9月23日(土)よりアップリンク渋谷で公開となる映画『スティールパンの惑星』はカリブ海の最南端、小さな島で生まれた楽器の歴史と今に迫るドキュメンタリー・ドラマ。世界3大カーニバルの一つとして知られ、20世紀の2大楽器発明の一つとされ、第2次世界大戦の廃棄物から奇跡的に生まれた「天国の音」と呼ばれる「スティールパン(以下、パン)」というアコースティック楽器。それを生んだ国トリニダード・トバゴは、人口120万人にして今も年間約500人が殺人で命を落とし、犯人の検挙率は約10%にとどまる現実を抱えている。
『スティールパンの惑星』の監督を務めるのは、ベルギー生まれの映像作家ジェローム・ギオとティエリー・テストン。トリニダード・トバゴで行われる世界最大の大会「パノラマ」を追いかけたドキュメンタリー・パートと楽器誕生の秘話のドラマ・パートにより構成されている。
この作品を配給するのは、日本でカリブ海の音楽を積極的に紹介してきた音楽レーベル、LIME Records。webDICEでは映画の公開にあたり、LIME Recordsの主宰でセレクターのヘモさん、この映画に録音プロデューサーとして関わった、トリニダード・トバゴ国立大学で音響国学を教える渡辺洋一さん、そしてパン奏者としてバンドLittle Tempo他で国内にその魅力を伝え続ける“TICO”こと土生(とき)剛さんによる鼎談を掲載。日本でスティールパンの文化と魅力を伝える三氏が映画について、そしてトリニダード・トバゴと日本の関係について語った。
「一番根本にあることは、まずトリニダードはイギリスの植民地でしょう?それで、『黒人は虐げられてきた』という事実、本当にその中にしかないと思う」(渡辺洋一さん)
「この映画はスティールパンの魅力を知ってもらう『最初の一歩』になるかなって思っています」(ヘモさん)
「オレはやっぱり、この楽器の生い立ちにすごい惹かれる。抑圧されて、それに対して反逆じゃないけどパンクでさ、レゲエもだけど、いい音楽ってみんなそういうところから生まれるじゃない?そこに一番惹かれるよね。きれいな音色の裏にそういう歴史があって、それがさらにこの楽器の深みになる」(土生“TICO”剛さん)
スティールパンはもともと貧困層の音楽だった
──今日は、このメンバーだと濃厚過ぎる話に終始してしまう気もして、まったくパンについて知らない人にも伝わる話が必要かなと思います。
渡辺:一番根本にあることは、まずトリニダードはイギリスの植民地でしょう?それで、「黒人は虐げられてきた」という事実、本当にその中にしかないと思う。
脚本を書いたキム・ジョンソンさんからは、これを撮り始める前から「どのバンドを撮るべきか」といろいろ相談されていて。みんな、街の大きなバンドにしか撮影に行ってないんだよね。だけど僕は予選とかで、田舎の超ゲットー、山の上のほったて小屋とか、信じられないところに行くから、そっちが本当だと思っていて。
左より土生”TICO”剛さん、渡辺洋一さん、ヘモさん
──土生(とき)さんとスティールパンとの出会いは?
土生:最初はレコードだけど、レネゲイズが昔ちょこちょこ来日してたから、それを見に行った時かな。始めたのはたまたま、今一緒にやってるメンバーの玄さん(田村玄一)が中古のやつを売ってくれたから。近所で新品のやつも売ってなかったし、ネットもないし、それがなかったらやってなかったかもしれない。20年くらい前のことだと思うけど。
映画『スティールパンの惑星』
──ヘモさんはもともとレゲエのセレクターだったのが、どう移行していったのですか?
