映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』より、学生時代のデヴィッド・リンチ監督
1月27日(土)より公開する映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』の先行特別試写会が1月16日(火)、アップリンク渋谷で行なわれ、ゲストに幻想文学研究家・翻訳家の風間賢二氏が登壇。デヴィッド・リンチとアメリカ芸術の関係性について熱弁をふるった。
「ゴシック、シュルレアリスムというのは、基本的にマニエリスム(極度の技巧性、時に非現実的で不自然なまでの誇張などの特色を持つ芸術様式)が形を変えたもの。そういう意味でリンチは、グロテスクで、日常から逸脱したものを開発していく“現代のマニエリスト”とも言ってもいい。」(風間賢二氏)
健康的なイメージのアメリカから、
暗黒・悪夢的なイメージの世界へ
本作は、映像作品のみならず、絵画、写真、音楽など様々な方法で表現活動を続けているデヴィッド・リンチが、美術学生時代の「退屈」と「憂鬱」、悪夢のような街フィラデルフィアでの暮らし、長編デビュー作『イレイザーヘッド』に至るまでを自らの語ったドキュメンタリー映画。
風間賢二氏
デヴィッド・リンチが美大生時代を過ごし、「恐怖が垂れ込める意地の悪い街」と称するフィラデルフィアでの生活について風間氏は、「父親が森林関係の仕事をしていたため、田舎で少年時代を過ごしたリンチだったけど、突然大都市のフィラデルフィアに移って美術学校に入った。環境が全く変わったわけですよね。しかも、60年代は激動の時代。当時のフィラデルフィアは、不況により廃墟だらけの工場が立ち並び、大暴動や大火災が起こっていた。リンチが当時住んでいた場所は近所に死体安置所があって、そこに通って死体を観察していたと映画の中でも話していましたよね。50年代のいわゆるアメリカンドリーム的な、非常に清潔で豊かで健康的なイメージのアメリカから、フィラデルフィアの暗黒・悪夢的なイメージの世界で過ごしたことが彼のアートライフに影響を与えたのでは」と説明。
映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』より、リンチ監督によるアート作品『Oh My Thoughts They Are So Mixed Up And Funny』(2013)
続けて「フィラデルフィアはアメリカン・ゴシック発祥の地でもあるんです。ゴシックロマンスは18世紀の英国から始まり大流行するのですが、それがアメリカにやってきて、アメリカ小説の父と言われるC.B.ブラウンが『ウィーランド』でゴシック小説を書いたんです。ブラウンはフィラデルフィア出身で、この小説の舞台もフィラデルフィアです。アメリカの小説は全てゴシック・ロマンスだという意見があるように、アメリカの根底にはゴシックが流れているように思います。ですから、ブラウンの後にはエドガー・アラン・ポー、ハーマン・メルヴィルやナサニエル・ホーソーン、アンブローズ・ビアス、20世紀になるとH.P.・ラヴクラフト、その他にも、ウィリアム・フォークナーやフラナリー・オコナーなどのサザンゴシック、そしてカポーティなど、アメリカン・ゴシックが発展してきた」と解説した。
映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』より、リンチ監督によるアート作品『- This Man Was Shot 0.9502 Seconds Ago』 (2004)
アメリカにおけるゴシックもシュルレアリストも、
フィラデルフィアから誕生
さらに、リンチの作品について、「よく言われることだが、シュルレアリスムに非常に影響を受けている。シュルレアリスムはアメリカではフランスより20~30年遅れた50年代に花開いた。ブルトンらシュルレアリストたちがアメリカに亡命してきて、やっと流行ったんです。なぜそれまで流行らなかったかというと、一説によると、ディズニーとチャップリン、バスター・キートンがいたから必要なかったと言われている」と述べ、「アメリカにはシュルレアリストはあまりいないのですが、写真家マン・レイは、アメリカ最初のシュルレアリストと言えますね。しかも、彼はフィラデルフィア出身なんです。アメリカにおけるゴシックもシュルレアリストも、フィラデルフィアから誕生している」と言及。
映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』より、リンチ監督によるアート作品『Bob's Second Dream』(2011)
トークイベントの後半では、リンチの処女作『Six Figures Getting Sick』(1967)を見ながら、「処女作には作家のすべてがあるとよく言われるが、この作品にもリンチ的要素が詰まっているんです。ユーモアが全体に散りばめられていますが、タイトルはシャレになっていますね。“six”と“sick”がかかっています。あとは、嘔吐するシーンは、いわゆるジュリア・クリステヴァが説いたアブジェクション(おぞましいもの)理論の実践ですね。ゾンビものやスプラッターがなんで気持ち悪いかっていうのも、アブジェクションで解釈できます。リンチはよくこのアブジェクション理論を用います。『The Alphabet』(1968)という作品がありますが、これもゲロ吐きまくり、血吐きまくり。まさにホラーとゴシックです」と解説。
▼デヴィッド・リンチ監督による短編『Six Figures Getting Sick』(1967)
そして短編『The Grandmother』(1970)にも触れ、「この作品はゲロではないけど、おねしょが出てきます。アブジェクション、つまり嫌悪され、排除されるものが描かれています。体液ですよね。血とか性癖だったり、排泄物が具体的に描かれている。両親に虐待されている少年が、おねしょをしたベッドの上でサボテンみたいな気色悪い植物を育てて、その植物からおばあちゃんが出てくる。やっぱり悪夢的で、グロテスクな、変身の話ですね。リンチはカフカの『変身』を愛読していたが、カフカも、ゴシックやシュルレアリスム、そして表現主義、基本的にはアンチ古典ですよね」と説明。
映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』より
最後に「ゴシック、シュルレアリスムというのは、基本的にマニエリスム(極度の技巧性、時に非現実的で不自然なまでの誇張などの特色を持つ芸術様式)が形を変えたもの。そういう意味でリンチは、グロテスクで、日常から逸脱したものを開発していく“現代のマニエリスト”とも言ってもいい」と締めくくった。
風間賢二(かざま・けんじ) プロフィール
1953年東京生まれ。早川書房で編集業務に携わったのちフリーライターに。幻想文学研究家・翻訳家として数々の作品を手がける。『ホラー小説大全』で第51回日本推理作家協会評論部門賞受賞。ポストモダン文学に関しては『オルタナティヴ・フィクション』、大衆小説に関しては『ジャンク・フィクション・ワールド』、ファンタジーに関しては『きみがアリスでぼくがピーターパンだったころ』、ミステリーに関しては『怪奇幻想ミステリーはお好き?』などの主著がある。翻訳書としては、S・キング『ダークタワー』シリーズやアメコミ『ウォーキング・デッド』シリーズなど多数。
映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』
2018年1月27日(土)より、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
アメリカの小さな田舎町で家族と過ごした幼少期、アーティストとしての人生に憧れながらも溢れ出る創造性を持て余した学生時代の退屈と憂鬱。後の『マルホランド・ドライブ』(2001年)美術監督である親友ジャック・フィスクとの友情。生活の為に働きながら、助成金の知らせを待った日々。そして、当時の妻ペギーの出産を経てつくられた長編デビュー作『イレイザーヘッド』(1976年)に至るまでを奇才デヴィッド・リンチ自らが語りつくす。
監督:ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム(『ヴィクトリア』脚本)
出演:デヴィッド・リンチ
配給・宣伝:アップリンク
2016年/アメリカ・デンマーク/88分/英語/DCP/1.85:1
原題:David Lynch: The Art Life
©Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016