映画『ゆれる人魚』より ゴールデン役のミハリーナ・オルシャンスカ(左)とシルバー役のマルタ・マズレク(右)© 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
ポーランドの若手映画作家のなかでもっとも才能あふれる女性監督といわれるアグニェシュカ・スモチンスカ監督。webDICEでは2月10日(土)より公開される長編映画デビュー作『ゆれる人魚』のインタビューを掲載する。
スモチンスカ監督は人間を食べる習性を持つ人魚の姉妹が、ナイトクラブのシンガーとしてスターとなる過程と恋愛模様を、キッチュでミュージカル的な演出で描き出している。「人魚」という古典的なモチーフとクラブの「箱バン」が奏でる80年代のエレクトロニック~ディスコ・ミュージックの相性がこんなにも良いものだとは!今回のインタビューでもアメリカの女性写真家ナン・ゴールディンにインスパイアされたと明かしているが、「人を食べずにはいられない」性(さが)を抱えた美しい姉妹の運命を、80~90年代の「ガーリーフォト」のグラビアから抜け出してきたかのよう色彩と、ときにホラー的な残酷描写も交え描き出している。
「人魚の人間への恋が不可能であることを描いている点で、私の物語はアンデルセンのものと同様ですが、私にとって人魚はまだ大人の女性ではない少女のメタファーでもあります。この映画の目的は、思春期と結びついた感情や経験を思い起こさせることでした。初めての月経、初めてのタバコ、お酒、性的経験、恋愛の妄想……それらは人生のすべてであり、私たちのアイデンティティを形成した大切なものたちです。それらを失えば、自分も一緒にいなくなってしまうように思えるものたちです」(アグニェシュカ・スモチンスカ監督)
1980年代の“ダンシング・レストラン”が舞台
──本作は、元々ミュージカルとして撮るつもりだったのですか?
いいえ。最初はシンプルな心理ドラマとなる予定でした。本作の音楽を手がけたスザンナとバルバラのヴロンスキ姉妹の伝記としてつくられるはずだったのです。脚本家のロベルト・ボレストが姉妹と親しくしていて、彼女たちの両親がダンシング・レストランでパフォーマンスしていたことを知っていました。彼女たちの子供時代は、ウォッカやパーティーで彩られていて、両親は常に不在。バルバラはそのような環境を居心地悪く感じていたのです。この興味深いプロジェクトが成立しそうにないと確かになったとき、ロベルトが言いました。「ふたりの少女を主人公にする代わりに、主人公ふたりを人魚にしてしまおう」。驚いたことに、このアイディアにバルバラはすぐに同意してくれました。人魚は少女たちが隠れる仮面となったのです。
人魚は歌を歌いますし、映画の舞台はナイトクラブです。そこで、映画は自然とミュージカルになったというわけです。そして私たちの人魚はホメーロスが書いた人食い人魚でした[注:ギリシア神話に登場する、美しい歌声で船人たちを惑わし食い殺す海の怪物セイレーンのこと]。こうして、『ゆれる人魚』はホラー映画にもなったのです。
映画『ゆれる人魚』より、シルバー役のマルタ・マズレク(右)、ゴールデン役のミハリーナ・オルシャンスカ(左)© 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
映画『ゆれる人魚』より 人魚の姉妹をクラブに出演させるシンガー、クリシア役のキンガ・プレイス(中央)© 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
──映画の主な舞台は人魚の姉妹、シルバーとゴールデンがパフォーマンスをするダンス・ホールです。1980年代の“ダンシング・レストラン”はふつうのナイトクラブと何が違うのですか?
共産主義政権下、ダンシング・レストランはとても人気でした。人々がやってきて、素晴らしいミュージシャンたちによる、ポーランドとアメリカのヒット曲のライヴ演奏を楽しむ場所でした。金曜日と土曜日、MCやストリッパー、マジシャン、バンドによる特別なプログラムが用意され、人々はペアでダンスを踊りました。ダンシング・レストラン文化は東欧圏の国独特のものです。人々が政治から逃れられる場所でした。ダンスは、異なる階級の人々の垣根を取り除き、役人、指導(監督)者、タクシー運転手、銀行家といった人たちが良いひと時を過ごしにそこへ行きました。ダンシング・レストランは、食事も美味しく、肉やコカコーラ、上質なウォッカ、コニャックといった、食料品店では買えないものが置いてありました。西の世界を覗ける場所だったのです。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
『ゆれる人魚』はハイブッリッドなジャンルの作品です。ラブストーリーであり、ミュージカルであり、夢のようなファンタジーホラー映画でもあります。大人向けのおとぎ話とでも言えばいいでしょうか。アイディアの根元にあるのは、大きなダンスホールでくり広げられるパーティーというキッチュな世界です。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
人魚は貪欲だが、繊細な存在
──人魚の神話のどこに惹かれましたか?
子供のとき、母はおとぎ話よりも神話をよく聞かせてくれました。オルペウスとの戦いに敗れた人魚[注:セイレーン]の話を覚えています。彼のハープの音楽にあわせて歌を歌い、崖から海へ身を投げ、海の泡となった人魚たちです。人魚は魂を導く者だという神話も覚えています。人が最後を迎える瞬間に付き添うのです。人魚の神話をより深く見てみると、しばしば邪悪で、粗野、肉食として描かれていることに気付きます。私の神話において、人魚は人間世界の原則に従おうとし、自分たちのアイデンティティを失ってしまう、貪欲だが、繊細な存在です。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
──あなたはこの映画を“大人のおとぎ話”としていますが、アンデルセンの物語の中に既に存在するテーマを扱ったと感じていますか?
人魚の人間への恋が不可能であることを描いている点で、私の物語はアンデルセンのものと同様ですが、私にとって人魚はまだ大人の女性ではない少女のメタファーでもあります。この映画の目的は、思春期と結びついた感情や経験を思い起こさせることでした。初めての月経、初めてのタバコ、お酒、性的経験、恋愛の妄想……それらは人生のすべてであり、私たちのアイデンティティを形成した大切なものたちです。それらを失えば、自分も一緒にいなくなってしまうように思えるものたちです。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
──成長期の多くの時間を母親が経営するレストランで過ごしたあなたにとって、『ゆれる人魚』はとても私的な映画というわけですね。あなたの記憶は、どのようにこの映画を形作っているのでしょうか?
私は子供時代をシュクラルスカ・ポレンバとコバリにあった母が経営するダンシング・レストランのバックルームで過ごしました。壁越しに、生演奏のビートが聞こえてきました。休憩の間、スパンコールのジャケットを着て汗をかいたミュージシャンたちが小さい着替え部屋に座り、エロティックな音楽にあわせて身を揺らします。ダンスフロアでは、美しい、香水の香りのする女性たちが踊っています。彼女たちはエレガントで、時にどんどん酔っ払っていったようでした。痩せたウェイターたちは客の間を忙しく動き回ります。数時間飲み続けているスーツ姿の男たちは動きが鈍くなってきます。最後に帰っていく人々の声に起こされ、空虚さだけがそこには残ります。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
ナン・ゴールディンの世界にもインスパイアされた
──ナイトクラブと登場人物たちが暮らすステージ裏の世界は、ステージの上とはとても違う印象を受けます。美術監督、撮影監督とはどのようにこれらの空間を作り上げたのですか?
撮影監督のクバ・キヨフスキには、脚本を片手に、もう片方の手にはヴロンスキ姉妹の曲の入ったCDを渡しました。彼はサイケデリックな歌詞と暴力的な脚本の不協和音を耳にし、この映画は二重性の連続だと理解しました。つまり、野獣性と人間性、そして繊細さと残忍さです。一方では魅惑的でキラキラとしていて、他方では汚く堕落したナイトクラブのような世界を提示する方法を模索しました。デザインの出発点は、アレクサンドラ・ヴァリシェツカのアートでした。彼女は、大人のためのおとぎ話の登場人物たちに、屈折したペインティングを施してくれました。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
美術監督のヤンナ・マハと私が考えていたのは、観客には登場人物たちと一緒に水中世界からドキドキする街の世界まで旅をしてほしいということでした。そこで彼女は鏡や光の反射を利用して、モノクロで寂しい少女たちの故郷と対比するナイトクラブの世界を作り上げました。美しく、脆弱で、むきだしの大人のための世界を表現するナン・ゴールディン[注:アメリカの現代写真界の第一人者といわれる写真家。麻薬と暴力と性に依存するアウトサイダーたちの姿を写しだした作品でよく知られる]の写真にもインスパイアされました。
映画『ゆれる人魚』より © 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
──あなたはふたりの“人魚”をどのように演出したのでしょう?
撮影の数ヶ月前、トレーナーたちと私は、女優のふたりと、1シーンずつ本読みを行いました。感情的にも、体力的にも一番難しいと思っていたシーンを演じてみました。セリフのリハーサルではなく、紐づく感情や体の動きといった部分——脚を持たず、人間世界で動物であるというのはどのように感じるものなのか——を試してみるためでした。撮影では、この経験がとても役立ちました。特にシルバー役のマルタを演出しているときです。「リハーサルを覚えている?」と聞けば、彼女のトレーニングの記憶を呼び起こすことができました。ゴールデン役のミハリーナにとって最も難しいシーンは、心理的な率直さが求められるシーンでした。異なる世界から来たふたりでしたが、今は姉妹のように親しい間柄となったことを嬉しく思います。
(オフィシャル・インタビューより)
アグニェシュカ・スモチンスカ(Agnieszka Smoczyńska) プロフィール
1978年、ポーランド生まれ。シレジア大学カトヴィツェ校映像学部クシュトフ・キェシロフスキ映画学校卒。在籍中に、『The hat』と『3 Love』を制作し、各国の国際映画祭で数々の学生映画賞を受賞。2007年に、『ゆれる人魚』の脚本家ロベルト・ボレスト脚本による『アリア・ディーヴァ Aria Diva』を監督。本作により、クラクフ映画祭とニューヨーク映画祭で複数の賞を受賞。『ゆれる人魚』は長編映画デビュー作。ポーランド最大の映画祭、グディニャ映画祭で新人監督賞とメイキャップ賞を受賞。間違いなく、ポーランドの若手映画作家のなかでもっとも才能あふれる女性監督である。また正式発表はされていないが、2017年2月時のインタヴューによれば、次の作品としてデヴィッド・ボウイの音楽をもとにしたSFオペラを構想しているとのこと。
映画『ゆれる人魚』
2月10日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
映画『ゆれる人魚』
はじめての舞台、はじめての恋、はじめて吸うタバコ──
「はじめて」の先にある、私たちの運命
人魚の姉妹が海からあがってくる。辿りついたのは80年代風のワルシャワのナイトクラブ。ふたりはワイルドな美少女。セクシーで生きるのに貪欲だ。一夜にしてスターになるが、ひとりがハンサムなベース・プレイヤーに恋してしまう。たちまちふたりの関係がぎくしゃくしはじめ、やがて限界に達し、残虐でちなまぐさい行為へとふたりを駆り立てる。
監督:アグニェシュカ・スモチンスカ
出演:キンガ・プレイス、ミハリーナ・オルシャンスカ、マルタ・マズレク、ヤーコブ・ジェルシャル、アンジェイ・コノプカ
2015年/ポーランド/ポーランド語/カラー/ DCP/92分
提供:ハピネット
配給:コピアポア・フィルム
英語タイトル:「THE LURE」