ヘモ:最初はチエコ・ビューティーさんに連れられて、ランキン・タクシーさんとも一緒に ジャマイカへ連れてって行ってもらって、どっぷりはまって90年代はほぼジャマイカ一色で過ごして、そのあと90's後半よりソカに興味を持った。
当時はソカをやってる人がほとんどいなくて、だから「こんなポジティブで楽しいな音楽を伝えたい」と思って、それで今のようにインターネットが無くブルックリンやマイアミの奥地まで行ってレコード買ってかけていて、ある時、クラブジャマイカでDJとしてソカを取り入れてかけてたんです。するとお客さんにトリニダード・トバゴ人がいて、「オレの国の曲をかけてる人を初めて日本で見た!本物を見て欲しい」って言われて。それですぐチケット買ってその人の実家に泊まらせてもらったんです(笑)。それでパノラマとかカーニバルを見て、楽しいから毎年行き出して、かれこれ17年目です。
渡辺:パンはもともと圧倒的に貧困層の音楽で、しかも黒人の音楽なわけ。トリニダードには半分くらいインド人がいて混じってるんだけど、パンは黒い。確かに都会のバンドだと混ざってるし、外国人も来るからそう見えるかもしれないけれど、田舎だとモロに黒いのね。
──映画では、とにかくその辺にあるものを叩いてきて、最終的にドラム缶に行き着いたということが描かれます。
渡辺:当時アフリカン・ドラムは基本的に禁止されていて、今度はタンブー・バンブーって、竹でガンガン道を叩いてたら「道が傷つく」って禁止されて、さらにビスケットの缶を叩いてた。だから叩くことはやめなくて、その一番大きなものとしてドラム缶に行き着いた。
あとはやっぱり戦争の頃だから、トリダードは米軍がドイツの潜水艦を攻撃するための基地になっていて。それで戦争の余剰物資がたくさんあったのと、石油が採れることもあってドラム缶はあった。石油は今も採れて、それは観光資源だけでやっているジャマイカとの大きな違いだけど、イギリスにはすごい搾取されてる。
映画『スティールパンの惑星』
スティールパンが広まったらもっと平和になる
──渡辺さんは80年代にNYのブルックリンでヒップホップのスタジオ(伝説とされる「FUNKY SLICE」)をやられ、しかしジャンルとして大きくなるにつれ失われつつあったエッセンスを、スティールパンに見出したと。
渡辺:ヒップホップだと、街で車にスピーカー積んでブンブンってやるじゃないですか。でも一回こっちの大きなカーニバル・トラックを見ちゃったら、規模が違う(笑)。あとヒップホップは、基本的にプログラミングの音楽じゃないですか。それこそドラムマシンの線を8つ繋いだら終わってしまうので、そういうことにあんまり興味がなくなってたということがあります。
でも、こういう音楽だって変わらなきゃいけないと思います。現地でもカーニバルを知らない世代が出てきてしまっているわけで、世界中のカーニバルは変わってきているし、お客さんも減ってると思うんです。例えば、そこでいっぺんに、いつも会えないような友達や人に会えたりするのってカーニバルのいいところじゃないですか。それが今はワールドワイドに、SNSは毎日やってるカーニバルだから。カーニバルって一つの場所に人がいて、それがギュウッと凝縮されてその先でバンッと弾けて、それが気持ちいいわけでしょう。それが今は最初から穴がいっぱい空いてて、携帯でそこかしこと繋がってて、よそのことやってるやつがいっぱいいて。
ヘモ:参加料も高いんです。これは私の出身である、高知のよさこい祭りもそうで、本当は参加した方が楽しいのに、外から見る人ばっかり増えちゃって。だから、もっと市民の祭りに戻したいというのは、見ていてありますね。現状は外人が多く参加して、メインで楽しみ 、それでお金がまわっているみたいな。もちろん外の人も来てくれないと経済効果は出ないんですが、混ざっている感じはあまり感じませんね。
映画『スティールパンの惑星』より
──土生さんは、日本でずっとパンを叩かれてきた立場です。受け止められ方に変わりはありますか?
土生:ちょっとずつ増えてるなとは思うけど、そんなに横の繋がりもないから、実際は結構知らない人が多かったりとか。
ヘモ:マーケティングでは、スティールパンを習ってたとかやってた人、持ってる人は1万人いるということになってるみたいです。
土生: DJは、現場に行ったらターンテーブルとかミキサーがあるじゃない?だけどパンは、中古で探すって言ってもなかなかネットにもないし、よほどラッキーじゃないと出てこないからさ。それで買うとなったら新品でケース、スタンドとかマレットも全部いるから、そうすると結構な額になるよね。
渡辺:だからやっぱり、ちょっと30超えのOLさんとか、大人の人がやってるかもしれない。トリニでだって一番安いパンで7万円とかしちゃうから、結局輸入してその値段でも不思議じゃない。現地でも子どもたちは、地域のバンドでパンを持ってて、そこに行ってやるってことだよね。
──そうした問題を乗り越えて、日本でももっと広まるべき?
土生:広まったらもっと平和になるでしょう。どう考えても、もっと心が浄化されると思うよ。
渡辺:よさこいって、日本中で爆発的に広まったわけじゃない?ヤンキー文化みたいなものも少しうまく入ってて。そういうストラクチャーが欲しいよね。
映画『スティールパンの惑星』
──そこはスティールパンも、現地のヤンキー文化じゃないですか?
