映画『デトロイト』アルジェ・モーテルに急行したことで事件に巻き込まれる食料品店の警備員ディスミュークスを演じたジョン・ボイエガ © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』で知られるキャスリン・ビグロー監督が、1967年7月のアメリカ史上最大級の人種暴動のさなかに起きた、白人警官が強制尋問を行なった「アルジェ・モーテル事件」を描く『デトロイト』1月26日(金)より公開。webDICEではビグロー監督のインタビューを掲載する。
白人女性監督のキャスリン・ビグローの『デトロイト』は、黒人男性コメディアン、ジョーダン・ピール監督のデビュー作『ゲット・アウト』とコインの裏表であり、そのコインはアメリカ社会の同じ方向に投げつけられている。両者とも主義主張をストレートに演説すような映画ではなく、エンタメとして多くの観客に観てもらうことにエネルギーを注がれている。『デトロイト』は徹底したリサーチによりフィクションを構築し、リアルさを観客に感じさせるため、手持ちカメラと監視カメラのような固定カメラを駆使した撮影により、あたかもカメラが時空を超えて、1967年7月のあるモーテルを密着取材したドキュメンタリーのように捉える。物語面でも事実に沿い、当時のR&Bグループ『ザ・ドラマティクス』の話を軸にし音楽ファンにも届けようとする。一方『ゲット・アウト』はコメディという笑いを味方にする。そして、全米公開の興行収入を見るとコメディの方が一桁違う興収の差をつけて支持されているのは興味深い。
個人的には、ニューヨークに何度か行き、アメリカ映画やドラマを数多く観ても、この二つの映画が訴える黒人差別問題は、正直肌で感じることはできていない。ただ、黒人警備員を演じるジョン・ボイエガ、当時の3人の警官を一人の役にしたリンチをする白人警官を演じるウィル・ボールターは、イギリス人でありながら本役に抜擢されている。ポールターは「人種差別というのは世界的な問題であるから、僕にとっても全く関係のない問題ではない」と発言している。アメリカ社会に投げつけられた映画であはるが、日本の観客としてもまさに「全く関係のない問題ではない」映画だ。
日本では、芸人によるブラック・フェイス問題が騒がれているが、ネットで瞬時に世界と繋がる時代には、無知は恥であり、セクハラも差別も世界規準として捉えるべきだろう。
『デトロイト』は、トランプ政権下のアメリカで、50年前と何一つ変わっていない黒人差別問題に対して「芸術の目的が変化を求めて闘うことなら」その映画を作るというフィルムメーカー、キャスリン・ビグローの怒りであり、「この映画が、少しでも人種に関する対話を促すための役に立つこと」とビグロー監督が世界に投げたメッセージは確かに受け取った。
(文:浅井隆)
詳細までこだわった60年代のディティール
──60年代を背景にした映画を作るにあたってはどのような難しさがありますか?60年の使い古された映像イメージを避けるのは大変ではありませんか?
不思議なことに、それについては気にしたことがありません。でも私にとって、時代性の正確な映画にするという点は非常に重要だった。だから詳細までこだわりました。例えば、アメリカは、現在では道路に2本の黄色のラインが引かれている。当時それはなかったから、すべてのシーンで道路の1本のラインを消したのです。
映画『デトロイト』キャスリン・ビグロー監督 © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──撮影はボストンでされたそうですが、デトロイトで撮影できなかったのは残念でしたね。
それは予算上の問題でした。撮影する1年前にデトロイト市のやっていた映画撮影税金免除が廃止されてしまったのです。そうでなければデトロイトで撮影するのが完璧でした。クルーを雇ったり、その為のセットを作ったり、準備までしていたのですが、税金免除の法律が廃止されることが本決まりになって、たったの3日で、撮影をボストンに移動することになった。ボストンの映画撮影の税金は比較的安いので、予算の上で随分節約になりました。ボストンこそ、米国での映画撮影のホットスポットです。
映画『デトロイト』 © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──『ハート・ロッカー』でアカデミー賞監督賞を受賞するなど、これまで素晴らしい映画を作ってきたあなたほど名のある監督でも、いまだにそうやって予算を工面するのが難しいのですか?
いつも予算をとるのは難しいです。あと責任という問題もああります。桁外れの予算を使いたくはないのです。責任を持てる範囲の予算で映画を作ることを心掛けています。
──『ゼロ・ダーク・サーティ』のプロダクション・デザイナーだったジェレミー・ヒンドルが美術を担当しています。
当時の雰囲気を完璧に反映しながら、人工的かつ機械的な不自然さがなく、全体の調和がとれた時代環境を作り出すことが最も重要でした。ジェレミーの芸術的才能がそれを実現してくれました。
事実を凝縮し物語を作り上げることが映画
──事実とフィクションのバランスを取るに当たって、難しかった点は?
事実にフィクションを加える場合、批判の的になることは避けられません。『ハート・ロッカー』の場合はイラク、『ゼロ・ダーク・サーティ』の場合はオサマ・ビンラディンの捜索が実際に起こった事ではあるものの、私の映画はフィクションであり、ドキュメンタリーではないと分かります。
『デトロイト』について言えば、1967年7月について30時間のミニシリーズという形で作ることも可能なはずです。映画にするということは、事実を凝縮し物語を作り上げることが必要になります。しっかりとリサーチをして事実を知り、その中から正確な判断によって物語を作り上げていくことが必要です。この事件の場合、たくさんの記録が残っていました。だから事実を埋めるための大きな工作や事実の湾曲ををする必要はなかったのです。
実際に起こった出来事を題材とし、それを体験した人と直接話を聞く機会を持てた場合には、彼らの貴重な体験を無駄にしないようにストーリーを作っていかなければなりません。彼らの話に共鳴し、それを観客に伝えるのです。
映画『デトロイト』 © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──実在の人物も何人か登場しますが、ご留意されたのはどんなことでしたか?
