評論家の川本三郎さん(右)と聞き手の代官山シネマコンシェルジュ・吉川明利さん(左)
3月17日(土)より公開されるハリー・ディーン・スタントン最後の主演作、映画『ラッキー』の公開を記念し、 代官山蔦屋書店のレギュラーイベントの一つ『代官山シネマトーク』と のコラボイベントが3月9日(金)代官山蔦屋書店にて行われた。
自由で堅物で一匹狼、90歳の頑固じいさんラッキーを演じるのは、2017年9月に亡くなった名優ハリー・ディーン・スタントン。『パリ、テキサス』、『レポマン』、『ツイン・ピークス』、『エイリアン』など200本以上の映画に出演しているが、 そのほとんどが傍役である。1977年『傍役グラフィティ 現代アメリカ映画傍役時点』(ブロンズ社刊)にて、彼のことを“しょぼくれハリー”と称した評論家の川本三郎さんをゲストに迎え、 スタントンの魅力や映画の見どころを解説した。
最初に川本さんは映画『ラッキー』について次のように感想を述べた。「正直な話、観る前はあまり期待してなかったんですよ(笑)。主役のスタントンは90歳近くの老人だし、監督は俳優出身のジョン・キャロル・リンチで、初めての監督作品だし。でもね、観たら実に素晴らしくてね。『ラッキー』は、私の昨年のベストワンである『パターソン』の独居老人版と言えます。映画のタイトルも『ラッキー』と『パターソン』と人物の名前だし、ひょうひょうとした市井人の日常をユーモラスに描いているという点でとても似ていると思います」。
①アメリカン・ニューシネマの系譜を生きる俳優
私の世代は、アメリカの西部劇で育っている。この映画は現代劇ですが、アメリカの西部劇の香りがいろんな所でしてとても懐かしい。スタントンが活躍するようになったのは1970年代から。アメリカン・ニューシネマの流れをくむ作品に出演することになって名前が知られていくようになる。アメリカン・ニューシネマの特徴は、アメリカの中西部で時代の流れに取り残された若者をテーマに描く作品が多く、この映画もまさに。冒頭でスタントンがハモニカで<レッド・リヴァー・ヴァレー>を吹くけど、この曲を最初に映画で使ったのはジョン・フォード監督の『怒りの葡萄』(1940年)で、アメリカン・ニューシネマの原点。この映画はまさにそれを受け継いでいる。
ハリー・ディーンの顔と名前が一致したのはジョン・ミリアスの『デリンジャー』。実在したギャングの話で、この中で「俺はツイてない」が口癖の一番さえない男の役を演じた。最後、警察に追われて仲間に知らない街で車からほっぽりだされて、トボトボ歩いて、街の自警団に見つかって「ツイてない」って言いながら射殺されてしまう。
彼はいわゆるマッチョなタフガイみたいなキャラクターとは違う。『ラッキー』でも、いつも通うダイナーの黒人のウェイトレスが家に遊びに来た時に「実は僕には秘密があるんだ、僕は怖いんだ(I'm scared)」って言う。これは実はアメリカン・ニューシネマの代表作『真夜中のカーボーイ』(1969年)のラストでダスティン・ホフマンが言うセリフなんです。それまでのハリウッド映画のマッチョなヒーローと違うということを象徴するセリフです。
映画『ラッキー』より
②ヴェンダース『パリ、テキサス』に
主演で起用された理由
スタントンは決していい男とは言いがたい。どちらかといえば貧相な顔と体格で、ハングリーな風貌。だから、ウディ・アレンの映画になんか絶対出られませんよね(笑)。ニューヨーカーみたいのは無理だし、ロサンゼルスやシカゴといった大都会でも無理。彼が生きる場所というのは中西部のさびれた土の匂いがする街。ハイウェイが一本続いて、モーテルに、ダイナー、捨てられた廃車……。そういう風景に彼はよく似合う。だからヴィム・ヴェンダースは『パリ、テキサス』で彼を主演に起用した。
映画『パリ・テキサス』© 1984 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH, ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH, PRO-JECT FILMPRODUKTION IM FILMVERLAG DER AUTOREN GMBH & CO. KG
③マイノリティを愛するスタントンの自伝的作品
『ラッキー』のもう一つの特色として、メキシコに近い小さな街が舞台で、メキシカンや黒人といったマイノリティが街の主役となっている。ハリー・ディーン演じるラッキーはそういったマイノリティな人々とわけへだてなく親しくしている。ゲイのシンボルだったシンガー、リベラーチェが演奏しているのをテレビでみながらハリーが「ただの派手なゲイだと思っていた俺が間違っていた。彼には才能があった」と言いますが、彼が明らかにマイノリティに共感しているのがよくわかるシーンです。
映画『ラッキー』より
この作品にも出演しているデヴィッド・リンチの作品の中で、最もデヴィッド・リンチらしくないといわれているの『ストレイト・ストーリー』(1999年)は、『ラッキー』ととても似た映画です。まず主人公が老人である。そしてスタントンと同じく名傍役として知られるリチャード・ファーンズワースが主演し、アメリカ中西部を舞台にしたロードムービーである。そして、主人公の男アルヴィンのお兄さんライルをハリー・ディーン・スタントンが演じている。さらに、リチャード・ファーンズワースが旅の途中でバーで戦争体験を話すシーンが『ラッキー』でもそっくりのシーンが出てくる。ほんとうに繋がっていますね。
映画『ラッキー』より、ハリー・ディーン・スタントンとデヴィッド・リンチ
④デビュー作はヒッチコック『間違えられた男』
ハリー・ディーン・スタントンのデビュー作にはいろいろな説があるのですが、信用しているアメリカの傍役辞典を見ますと、第一作がアルフレッド・ヒッチコックの『間違えられた男』(1956年)になっているんですね。DVDで何度も確認しましたが、クレジットもないし、はっきりしない。(映像をみながら)ヘンリー・フォンダが階段で若者とすれ違うんですが、この特徴的な鼻から、彼がハリー・ディーンなんじゃないかと思います。ヒッチコック作品でデビューなんて意外ですね。
映画『間違えられた男』のワンシーン
⑤ポール・ニューマンに音楽指導、
ミュージシャンとしての顔も
ハリー・ディーン・スタントンは音楽家としても活動していましたが、ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』(1967年)で、ポール・ニューマンと一緒に刑務所に放り込まれる囚人を演じています。その中で歌を上手に聞かせているんですが、この映画でポール・ニューマンに歌の指導をしたのがハリー・ディーン・スタントンなんです。
『ラッキー』でも、終盤でスタントンが、メキシコ音楽のマリアッチの恋の歌「ボルベール、ボルベール」を歌うシーンは、特にいいんです。歌詞も素晴らしい。私はそのシーンを毎晩観ながら寝ているくらい、それほど最高の場面です。
▼「ボルベール、ボルベール」リンダ・ロンシュタットのバージョン
メキシコ人の人たちと白人が一緒に歌う、この設定で、ある映画を思い出しませんか?『ワイルドバンチ』(1969年)です。ワイルド・パンチたちがメキシコの村に行き、村の人たちに歓迎されて、最後村を出ていくときに村人たちが唄を歌う、おくりだす場面。この映画の製作スタッフは『ワイルドバンチ』も参考にしたんでしょうね。
映画『ラッキー』より
映画『ラッキー』
2018年3月17日(土)、
新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷、
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
神など信じずに生きてきた90歳のラッキーは、今日もひとりで住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。いつものバーでブラッディ・マリアを飲み、馴染み客たちと過ごす。そんな毎日の中でふと、人生の終わりが近づいていることを思い知らされた彼は、「死」について考え始める。子供の頃怖かった暗闇、去っていった100歳の亀、“エサ”として売られるコオロギ――小さな町の、風変わりな人々との会話の中で、ラッキーは「それ」を悟っていく。
監督:ジョン・キャロル・リンチ(『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』出演)
出演:ハリー・ディーン・スタントン(『パリ、テキサス』『レポマン』『ツイン・ピークス The Return』)、デヴィッド・リンチ(『インランド・エンパイア』『ツイン・ピークス』監督)、ロン・リビングストン(『セックス・アンド・ザ・シティ』)、エド・ベグリー・ジュニア、トム・スケリット、べス・グラント、ジェイムズ・ダレン、バリー・シャバカ・ヘンリー
配給・宣伝:アップリンク
2017年/アメリカ/88分/英語/1:2.35/5.1ch/DCP
▼映画『ラッキー』予告編
映画『パリ、テキサス』
2018年3月17日(土)より アップリンク渋谷にて2週間限定上映
84年度カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞、ロードムービーの最高傑作!
荒野の果てに何があるのか――トラヴィスは歩き続ける。84年度カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞、ロードムービーの最高傑作!記憶を失い、荒野をひとり彷徨う男トラヴィス。4年間失踪し続けた理由とは?息子との絆を取り戻し妻への愛を貫く男が夢見た、”パリ、テキサス”。音楽をライ・クーダー、撮影はロビー・ミュラーが担当、ヴェンダース監督の代表作。84年度カンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞。
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:サム・シェパード
撮影:ロビー・ミュラー
音楽:ライ・クーダー
出演:ハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキー、ハンター・カーソン、ディーン・ストックウェル
1984年/フランス・西ドイツ/146分
『映画の中にある如く』
著:川本三郎
発売中
382ページ 2,700円(税込)
出版社: キネマ旬報社
☆購入はジャケット写真をクリックしてください。
Amazonにリンクされています。