映画『スリー・ビルボード』 (C)2017 Twentieth Century Fox
本年度アカデミー賞で6部門7ノミネートされている映画『スリー・ビルボード』が2月1日(木)より公開。webDICEではマーティン・マクドナー監督のインタビューを掲載する。
主演に『ファーゴ』のフランシス・マクドーマン、共演に監督の前作『セブン・サイコパス』にも出演したサム・ロックウェルとウディ・ハレルソンを迎え、無残に殺された娘の敵討ちに奔走する母ミルドレッドが、「レイプされて死んだ」「なぜ? ウィロビー署長」「犯人逮捕はまだ?」という3枚の看板広告を出したことにより起こる田舎町での騒動、そして地元警察とのやりとりを描いている。娘を殺された母親の復讐譚かと思いきや、物語が観客の善悪の概念を越えたところに転がっていていく物語運びが秀逸だ。地方都市の家庭にあるDVや女性・黒人への差別など現在の社会問題も踏まえ、母親が善人、事件の捜査に困窮する警察が悪人という対立がどんどんねじれていく物語を堪能することができる。今回のインタビューでも、俳優たちの演技を引き出すマクドナー監督ならではの俳優との接し方について語っている。
この作品はゴールデン・グローブ賞でドラマ部門作品賞、主演女優賞、助演男優賞(サム・ロックウェル)、脚本賞を受賞。先ごろノミネートが発表されたアカデミー賞でも、作品賞、主演女優賞、助演男優賞(サム・ロックウェルとウディ・ハレルソン)、脚本賞、編集賞、作曲賞にノミネートされ、受賞に期待が高まっている。
「主人公ミルドレッドが住む、看板が立つ道が見える家はグリーンバックで合成しなくてはいけないかもと心配していました。道路が見つかり、今度はその道路を見下ろせる家を一軒ずつ訪ねて回りました。そしてついに見つけました。低所得層の家で、同時に見晴らしの良い場所でなくてはなりませんでした。そんな町があったのがノースカロライナのブラックマウンテンです。スタッフは『見栄えが悪い』といやがりましたが、私はすばらしいと思いました」(マーティン・マクドナー監督)
ユーモアがある悲劇
──試写での反応はいかがでしたか?
試写というのはいつも捉えがたいものがあります。笑いがおこればウケているということですが、静まり返って冷や汗をかく時もあります。ダークな映画ですから。映画の後半に、ダークな場面が続いた後なのに、笑いが取れればお客さんは分かってくれていたということです。終わり近くにディンクレイジのジョークがあります。ひねくれたジョークですがそこで笑ってくれればお客さんはこの映画を楽しめたのだと分かります。でも本当にふたを開けてみないと分かりません。『ヒットマンズ・レクイエム』は最初にアメリカで公開されましたが映画評はひどいものでした。「監督は分かってない。コメデイなのかホラーなのかも」それがやりたかったことなのです。ですから今や、私の映画を見にくる人は私がダークなコメデイをやると知っていますので、知識ゼロからのスタートではなくなっただけ良い状況だと思います。
映画『スリー・ビルボード』マーティン・マクドナー監督
──『スリー・ビルボード』は今までで最もダークな作品でしょうか。
もっとも悲しい映画です。戯曲では同じくらいに悲しい作品がありますがそれとは違いがあります。主人公は女性ですし、背負っている娘に起きた過去はあまりに過酷です。そんな悲劇として物語は始まり。これは笑いごとではないなと観る人は察知します。ところどころにユーモアがある悲劇にいつもなってしまいます。私の好みなのです。
映画『スリー・ビルボード』ウィロビー役のウディ・ハレルソン(左)と主演・ミルドレッド役のフランシス・マクドーマン(右) (C)2017 Twentieth Century Fox
つまり、撮影中は誰もが映画のテーマに忠実でなくてはなりませんでした。笑いを撮ることが目的ではありません。悲劇がテーマです。特にフランシスの役柄に関しては、彼女の戦いを讃えることがテーマです。撮影自体は殺伐としたものでも、気が滅入るようなものでもありませんでした。その正反対です。最高に楽しい撮影でした。しかし、能天気なお笑いだけにならないようにといつも心がけていました。
映画『スリー・ビルボード』 (C)2017 Twentieth Century Fox
