ハル・ハートリー監督
90年代初頭に“ポスト・ジャームッシュ”的な文脈の新鋭監督として紹介され、多くのファンを獲得したハル・ハートリー。2000年以降、日本での公開が途絶えて不在の時期が長かったが、1997年から17年がかりで完成させた三部作「ヘンリー・フール・トリロジー」と初期の名作『トラスト・ミー』が、5月26日(土)よりアップリンク渋谷で特集上映される。
近年はクラウドファンディングなどを通じてインディペンデントな活動を先鋭化させているハートリー監督が、今回上映される4作品と、現在進めている五ヵ国語字幕のソフト化プロジェクトについて語ってくれた。
「五ヵ国語字幕のソフトをリリースしようと思った理由は、グローバリゼーションだよ。既存の配給システムは僕みたいなアーティストにとって意味を成さなくなった。もはや配給業者は必要ない。活発なソーシャルメディアが存在してくれていて、多言語に対応した製品を自分で作ればいいんだ」(ハル・ハートリー監督)
既存の配給システムは僕のようなアーティストには意味を成さなくなった
──日本では2014年に中編『はなしかわって』が公開されたことを除いて、2000年以降あなたの新作は公開されていませんでした。未公開だった『フェイ・グリム』と『ネッド・ライフル』が劇場公開されることになっていかがですか?
とてもハッピーだよ。
──2000年以降も作品を作り続けていますが、日本公開のオファーはなかったのでしょうか。ファンにとっては、あなたが突然姿を消したようで謎だったのですが。
いや、『ヘンリー・フール』以降は配給したいというオファーはなかった。2013年にJVDと『はなしかわって』『シンプルメン』『愛、アマチュア』の短期契約をするまではね(実際には『アンビリーバブル・トゥルース』も公開された)。
──あなたはご自身のプロダクションPossible Filmsを通してDVDやBlu-rayをリリースしたり、ネット上でのストリーミングを使って観客にダイレクトに作品を届けようとしています。劇場公開は今も大きな意味がありますか?
自分の映画を映画館で見てもらえるのは嬉しいよ。ただ、それだけで食べていくことは難しい。今では多くの人がネットのストリーミングやBlu-rayのようなソフトで観てくれている。そのおかげで自分のアートで暮らせているってことだね。
──とはいえ今年2月にリリースされた「ヘンリー・フール・トリロジー」のように、映画監督が自ら指揮を執って五ヵ国語字幕のソフトをリリースするのはとても珍しいケースです。そこまでしようと思った理由はなんだったんでしょうか?
グローバリゼーションだよ。既存の配給システムは僕みたいなアーティストにとって意味を成さなくなった。もはや配給業者は必要ない。活発なソーシャルメディアが存在してくれていて、多言語に対応した製品を自分で作ればいいんだ。
映画『ヘンリー・フール』
──五ヵ国語字幕を作る上で大変だったことは?
信頼のおける字幕制作の業者を見つけること。そして複数の業者に同じフォーマットで納品してもらって、同じクオリティを保つこと。
──「ヘンリー・フール・トリロジー」のBOXセットを完成させて、ファンからはどんな反応がありましたか?
気に入ってもらっていると思うよ。売り上げも上々なんだ。特に日本でね!
──「ヘンリー・フール・トリロジー」そして『アンビリーバブル・トゥルース』『トラスト・ミー』『シンプルメン』をまとめた「ロング・アイランド・トリロジー」に続いて、今後は監督作のすべてがBOXセット化されていくのでしょうか?
今後もトリロジーとして、作品によっては2本セットでリリースしていく予定なんだ。ただ『愛、アマチュア』には法的な調整が必要で、『No Such Thing(原題)』に至ってはかなり難しい事情があるんだけど、絶対に不可能というわけではないと思ってる。『フェイ・グリム』も大きな企業が権利を所有していたけれど、なんとか話をまとめることができたしね。ただユナイテッド・アーティスツ(『No Such Thing』の権利元)は理性的に話し合うには会社の規模が大きすぎるかも知れないな。まずは自分でコントロールできる『サバイビング・デザイアー』、『FLIRT/フラート』、『はなしかわって』、『My America(原題)』、『ブック・オブ・ライフ』、『Girl from Monday(原題)』辺りから手を付けていくことになると思うよ。
編集段階で、違う可能性があるかも知れないと気づいたラストシーン
──『ヘンリー・フール』が最初に公開された時、多くのファンから作風が変わったという声が聞かれました。作品が理解されていないと感じたことはありますか?
