映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』 ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
チリの詩人で政治家パブロ・ネルーダを描く映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』が11月11日(土)より公開。webDICEでは、チリ出身のパブロ・ラライン監督、ネルーダ役のルイス・ニェッコ、物語の語り部であり、弾劾され逃亡したネルーダを追跡する警官ペルショノーを演じたガエル・ガルシア・ベルナルのインタビューを掲載する。
ラライン監督は「世界一有名な共産主義者」と形容され、チリの英雄的な存在でありながら、女好きで享楽的なネルーダのパーソナリティを明らかにするとともに、ネルーダと彼の逮捕を目論む野心的な警官との追走劇として構築。40年代チリにおけるアートと政治の交わりを描いている。
なお、この作品の新宿での上映館シネマカリテでは、翌週の18日から、同じくチリ出身の映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーが自身の青年時代を映画化した『エンドレス・ポエトリー』が公開される。軍事政権下のチリで、詩人であることを貫いたネルーダとホドロフスキーの人生を比較して観るのも一興だろう。
ネルーダが自分の世界を作り上げたように、僕らは1つの世界を作り上げたんだ。この作品はネルーダについての映画というよりも“ネルーダの性質を持つ映画”、もしくはその両方だろうね。僕らはネルーダに読んでほしかった小説を書いたのさ」(パブロ・ラライン監督)
パブロ・ラライン監督インタビュー
「逃亡の物語、警官と文豪の物語を選択した」
──なぜネルーダを題材にしたのですか?
パブロ・ネルーダは、ひとつのカテゴリーに収まらない、とても複雑で計り知れないクリエイターだから、彼の人となりや業績をまとめる趣旨で1本の映画を作ることは不可能だと思った。だから、逃亡の物語、警官と文豪の物語を選択したのさ。僕らにとって、この作品は偽りの伝記映画だ。詩人の人物像を描くことにはさほど真剣に注力していないのだから、本当は伝記映画じゃないのさ。だって、それは不可能だから。そこで、彼の創意と遊び心の側面から映画をまとめることにした。そうすることで、彼の詩、記憶、冷戦下の共産主義者としてのイデオロギーの世界に、観客は浸ることができる。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』パブロ・ラライン監督 ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
──芸術家として、ネルーダは1940年代のチリでの出来事をどのように捉えていたのでしょう? また、監督はその側面にどのようにアプローチしましたか?
ネルーダは、おそらく彼の作品中で最も完成された、最も冒険的な詩集である「大いなる歌」の大半を、逃亡中に目にしたもの、経験したことに感化されて書き上げた。その詩は激情と空想、恐ろしい夢に満ち、危機に瀕したラテンアメリカの描写、その怒りと絶望に満ちている。一方でネルーダは逃亡中に戦争や激しい怒り、詩に関する政治的な学術書もまとめていて、それは僕らの想像をかき立てた。なぜなら彼の存在や作品のように、この映画は、映画的かつ文学的な視点から、アートと政治の交わりを描くからさ。
──なぜネルーダの逃亡の部分に注目したのですか?
ネルーダは犯罪ものの物語が好きだった。だから、この作品は警官との追跡劇の要素を持ったロードムービーになった。物語の中でいろいろな変化が起こり、登場人物たちも進化していく。今作の追跡劇には、茶番的な部分やばかげた要素も入っている。風景やその中の動きすべてを変化していく過程だと考えた。ハンターも獲物も、どちらも追跡ゲームを終わらせないのさ。ネルーダが自分の世界を作り上げたように、僕らは1つの世界を作り上げたんだ。この作品はネルーダについての映画というよりも“ネルーダの性質を持つ映画”、もしくはその両方だろうね。僕らはネルーダに読んでほしかった小説を書いたのさ。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』 ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
ネルーダ役 ルイス・ニェッコ インタビュー
「情熱のミューズにインスパイアされ、常に輝きを放っていた」
──ネルーダのような有名な人物を演じるのはどんな気持ちですか?
まず実在の人物を演じるのは面白いと思ったよ。今回の演技は、ゼロから線を描く挑戦というよりも、すでに描かれた線をなぞっていくような感覚だった。描いた線のすべての要素を合わせて、セリフを成立させるために、その線に従ったり修正したりして対応するのが演技だ。いつだって危険を伴う、俳優が取り組むプロセスさ。そういった点から言うと、“ネルーダを演じる”と言うのは何か違う気がするな。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』ネルーダ役のルイス・ニェッコ ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
今回の演技プランを描き始めた当初は苦悩したよ。時代を代表するアーティストである偉大な人物の壮大な人生を理解しようという考えに、すっかり途方に暮れて混乱してしまった。彼の壮大な人生の業績をほんの少しかじっただけで身震いがしたね。常に矛盾した側面がある人物なんだ。思いやりがあり、世俗的で快楽主義者であると同時に、政治にも積極的に関わる。幼少期から賢くて決断力があるのに、時に弱くて、浅はかでさえある。はっきりした性格で、勇敢で冒険好きだが、優雅さも併せ持つ。天性の才能に恵まれ、情熱のミューズにインスパイアされ、常に輝きを放っていた。
本当に情熱のミューズが存在したとしたら、彼の場合、盲目で頑固なミューズだったろうね。そんな波乱万丈な人生の中に自分が進む道を見つけようとしたなら、単純に監督の指示に従うこと、この挑戦を引き受けることで満足感を得られると信じることが大事だった。
──ネルーダの役作りにおいて、パブロ・ラライン監督の指示はどう役立ちましたか?
パブロ・ラライン監督は、俳優が脚本にどう取り組み、物語にどうアプローチするかをよく理解している監督で、どこで水面下に潜って、どこで姿を現そうとしているかさえ分かってしまう。常に寛大で、とても親身な立場から、彼が舵を取る冒険に誘い込んでくれる。彼の持つ親しげな雰囲気から溢れ出るものさ。毎日現場に行くと、その根気強いパートナーは、俳優が持ってきた材料で生地を織らせてくれて、何度もチャンスをくれる。最終的に、自分が想定していた場所ではないところに輪ができた生地が完成するまでね。前にも言ったように、ネルーダの役作りには当初、思い悩んだけど、監督の優しい了承によって不安は洗い流されたよ。監督もこの織布に関して固まったプランは持ってなくて、何千回も織り直すことになったとしても、僕の決意と自信だけを求めていた。最初の輪から最後の輪まで、僕ら2人で取り組む必要があったのさ。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』 ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
──メルセデス・モラーンとガエル・ガルシア・ベルナルとの共演はどうでしたか?
ガエルと共演するのは、いつだって新鮮な経験だよ。彼は本当に多才で、唯一無二の俳優だ。この作品では、見事に脚本のゲームの中に入り込んでみせた。彼のキャラクターは、ネルーダが自分の永遠性を築こうとするにつれて、ネルーダの言葉によって活気づいていく。ペルショノーのキャラクターが滑稽さと必死さの境界線上で生きてくるというのは、ネルーダも脚本も予測していなかったことさ。ガエルの自信と才能があってこそ、繊細かつ大胆なゲームをバランス良く表現できたのさ。彼は高い技術を持った、常に驚きを与えてくれる俳優だよ。彼と共演できるのは、毎回うれしいんだ。
僕が演じたネルーダは、メルセデス・モラーンが作り出したデリアの存在によって、多くの点で決定づけられている。彼女は、ものすごい集中力を持って、静かに自分の役割を果たす素晴らしい女優さ。驚くほど引き出しが多くて、すごく繊細な部分まで演技の調整ができる、今まで会った誰とも違う女優だね。ネルーダをネルーダたらしめる存在である、彼女が演じた上流階級のアルゼンチン人画家は真実味があり、感動的だよ。彼女との共演は、カメラの前で信頼と節度を学んでいく特別レッスンのようだった。僕が今回の役を演じるうえで選んだ軌道が正しいものだったか分からないけど、メルセデス・モラーンのような勤勉で素晴らしい女性の存在のおかげで、とても豊かなものになったよ。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』ネルーダの妻デリア役のメルセデス・モラーン ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
ペルショノー役 ガエル・ガルシア・ベルナル インタビュー
「ペルショノーはネルーダに魅了されているのさ」
──パブロ・ラライン監督作に出演するのは2度目ですね。今回の撮影はどうでしたか?『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』をどのように捉えましたか?
1作目の『NO』の時は、チームワークばっちりの映画ファミリーの中にパラシュートで降り立った気分だったね。パブロ・ラライン監督の好奇心と直感に始まり、スタッフ全員が僕もクリエイティブなチームの一員だと感じさせてくれた。今回の『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』でも、ネルーダの作品にインスパイアされた新たなカーニバルを作り上げるために、映画的で、騒がしくて、とてもプロフェッショナルなメンバーが集まった。ネルーダの作品と言ったのは、あれだけ多くの側面を持つ詩人の人生において、その作品こそが彼の人生の創作物だからさ。僕らは、その奇妙な海を航海したんだ。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』警官ペルショノー役のガエル・ガルシア・ベルナル ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
パブロ・ラライン監督は、僕ら俳優のことを本当によく分かっている監督だよ。それと、今回のチームはとても気の合う、最高に才能豊かなメンバーだった。大抵の場合、監督は現場では俳優のやり方を見守ってくれた。編集室で嫌気がさすこともあっただろうけどね。撮影現場の内外で築いた友情関係があったからこそ、監督は僕らのポテンシャルを図ってくれたのさ。監督の思いやりと勇敢さのおかげで、アンデス山脈をまたぐ雪の降る大地と厳しい環境の中で、詩の世界という最高に繊細で崇高な側面に集中して、この壮大な映画を深く探求することができた。疑う余地もなく、創造という名の深い雪の下にダイブする勇気と才能がある監督はすごく稀さ。その中は寒いからね。パブロ・ラライン監督は、一見すると通れないように思える新しい方向を見い出すんだ。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』 ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
──獲物と共存関係にある追跡者という今回のキャラクターをどのように役作りしましたか?
挑む役作りが困難で手強い時、まず捉えるのは身体の部分だと、毎回、強く確信するよ。まずは身体から、もっと専門的な用語で言うと、その役柄の特徴付けを通して、ペルショノーを形作った。ペルショノーは嫌な奴だけど、立派な警官でありたいという欲望を抱いている。過去も未来もないフィルム・ノワール的なキャラクターだ。いつも同じ服装で、立ったまま眠れる警官という感じ。片目を半分閉じていて、お決まりのあいさつなんかしないタイプさ。パブロ・ラライン監督と一緒に人物像についてたくさん話し合ったよ。そして、このキャラクターを娼婦の息子だと決めた時点で、その身体に魂が入り込んだ。ネルーダのような生きる瞬間を生み出す者に対峙して、自分の可能性を図ることで、自分の名前やアイデンティティを形成するために、のけ者は戻ってくるんだ。
詩人を嫌うために警官は何をするか?ペルショノーはネルーダに魅了されているのさ。彼が深い憤りを伴って敗北を認めた戦後の保守派の典型であること、そして彼の表面上の不安定さが、その独特な生気を掴むカギだったよ。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』 ⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
──この作品は、現在の映画のトレンドから見て、どのような位置づけですか?
今、この手の作品はすごく少ないと思うよ。題材となる作家の作品にインスパイアされた自由な形の伝記映画という意味じゃなくて、もっと具体的に、この映画が扱う物議を醸すテーマ、その詩的な言葉について言っているんだ。映画というのは、感情を表現して、物語の帰結を描くすばらしい場所だ。言葉に頼る表現ではない。だけど、この映画のスタート地点は言葉なんだ。恋に落ちずにはいられない、新しい世界を創り上げる危険な言葉さ。劇中で、登場人物たちはその竜巻に巻き込まれる。詩的な世界の束縛から逃れられなくて苦しむんだ。そして明らかに、その言葉を発しているのは詩人であり、その言葉を神話かつ真実にすることで現実にしてしまう。最近の映画で、そんな海を航海できて、『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』ほど楽しめる作品は他に思い浮かばないよ。
(オフィシャル・インタビューより)
パブロ・ラライン(Pablo Larraín) プロフィール
1976年、チリのサンティアゴに生まれる。映画、テレビ、広告等を手掛ける制作会社Fabulaの設立パートナー。2005年、長編映画『Fuga』で監督デビューを果たす。その後、2007年に監督した『Tony Manero』は、2008年カンヌ国際映画祭の監督週間でプレミア上映された。3本目の監督作『Post Mortem』は、2010年9月のヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品された。2010年には、チリで初めて制作されたHBOのドラマシリーズ「Prófugos」の監督を務めた。翌年に監督した『NO』は2012年カンヌ国際映画祭の監督週間でプレミア上映され、アカデミー外国語映画賞にノミネートを果たす。2013年9月にはHBOのドラマシリーズ「Prófugos」の第2シーズンが放送された。『ザ・クラブ』は2015年ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品され、審査員グランプリ(銀熊賞)に輝いた。また、同作はゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞にもノミネートされた。『Neruda』は監督6作目となる。2016年には、初の英語作品となるナタリー・ポートマン主演作『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』を監督した。
ルイス・ニェッコ(Luis Gnecco) プロフィール
チリのサンティアゴ生まれ。チリの映画界とTV界で最も知名度が高い俳優の一人。 1980年代から2000年代にかけて児童虐待と幼児性愛の罪を犯した強大な権力を持つカトリック教の司祭フェルナンド・カラディマの実話を基にしたマティアス・リラ監督『El Bosque de Karadima(原題)』(15)で主演を務める。パブロ・ラライン監督の『NO』(12)でホセ・トマ・ウルティアを演じる。その他、ボリス・ケルシア監督『愛するSEX』(03・未)、 グスタヴォ・グラフ・マリーノ監督『独りぼっちのジョニー』(93)にも出演している。 数々の人気TVシリーズにも出演してきた。ゴールデン・グローブ賞にノミネートされた「ナルコス」(Netflix・15)ではラ・クカラチャを演じた。麻薬取引に失敗した四人の男たちがチリ北部から南部に逃亡する「Prófugos」(HBOラテンアメリカ・11)にも出演している。
ガエル・ガルシア・ベルナル(Gael García Bernal) プロフィール
メキシコのハリスコ州生まれ。両親共俳優。メキシコで子役として活躍していた。19歳の時から3年間、イギリス・ロンドンの名門セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで演技を学ぶ。この学校に合格したはじめてのメキシコ人であった。演劇学校在籍中にメキシコ映画『アモーレス・ペロス』(00)で長編映画に初出演した。『天国の口、終りの楽園。』(01)ではヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。テレビ映画『チェ・ゲバラ&カストロ』(02)と『モーターサイクル・ダイアリーズ』(03)では若き日のチェ・ゲバラを演じた。 他に映画『バベル』(06)、『ジュリエットからの手紙』(10)、『NO』(12)、『ノー・エスケープ 自由への国境』(15)などに出演している。
映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』
11月11日(土)より、
新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA 他 全国ロードショー
1948年、冷戦の影響はチリにも及んだ。議会では、上院議員パブロ・ネルーダが共産党を裏切った政府を非難したことで、ゴンサレス・ビデラ大統領から弾劾された。警察官オスカー・ペルショノーはネルーダの逮捕を命じられる。ネルーダは妻である画家のデリア・デル・カリールと共に亡命を試みるが、国内に身を隠さなければならなくなった。追われる身としての新たな生活にインスピレーションを受けながら、ネルーダは代表作となる詩集「大いなる歌」を書く。その時、欧州では、警察に追われる有名詩人の存在が知れ渡り、パブロ・ピカソ率いるアーティストたちがネルーダの自由を訴えていた。しかし、ネルーダ本人は、宿敵ペルショノーとの追いかけっこを、自分を再生するチャンスと捉えていた。ネルーダはわざと手がかりを残すことでペルショノーと戯れ、追跡ゲームはより危険なものに、2人の関係はより密接なものになっていく。
監督:パブロ・ラライン
脚本:ギレルモ・カルデロン
出演:ルイス・ニェッコ、メルセデス・モラーン、ガエル・ガルシア・ベルナル 他
原題:NERUDA
2016年/チリ・アルゼンチン・フランス・スペイン/108分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
日本語字幕:石井美智子
字幕監修:野谷文昭
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES