骰子の眼

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東京都 渋谷区

2017-12-08 15:40


芸術の殿堂、その舞台裏にある政治性を描くドキュメンタリー『新世紀、パリ・オペラ座』

「演出家やダンサーに興味があったわけではなかった」監督インタビュー
芸術の殿堂、その舞台裏にある政治性を描くドキュメンタリー『新世紀、パリ・オペラ座』
映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

総合芸術の殿堂パリ・オペラ座の舞台裏に迫るドキュメンタリー『新世紀、パリ・オペラ座』が12月9日(土)より公開。webDICEではジャン=ステファヌ・ブロン監督のインタビューを掲載する。

新たな演目として用意されたオペラ『モーゼとアロン』の上演までの過程を、オペラ座総裁のステファン・リスナーの仕事ぶりはもちろん、ロシア出身の若手歌手ミハイル・ティモシェンコが抜擢され奮闘する姿、本物の牛を舞台に登場させようとスタッフが骨を折る様子や従業員のストライキ、バレエ団芸術監督バンジャマン・ミルピエの退団など、次々に起こるトラブルそして人間模様を、ときにユーモラスにそしてシニカルな視点も交えながら追っている。

今回は、音楽やその壮大さを通して「オペラ座」にアプローチするのはやめようと思った。そもそも僕は、演出家や歌手、ダンサーや振付師に興味を持ったわけではないんだ。僕はひとつの集団が、共同作業をする姿をフィルムに収めたかった。彼らはありとあらゆる困難や葛藤を抱えながらも、そこには共通の目的や共通の利益がある。僕にはオペラ座の神秘のベールを剥ぐという、大それた野心があったわけじゃない。正直、オペラ座のことは何も知らなかったけれど、その組織としての仕組みに大いに興味を持ったんだ。(ジャン=ステファヌ・ブロン監督)

音楽やその壮大さを通してアプローチするのはやめようと思った

──今回、なぜ「パリ・オペラ座」を題材に?

オペラ座に馴染みのない人は、まず「オペラ座」と聞いただけで圧倒される。よく知らないうちは、遠くから眺めながら、とても〝とっつきにくい″と感じるだろう。だからこそ僕は、観客も含めて世界中の人に、オペラ座の世界をちゃんと知ってほしかった。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』ジャン=ステファヌ・ブロン監督 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』ジャン=ステファヌ・ブロン監督

どの映画にも解くべき謎がある。どんな視点からドキュメンタリーを撮るか、撮影者はどんな謎を解明していくのか、監督は何を伝え、観客に何を経験してもらうのか。こういったことは、映画制作を始める前に決めておかなくてはいけない本質的な問いだと思う。

──ではあなたが「パリ・オペラ座」のドキュメンタリーを制作する際に、こだわった点は?

今回は、音楽やその壮大さを通して「オペラ座」にアプローチするのはやめようと思った。そもそも僕は、演出家や歌手、ダンサーや振付師に興味を持ったわけではないんだ。僕は1つの集団が、共同作業をする姿をフィルムに収めたかった。彼らはありとあらゆる困難や葛藤を抱えながらも、そこには共通の目的や共通の利益がある。僕にはオペラ座の神秘のベールを剥ぐという、大それた野心があったわけじゃない。正直、オペラ座のことは何も知らなかったけれど、その組織としての仕組みに大いに興味を持ったんだ。それが今回の僕の視点だ。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』バンジャマン・ミルピエ © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

実際のところ、ステファン・リスナー(オペラ座総裁)とその側近たちを通して、僕らは象徴的、政治的、そして行政的な力に近づくことが出来た。その力は絶大で、穴倉の中ではヒエラルキーの頂点なんだ。そのおかげで、僕らは「オペラ座」の世界に切り込むことができた。芸術が生まれる瞬間にも立ち会えたしね。そこには解明されない神秘が隠されているかと思えば、一方で極めて些細な出来事も起こる。美と日常的なものが隣り合って存在している。僕はこの映画を通して、そういう世界を楽しみながら眺めているんだよ。時に皮肉も混じえながらも、常に温かい目でね。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

撮られる側にも撮る側にも困難があったほうがうまくいく

──「パリ・オペラ座」での撮影許可はなかなかおりません。どのように交渉を?

僕たちが「オペラ座」を描くドキュメンタリーを描くためには、すべてにアクセスできる白紙委任状が必要だった。「どうぞご自由に」ってね。だがそれを手に入れるのはとても大変だったよ。ステファン・リスナーは最初、映画を撮られることに全く乗り気ではなかった。彼が総裁に就任して初めて組んだプログラムが実施される大切な年だったからね。そこにはリスクがあった。いわば内部の社会集団に試される時期だったんだ。映画は決して望まれていなかったし、実現するかどうかも危うかった。でも少しずつ、僕の過去の作品に興味を持ち、実際に見てくれた結果、撮影にはOKが出たんだ。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

──常に完璧を求められる「パリ・オペラ座」が、そう簡単に葛藤や苦悩をさらけ出すとは思えませんが?

僕が「オペラ座」に興味を持ったのは〝簡単には見られないもの″だからだ。ドキュメンタリーでは必要不可欠なことだ。人によって方法は異なるけれど、それぞれの相手との間に信頼関係を築くためのカギを見つけないといけない。それができれば、彼らは徐々に他者の視線にさらされながら行動することを受け入れてくれる。ベールを脱ぎ、裸になり、自然に振る舞って、自分を見せてくれるようになるんだ。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』ステファン・リスナー © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

指揮者のフィリップ・ジョルダンや、ダンサー、歌手たちと向き合ってみて感じたのは、彼らは取り扱うのが難しい非常に特殊な感覚を持っているということ。彼らは普通の人ではなく、世界有数の指揮者や歌手だったりするから。それを撮影しようとすると、最初は抵抗される。でもそれを撮るのが面白い。彼らには謎がある。すぐには明かされない何かがあるんだ。「ぜひ撮影してくれ。最高だ。明日××時に来て」なんて被写体から言われるのは、決していい兆候ではないね。僕の印象では、撮られる側にも撮る側にも困難があったほうが、うまくいくものだよ。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』フィリップ・ジョルダン © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

オペラ座は希望、喜びに突き動かされている

──映画に登場する新人オペラ歌手、ミハイルの姿が印象的でした。彼の視点から観る「パリ・オペラ座」はとても新鮮ですね。

ミハイル・ティモシェンコは、この映画の大切な視点のひとつを担う登場人物だ。彼は「オペラ座」の華麗な世界とはかけ離れた場所からやって来た若い歌手で、彼に会った時、僕は丁度「オペラ座」の中に僕自身に似ている人物を見つける必要があると感じていた。彼は〈フランス語〉を習得しなければならず、僕は〈オペラ座の言語〉を学ばなければいけなかった。彼との間には最初から通じるものがあったね。彼のやる気や欲求が、僕の欲求や好奇心に似ていた。すべてに興味を持ち、発見し、この館の隅々まで見たいという好奇心だ。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』ミハイル・ティモシェンコ © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

僕はドキュメンタリーの制作に取り掛かる前から、登場する人物のアイデアを持っていた。総裁、指揮者、バンジャマン・ミルピエのようなスター振付師。そしてエトワールではない無名のダンサーたち。こうした人物は私が望んだんだ。そこには観客が感情移入することになる主要人物たちがいる。だから、あえて質問をしたり何か言動をうながしたり、インタビューやナレーションなどを差し込む必要はないと思った。何もかも包み隠さず映像にし、すべてを登場人物に託したんだ。彼らがストーリーをけん引し、自分たちだけの物語を語ってくれると信じてね。

映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinem

──「パリ・オペラ座」を映し続けた結果、芸術の殿堂はあなたの眼にはどう見えていますか?

オペラ座は、希望、喜び、共に歩んでいきたいという願望に突き動かされていると思う。劇中ミハイル・ティモシェンコが2度、口にするフレーズがある。“たとえすべての本が焼かれても、1冊あれば読むことができる”という歌詞は、本作の秘密のカギのようなものだね。1節の歌、1つの音、1枚の絵画があれば……。この映画には信念があるんだ。

(オフィシャル・インタビューより)



ジャン=ステファヌ・ブロン(Jean-Stephane Bron) プロフィール

1969年、スイス・ローザンヌ生まれ。 ローザンヌ州立美術学校(ECAL)を卒業後、1997年に監督した『CONNUDENOS SERVICES』でスイス作家協会グランプリを受賞、ロカルノ国際映画祭、キエフ映画祭他に選出、1999年には『LABONNECONDUITE』もヨーロッパの各映画賞にノミネートされる。また2006年の監督作『MONFRÈRESE MARIE』は、多くの映画祭で受賞したほか、ハリウッドでロバート・デ・ニーロ主演『グリフィン家のウエディングノート』(13)としてリメイクされた。2010年には、クリーブランドと銀行家の架空の裁判を再現したドキュ・フィクション映画『CLEVELANDCONTREWALLSTREET』が、カンヌ国際映画祭の監督週間部門で発表された。本作は第36回セザール・フォー・ベスト・ドキュメンタリーにもノミネートされた。『L’EXPÉRIENCEBLOCHER』(13)もロカルノ国際映画祭やコペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭に出品。本作『新世紀、パリ・オペラ座』で2017年モスクワ国際映画祭ドキュメンタリー映画賞を受賞している。




映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas  - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio  - RTS
映画『新世紀、パリ・オペラ座』 © 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS

映画『新世紀、パリ・オペラ座』
2017年12月9日(土) Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

監督:ジャン=ステファヌ・ブロン
出演:ステファン・リスナー(オペラ座総裁)、バンジャマン・ミルピエ(芸術監督)、オレリー・デュポン(芸術監督)、フィリップ・ジョルダン(音楽監督)、ロメオ・カステルッチ(オペラ演出)、ブリン・ターフェル(バリトン)、ヨナス・カウフマン(テノール)、オルガ・ペレチャッコ(ソプラノ)、ミヒャエル・クプファー=ラデツキー(バリトン)、ジェラルド・フィンリー(バリトン)、ミハイル・ティモシェンコ(期待の新星)
原題:The Paris Opera
2017年/フランス/カラー/111分
字幕翻訳:古田由紀子
字幕監修:堀内修
配給:ギャガ

公式サイト


▼映画『新世紀、パリ・オペラ座』予告編

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