いや。僕はどの映画も、観客がそれぞれに違う感想や考えを持ってもらいたいという前提で作ってるんだ。
映画『ヘンリー・フール』
──作品やラストの解釈を観客に委ねる姿勢はよくわかります。あなた自身の中ではひとつの明確な結末や正解があるのでしょうか?
脚本を書くことや映画を作ることは、僕にとっては思考することと同じなんだ。どの映画でも、僕はその時点で最も関心があることについて描いている。そして経験や世の中の変化によって、自分の中の解釈や選択肢が変わっても構わないと思ってるよ。
──『ヘンリー・フール』のラストをどう受け取るかについての謎は、『フェイ・グリム』のストーリーにも影響しています。あのラストショットを撮っていた時、ヘンリーが一体どこに向かって、何のために走っていたかは決まっていたのでしょうか?
脚本を書いた時点でも撮影した時も、僕は彼が逃げるために走っていると考えていた。でも編集の段階で、もしかしたらそうじゃない可能性もあるんじゃないかと気づいて、その曖昧さが気に入ったんだ。
──今回の上映やBOXセットで、「ヘンリー・フール・トリロジー」が3本まとめて観られるようになりましたが、それによって観客の理解が深まると思われますか?
同じキャラクターが登場する、まったくタイプが異なる3本の映画。それ以上の意味合いは特にないよ。
──いま改めて『ヘンリー・フール』を観ると、極右の台頭やインターネット時代の到来、出版の衰退を予見しているようにも見えます。未来像を提示する意図はあったんでしょうか?
そういった問題はすべて当時の新聞記事で知ったことばかりだよ。ほとんどの人は新聞なんて読まないし、世の中で何が起こっているかに気づかない。でも、同じようなトピックはいつの時代でも論議されているんだ。
──続編の『フェイ・グリム』は公開時から賛否両輪が渦巻いた問題作でしたね。
『フェイ・グリム』は僕にとって非常に挑戦的な作品だった。エンターテインメントであると同時に、この世界がいかに機能不全に陥っているかを示そうとしたんだ。観客に対して「自分たちが暮らすこの世界について少し学んでください」と要求するようなところがあると思う。
──『フェイ・グリム』では主演のパーカー・ポージーが素晴らしいです。可笑しくて、美しくて、そして知性と責任感に目覚めていく。フェイというキャラクターをどうやって作り上げたのでしょうか?
パーカーは聡明な人で、脚本をちゃんと理解してくれていた。フェイという女性は何が起きているかをまったく理解していないけれど、何が正しくて間違っているかを嗅ぎ分ける力を持っているということをね。あとはそこにフォーカスを当てればよかったんだ。
映画『フェイ・グリム』パーカー・ポージー
──『フェイ・グリム』は全編を通じてダッチ・アングル(斜めになった画格)で撮影されています。2ヵ所だけ水平なカットが存在するという記事を読んだことがあるのですが、本当でしょうか?
それは思い出せないな。ダッチ・アングルを多用したのは、あの斜めの画格の面白さに気づいたから。『フェイ・グリム』はそれでなくても挑戦的な要素がたくさんあったから、ビジュアル面においてはなるべく楽しめるものにしたかったんだ。
──『ネッド・ライフル』ではダッチ・アングルは鳴りを潜めて、もっとオーソドックスなスタイルで撮られています。3作品それぞれにどんなコンセプトがありましたか?
その違いはただ9年間で僕が変化したってことだよ。もっとスローなペースで、静かな語り口を好むようになった。ダッチ・アングルを必要とするような物語でもなかったしね。
映画『ネッド・ライフル』
──『ネッド・ライフル』で「ヘンリー・フール・トリロジー」が完結しましたが、またいつかあの一家のその後を撮る可能性はあるのでしょうか?
それはない。(三部作で)やれることはみんなやったと思う。
僕にスタイルなんてない、模倣を必要とする方法論があるだけだ
──今回上映される『トラスト・ミー』は、あなたのフィルモグラフィの中でも特に愛され続けている作品です。あなた自身になにか特別な思い入れはありますか?
とても個人的な作品なんだ。そしてあの映画をきっかけにして、自分が関心を抱いているトピックを作品に反映させるようになった。『トラスト・ミー』では女性が堕胎を選択する権利を扱っていて、おかげで僕は政治に目を向けるようになった。女性たちの権利を奪おうとする悪しき考えについて理解を深めることで、僕自身も成長したよ。
映画『トラスト・ミー』
──『トラスト・ミー』に主演したマーティン・ドノヴァンは、当時あなたの演出を理解できず、不満を抱えていたと語っています。当時の彼との現場はいかがでしたか?
当時のマーティンは、映画作りや映画における演技のことがわかってなかった。だから彼に無理強いするようなこともあったんだ。完成した映画を観客と一緒に鑑賞して、彼も理解してくれたけどね。僕の演出はブレヒトの影響を受けていて、マーティンは“感情的自然主義”みたいなバカげた考えに固執していた。その後に彼も克服したけどね。
※ブレヒトは役への感情移入を基礎とする従来の演劇を否定し、出来事を客観的・批判的に見ることを観客に促す「叙事的演劇」を提唱した。その方法として、見慣れたものに対して奇異の念を抱かせる「異化効果」を始めとするさまざまな演劇理論を生み出し、第二次世界大戦後の演劇界において大きな影響力を持った。(ウィキペディアより)
映画『トラスト・ミー』マーティン・ドノヴァン
──あなたはキャリアの初期からユニークなスタイルを確立していたと思うのですが、ご自身で自分のスタイルにたどり着いたと思ったのはいつ頃でしょうか? どんな要素がほかの映画監督の作品と決定的に違うと思われますか?
僕にスタイルなんてないよ。僕にはただ、真実を描くために誠実な模倣を必要とする方法論があって、その対象がブレヒトだったり、ゴダールだったり、ピーター・ブルックだったりするんだ。時にはモリエールや能や歌舞伎もね。
──昨年の「ヘンリー・フール・トリロジー」に続いて、初期3作からなる「ロング・アイランド・トリロジー」BOXセット化のクラウドファンディングを募集していますね(募集期間は2018年6月12日まで)。これらの作品は今もファンからの支持を根強く、初期のような作品をまた撮って欲しいという声についてはどう思われますか?
僕は、観客がそれぞれに気に入ったところを見つけてくれれば満足だよ。当時の僕がひとりの若者として作った映画に感応してくれたのであれば、とても嬉しく思う。でも僕は自分以外の誰かのために映画を作ろうとは思わないんだ。初期の作品はまさにあの頃の僕みたいな若者が撮りそうな映画で、実際に作ったわけだけど、意外性のないエンターテインメントを大量生産するようには絶対になりなくなかった。僕は常にひとりの人間としての成長を反映させながら創作をしていたいんだ。
──昨年に「OLHW」というタイトルの新作ドラマを企画中だと発言されていましたが、その後の経過はどうなっていますか? また新作映画の構想はありますか?
いや、現時点ではまだ何も具体化はしていないんだ。
──最後の質問です。以前「自分の動向に注目してくれているファンは、おそらく世界中で5000人くらい」と仰っていましたが、最近の活動を通じて増えているような実感はありませんか?
そんなに変わってないんじゃないかな。かなり正確な数字じゃないかと思ってるよ。とっても熱心にサポートしてくれる5000人だけどね。
(インタビュー・文:村山章)
ハル・ハートリー(Hal Hartley) プロフィール
1959年、ニューヨーク州リンデンハースト生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校で映画製作を専攻し、『アンビリーバブル・トゥルース』(1989)で商業デビュー。続く『トラスト・ミー』(1990)、『シンプルメン』(1992)で人気を確立し、『ヘンリー・フール』(1997)でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。2000年以降は日本での劇場公開が途絶えたが、2014年にリバイバル特集されて若い世代からも注目を集める。今年『ヘンリー・フール』、『フェイ・グリム』(2006)、『ネッド・ライフル』(2014)からなる「ヘンリー・フール三部作」のBOXセットを自らのプロダクションからリリース。クラウドファンディングによって日本語字幕化も実現させた。
「ハル・ハートリー復活祭」
5月26日(土)~6月8日(金)
【上映作品】
5/26(土)①『ヘンリー・フール』 ②『フェイ・グリム』
5/27(日)①『ネッド・ライフル』 ②『ヘンリー・フール』
5/28(月)『フェイ・グリム』
5/29(火)『ネッド・ライフル』
5/30(水)『ヘンリー・フール』
5/31(木)『フェイ・グリム』
6/1(金)『ネッド・ライフル』
6/2(土)①『トラスト・ミー』 ②『ヘンリー・フール』
6/3(日)①『ヘンリー・フール』 ②『フェイ・グリム』
6/4(月)『ネッド・ライフル』
6/5(火)『ヘンリー・フール』
6/6(水)『フェイ・グリム』
6/7(木)『ネッド・ライフル』
6/8(金)『トラスト・ミー』