今回のように、現実のストーリーを語る場合には、語り手として歴史とそれに関わった人々―生存者にも亡くなった人たちにも―、自ら責任を持つ心構えが必要です。
──実際にアルジェ・モーテルの事件の被害者となった3人(メルヴィン・ディスミュークス、ラリー・リード、ジュリー・アン・ハイセル)はコンサルタントとして制作に参加していますね?
この映画の製作準備の中で最も貴重な体験は、不幸な事件を経験しながらも生き抜いてきた人々との時間を過ごせたことです。彼らのおかげで、事件当夜の状況を細部に至るまで解明することができました。50年経った今も、彼らの多くは事件の話になると動揺を隠せないことは明らかでした。それは当然のことです。
──今回も徹底してリアルな臨場感を追求されたと伺っています。オーディションから即興的な演技を求められたとのことですが?
キャスティング用のシナリオは脚本を模したもので、状況に応じて臨機応変に対応しなければならない部分を残してありました。俳優たちの機敏な対応や想像力の高さを確認するためです。また、流動的な状況でどれだけ彼らがリラックスして演じているかを評価することができました。この方法で、私はキャストを選定したのです。今回出演が決定した俳優は皆、例外なく深みのある演技力を備え、豊かで複雑な感情を、スクリーンを通して伝えることができる人たちでした。
──凶悪な差別主義者の警官を演じたウィル・ポールターは泣きながら演技を続けたと聞いていますが……。
キャストたちが、演じる時に抱く感情には気に掛けていました。特にウィルにとっては、役柄としても精神的につらいものだったはずです。
映画『デトロイト』アルジェ・モーテルで“死のゲーム”の尋問を主導した警官クラウスを演じたウィル・ポールター © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──3作品連続で政治的な作品が続きましたが、またアクション映画を撮りたいとお考えですか?
この分野で仕事をする機会をもらった自分は幸運だったと思います。ただアクション映画のジャンルについていえば、もっと内容の濃いアクション映画が出てきてほしいですね。現在の私にとって、映画で社会的な話題性のあるテーマについて取り組むことに切実さを感じます。大切なことだと思います。
映画という媒体をとおして多くの観客に触れることができるのは、少なくともその機会をもらえるのは、映画監督として嬉しい事です。映画が成功するかしないかに関わらず、そのテーマの話題性を広げるという点で有意義なことだし、責任のあることだと思いますから。ジャーナリストにしても同様です。ある種の責任が自分の仕事にかかってくる。事実を確認する必要もあるし、書いていることがどれほど信頼性かがあるのかを確認することも必要。また、そこに自分の角度というものを加える点も大切だと思います。
映画『デトロイト』 © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──映画『デトロイト』の可能性をどのようにお考えですか?
芸術そして映画の目的が変化を求めて闘うことなら、そして人々がアメリカの人種問題に声を上げる用意があるなら、私たちは映画を作る者として、喜んでそれに応えていきます。この映画が、少しでも人種に関する対話を促すための役に立つこと、そしてこの国で長きにわたって根強く残っている傷を癒すことができることを願ってやみません。
(オフィシャル・インタビューより)
キャスリン・ビグロー(Kathryn Bigelow) プロフィール
1983年の『ラブレス』で長編映画監督としてデビュー。『ニア・ダーク/月夜の出来事』(87)で吸血鬼を描いた後、『ブルースチール』(90)、『ハートブルー』(91)、『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』(95)と、スマッシュヒット・アクションを放った。2002年には、ハリソン・フォード、リーアム・ニーソンを迎え、ロシアの原子力潜水艦を舞台にした実話『K-19』に挑んだ。そして、約1,500万ドルという低予算で『ハート・ロッカー』(08)を撮り上げ、アカデミー賞で作品賞を始め6冠に輝いた。更にオスカー5部門ノミネートの『ゼロ・ダーク・サーティ』(12)も大センセーションを巻き起こした。名脚本家マーク・ボールの脚本を、骨太で豪快なアクションと魂をえぐる鮮烈描写で映像化、世界の観客を圧倒してきた。また、キアヌ・リーブス、ジェレミー・レナー、ジェシカ・チャスティンのブレイクポイントとなる作品を演出した実績から、俳優の新生面を引き出す手腕が高く評価されている。
映画『デトロイト』© 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『デトロイト』
2018年1月26日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
1967年7月、暴動発生から3日目の夜、若い黒人客たちで賑わうアルジェ・モーテルに、銃声を聞いたとの通報を受けた大勢の警官と州兵が殺到した。そこで警官たちが、偶然モーテルに居合わせた若者へ暴力的な尋問を開始。やがて、それは異常な“死のゲーム”へと発展し、新たな惨劇を招き寄せていくのだった…。
監督:キャスリン・ビグロー
脚本:マーク・ボールbr />
出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、ジャック・レイナー、アンソニー・マッキー
2017年/アメリカ/英語/142分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/原題:DETROIT/日本語字幕:松崎広幸
提供:バップ、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド