映画『さよなら、僕のマンハッタン』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
『(500)日のサマー』『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ『gifted/ギフテッド』で知られるマーク・ウェブ監督の新作『さよなら、僕のマンハッタン』が4月14日(土)より公開。webDICEでは監督インタビューを掲載する。
日々の暮らしに退屈さを感じていた主人公トーマスはあるとき、風変わりなアパートの隣人W.F.ジェラルドと出会い、恋の悩みを相談するようになる。そして父親の不倫の現場を目撃したことをきっかけに、恋に盲目な少年のラブストーリーは、後半で明かされるトーマスの出生にまつわる秘密により、映画は家族の再生の物語へと変貌を遂げていく。この脚本に惚れ込んだマーク・ウェブ監督が、絶妙なバランスで青春譚として仕上げている。原題にもなっているサイモン&ガーファンクルの「The Only Living Boy in New York(邦題:ニューヨークの少年)」が流れるのはもちろん、トーマスの行きつけの古書店で恋人ミミと出会う「Argosy Book Store」(劇中での店名は「the Pale Fire」)など、ニューヨークの名所が随所に登場する。インタビューで監督が語っているように多くの部分が「憧れ」による描写であるにしても、この街を舞台にした青春小説を読み終えたようなビタースウィートな後味を与えてくれる作品だ。
「私は今ニューヨークに住んでいますが、この映画に関して言えばニューヨークをリアルに描写したものではありません。これはニューヨークに住む前に街に対して抱いていたイメージのニューヨークで、こうあって欲しいという願望です。“現実と違う”と批判されるかもしれませんが、その批判は正しいです。でも私は自然主義ではありません。これはより寓話的な概念で、人々が思う世の中よりもわずかに高揚させた世界を描いているのです」(マーク・ウェブ監督)
10年前から構想していた物語
──あなたが初めてアラン・ローブの脚本を読んだのは、少し前の事でしたよね?
私が初めてこの脚本を読んだのは『(500)日のサマー』を撮影する以前の、約10年前です。当時はソニー・ピクチャーズが版権を持っていて、私は撮らせてもらえず、この話はなくなりました。4~5年前、再びこの脚本と出会うのですが、その間に版権はソニーから手放され宙に浮いていました。私はずっとこの脚本が忘れられなかったので、プロデューサーに掛け合い、制作に向けて動き始めました。脚本家のアラン・ローブと作業を始め、自分のスケジュールを空け、ジェフ・ブリッジスの出演が決まり、制作にこぎ着けました。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』マーク・ウェブ監督(左)とカラム・ターナー © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
──4~5年前と言えば、『アメイジング・スパイダーマン』の撮影中でしたよね?
はい。当時私は小規模の映画を作りたいと思っていました(笑)。
──何年も前に初めて読まれて以来、ずっとあなたの心をつかんでいるこの脚本の魅力は何でしょう?
2点あります。まず、ずっと頭から離れないシーンがありました。トーマスと、彼の父親の愛人ジョアンナとの最初のシーンで、彼女が“人はいつも無意識に行動をしてしまうものよ”と言う場面です。彼らが初めて出会ったときの会話は本質を突いていてとても考えさせられるものでした。私はこの先の展開を知りたくなりました。そのときのジョアンナのセリフはある意味現実となるわけで、私はこのシーンに引き込まれました。脚本を読んでいて、どんどん次の展開を知りたくるのです。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』ジョアンナ役のケイト・ベッキンセール(左)とトーマス役のカラム・ターナー © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
もう1点は、ジェフ・ブリッジス演じるW.F.ジェラルドとトーマスの関係性です。男性同士のこういった友情は珍しいですし、これには少し願望も含まれています。ジェラルドのようなメンターとの関係性は希少です。
──若い人たちはジェラルドのような存在に出会いたいと思うのではないでしょうか?
おっしゃる通り。彼は洞察力に長けていますが、説教くさくない。そんな人から人生のアドバイスをもらえたら素敵だと思いませんか?それに彼の言葉には考えさせられる要素も含まれます。その点も印象的でした。
──あなたが映画を作る際、登場人物に共感することは重要ですか?