良い役者の邪魔にならないようにする、良い脚本を書く
──あなたの映画の役者は監督の撮影道具のような存在では決してありません。どのように共同作業されているのですか。
私はその役者が好きで起用していますので、次々に入れ替わる大道具のように役者を扱うことはありえません。最高の役者に出てもらっていますからいつも意見を出し合います。自分の考えを、私の場合は主に脚本に込めて、役者に知ってもらい、あとは彼らの考えにまかせます。良い役者の邪魔にならないようにする、良い脚本を書く――それが監督の仕事の要点だと思います。
──舞台から映画に進み、現在は映画を監督されていますが、やりたいことがよりやりやすくなったと感じますか。
はい、今作は特にそうでした。過去3作で一番楽しい撮影でした。なんといっても出資者の方々が自由に撮らせてくれたからです。ひとことの注文もありませんでした。こんなことは今までに一度もありませんでした。ですから、映画の重いテーマに反し、本当に楽に仕事ができました。撮影監督も前作と同じでしたし、メインの助監督も同じでした。この駆け出し3人組もスムーズに行った理由です。役者の方も8人は『ヒットマンズ・レクイエム』、『セブン・サイコパス』または私の舞台に出演した方々です。このささやかなマクドナー組を大事にしながら今後も映画を撮っていきたいと思います。
映画『スリー・ビルボード』ディクソン役のサム・ロックウェル(左) (C)2017 Twentieth Century Fox
──お兄さんであるジョン・マクドナー監督の役者さんも盗んでいますよね。
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズのことですか?(ケイレブはジョン・マクドナー監督作『バッドガイズ!!』に出演)兄とは一緒に彼の映画を見たので兄にケレイブを独占させませんよ(笑)。サンダンスで『ある神父の希望と絶望の7日間』を上映したとき『LOW DOWN ロウダウン』という映画を兄と見ました。それには『スリー・ビルボード』に出てもらったジョン・ホークスも出ていましたが、ある危なっかしい若手に目が釘づけになりました。あとでそれがキレキレのケレイブとわかったのです。確かに先にケレイブを手に入れたのは兄のジョンでした。でも発見したのは同時だったのです。でもドン・チードルはいつか盗んでやりますよ(笑)。
──マクドナー組が固まってきたらその絆は観客にとっても楽しいものに映りますか。映画が違うものでもファミリー感は出せるものでしょうか。
おっしゃる通りです。70年代初頭には同じ監督の作品に何本も出る性格俳優がいたものです。愉快な気持ちにさせられました。プレストン・スタージェスは自分の映画以外にはほとんど出ない面々を中心とした出演陣をいつも起用していました。私の役者にはそうならずに他の映画にも出て欲しいですが。でも常連役者は好きです。それに、例えば端役で出たある役者がいいなと思っても、他の映画で見なかったらその役者のことを忘れるでしょう。『スリー・ビルボード』と『セブン・サイコパス』を両方観た映画監督は「あの役者は良いな。演技の幅も広そうだ。自分の映画で使ってみようかな」と思うかもしれません。私は自分の役者の就職斡旋をしていたいのです(笑)。
映画『スリー・ビルボード』 (C)2017 Twentieth Century Fox
ノースカロライナで撮影に完璧な町を見つけた
──映画のタイトルに使われているミズーリ州エビングは架空の町です。あなたの戯曲の多くはアイルランドの地名から名前をとっています。『ヒットマンズ・レクイエム』(原題『In Bruges』)もそうです。あなたの作品では場所にこだわっていますか。
絶対に特長のある町にしようとしています。『ヒットマンズ・レクイエム』でもそれははっきりしていました。『セブン・サイコパス』のロスアンジェルスだってそうです。必ずしも歴史のある名所でなくても良いのですがリアルなロスアンジェルスを正しく表せる場所にしたかったのです。
『スリー・ビルボード』ではぴったりくる小さな町を何年も探しました。看板がかかっている道路もイメージに合うまで探し続けました。撮影の2年も前からニューメキシコやコロラドの道路地図に目を光らせていました。「税金で有利なところにしぼりましょう」ということになり、その結果、ミシシッピ、オハイオ、ノースカロライナを探しました。
映画『スリー・ビルボード』 (C)2017 Twentieth Century Fox
ノースカロライナにすごく良い小さな町を見つけました。完璧でした。いくつかのポイントがありました。脚本には2分の長回しシーンが良く出てきますので、それがかなう点がその町に決めた大きな理由でした。端から端まで歩けるくらいのメインストリートがあり、町役場への階段があり、向いには警察がある―そんな場所が欲しかったのです。視覚的な特徴があり、美しくて、訪ねて行きたくなるような所です。
映画『スリー・ビルボード』 (C)2017 Twentieth Century Fox
──フランシスが演じるミルドレッドの家も見つけたそうですね。しかも看板が立つ道が見える場所に。
グリーンバックで合成しなくてはいけないかもと心配していました。道路が見つかり、今度はその道路を見下ろせる家を一軒ずつ訪ねて回りました。そしてついに見つけました。低所得層の家で、同時に見晴らしの良い場所でなくてはなりませんでした。そんな町があったのがノースカロライナのブラックマウンテンです。道路の行き止まりには大きな石切場もありました。スタッフは「見栄えが悪い、気味が悪い」といやがりましたが、私はすばらしいと思いました。とても印象的で他にはない雰囲気を放っていました。寂しい道のそばの丘というだけでは出ない雰囲気です。
(オフィシャル・インタビューより)
マーティン・マクドナー(Martin McDonagh) プロフィール
1970年、イギリス、ロンドン生まれ。脚本家であり映画製作者でもある。舞台の戯曲からキャリアをスタートし、「ウィー・トーマス」でローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作コメディ賞、「ピローマン」と「ハングメン」でローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作戯曲賞を受賞する。その他、「ビューティー・クイーン・オブ・リナーン」、「ロンサム・ウエスト」、「イニシュマン島のビリー」などを手掛け、いずれもロンドンのウエストエンドとブロードウェイで上演され、現在までに40か国以上の国で30以上の言語に翻訳されて上演されている。 2004年、短編映画『Six Shooter』で映画監督デビューを果たし、アカデミー賞R最優秀実写版短編映画賞に輝き、一躍注目される。その後、脚本も担当した初長編映画となる『ヒットマンズ・レクイエム』(08・未)で、アカデミー賞R脚本賞にノミネートされ、英国アカデミー賞脚本賞を受賞する。2012年には、コリン・ファレル、サム・ロックウェル、ウディ・ハレルソン共演の『セブン・サイコパス』の製作、監督、脚本を務める。 その他、ブレンダン・グリーソン、ドン・チードル出演の『ザ・ガード ~西部の相棒~』(11・未)の製作総指揮、『ナショナル・シアター・ライヴ2017/ハングメン』(16)の脚本を手掛ける。
映画『スリー・ビルボード』
2月1日(木)全国ロードショー
最愛の娘が殺されて既に数ヶ月が経過したにもかかわらず、犯人が逮捕される気配がないことに憤るミルドレッドは、無能な警察に抗議するために町はずれに3枚の巨大な広告板を設置する。それを不快に思う警察とミルドレッドの間の諍いが、事態を予想外の方向に向かわせる。
監督・脚本・製作:マーティン・マクドナー『セブン・サイコパス』
出演:フランシス・マクドーマンド『ファーゴ』、ウディ・ハレルソン『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』、サム・ロックウェル『コンフェッション』、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ、ルーカス・ヘッジズ
原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
配給:20世紀フォックス映画