ポール・トーマス・アンダーソン監督が『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に続きダニエル・デイ=ルイスを主演に迎え1950年代ロンドンで活躍するデザイナーと若いウェイトレスの恋愛模様を描く『ファントム・スレッド』が5月26日(土)より公開。webDICEではアンダーソン監督のインタビューを掲載する。
デイ=ルイスが演じるレイノルズ・ウッドコックは、社交界から引く手あまたのオートクチュールの仕立て屋。あるとき出会ったウェイトレスのアルマと恋におち、彼のミューズとして迎え入れることになる母親の幻影に囚われ続けるウッドコックに不信感を抱くアルマ。ふたりの間の緊張が次第に高まっていくなかで、アルマは彼の愛を取り戻すためにある行動に出る。アンダーソン監督では珍しい、強い女性像が中心となっており、毅然とした態度で接するアルマを演じるヴィッキー・クリープスの名優デイ=ルイス顔負けの存在感が際立つ。そして崩壊していく家庭というありきたりのテーマに終わらせないラストに、アンダーソン監督の才気が満ちている。エンドロールには『羊たちへの沈黙』ほか強いヒロイン像を描き続け、この作品のクランクアップの日に亡くなったというジョナサン・デミへの献辞が記されている。
「主人公のウッドコックをファッションデザイナーにするという考えが、よりスマートのように思えたんです。とても魅力的で統制のとれた世界を描けそうだと。映画監督であることと、ファッションデザイナーであることには多くの共通点があると思います。結局は、両方とも、お金を払った上に観に来てもらう何かを作っているのだと思います。自分のためにやっているのですが、そうではない、ということです」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
自己陶酔した役柄が必要だった
──『ファントム・スレッド』は、あなたにとっては、またかなり変わった作品かと思いますが、いつも新しいプロジェクトに入る時は意識的に自分を追い込みますか?
追い込みはありますが、意識的にではなく、自然とそうなりますね。それと、しばらくの間、恋愛ストーリーのようなものへと立ち返るような気はしていました。女性が主人公のストーリーを作りたいと常に思っていたんです。世の中には素晴らしい女優たちが十分にいますからね。当時、私はジョーン・フォンテイン(ヒッチコック『断崖』に出演)に特別なものを感じていました。でも2~3年前は、ジョーン・フォンテイン的な人があまりいなかったんですよね。多分、男は皆、ジョーン派かオリヴィア・デ・ハヴィランド(『風と共に去りぬ』のメラニー役で知られる。ジョーン・フォンテインの姉)派で、僕はジョーン派なんです。でも、一番の理由は、またダニエルと一緒に仕事がしたかったってことですね。それと、今度は、古き良き恋愛映画の番かなとも思いました。
映画『ファントム・スレッド』ポール・トーマス・アンダーソン監督
──『ファントム・スレッド』はゴシックロマンスですね。本作を撮るにあたって多くのゴシックロマンス映画を観返しましたか?それとも、既にあなたのDNAに刷り込まれているのでしょうか?
既にありましたね。リストのトップにあるのは、皆もよく知っている作品で、ヒッチコック監督の『めまい』と『レベッカ』です。そして、色んなバージョンがある『ガス燈』と、『断崖』なんかもありますね。でも、色々探していると、一度も聞いたことのない作品がたくさんありました。中でも、『呪われた城』(1949年、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督)は面白かったですよ。知らない作品を発見できたことは大きかったです。インターネットは優れた場所ですね。楽しくて、本当に時間を忘れてしまいます。ミステリー作家のシャーリイ・ジャクスンとかね。しばらくの間、怪奇小説の巨匠M・R・ジェイムズに少しはまっていました。彼は、古典的ではありますが、それほどゴシック風なロマンスを書く感じではありません。キャロライン・ブラックウッドもすごく素晴らしい作家ですね。
映画『ファントム・スレッド』 © 2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved
──この作品は、1人のアーティストの物語でもありますよね。ご自身の経験も入っていますか?
直接聞いた話をたくさん使いましたよ。僕自身はアーティストではありませんし、アーティストについての映画は扱いづらい。ひらめきの瞬間なんて、大抵かなり使い古されていますし。でも、自己陶酔した役柄が必要だったんです。医者とか、他にも、二つ、三つ候補の職業はありました。でも、彼をファッションデザイナーにするという考えが、よりスマートのように思えたんです。とても魅力的で統制のとれた世界を描けそうだと。映画監督であることと、ファッションデザイナーであることには多くの共通点があると思います。結局は、両方とも、お金を払った上に観に来てもらう何かを作っているのだと思います。自分のためにやっているのですが、そうではない、ということです。
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ヴィッキー・クリープスは演技をしていません
──あなたと、1950年代のファッションデザイナーであるレイノルズ・ウッドコック役を演じたダニエル・デイ=ルイスは、あなたが脚本を書いている間、頻繁にやり取りをしていましたね。それは何故ですか?
いくつか理由があります。1つは、僕がイングリッシュ(イギリス英語)ではなく、アメリカン(アメリカ英語)を話すからです。(笑)。なので、その分野での助けが必要でしたね。例えば、細かいところで言うと、ある役柄が、“angry”(怒っている)と正反対の意味で「彼らは“mad”(熱狂している)」と言うところとかですね。それと彼は、僕には全く無縁の階級についての理解を深めるため、大変助けになりました。いや、無縁ではないのですが、縁遠いという感じですね。
あと、僕らは、実際的な面で若返ることはできないですし、もし僕がどこかの部屋で一人で脚本を書いて彼に見せても、非生産的なことになることを知っていますから。それって、彼を1年もの間、手持無沙汰で待たせておいて、僕も寂しい思いをするということですから。ということで、「一緒にやりましょう。」ということになり、週に1回または3回、そして2~3週間別々で考えてから新しい提案を持ち寄るというように、互いに常に連絡を取り合うことにしたのです。そうしている間は、リサーチで何か新しい発見があった場合は、常にお互いに連絡を入れていました。いずれにせよ、ダニエルはいつもそういう風に取り組みますけどね。脚本が完成すると、彼は約一年をかけて、どんな小さなことも全て検証するんです。ダニエルと撮影を始めると、そんなに会話や考えることはないですね。所々状況に応じて対応するぐらいで、脚本は既に仕上がっているんです。
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──ヴィッキー・クリープスとレスリー・マンヴィルは、レイノルズ・ウッドコックの恋愛対象のアルマと、彼の姉シリルとして、各々大変素晴らしかったです。どうやって彼女たちに決めたのでしょうか?
レスリーはマイク・リーの映画で観て知っていました。でも、ダニエルが最初に彼女を提案してきたんです。素晴らしい考えですね。あの年代の良い女優はたくさんいらっしゃいますが、レスリーにして良かったと思っています。でも、本当に素晴らしい方がたくさんいますよね。その点、ヴィッキーに関しては、理想では、誰も見たことがなく、今のファッションモデルのような美しさではない美しさを持っている女優を探すという目標があり、ぽってりとした唇の子を避けようとか、そういう感じでした。僕が『The Chambermaid』(原題/日本未公開)という作品で、彼女の素晴らしい演技を観たんです。さらに言うと、女優たちにオーディション用のテープを作ってもらい、実際に会うという昔ながらの工程を踏んでいたのですが、早い内に、彼女がぴったりだと決まりました。彼女に会った時点で、オーディションは終了しましたね。
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──ヴィッキー・クリープスはもともと不屈の精神を持っていましたか?アルマは打たれ強いですよね……。
いい質問ですね。それも目標の一つでした。もしそうでなければ、私たちはこの映画について今のように興奮して話していないと思います。言わせてもらうと、彼女は演技をしていません(笑)。いや、もちろん彼女は素晴らしい女優なので演技はしていますが、あの意志の強さとパワーは、ヴィッキー本人を思い出させます。彼女は、完全に何もないところからそれを出して来たわけではなく、ただ無防備だったんです。彼女がおじけづいたところを僕は見ていませんし、感じもしませんでしたが、どちらかというと、ダニエルから時々、彼自身が及び腰になっていたとは聞きました!
ストリーム配信用の映像にしたくなかった
──撮影もご自分でされていますが、もし他の撮影監督と一緒に取り組んでいたら、違う映画になっていたと思いますか?
もし誰かと協力するなら、彼らは何かを加えますよね。この映画を自分で撮影するという考えは、映画制作の合間に携わった多くのプロジェクトから思い付いたものなんです。例えば、僕らが携わったレディオヘッドの作品とか。僕はジョニー(・グリーンウッド/作曲家)と一緒にインドに行って、『JUNUN』を撮ったり、ハイムというバンドのミュージック・ビデオを撮ったりしました。いつも撮影監督を担当してもらっているロバート・エルスウィットは常に大変忙しいので、その時僕らは彼抜きで撮ったんです。それが自信アップに繋がりました。『ファントム・スレッド』を自分でも撮影することが出来る気がしたんです。基本的に、フィッツロイ・スクエアの家とコッツウォルドのカントリーハウスの室内での撮影でしたし、自然な流れでしたよ。
──またご自分の作品で撮影監督を務めたいですか?
もちろんまたやろうと思ってますよ。でも同時に、本当に素晴らしい撮影監督と一緒に協力することによって、得られる喜びやチャンスを逃したくはないですね。そこから得られるものは本当に大きいんです。僕は、ボブ・リチャードソンや、チーヴォ(エマニュエル・ルベツキ)、ロジャー・ディーキンスのような人たちと組んでみたいと思っています。彼らが僕と一緒にやりたいかどうかは分かりませんが。
──主に室内での撮影でしたが、この作品は非常に映画的ですね。
ジョージョアン様式の本物のタウンハウスの中で撮影することは、生半可なことではありませんでした。本当であればセットを建てるのですが、僕らには、それが正気でなく、自分たちのスタイルじゃないことのように思えました。出来ることやライトを下げることには制限がありますからね。
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──視覚的に、この作品は柔らかく、落ち着きがあり、立体的でいて官能的でもありますね。
目標にする大きな考えなんて何一つ無かったんです。試行錯誤でしたね。そういえば、あの時代のファッション写真は本当にたくさんあり、大抵は非常に美しいのですが、ただそれだけなんです。直観的に何かが違ったんです。なので、色んな方法を試しました。「少し画像が粗くて汚れた感じだったらどうなんだろう?とても微かな光で、狭い場所での撮影をすることには、実際どんな問題があるんだろう?」という風に。本当に試行錯誤しました。すると突然、これだというものを思いついたんです。柔らかくて絵画的な。マーク・ブリッジスが考えたコスチュームを観ること、つまりコスチュームに適する環境なんです。僕らが話していた多くのゴシックロマンス映画はモノクロです。白黒映画のように、光を多く当てるとダメなんです。ただ見苦しいだけですから。なので、多くの試みを経て、遂に美しく見えるものに落ち着きました。それと、最近多くのテレビで見られるものへの当てつけも少しあります。過度に鮮明にし過ぎているんです。全てが余計に調整されており、くっきりし過ぎですよね。僕らは、それと戦っていたように思います。ストリーム配信用の映像にはしたくなかったのでね。
バレンシアガとディオールから学ぼうとした
──あなたの他の全ての作品と同様に、『ファントム・スレッド』も家族がテーマとなっています。やはり、それはあなたの作品に一貫するものですよね?
全くその通りです。それから離れることはできないんです。僕にとって、飲食のようなものですね。「もし、シリルが彼のアシスタントか事務員だったら、同じことになってたか?」と考えると、そうではないですよね。僕が脚本を書き始めた時、この女性が登場することは分かっていました。そして、彼女は彼の生活において強い影響力を持っている。そして僕は、「それは彼の姉だ」と思ったんです。偶然にも、僕のリサーチで、ビジネスの最前線にいる多くの人々には姉妹がいることが分かったんです。でも、理解するのにそんなに奇妙なことではありませんでした。裁縫が出来る将来有望な少年がいて、母親は彼に執着し、彼がなり得る最高のレベルへと後押しをする。そして、過小評価され隅に追いやられている娘は、「私が死んだら、彼の面倒を見るのよ。」と言われるのです。
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──この物語に関してリサーチをするために、たくさんのデザイナーに目を向けましたか?
あらゆるデザイナーから学ぼうと努力しました。すると、数人がトップとして浮かび上がって来ました。クリストバル・バレンシアガは明らかですね。同じ時代でいうところのトップはクリスチャン・ディオールです。バレンシアガは裁縫が出来ましたし、素晴らしいセンスを持っていました。ディオールは、ジャケットにボタンを縫い付けることすら出来ませんでしたが、彼はセンス、魅力、先見の明を持っていたんです。彼の仕事部屋は賑やかでした。僕らがやっていたのはそうではありません。バレンシアガの仕事部屋は、ピン1本落ちても聞こえそうなほど静かでした。そして、仕事の流れや成り行きに関して、極度に縁起を担いでおり、それが、より僕らの物語に近かったんです。
そして、認知度や刺激では劣る他のデザイナーたちも調べたのですが、そこには拝借すべき細かい点がありました。例えば、マイケル・シェラーという男性は、35~40人ぐらいの従業員のみでロンドンでメーカーを営んでいる。それが僕らには適していました。僕らは「彼が世界史上最高のファッションデザイナーだ!」という風にはしたくなかった。僕らの主人公はもっとこじんまりしていました。顕著だったのは、彼らの大多数はゲイで、恐らく、より内在化した存在に適しているのだと思います。あと、残りのゲイではない人たちは、一般的に女性を情熱的に愛しました。楽しいですね。全く何も知らない世界に入り込むのは素晴らしいです。今、人々が着ているものを見ると、笑ってしまいます。
映画『ファントム・スレッド』 © 2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved
──ジョニー・グリーンウッドは、またもや素晴らしい映画音楽を作りましたね。
この作品は特に素晴らしかったですね。というのも、ものすごく初期の段階から始めましたからね。僕はずっと、『ファントム・スレッド』はたくさんの音楽が常に流れている映画になるだろうと考えていました。時には小さく、時には大きく。それは、「とてもロマンチックな音楽が必要だと思う。」という、DJへのリクエストのようでしたね。彼にはそれを実行する能力はあるのですが、恐らく、そのアイディアは自然には思いつかなかったと思います。なので、彼がその指示を推したのは嬉しかったですね。それで、僕はいくつかの映画を彼に紹介しました。デヴィッド・リーンの『情熱の友』は、ダニエルと僕がとてもはまった映画で、音楽がとても素晴らしいんです。アン・トッドや、トレヴァー・ハワード、クロード・レインズの三角関係なんて最高でした。僕らもやろうとしたんですが、その映画の中で大晦日のシーンがあったんです。それで、過去2~3年の間、ジョニーから大量のピアノのデモをもらいました。脚本執筆時や、撮影中、曲付け作業中、そして編集を始めた時や、オーケストラ編曲中、曲を膨らましている時などです。“実り豊か”という言葉は今までに使うことはなかったのですが、今回はその言葉がとても相応しいと思います。もしこの映画音楽が、知覚範囲やスケール感を大きくしてくれるのであれば、悪い意味での窮屈な感じを防ぐことが出来ますね。この映画が自立するのを助けてくれるのです。そして、ドレスともよく合いますしね。まるでドレスを曲にしたような。彼は自己ベストを更新しましたね。
(オフィシャル・インタビューより)
ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson) プロフィール
1970年6月26日生まれ、米国ロサンゼルス出身。1993年の短編“Cigarettes & Coffee”がサンダンス映画祭で注目されたことをきっかけに、同作の要素を膨らませた「ハードエイト」(96)で長編デビュー。70~80年代のポルノ業界の隆盛と衰退を描いた『ブギーナイツ』(97)を発表し、批評と興行の 両面で成功を収めて一躍人気監督の一人となる。続いて、ロサンゼルスに暮らす10数人の男女の24時間をグランドホテル形式で描いた3時間超の大作『マグノリア』(99)も高く評価される。長編4作目の『パンチドランク・ラブ』(02)では、アダム・サンドラーを主演に迎えてロマンチック・コメディに挑戦し、新たなファン層を獲得する。その次の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(05)では、20世紀初頭を舞台としたアプトン・シンクレアの小説「石油!」を原作に、ダニエル・デイ=ルイス演じる山師の成り上がり人生と心の闇を壮大なスケールで描き、デイ=ルイスとともに多数の映画賞を受賞した。続く6作目の『ザ・マスター』(12)では、デビュー作以来の常連である故フィリップ・シーモア・ホフマンを50年代に台頭した新興宗教の教祖役、ホアキン・フェニックスを教祖に傾倒する帰還兵役に据え、男二人の愛憎入り交じる関係を重厚に描写。フェニックスとは、トマス・ピンチョンの小説「LAヴァイス」をベースにした7作目『インヒアレント・ヴァイス』(14)でも組んでおり、70年代カリフォルニアの ヒッピー崩れの私立探偵が犯罪に巻き込まれていくスラップスティックコメディーをとも に作り上げている。
映画『ファントム・スレッド』
5月26日(土)より、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、
新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル
音楽:ジョニー・グリーンウッド
2017年/アメリカ/130分/カラー/ビスタ
ユニバーサル作品
配給:ビターズ・エンド/パルコ