骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2008-07-04 18:30


牧野貴:映像と音を巧みに操る映画作家

「映像は姿そのもの。音楽は魂。2つが1つの命=映画を作り出す」と語る牧野貴がこだわる映画制作の方法とは。
牧野貴:映像と音を巧みに操る映画作家

『No is E』が2007年イメージフォーラムフェスティバルにて寺山修司賞を受賞し2008年ロッテルダム国際映画祭では、新作『Elements of Nothing』がTiger Awardにノミネートされ、個人プログラム及び、映画と音楽のライブパフォーマンスを成功させるなど、作品製作開始から約10年を経て、その才能が開花しつつある映画作家、牧野貴。
彼はハンス・ベルメールにインスアイアされ、ブラザーズ・クエイに学んだ経歴を持つ。近年はジム・オルーク氏が音楽を担当する作品を多数製作している。


── まず、ロッテルダム映画祭は如何でしたか?

最高に楽しく、居心地の良い映画祭でした。一言で言うと、開かれている。実験映画、アニメーション、CG、ドラマ等、ジャンル分けはもはや映画の価値判断の基準にはなりません。問題は、映画としていかに魅力的であるか、野心があるか、新鮮であるか。それだけが全てを決定します。短編映画という一言ではとても言い表せないほどの「広さ」を強く感じました。

── 観客の反応は?

やはり、ジム・オルークさんとのコラボレーションや、会場でライブ演奏してくれオランダの若き実験音楽家Wouter van Veldhovenとの、音楽と映像のコラボレーションについて深い興味を示されました。もう一つは、フィルムとビデオ、両方のメディアを駆使しているところに興味を持たれました。日本でもそうですが、比較的若い世代が強く共感してくれています。本当に嬉しい事です。


2008年ロッテルダム国際映画祭で行われたライブの模様

── 近作の音楽はジム・オルークさんが作られていますが、ジムさんと出会った経緯を教えてください。

僕は映画の技術的な面での仕事もしていまして、その関係でジムさんには何度か会っていました。そして、2006年にアップリンクで単独上映をやっていた際に、ジムさんが映画を見に来てくれたのです。「牧野さんの映画を見たら、忘れかけていた実験映画への思いが再燃した。新しいものと懐かしい思い出が、出会っているのを見て興奮した」と語ってくれました。そして、僕が作った映像を手渡して、図形楽譜のように解釈して好きなように音楽を作ってくださいと依頼するとジムさんは快く承諾してくれました。

── 牧野さんの作品はほぼフィルムで撮影されています。むしろフィルムでしか映画を撮らないと言われています。でも上映するときはほとんどがデジタルフォーマットで敢えてフィルムにこだわらない。何か両者に決定的な違いがあるのですか?

単純に、表現出来る長所の違いです。フィルムの映像はどこまでも深く、そして美しい。しかし、上映速度、色調整、合成等の制限が多すぎる。ビデオは、どこまでも柔軟なインターフェイスです。映像の表現域の幅がどこまでも広がって行きます。現段階では、フィルムの映像の質を維持しながら、自分の望むように映画を構築して行くために、このような手法をとっています。2006年の『No is E』以降の作品は、もはやフィルムだけでは完成形を作る事は不可能です。もし、『Elements of Nothing』をフィルム上映するなら、改造した(壊した)35ミリ映写機を8台シンクロさせて、1つのスクリーンに投影しなければなりません。

── 8台の映写機ですか! それにビデオプロジェクターも2台くらい導入して、ライブ上映でやったら面白いでしょうね。

ええ。でも、多分個人レベルでは難しいでしょう。35ミリ映写機一台幾らするか、それを壊すとなると…考えるだけでも恐ろしい計画になりますね。

──牧野さんの映像を見ていると、スクリーンという平面の中で光が無限大に回転しています。それをフィルム・スクラッチと名付けられていますが、具体的にはどうのように撮影して編集されているのですか?

実は、編集はあまりおこなっていません。撮影の段階で、カメラの中で、フィルム上で映像を重ね撮りしていきます。撮っては巻き返し、撮っては巻き返しの繰り返しです。フィルムでの多重露光は、やり直しがきかないので、撮影時には非常な集中力を要します。あがったフィルムを最良の方法でビデオ信号に変換し、速度、色、コントラストの調整をして行きます。あとは、一般にゴミと言われる、傷だらけのフィルムの質感だけを引き上げて、素材にしたりします。

── 簡単に言うと写真等で多様される二重露光の手法を取り入れているという事ですか?

The SEASONS

そうです。2重にとどまらず、8重くらいまでフィルムに重ねていきます。新作の『The Seasons』では、ビデオ合成はほとんど使っていません。ただ、8ミリ、16ミリ、35ミリフィルムのそれぞれの持つ良さを維持しながら一本の作品に仕上げて行く場合、最終フォーマットはビデオにならざるを得ません。

新作『The Seasons』(2008年/35㎜→DVCam/30分)。音楽はジム・オルーク氏が担当している

── 音と映像のつながりにかなりのこだわりを感じるのですが。

「映像は姿そのもの。音楽は魂。2つが1つの命=映画を作り出す」と考えています。僕が作っている映画は本当に抽象的に見えますが、実験的な音楽を入れるか、全く逆の音楽を入れるのかによって、全く違う映画になる。映像と音楽のコラボレーションが本当に楽しくて、ずっと映画作りをしているのかも知れません。初めて映画を作った頃、音楽を入れた瞬間に映画が急に生き生きとし始めた経験がありました。 それに、フィルムに撮影された映像だけが、映像と音が完全に切り離された状態にあると考えます。撮影した段階で、映像はずうっと音を探しています。音を見つけた時に、初めて映像は映画になるのです。映像に音を入れる時は"作品に命を吹き込む時"と考えています。

── 以前お話したときに、撮影中に映画の音がずっと耳でなっているとおっしゃっていましたが、音が鳴って出来上がった作品と撮影の時の音とリンクした作品はあるのですか?

自分で音が明確に浮かんだ時は、自分で音も作る事にしています。2006年『The Ark』は、『No is E』の音をジムさんが作っている間に自分で制作しました。ただ、音楽をジムさんに依頼した場合、常に自分の予想以上の音楽が覆い被さってくるので、それは本当に楽しい経験です。自分の作品に対する思い込みや、個人的な感情さえもが浄化されていくような印象を受けました。それは自分が作品にもう一度出会う体験であり、映画を発見する瞬間です。

一見、牧野貴の作品はクラブなどで流れるVJ的なものを連想されがちだが、実際には真逆で“スクリーン”と対峙して、暗闇の中で凝視するという映画の根源欲求する何か不思議な体験をさせられる。7月6日(日)にはアップリンク・ファクトリーにて新作『The Saesons』の上映会があるので是非ご覧ください。



『The Saesons』牧野貴 新作上映会

日時:7月6日(日) 18:30/19:00
会場:アップリンク・ファクトリー
(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)[地図を表示]
料金:1,000円(1ドリンク付)


■牧野貴 PROFILE

1978年東京生まれ。日大芸術学部映画学科撮影コース卒。在学中より多数の8ミリ映画を制作。ハンス・ベルメール著「イマージュの解剖学」にインスパイアされた初の16mm映画『AMARGASM』が2001年に長岡インディーズムービーフェスティバルで審査員特別賞を受賞。同年ブラザーズ・クエイに映画表現を学ぶ為、単身ロンドンへ渡る。帰国後もフィルムによる映画製作を続け、2004年以降、ライブスペースやギャラリーで個展上映を続けている。2006年8月より渋谷UPLINK FACTORYにて定期的に上映会を行い、10月にはジム・オルークとの共作『No is E』を上映。同作が2007年イメージフォーラムフェスティバルにて寺山修司賞を受賞。
2008年ロッテルダム国際映画祭では、新作『Elements of Nothing』がTigerAwardにノミネート。フィルムとビデオ、二つの方法・技術を最大限に活用し、映像と音楽を同価値に捉えながら映画を制作、発表している。

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