映画『あゝ、荒野』 ©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
寺山修司が1966年に発表した唯一の長編小説を再構築し映画化した『あゝ、荒野』が10月7日(土)より前篇が、10月21日(土)より後篇が公開。webDICEでは菅田将暉とヤン・イクチュンを主演に迎え今作を完成させた岸善幸監督のインタビューを掲載する。
行き場のない不満を募らせ詐欺に明け暮れるチンピラの新次、吃音と赤面対人恐怖症に悩む“バリカン”こと建二。東京オリンピック終了後2021年の東京という舞台設定により、ボクシング選手として切磋琢磨するふたりの焦燥と虚脱感漂う社会を重ね合わせ描いている。
この作品は9月29日(金)よりU-NEXTにて配信中。劇場版に12分間のシーンを追加し、全6回に分けての配信となり、10月6日時点で第2話までが配信されている。また、11月1日(水)にDVDとBlu-rayが発売されることも決定している。
「ボクシング・シーンの台本ができたときに、このままつなぐとかっこいいものになるなと思いました。でも、かっこよすぎて味気ないんじゃないかとも思ったんです。それで、編集で、ある程度台本を忘れて新しい流れでつないでみようかと考えて。そのためのアングルとか、アクションの余尺とか、汗、筋肉の揺れ、そういうカットは芝居の流れとは別に、意識的に撮影させてもらいました。演技者たちが日々肉体を鍛えてくれたからできたことなんですけど、どの試合もかなり生々しさを出せたと思います。その熱量は是非とも感じてほしいです」(岸善幸監督)
菅田君は常に僕たちが撮りたくなるような新次でいてくれた
──菅田将暉さんは『二重生活』を経て主演でのキャスティングとなりました。
僕らの現場のやり方は、演技者に自由に動いてもらって、カメラが手持ちでそれについて行く。基本的には、演技によってフレームを決めていく。菅田君はそのやり方を知っているから、今回も「何をやってもいいんですよね?」というスタンスでのぞんでくれました。新次という役について、いろいろ話しましたが、結局は現場できあがる感覚を大切にしてもらいました。
映画『あゝ、荒野』岸善幸監督
でも、普通に芝居するだけでは済まされないんですね、大前提としてボクサーの役ですから。肉体が否応なく語ってしまう。そういう意味で肉体と演技、両方を表現するのは、かなりのプレッシャーだったと思います。それでも、常に僕たちが撮りたくなるような新次でいてくれた。そうして撮れた映像もすごかった。僕らとの作品作りに信頼を置いてくれているからできたことだと思います。現場で何度も胸が熱くなりました。
映画『あゝ、荒野』 ©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
──その相手役としてヤン・イクチュンさんをむかえたのはどのような経緯で?
企画・製作の河村光庸さんが『息もできない』の日本配給を手がけた縁で出演いただくことになりました。監督としても、演技者としても、どれだけの力を秘めた人なんだろうと、畏怖の念すら感じていましたから、是非やってみたかった。脚本の初期にソウルで対面して、とても穏やかな人で、内心ほっとしましたけど。
映画『あゝ、荒野』 ©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
翻訳された原作を読んで、その世界観を気に入っていたようで、すぐにイクチュンさんが演じるバリカンについていろいろなアイディアを話し合うことができて。それを脚本にも反映させました。今回は演技者としてバリカンの複雑な心理を見事に表現していると思います。現場では「ミスター演技設計」と呼んでいたくらいで、演技のち密さに圧倒されました。半年に及んだ肉体改造もあって、かなりハードだったとは思うんですけど、俳優ヤン・イクチュンのすごみと深みが際立つ作品になったと思います。
──ボクシングという題材を撮るにあたっては、どのようなアプローチで取り組みましたか?
いろいろボクシング映画を観て研究しました。そこでわかったのは、撮影の方法やカットに決まりのようなものがあるということ、アクション映画と同じ。型があって、タテを決めて撮っている。本当に殴りあうことはできないですから、当然なんですが。でも、今だから言えるんですけど、本当は殴り合ってほしかった。生々しさが出したかったから。
映画『あゝ、荒野』 ©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
ボクシング・シーンの台本ができたときに、このままつなぐとかっこいいものになるなと思いました。でも、かっこよすぎて味気ないんじゃないかとも思ったんです。それで、編集で、ある程度台本を忘れて新しい流れでつないでみようかと考えて。そのためのアングルとか、アクションの余尺とか、汗、筋肉の揺れ、そういうカットは芝居の流れとは別に、意識的に撮影させてもらいました。演技者たちが日々肉体を鍛えてくれたからできたことなんですけど、どの試合もかなり生々しさを出せたと思います。その熱量は是非とも感じてほしいです。
今の時代性をダイレクトに反映させ、ちょっとだけ未来に置き換える
──ボクシングだけでなく激しい濡れ場もあり、肉体の映画であることが強く感じられます。
そうですね、確かに肉体の映画かもしれません。濡れ場は鮮明にキャラクターを出せるシーンなので、とても重要な要素でした。菅田君以外にも、イクチュンさん、ユースケさんにも濡れ場があって。現場で役柄の個性を重ねながら作りました。
菅田くんとイクチュンさんのボクシングのシーンは、やはりピリピリしていて少し距離を置いている感じでしたけど、イクチュンさんが思った以上に日本語を理解して話せるので、冗談を言い合っていましたね。
新次の濡れ場は、新次の野性というか暴力性を出すために、菅田君と体位についてなどアイディアを出し合って。でも、やっぱり、それを受け止めてくれる相手がなければ成立しないんですよね。芳子役の木下あかりさんが本当に頑張ってくれた。おかげで二人の濡れ場は、激しくて、せつない。
映画『あゝ、荒野』 ©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
──寺山修司の原作は60年代が舞台ですが、映画は近未来の設定になっていて、2021年という数字も明確に出していますね。
原作の時代そのままに映像化するとか、あるいは、時代は曖昧にして作品の普遍性にこだわるやり方もあったと思うんですけど、原作を読み返してみると、かなり現代に通じるものを感じます。最初にお話をいただいたときは、今の時代性をダイレクトに反映させて、それもちょっとだけ未来に置き換えるという企みでした。そこに揺さぶられて、挑戦したくなった。東京オリンピックが終わって表出するかもしれない不安とか断絶のようなものを、祭りのあとの我々を想像しながら映像化したいなと。そのための2021年だったんです。
映画『あゝ、荒野』 ©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
──原作が書かれた当時の社会のムードは、具体的なキーワードを変えつつも投影されていると思います。この背景だからこそ描けたこととは何でしょうか?
寺山さんは少年のころに戦後の動乱の時代を生きていて、それがあって、寺山さんなりの目で社会や人間を見つめてさたんだと思います。僕らは戦争のない時代と国に生まれてきたけれど、世界を見ればいろんな戦乱や混乱が起きているわけで、日々断絶が生まれている。俯瞰で言ってしまうと、結局、人間は、いつもそういうことを繰り返す。ただ、そんなカオスでも、人間は、人間とは何かを問い続けていく生き物だと思うんです。寺山さんもそうだったのかもしれない。アイデンティティの探求、自分は何者なのかということを問いかけている。二部作を通してこの映画がたどり着くところもやっぱり、そこ。僕は、ここにいるよ、という叫びです。濡れ場もボクシングシーンも皆全身を使って打ち込みました。そこにぜひ注目してもらえたらと思います。
(オフィシャル・インタビューより)
岸善幸 プロフィール
1964年生まれ。1986年よりテレビマンユニオンに参加後、ドキュメンタリー番組でキャリアを積む。ドキュメンタリードラマとして撮られた「少女たちの日記帳ヒロシマ昭和20年4月6日~8月6日」(NHK)のほか、「開拓者たち」(NHK)「ラジオ」(NHK)などで数々の放送賞に輝き高い評価を得る。長編映画監督デビュー作となった『二重生活』(16)で第14回ウラジオストク国際映画祭最優秀監督賞を受賞。
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映画『あゝ、荒野』
10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇
新宿ピカデリー他2部作連続公開
監督:岸善幸
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン
木下あかり モロ師岡 高橋和也 今野杏南 山田裕貴
河井青葉 前原 滉 萩原利久 小林且弥 川口 覚 山本浩司 鈴木卓爾 山中崇
でんでん 木村多江 ユースケ・サンタマリア
原作:「あゝ、荒野」寺山修司(角川文庫)
脚本:港岳彦/岸善幸
音楽:岩代太郎
撮影:夏海光造
主題歌:BRAHMAN「今夜」(NOFRAMES recordings/TOY’S FACTORY/TACTICS RECORDS)
企画・製作:河村光庸
製作:瀬井哲也 四宮隆史 宮崎伸夫 宇野康秀 山本浩 植田実
エグゼクティブ・プロデューサー:石井紹良 堤天心
プロデューサー:杉田浩光 佐藤順子
共同プロデューサー:行実良 中村優子 飯田雅裕
制作・配給:スターサンズ
制作プロダクション:テレビマンユニオン