映画『ラッカは静かに虐殺されている』より ©2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC
去る3月26日(月)、東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所にて、アカデミー賞ノミネート『カルテル・ランド』のマシュー・ハイネマン監督による最新作『ラッカは静かに虐殺されている』の上映シンポジウムが開催された。
本作は、戦闘が激化し混迷を極めるシリア内戦で、秘密裡に結成された市民ジャーナリスト集団と、過激派組織「イスラム国」(IS)とのSNSを駆使した闘いを、現実の出来事とは思えない壮絶な緊迫感で捉えたドキュメンタリー映画である。以下にそのシンポジウムの模様をレポートする。
シンポジウムにスカイプで出演したマシュー・ハイネマン監督。
この日は映画の上映後に、本作の監督であるマシュー・ハイネマン氏がスカイプで出演し、登壇者や会場に集まった観客からの質問に答える形で、製作の動機や本作への思いを語った。
──本作を製作したきっかけは?
ハイネマン:ISについての記事を貪るように読む中で、市民ジャーナリスト集団RBSS(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)の存在を知った。彼らの多くは学生で、最年少は18歳だった。若者たちがメディアを武器にISと闘っていることを、世界中に伝えなくてはならないと思った。
──シリア内戦はアサド政権とISだけの問題ではなく、イラン、ロシア、アメリカなど、国際関係のせめぎあいだが、これについて映画の中で描かれていないのはなぜか?
ハイネマン:私が深く描きたかったのは政治的なことではなく、一般市民の日常であり、RBSSメンバーの人間としての側面を、国際社会に理解してもらいたかった。
──常に命を狙われている彼らを撮影するのは、監督にも危険が迫ったのではないか?
ハイネマン:常に彼らは非常に危険な状態にある。しかし彼らは「これ以上隠れたくない」と言った。自分たちはラッカ出身の実在の人物であることを、彼らは世界に示したかったんだ。わが身を危険に晒しながらも自分たちが何者か公表した。だから、私の危険よりも、彼らのことを知ってほしい。彼らがそのリスクをあえて背負い込んでまで伝えたかったことが何なのかを。
──本作を観た我々は、RBSSからの発信にどう応答していくべきか?
ハイネマン:それは観客の皆さんが答えるべき質問だと思う。我々は皆、スマートフォンを持っている。スマートフォンはRBSSのメンバーたちが声をあげるために使っているツール。ジャーナリストとしての訓練を受けていない一般人でも、彼らと同じように声にあげることができるんだと、世界中の人たちを励ましたかった。この映画を観て心動かされるものがあったならば、それぞれの方法でそれを伝えてほしい。私たちは“声”を伝えなくてはいけない。 この映画を作った目的の一つは、世界中の人々に映画を通してシリア内戦について知ってもらう事。この内戦の被害者は既に500万人を超えている。この映画を鑑賞した後、戦争について、またRBSSについて友人や家族に伝えてほしい。
映画『ラッカは静かに虐殺されている』より ©2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC
また、4名のシリアや市民ジャーナリズムを専門とする有識者らが、「シリア内戦での市民ジャーナリズムを考える」をテーマに座談会を行なった。
日本におけるシリア危機に対する関心の向上と意識変革を主たるミッションに掲げる任意団体“Stand with Syria Japan”の代表を務める東京大学大学院生の山田一竹氏は、本作の感想を「内戦のリアリティではなく、人間のリアリティを描いた作品。 彼らは超人ではなく、僕らと何ら変わらない人間です。これは、自由と尊厳を求めて虐殺と恐怖に立ち向かい続けた、決して沈黙に逃げ込まなかった人間の物語彼らの"人間らしく死にたい”という言葉が胸に突き刺さった。シリアあるいはシリアから亡命した人はそういった事が叶わない状況に生かされている」と述べた。
国境なき医師団・手術看護師として活動されている白川優子氏は「 私が初めてシリアに行った2012年、シリアの人は誰も戦争が始まるなんて思っていなかった。私自身、日本は戦争放棄した平和な国だと思っていたが、最近の動きを見ていると、”平和は努力して保っていかなくてはいけない”と考えるようになった。現在の平和をどのように維持していくか、また次の戦争を生み出さないためにどうするか、と考えていくことがこの映画に対する一つの応答の方法である」 と自身の体験を交えながら語った。
映画『ラッカは静かに虐殺されている』より ©2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC
中東地域研究を専門とする東京外語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授の黒木英充氏は「この映画はいままでのドキュメンタリーと違い、RBSSとIS、アサド政権との内戦に一つの形で参加していると言える作品。これは恐らく21世紀のメディアと戦争のあり方」と研究者の立場から本作を評価し、「ラッカは二重三重四重に虐殺されている。また、ISの教育を受けた、あるいは残虐なシーンをみてきた子供たちへの再教育やリハビリにどう我々は貢献していくか。全世界が責任をもって取り組んでいかねばならない」とシリア内戦へ国際社会が負う責任について言及した。
メディアと社会運動の研究に取り組んできた李美淑氏(東京大学総合文化研究科・特任助教)は、「ISはRBSSを恐れたわけですよね。それは、ラッカの中にいるRBSSのメンバーが映像や肉声をラッカの外にいるRBSSのメンバーへ発信し、それらを受けて世界に発信する。情報をひとつの武器として、ISと戦えることを証明しているのではないか」と語り、続けて「遠い他者の苦痛に、距離を置くのではなく、同じ人間として考え、更に構造的な責任性についても考える必要があり、それをマスメディアがいかに伝えることができるのかを考えたい」と一つの応答の形を提示した。
映画『ラッカは静かに虐殺されている』より ©2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC
マシュー・ハイネマン(Matthew Heineman)
1983年生まれ。ニューヨーク在住。前作『カルテル・ランド』はアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞候補作。2015年のサンダンス映画祭の最優秀監督賞と最優秀審査員撮影賞も受賞する他、多くの映画祭で受賞するなど高い評価を受ける。本作『ラッカは静かに虐殺されている』では、BAFTA英国アカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネート、 DGA全米監督組合賞 ドキュメンタリー監督賞、 シェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭では審査員大賞受賞、CPH:DOX2017観客賞を受賞するなど多くの映画祭で高い評価を受けている。過去作に『ESCAPE FIRE: The Fight to Rescue American Healthcare』(2012)、TVシリーズ『The Alzheimer's Project 』など。次回作は『A Private War』。実在した戦場ジャーナリスト、メリー・コルビンをテーマにした作品。撮影監督はロバート・リチャードソン、出演にロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナンなど。
映画『ラッカは静かに虐殺されている』
4月14日(土)アップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
次々と殺されていく仲間や家族。そして自らにも忍び寄る暗殺の魔の手—。
ドキュメンタリー史上、最も緊迫した90分
監督・製作・撮影・編集:マシュー・ハイネマン(『カルテル・ランド』)
製作総指揮:アレックス・ギブニー(アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞『「闇」へ』監督)
2017/アメリカ/92分/英語・アラビア語/1:2.35/5.1ch/DCP
配給:アップリンク