その通りですが、場合にもよります。作品には人間の本質を表現したキャラクターが登場しますが、それをどう捉えるかによります。俳優と仕事をする時は、監督も俳優もキャラクターの言動を理解しなくてはなりません。役を正しく理解し、ある程度共感しなければ―つまり自身の内側から生まれる表現でなければ―偽物に終わってしまいます。例えばジョアンナはケイト・ベッキンセールと共に作り出されたキャラクターです。ケイトは驚くほど洗練された女性で、ジョアンナの複雑な性格を理解していました。私たちはジョアンナがどうやってイーサンを好きになり、恋に落ちるかについて議論を重ね、それがジョアンナを解き明かす鍵となりました。彼女がどう自分を正当化するかはまた別の話です。これは私たち誰もが理解できる衝動だと思いますし、私たちはそこにナイーブにならないように気を付けました。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』ミミ役のカーシー・クレモンズ(左)とトーマス役のカラム・ターナー(右) © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
ニューヨークは常に進化している
──この作品のテーマについてより詳しくお聞かせください。
私は真実と正直であることについて考え続けたのですが、1つ言えるのは、真実はいずれ明らかになるということです。真実を否定し続けるほど結果は悲惨になる。簡単に言えばそういうことです。一方で、もう1つ考えていたのは、映画で描かれている時期より何年も前に起きる、この物語の発端となる罪のことです(ここでネタばらしはしませんが)。全ての衝突の根底には愛情や繋がっていたいという強い想いがあり、偽りの家族は愛情の上に成り立っている。このことは真実だと思います。ギリシア悲劇はいつも正しいことをしようとする人々から生じます。善意から悪い結果が生まれるのです。これは誰もが共感できる万国共通の経験であり、人を引きつけるテーマだと思います。それがこのストーリーの背景にあります。
──本来は良かれと思ってなされた行為でも、うそを伴う人生は結果として多くの大切なものを巻き込んでしまうという……。
いい表現ですね(笑)。
──これはニューヨークの映画ですが、街が作品の大部分を占める作品を撮るにあたり、どのようにアプローチをしましたか?
私は今ニューヨークに住み、行ったり来たりしていますが、この映画に関して言えばニューヨークをリアルに描写したものではありません。これはニューヨークに住む前に街に対して抱いていたイメージのニューヨークです。私はウィスコンシン州出身で、ニューヨークに憧れを抱いていました。ジェフ・ブリッジスが隣人で、ピアース・ブロスナンが父親。街は洗練された人々が速足で歩き、自分よりアートギャラリーに詳しくて、厳しくも刺激的な世間への教養と理解を兼ね備えた、若く美しい女性で溢れている。これが、人々がニューヨークに抱くイメージで、こうあって欲しいという願望です。ニューヨークの出版業界からは“現実と違う”と批判されるかもしれませんが、その批判は正しいです。でも私は自然主義ではありません。これはより寓話的な概念で、人々が思う世の中よりもわずかに高揚させた世界を描いているのです。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
──作品中、ニューヨークはソウル(魂)を失ってしまったというおもしろいセリフがありました。あなたのご意見は?
この脚本は何年も前に書かれたので、私たちが練り直しました。若い人たちの意見は悲観的ですが、私はこの街に関して変わらないのは自己批判できるということだと思います。人々は常に“70年代は良かった”“80年代は良かった”などと言っています。私が信じているのはニューヨークが常に進化していること、そして驚くほど雑然としていると同時に美しい街であることです。人種や文化のるつぼというアメリカの側面を象徴しつつ、全くダメな要素もある。それらが全て集約されていて、物語を描くにはピッタリの環境なのです。
──ニューヨークでの撮影を楽しみましたか?
最高でした。私がこの脚本を初めて読んだのは10年位前のことですが、アランはハリウッドでの仕事を諦めた後にこれを書いていました。彼は車を売ったお金でトライベッカのある場所で夏を過ごし、この最後の脚本を書いたのです。その後は街を去って映画とは別の仕事を探すつもりでした。この脚本は彼のキャリアに火を付けました。ですからこれはニューヨークにまつわるニューヨークで生まれた脚本です。ニューヨークへの憧れであり、ニューヨークの物語であり、そして実際にニューヨークで制作されました。
実は私が脚本を読んだ4~5年後、企画に進展があり制作に向けた資金集めがされていました。すると『The Only Living Boy and New York』(原題)という別バージョンの脚本が作られていて、それはシカゴを舞台にした広告会社の役員の話でした。私は“いったい何が起きたんだ?”と驚きました。従来の脚本の重要な点は失われて台無しになっていました。作品の特徴が全て壊されていたのです。私は過去のファイルからオリジナルの脚本を取り出して言いました。“私たちの原点はこの脚本だ。シカゴではなくニューヨークの話だ。これこそが映画化されるべき脚本なのだ”とね。
──音楽は映画で重要な役割を果たしますが、撮影中は音楽を聴きますか?
はい。役者たちにもそうするよう勧めています。この撮影中にも自分のプレイリストを少し追加しました。多くはデイブ・ブルーベックとチャールズ・ミンガスですが、ボブ・ディランやムーンドッグも入っています。ジェフ・ブリッジスも曲を持って来てくれました。ビル・エヴァンスの「ピース・ピース」という曲なのですが、最終的に劇中で使うことにしました。私たちが聴いていたのは必ずしもニューヨーク生まれの音楽ではありませんが、ニューヨークに影響を受けたものです。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
「ジョアンナのヴィジョン(ボブ・ディランの曲)」からはご存知の通り登場人物の名前をとっています。ニューヨークの曲というわけではありませんが、ストーリーの一部となっています。私は音楽や詩はナレーションのような役割を果たせると思っています。「ジョアンナのヴィジョン」はまさにピッタリな例です。
まるでバケーションのような撮影
──ジェフ・ブリッジスの出演が最初に決まったとのことでしたが、彼との仕事はどうでしたか?
もしあなたがジェフ・ブリッジスと一緒に働くことへの良いイメージをお持ちならば、むしろそれ以上と言えます。彼は温かみのある人です。驚くほど創造的で制作のプロセスに対してとても敬意を払います。そして役者たちの素晴らしいリーダーです。現場では皆をリラックスさせて“僕は緊張しているけど君は?”と話しかけます。すると皆も“ええ、私も”などと応えていて、まるで家族のようでした。あの温かさは作品のエネルギー源となっています。皆がリスクを恐れず仕事ができるポジティブなエネルギー源です。彼はまた非常に思慮深い俳優です。例えば、トーマスが摂氏85℃について話をしているときジェラルドがこう言います。“ちょうどヘロインを炙る温度だ―きっちりとね。”彼は“温度だ―”と“きっちりとね”のあいだに間をとることで、ジェラルドが長いことヘロインの常習者だったことをほのめかしています。医療的な診断ではなく、観る側が個人的に理解します。あの間はジェフが作り上げたもので、このセリフ1つで彼について多くのことが分かります。ジェラルドには中毒になり、苦しみ、そして乗り越えた過去がある。ジェフが発した1つのセリフからこれだけのことが読み取れる素晴らしい瞬間です。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』ジェフ・ブリッジス(右)とカラム・ターナー(左) © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
──トーマスにはカラム・ターナーを起用していますが、彼を配役した決め手は何ですか?
私たちは、大人と少年の狭間にいる俳優を探す必要がありました。ジョアンナが恋に落ちても不思議ではなく、しかし同時にミミのような女性ともデートしていそうな男性。とても微妙なバランスを求められます。作品を通して観客がトーマスを応援できることがとても重要なため、若い俳優が必要でした。彼が年をとり過ぎていると違和感があります。さらにカラムはこの役柄をとてもよく理解していましたし、大人と少年の両面の存在感を持っていて完璧だと思いました。
──ともすると魔性の女として描かれそうなジョアンナですが、ケイトは彼女に深みを持たせていますよね。
ええ。ケイトはその点に関してとても慎重で、ジョアンナを丁寧に演じていました。ケイトは彼女を蔑むべきキャラクターとして演じたくなかった。ジョアンナは人を愛することができ、人を救う力をもつ女性です。ケイトにとって救いだったのは、ジョアンナは皮肉にも真実を追求する女性だということだと思います。ジョアンナは人を傷つけかねない反面、あらゆる面でこの作品の中で最も正直な人物です。彼女はイーサンとトーマスの両者を誰よりも深く理解しているのだと思います。
──ピアース・ブロスナンにとっても難しい挑戦だったのではないでしょうか。彼は大きな秘密を抱えていて―ここでネタばらしはしたくないですが―演じるのは簡単ではなかったと思います。
ピアースはとにかく素敵な男性でとても助けられました。彼は洗練されたカリスマ性を持っていて、それは誰もが認めるとても力強いものです。その点に関しては彼の役柄も同じで、この役を演じるのにはある程度勇気がいると思います。この役柄に共存する優しさと怒りを、ピアースは見事に表現しました。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』編集者の父親を演じるピアース・ブロスナン © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
──あなたは超大作を手掛ける一方、『(500)日のサマー』『ギフテッド』そして『さよなら、僕のマンハッタン』などの小規模作品も手掛けてきましたよね。これらは大きく違いますか?それとも基本的なプロセスは同じですか?
『アメイジング・スパイダーマン』を撮る前は、撮影がどんな感じになるか気になりましたが、撮影後に役者たちと交わす会話は同じでした。同様に、技術、展開、カタルシスやニュアンスについて考えますし、多くの側面で似ていました。違いと言えば、準備や人々の期待、そして作品が関わる様々なもののスケールですが、それは制作とは別のことです。これらの違いはありますが、全く違ったアプローチはできません。注目されず期待に応えなくてはというプレッシャーもない、解放された気分でしたよ。映画のクリエイティブな要素を全て集結させ、自分たちが作りたい作品を作れたことは素晴らしかったです。ファンの子供がコスチュームについてどう思うかな、と心配する必要もありませんしね。とても楽しめました。
──では『さよなら、僕のマンハッタン』の制作を一言で表現すると?
楽しくてウキウキする、まるでバケーションのような撮影でした。映画制作における11番目の戒律は“なんじ、ジェフ・ブリッジスと映画を作れ”ですね(笑)。
──次の作品は何ですか?
たぶんTV関係だと思いますが、来年はまた映画を撮りたいと思っています。
(オフィシャル・インタビューより)
マーク・ウェブ(Marc Webb) プロフィール
1974年8月31日、アメリカ出身。ミュージックビデオの監督としてキャリアをスタートさせ、グリーン・デイの「21 ガンズ」、AFIの「ミス・マーダー」などの作品で、MTVビデオ・ミュージック・アワードを受賞。他、ウィーザーやマイ・ケミカル・ロマンスとの仕事でも知られている。2009年、長編映画監督デビュー作『(500)日のサマー』でゴールデン・グローブ賞2部門ノミネートほか数々の賞を受賞し、一躍、映画界からもその才能を認められる。続くヒーロー大作『アメイジング・スパイダーマン』(12)では全世界で7億5千万ドルの興収を上げ批評家からも高い評価を獲得、続編となる『アメイジング・スパイダーマン2』(14)でも監督を務めた。近作にはクリス・エヴァンス出演の家族ドラマ『gifted/ギフテッド』(17)がある。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』
4月14日(土)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国順次公開
大学卒業を機に親元を離れたトーマスは、風変わりな隣人W.F.ジェラルドと出会い、人生のアドバイスを受けることに。ある日、想いを寄せるミミと行ったナイトクラブで、父と愛人ジョハンナの密会を目撃してしまう。W.Fの助言を受けながらジョハンナを父から引き離そうと躍起になるうちに、彼女の底知れない魅力に溺れていく。退屈な日々に舞い降りた二つの出会いが彼を予想もしていなかった自身と家族の物語に直面させることになる……。
監督:マーク・ウェブ
脚本:アラン・ローブ
出演:カラム・ターナー、ケイト・ベッキンセール、ピアース・ブロスナン、シンシア・ニクソン、ジェフ・ブリッジス、カーシー・クレモンズ
劇中曲:「ニューヨークの少年」 サイモン&ガーファンクル
原題:The Only Living Boy in New York
提供:バップ、ロングライド
配給:ロングライド
2017年/アメリカ/英語/88分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch