『エンドレス・ポエトリー』主演のアダン・ホドロフスキー
第30回東京国際映画祭の特別招待作品に選出されたアレハンドロ・ホドロフスキー監督最新作『エンドレス・ポエトリー』が26日、東京・EXシアター六本木で上映され、主演と音楽を手掛けたアダン・ホドロフスキーが上映後のQ&Aコーナーに出席。万雷の拍手に迎えられたアダンは、撮影の裏話からホドロフスキー家の一風変わった私生活、さらにはミュージシャンとしての創作活動まで、時折ユーモアを交えながら観客からの質問に笑顔で答えた。
11月18日(土)より公開となる本作は、フランス、チリ、日本の共同製作で、アレハンドロ監督の新作を望む世界中のファン約1万人からキックスターター、インディゴーゴーなどのクラウド・ファンディングによって資金の多くを集めて製作された待望の最新作。故郷トコピージャから首都サンティアゴへ。父親との軋轢や自身の葛藤を抱えたアレハンドロ(アダン)が、初めての恋や友情、古い規則や制約に縛られない若きアーティストたちとの出会いと交流を経て、囚われた檻から解放され、詩人としての自己を確立する姿を独特の映像表現で描く。
父が作った全ての映画は1本に繋がっている
──今日は、日本のファンの皆さまが大勢駆けつけてくれました。ひと言、ご挨拶をいただけますでしょうか。
(なかなか鳴り止まない拍手の中)東京の皆さんは本当に素晴らしい人たち、ありがとうございます!この映画は私にとって、とても大変な作業でした。なぜなら、父アレハンドロの青春時代を私が演じ、本人である父から演出を受けなければならなかったからです。さらに、兄ブロンティスが私たちの祖父(アレハンドロの父)を演じ、そして父の現在の妻・パスカルが衣装デザインを担当するなど、ホドロフスキー一家が一堂に会して、なんとか完成させることができました。
──納得のいく作品になりましたか?
父から聞かされた青春時代の記憶や思い出を抱えながら撮影に臨んだのですが、現場に入ると、また新たなイメージや過去のことが膨らんできて。そういった意味では、想像を遥かに越えるとても美しい作品になったと思います。
映画『エンドレス・ポエトリー』より ©Pascale Montandon-Jodorowsky
──主演だけでなく、音楽も担当されたそうですが、アレハンドロ監督から何かリクエストなどありましたか?
今回は、パリのスタジオで録音したんですが、偶然、そこにミシェル・ルグランが実際に使っていたピアノがあったので、全曲、そのピアノで作曲させていただきました。だから、きっといい仕上がりになっていると思いますよ(笑)。父とは、『リアリティのダンス』で既にコラボレーションしているので、彼が望んでいる音楽は概ねわかっているつもりです。バイオリン、ピアノ、フルート、オーボエ、この4つの楽器を中心とした音楽を好み、エリック・サティやベートーベン、ストラビンスキーあたりが大好きなんですよね。あとは、父の過去作『ホーリー・マウンテン』や『エル・トポ』の音楽も参考にしました。父の映画は、全て繋がっていて、“1本の映画”だと私は捉えていますから。
ここから観客とアダンとの質疑応答へ。やや緊張気味に質問を投げかける観客に対して、アダンはジョークを交えて回答し、会場は次第に和やかな雰囲気に。
映画『エンドレス・ポエトリー』より ©Pascale Montandon-Jodorowsky
アレハンドロ流の驚くべき教育法&演出法
──(観客からの質問)とても刺激的なイメージの連続で感動しました。アダンさんにとって、ホドロフスキー家に生まれたということは、どんな感じなんでしょうか?普通の家庭のように家族旅行とか行ったりしたのでしょうか?小さい頃の思い出があれば、教えてください。
全然、普通ではなかったですね(会場は大爆笑)。とにかく父は、芸術をはじめ、いろんなことに興味を持っていて、しかも限界を知らないんです。“ここまで”という境界線がわからないので、そこが問題だったのかもしれないですね。小さい頃の思い出といえば、例えば、夕食の時に私たち兄弟は、椅子の上に立たされて詩を朗読しなければならないという奇妙な儀式があったのですが、ある日、弟に「裸になってスープの中にオシッコをしろ」と父が言った時は、さすがに驚きましたね。あとは、父は日本が大好きだったので、忍者の修行もさせられました。「歩く時には絶対に音を立てるな!」と怒られて…。沈黙で暮らすことを覚えたのはこの頃です。これはほんの一例ですが……まぁ、そういう生活です(笑)。
映画『エンドレス・ポエトリー』より ©Pascale Montandon-Jodorowsky
──(観客からの質問)アダンさんご自身は、父アレハンドロさんの独特の教育法の中でどんな風に育ったのでしょう。
子供の頃、剣道や合気道を5年間やりましたが、途中でタンゴに転向しました。私の中では、どれも同じ“ダンス”だと捉えていたので(笑)。性格的には、父も相当短気でしたが、私も怒ると、感情に任せて椅子をぶっ壊し、それを庭に埋めたりしていましたね。「靴がほしい」となると一大事。自分のイメージに合う靴屋さんを30件くらいは回ることになる。ただ、何事もとことんやってしまう性格は、現在のクリエイティブにすごく役立っていると思います。
──(観客からの質問)そんな父アレハンドロさんの青春時代を演じてみて、難しかった点はありますか?
全て難しかったですね。過去に映画は7本出演していますが、4年間ブランクがあり、しかも主演は初めて。演技の現場に慣れるのも一苦労でした。撮影中は、短気で人の意見を全く聞かない芸術肌の父に相当追い込まれましたが、とくに撮影初日は大変でした。ドアを開けると、「あなたの友達が待っているわよ」って言われて、私が「どの友達?」と返すシーンがあるんですが、いきなり15回くらいダメ出しされてしまって。自分の頭の中にあるイメージに程遠かったらしく、父は激怒し、とにかく手取り足取り、全てを演出し始めたんです。でも、それが何度も続くと、最終的には、「もう勝手にやれ!」と投げ出してしまうんです(笑)。
映画『エンドレス・ポエトリー』より ©Pascale Montandon-Jodorowsky
──(観客の感想)本編を見ていると、そんな風には全く思えませんでした。自由に、のびのびと、ダンスするように演じているように見えました。
確かに癇癪を起こして、父は「勝手にやれ!」とは言いますが、私が即興で何かやって気にいると、結構、その部分を残してくれたりするんです。先程も言いましたが、私は長年、タンゴなどのダンスもやってきたし、チャップリンやキートンの大ファンでパントマイムも子供の頃からやっていましたので、道化師になったり、踊り出したり、そういった表現は私から提案したものがかなりあります。(と、突然、思い出したように)そういえば!エンリケ・リンを演じたレアンドロ・ターブは、実は私の妻の元カレで、彼を振って妻は私のところに来たんです。だから、彼は私のことが大嫌いで、ずっと不機嫌でした。映画の中で、私が彼のガールフレンドと寝るシーンがあるのですが、これは現実にあった話と重なるので、本気で怒っていましたね。一触即発の雰囲気もありましたが、最終的には何事もなく撮影を終えることができましたが。
映画『エンドレス・ポエトリー』より ©Pascale Montandon-Jodorowsky
創作することが自分の一部になってきた
──(観客からの質問)アダンさんは、本作のサントラも手掛けるなど、ミュージシャンとしても活躍されていますが、想像力を豊かにするために、何か特別なことをされているのでしょうか?
まず、自分が創造できるということに感謝の言葉を捧げます。昔は、クリエイティブに対して苦痛を感じる時があって、歌を1曲作るのに1ヶ月はかかっていたんですが、今は1日に1曲のペースで作れるようになりました。剣術士が毎日練習することによってどんどん強くなるのと同じように、これは、日々、創作活動を続けてきたことの賜物。今では、創造することが自分の一部になっています。ただ、感謝する心は変わっていないですよ。
──(観客からの質問)映画の中で、仏教的な要素が影響として見受けられたが、アレハンドロ監督のスピリチュアルな面を教えていただけますか?
家族としてはユダヤ教なんですが、父はあらゆる宗教を勉強し、それぞれのいいところを吸収しています。だから何かの宗教に偏っているわけではなく、全てに繋がりを感じていると思いますね。もしかすると、それが“神”なのかもしれませんが。あとは、父の現在の妻が東洋系の女性なので、彼女からの影響も少なからずあると思います。『ホーリー・マウンテン』や『エル・トポ』も、日本的な影響を受けていると思いますが、父は昔から、黒澤明監督が大好きで、禅にもすごく興味があったので、本作にもそういったものが反映されているかもしれません。そういえば、父はすでに、『リアリティのダンス』『エンドレス・ポエトリー』の続編も考えているようで、『エッセンシャル・トリップ』というタイトルで脚本を執筆中だと言っていました。父がパリに行って、いろんな芸術家に会って、そこから今度はメキシコに行くというストーリー。でも、製作するには資金が必要なので、この会場に億万長者がいたら、ぜひ、うちの父に電話してあげてください(笑)。
──(これに対して観客からの提案)昨日、給料日だったので、アレハンドロ監督にぜひ提供したいのですが、どのようにコンタクトを取れば?本当に電話してもいいんでしょうか。
え、本当に?じゃあ、いま、ください!今夜の飲み代にするので。ウソ、ウソ、それは冗談だけど、そうだな、どうしよう……日本の配給会社に送ると使い込んでしまいそうだから(笑)、いまから私のメールアドレスを教えるよ!
ジョークを交えながら、ホドロフスキー一家の知られざる私生活を暴露したり、撮影秘話を赤裸々に語ったり、とにかく自由で、軽やかで、スマートなアダン。舞台の去り際には、「人に与えるものは、実は自分に与えているものなのです。ですから皆さんにお金をお渡しします!」と言って、小銭を観客席に投げ入れるという奇抜なサービス精神も。父アレハンドロが88歳にしてたどり着いた境地―“生きること”を全肯定する映画の魔法に満ちた青春賛歌『エンドレス・ポエトリー』には、紛れもなく彼のエネルギーが躍動している。
(取材・文・撮影:坂田正樹)
映画『エンドレス・ポエトリー』
2017年11月18日(土)より、新宿シネマカリテ、
ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
監督・脚本:アレハンドロ・ホドロフスキー
撮影:クリストファー・ドイル
出演:アダン・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、ブロンティス・ホドロフスキー、レアンドロ・ターブ、イェレミアス・ハースコヴィッツ
配給:アップリンク
2016年/フランス、チリ、日本/128分/スペイン語/1:1.85/5.1ch/DCP