渡辺:現場ではものすごくヤンキー。「コイツらが楽器やっててよかったね」という。何もなかったら暴れちゃったりとか。それが日本に来るとまったく違うし。
今、国がやってる「ナショナル・スティール・オーケストラ」があるんだけど、演奏するのもクラシック中心で、すごい明るくやっていて。自分たちで作曲もしていて、確かにレベルも高いし、新しいGパンていうでっかいパンもあったりして。「ゲットー感」みたいなものとはちょっと違うなって。今僕は、その音響もやっているので。たぶん日本で広めるためには、ワルが入ってるということは必要な気がする。
ヘモ:確かに海外でのパンの在り方が、日本に来ると「美しくて、きれいな音色」が先行みたいになっていますね。それで良いと思いますが、それだけではないと。
土生:本当に、日本人っていうのは奥ゆかしいなと思う。この前は横浜で、演者がガンガンやってても、みんな普通に聴いてるんだよね。踊ってる人は端っこの方で、地味に、目立たなくやってるの。
ヘモ:そこは、イベントプロデューサーのご意向もあると思いますが。前に代々木公園でやった時は、みんな踊りまくってましたよ。みんなラムをすごい呑んで叩いてたからかもしれないけど(笑)。
映画『スティールパンの惑星』
この作品が「始まり」になる
──映画には、渡辺さんのディレクションがどの程度反映されていますか?
渡辺:僕は映画の中では、レコーディング・プロデューサーという肩書きで入っています。もともとは脚本のジョンソンさんが僕と同じ大学にいて、そこでアーカイヴをしていたの。それでよく、「何を残すべきか」みたいな話をしていて。いろいろ聞かれて、その都度「こうだと思う」ってことは伝えました。
この作品が「始まり」にはなると思うけどね。やっぱりこれは外国の人が見ているわけじゃないですか。監督はフランス人だし、実はそういうことってすごく大事で、トリニダードの人にこの映画は絶対に撮れない。
──土生さんは、映画については?
土生:オレは率直に「いいな」って。みんな「トリニに行っていいな」と思って。「オレも行きたい」「金があったら行きたい」って。宝クジでも当てて(笑)。
──この映画は、レゲエで言う『ロッカーズ』や『ハーダー・ゼイ・カム』、ヒップホップで言う『ワイルド・スタイル』だし『スタイル・ウォーズ』ってことは、間違いないでしょうか?
渡辺:そうだと思う。これはプロトタイプだよね。僕もそう思って、チラシの裏の文章も考えました。自分がそういう映画を、初めて観た時の感覚が伝わるといいなと思うし。
ヘモ:だから、この映画で演奏と共に全国に行って、観てもらった後にライブとかあったら伝わり方、感じ方も違うんじゃないのかなって思うんです。でもまだ、私にとって映画の興行も、世の中的にはスティールパンの映画自体も初めてなので、上映してもらえるところも少なくて。
映画『スティールパンの惑星』
──土生さんは、この映画から何が伝わればと思いますか?
土生:オレはやっぱり、この楽器の生い立ちにすごい惹かれる。抑圧されて、それに対して反逆じゃないけどパンクでさ、レゲエもだけど、いい音楽ってみんなそういうところから生まれるじゃない?そこに一番惹かれるよね。きれいな音色の裏にそういう歴史があって、それがさらにこの楽器の深みになる。
──最後に、スティールパンが日本にもたらせるものについて、聞かせてください。
土生:知らない人に触れて欲しいっていう、それはあるよ。
ヘモ:普通に「ソカとかスティールパンのイベントをみんなでやろう」っていうよりも、映画だと、もっと広い人たちが触れる機会が多い気がします。第1ステップ、第2ステップって徐々にやっていかないと。
渡辺:全然違う人が見てどうかという意見が大事なんじゃないのかな。
ヘモ:この映画はスティールパンの魅力を知ってもらう「最初の一歩」になるかなって思っています。
(構成・文:BIOCRACY)
映画『スティールパンの惑星』
映画『スティールパンの惑星』
9月23日(土)よりアップリンク渋谷にて上映
連日上映後にスティールパン・ミニライブを開催!
詳細はアップリンク渋谷公式サイトにてご確認ください
監督:ジェローム・ギオ&ティエリー・テストン
脚本:キム・ジョンソン
プロデューサー:ジャン・ミッシェル・ジベ
音楽ディレクター:ティエリー・プラネル
録音プロデューサー:渡辺洋一
キャスト:レイ・ホルマン、アンディ・ナレル、レン“ブグジー”シャープ、レナルド“レッド”フレドリック、エヴァ・ゴールドスティーン、二ノ宮千紘、ジョバンニ・クレアモント
配給:LIME Records
2015年/トリニダード・トバゴ/英語、日本語、フランス語/カラー/80分/16:9/原題:PAN! OUR MUSIC ODYSSEY