつけてみました。それで、日本に行くことなく、日本を舞台とした映画を作ってしまいました。実際の撮影はイースト・ロンドンのブロムリー・バイ・ボウという場所で行いました。
映画『犬ヶ島』 ウェス・アンダーソン監督 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
──単に日本なだけではなく、レトロフューチャーな日本ですよね。
特に複雑な設定を用意することを考えた時期もありました。本作のストーリーを考え始めたばかりの初期の設定では、映画の冒頭で「2007年、メガ崎市はすっかり変わり……」とナレーションが入り、描かれているのは未来だとしながら、作品を観る中で実は60年代初期に作られた、という設定の映画だということに気づくことを狙おうとしました。実際に制作が始まった頃にはシンプルになり、「20年後」としました。
──キャラクターや各フレームの構成を考え始めたのはいつですか?
ストップモーション・アニメーションは古風な手法です。さまざまな真っ当な理由から、今ではあまり使われない手法です。アメリカ・オレゴン州にあるライカという会社はストップモーション・アニメーション映画を制作しています。日本の映画史ではストップモーション・アニメーションの存在が薄いですが、非常に美しい詩的な作品がいくつかあります。実際ミニチュアや小道具作り、セット作りやパペット製作などの各分野で腕を磨いた本当にスキルの高い人々のグループとともに、まるで最高峰の演奏家500人で構成されたオーケストラを突然指揮するような感覚になりました。
与えられた時間はたった2年ないし2年半しかありませんでした。これは贅沢な環境とも言えますが、例えばそんなスタッフに北斎や広重の作品を見せると、後に突然写真が送られてくるんです。そこでの私の反応は「やったね、彼らは本当にやってしまった。作品の終わりで絶対にこれは入れたい」という感じで進んでいきました。
(オフィシャル・インタビューより)
映画『犬ヶ島』 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
──舞台となる日本の設定や日本語の台詞についてはどのように作り上げていったのでしょう?
本作では、多くの時間が翻訳に費やされています。日本語を話す日本人については、どの国でも日本語のままとなります。英語キャストは、ほとんどの国で別の俳優により現地の言葉に吹替えられます。私は日本人ではないので、自分なりの視点で描く作品になってしまうのは、はじめからわかっていました。が、クン(野村訓市)が初期段階から製作に加わり、ストーリーだけではなく、翻訳や作品に取り入れる要素探しを手伝ってくれました。クンには、ニューヨークに来て、我々のレコーディングを手伝ってもらいました。ニューヨークに住む日本人俳優による日本語の収録のディレクションです。また日本でのレコーディングも担当し、ディレクションもしてもらいました。それから、パリやイギリスでも一緒に作業をしました。彼は世界中を飛び回ることに問題がないのでね。彼は我々にとってとても貴重なコラボレーターです。クンは英語版での日本の正しく表現するためにこれまでサポートしてくれてきています。
──メガ崎市という名前は誰が名付けたのですか?
メガ崎は日本語に由来しているものではありません。アメリカの古いアニメに登場する都市名には、“メガロポリス”のように“メガ”が入っていることがあります。巨大な都市という意味ですね。メガ崎はギャグと言うか、こじつけかもしれませんが、この国の大きな都市ということを軽くコミックっぽく表現したつもりです。
映画『犬ヶ島』 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
──これまでのあなたの作品とは異なり、本作では政治的要素も強く描かれています。少年アタリという社会的に追放されたキャラクターを描くことは、制作当初から意識していたことですか?それとも徐々にその色がでてきたのでしょうか?
脚本の執筆プロセスははっきりと覚えていないのですが、製作段階初期で「この街の政治を発明しなければならない」と思いました。市長がいて、政治的になにか起きているということは本作のストーリーで、我々が描く空想の日本の街の空想の政治です。しかし、ある段階から、「いま我々が作っている最中のアートを、世の中が真似しはじめた」ような感覚になりました。我々が実生活を通じて受けたインスピレーションが細かく映画に反映されているかもしれません。
ですが他の人がどう感じるかを印象づけるようなことはしたくありません。私はこの作品の制作プロセスや我々の考えを話すことができますが、他の人がどう感じ、なにを考え、なにをこの作品から学ぶべきかについては、一切口出ししません。それはその人自身、その人がこれまで見てきたものや作品でなにを見い出すか次第です。でも中には「他の人も感じているし、自分も感じているようなことがあるといいな」と思うようにもなりました。映画を観ていて、「あなたの言いたいことが分かるよ」と作者の意図が分かる時は、とても気持ちのよいものです。
映画『犬ヶ島』 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
黒澤映画へのオマージュに満ちたキャラクター造形
──日本のアニメーションからインスピレーションを得たそうですね。
日本のアニメーションに強く興味を持ったのは、私の前作のアニメ作品『ファンタスティック Mr.FOX』の前です。と言っても、極度のアニメ好きということではなく、この前作のインスピレーションもロアルド・ダールから最も強く受けていて、日本のアニメ映画はその次です。今作については、日本映画、特に50年代・60年代の日本映画から影響を受けて、監督でいえば、黒澤明監督と宮崎駿監督からもっとも強く影響を受けています。『千と千尋の神隠し』で声優を務めた夏木マリさんが本作にも出ているくらいですからね。本作でも素晴らしい声を披露してくださいました。ディテールと沈黙という点で、宮崎監督では自然があり、静寂があり、アメリカのアニメーション伝統には見られないリズムです。その点でとてもインスピレーションを受けました。本作ではアレクサンドル・デスプラが音楽を、そして渡辺薫さんが和太鼓を担当しているのですが、幾度となく、彼らの音を止めて、静けさが欲しくなってしまうシーンがありました。これは宮崎監督の影響だと思います。
映画『犬ヶ島』 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
──具体的にどんな作品の名前がでましたか?
たくさんある黒澤映画の中で我々が一番話したのは、『天国と地獄』『野良犬』『悪い奴ほどよく眠る』です。『醜聞』『醉いどれ天使』も興味深かったですし、本作では『醉いどれ天使』の曲を使っています。とても美しい曲で、ヴィスコンティが監督したマルチェロ・マストロヤンニ出演の映画『白夜』にある、ベネチアのゴミに汚染された運河のセットを想起させます。『醉いどれ天使』は犯罪映画を詩的にした感じと言えるかもしれませんが、確か『犬ヶ島』製作ノートの最初の方にも「詩的に」と書いてあったと思います。
この作品には、敬愛する黒澤映画に登場する俳優たちの私たちの独自のバージョンの“顔”を登場させました。キャラクターには、三船敏郎、志村喬、仲代達矢など、それぞれの俳優へのオマージュが込められています。加えて、我々は私たちのヒーロー、オノ・ヨーコのキャラクターも作りました。ヨーコさんは声優としてもキャスティングされています!
映画『犬ヶ島』メイキング写真 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
主人公アタリは、モラルの基準が失われた場所での規範
──主人公のアタリは愛くるしいキャラクターですが、彼のキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか?
まず我々が書いたアタリと、そして、パペットとしてのアタリがいます。我々が書いたアタリは、意志が強く反抗的で、でも柔らかい口調で自分を失いかけた少年をイメージしていました。飛行機事故にあい、トラウマ的体験もあるわけですが、今回のようなアニメーション映画では、トラウマの部分は少々軽めに扱われています。そして我々は、コーユー・ランキンに出会ったのです。脚本ではアタリは12歳の設定ですが、コーユーは8歳で、実写では決してキャスティングされない年齢差です。その年頃では一年一年が非常に大きな違いを生むので、いわば20歳の俳優が40歳の役を演じるようなものです。ですが、コーユーは素晴らしい声の持ち主でした。最終的にデザインしたパペットは、コーユーが演じたアタリのパフォーマンスにインスパイアされたものになったと思います。収録以降、彼の声は我々のあらゆる制作過程に影響を与えました。
映画『犬ヶ島』メイキング写真 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
──アタリには非常に落ち着きがあり、プライドがありますね。
ただそのプライドは、罪になるような高慢さではなく、自分が正しいと思うことを信じる自信だと思います。彼は、モラルの基準が失われた場所で、優れたモラルの規範となるのです。パペットを扱って仕事をしているとき、ときどき、声優はそのキャラクターを吸収して自分と同化していってしまうことがあります。アニメーターも同様です。どのようにしてか分かりませんが、彼らの心が、パペットを扱う手を通して映像に表れる時があります。
その一方で、「手を0.5センチ下げてみたらどうだろう」といった具合に非常に細かい指示や、パペットがどのようにして立ち、向きを変え、動くのか、実際に試しながら探ることもあり、これも大事な一部です。ですので、パペットのパフォーマンスや感情は、現実ではやらないくらい精巧に計算して表現することも時にはあります。アニメーションを作るため実生活に比べ極度のスローモーションでシーンを再現しようとすると、考える時間が普段よりたくさんあるのです。
──では、ヒーロー役のパペットたちの製作にはどれくらいの労力をかけたのでしょうか?
『ファンタスティック Mr.FOX』では、マッキノン&サンダース社にパペット製作を依頼しました。彼らは制作の手助けしてくれたと同時に、我々は多くのことを学びました。アンディ・ゲントがパペットに関する全ての統括者なのですが、『Mr.FOX』での彼の実際の役割はパペットの“病院” で、パペットの世話や修理、一部小さなパペット作りを行っていました。マッキノン&サンダース社が製作したパペットを受け取り、管理をするということです。『犬ヶ島』では、ゲントはパペットの製作段階から全てを統括しました。全パペットの骨格デザインから、表面、さらには目玉はどうするかなど、全てを監修しました。この過程はステップごとにプロセスがあって、ひとつひとつのパペットのあらゆる面には数多くのオプションや選択肢があり、どれが作品全体の世界観やストーリーにマッチするか、そして声を収録済みの場合はどうすればその声に合うかを模索する作業です。
映画『犬ヶ島』メイキング写真 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
──最後に、本作の声優には、あなたの作品で常連となっているメンバーを起用し、さらに新しい俳優が加えられました。
まず楽しかったことは、今作では犬たちが同時に話している場面が多くあったのです。で、一つの部屋に俳優たちが一同に介したというのは素晴らしかったですね。ブライアン・クランストン、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、ボブ・バラバンが一緒にそれぞれの声を一緒に収録しました。このメンバーが揃うといつも楽しい時間になります。この映画で俳優たちと一緒に仕事しながら特に私が楽しんだことは、リハーサルをも利用してしまうことです。どんなコンテクストであれ、彼らがしゃべったことを録音してしまえば、使えるわけです。撮影用のセットは不要ですし、誰かが録音ボタンさえ押せば、技術的に準備が必要なこともありません。文の半分だけを使ったり、内容あるいは誰が言ったかも関係なく、編集してアニメーションを付けて、利用することができます。
ウェス・アンダーソン(Wes Anderson) プロフィール
1969年、アメリカ、テキサス州生まれ。その比類なきユニークな才能で、世界で最も人気を博しているフィルムメイカーの一人。『アンソニーのハッピー・モーテル』(96・未)で長編映画監督デビュー。続く『天才マックスの世界』(98・未)でインディペンデント・スピリット賞監督賞を受賞し、続く『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)でアカデミー賞R脚本賞にノミネートされる。『ライフ・アクアティック』(04)、『ダージリン急行』(07)を経て、初のストップモーション・アニメ『ファンタスティック Mr. FOX』(09)がアカデミー賞R長編アニメ賞にノミネートされる。さらに、『ムーンライズ・キングダム』(12)で、アカデミー賞R脚本賞、ゴールデン・グローブ賞作品賞にノミネートされる。そして『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)が各国で大ヒットを記録、アカデミー賞R9部門にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞作品賞に輝く。自身もベルリン国際映画祭審査員特別賞を始め数々の賞を受賞する。
映画『犬ヶ島』 ©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
映画『犬ヶ島』
5月25日(金)全国ロードショー
監督:ウェス・アンダーソン
脚本:ウェス・アンダーソン、ジェイソン・シュワルツマン、ロマン・コッポラ
出演:ブライアン・クランストン、コーユー・ランキン、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、野村訓市、グレタ・ガーウィグ、フランシス・マクドーマンド、スカーレット・ヨハンソン、ヨーコ・オノ、ティルダ・スウィントン、野田洋次郎(RADWIMPS)、村上虹郎、渡辺謙、夏木マリ
原題:ISLE OF DOGS
配給:20世紀FOX映画
2018年/アメリカ/101分