骰子の眼

cinema

東京都 中野区

2017-08-17 15:00


目が見えず耳も聞こえない「盲ろう者」の日常見つめるドキュメンタリー『もうろうをいきる』

西原監督「被写体の"こう撮ってほしい"と自分の"こう撮りたい"をせめぎ合わせる」
目が見えず耳も聞こえない「盲ろう者」の日常見つめるドキュメンタリー『もうろうをいきる』
映画『もうろうをいきる』遠目塚秀子さん ©2017 siglo

目が見えず耳も聞こえない「盲ろう者」の日常を収めたドキュメンタリー映画『もうろうをいきる』が8月26日(土)より公開。webDICEでは西原孝至監督のインタビューを掲載する。

学生団体SEALDsを追ったドキュメンタリー『わたしの自由について~SEALDs 2015~』に続く西原監督の新作は、新潟県佐渡島や宮城県石巻市など日本各地で暮らす盲ろうの人たちに密着。盲ろう者と周囲の人たちとの関係を穏やかに見つめている。


今振り返ると、人間の強さとか、その人のかけがえのなさとか、人はただ生きているだけで意味があるとか、もしかしたらありふれた言葉かもしれないですけど、そういったことを映画を通してもう一回言いたかったんだと思いますね。人が一緒に生きやすい社会にするとか、共生できる社会にするとか。森下摩利さんが最初のころの撮影で言っていましたが、その人の生命を祝福するような、そういう作品にできたと思いますし、良かったなと思っています。(西原孝至監督)


撮影ということを理解してもらうことに心を砕く

──まず今回の作品を制作された経緯を聞かせてください。

僕が今回の作品に入らせてもらう前から、本作の企画者の一人である大河内さん(1)とシグロさんが障害者の方にも映画を楽しんでもらおうということで、映画のバリアフリー上映にずっと取り組まれてきていて。その流れで、盲ろう者の方々を撮影してドキュメンタリー映画を作ろうという話になりました。

映画『もうろうをいきる』西原孝至監督
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

僕自身は元々シグロ代表の山上さん(2)に学生時代に作った自主制作のドキュメンタリー映画も観てもらったりと、つながりがあったんです。それで一緒に企画を進めていきました。

──実際の撮影はどのように進めたのですか?

最初の撮影は盲ろう者の方々が一堂に集う全国大会(3)でした。そこを皮切りに、全国に暮らしてらっしゃる盲ろう者の方を訪ね歩く映画にするのが良いんじゃないかっていう話になって。盲ろう者の方々とは、大河内さんや、普段盲ろう者向けの通訳・介助をされている森下さん(4)が、これまでずっと交流されてきた強いつながりがあるので、そこに僕たちは紹介いただいて日本全国撮影させてもらいました。

映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

──今ままでしてきた撮影と違いはありましたか?

まず撮影ということを理解してもらうこともなかなか難しくて。ご本人がカメラが向けられているっていうことを、お伝えしないと分からないっていうところがあるので。そこは普段のドキュメンタリーの撮影よりも、心を砕いてやった部分ではあるんですけど。

皆さんの反応としては、撮影ということよりも、僕をはじめとして、いろんな人が来てくれたことに対して、よく来てくれたねみたいな反応でした。基本的には皆さんすごく楽しく撮影を受けてくれたかなと思ってます。ただそれはやっぱり、大河内さんや森下さんたちの関係性があったところに、僕らはお邪魔させてもらったということなので。

映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

目の前の現実に対してどう撮るかと考えながら物語を紡いでいく

──一番印象に残っているシーンはありますか?

一番というのは難しいんですけれど、全国大会が終わって最初に撮影した遠目塚さん(5)が強く印象に残っています。朝ご飯のあとにお一人で外に出て洗濯ものを干すシーンがあるんですけど、それを見たときに、率直にすごいなと思ったんですよね。目が見えなくなってから20年来、生活の中でルーティーンでやっていることとはいえ、よくできるなというのが単純に思ったことで。あの洗濯ものを干しているシーンを撮ったときに、この映画はきっと今までにないような映画になるんじゃないかなっていう感触はありました。

今回はもちろん盲ろうの方の映画なんですけど、やっぱり盲ろうの方は一人では生きていなくて、周りの通訳・介助の方だったり、ご家族だったり、そういった方に支えられて生きているということをすごく痛感したので、そういった周りの方々も含めて映画にしたいとずっと思っていたんですね。更に言えば、急に来た撮影している僕たちも含めて、なにか盲ろう者を取り巻く環境みたいなことを映画にできたらと思っていて。これはもう健常の方も盲ろうの方も限らずなんですけど、やはりカメラの前に立つということは、すごく勇気のいることだし、強いことだと思うんです。だから今回の映画に出てくれた盲ろうの方々の強さのようなものを、日常生活の中で撮りたいと思っていました。

もしかしたらこの映画には劇的なシーンとかはないかもしれないんですけど、普段どういった思いを抱えて、どういうふうに暮らしているかということを丁寧に映像に収めていけば、きっと良い映画になるんじゃないかなと思っていたので。短い期間でしたけれども、そういう思いで、日々の暮らしの一端を、少し見せてもらったっていう感じですかね。

映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

──ドキュメンタリー映画というと、一般的には「ありのまま」を撮ることだと思われていますが、演出についてはどうですか?

そうですよね。ドキュメンタリーってすごく難しくて。たとえばその人の日常を撮ると言っても、ありのままだったり、そのままの生活って、多分撮れないんですよね。遠目塚さんの家に行ったら、遠目塚さん、用事もないのにお化粧してましたし。でも、それは撮影が来るってことに対しての、その方の一種の表現だと思うんですよね。こういうふうに撮ってほしいという自己表出のような。

カメラが入るってことに対して盲ろうの方が、こういうふうに撮ってほしいとか、これはどうだっていうふうに言ってくれたことと、僕らがこういうふうに撮りたいっていうことをせめぎ合わせていくのがドキュメンタリーの撮影だと思っていて。漠然とは大きなストーリーがあるんですけど、ちゃんとした脚本があるわけではないですし、常に目の前の現実に対してどう撮るかと考えながら、どんどん物語を紡いでいくっていうのが、僕がやりたいドキュメンタリーです。

正直あらかじめ頭の中にイメージというのはあんまりなくて、なくてと言うよりかは、逆にもたないようにしてたんですね。これまでも、自分がどういうふうに感じるかっていうことを大切にしたいと思っていましたし、この作品でもそういう作りにしたかったんです。

映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

その人の生命を祝福するような作品にできた

──本作で伝えたかったことは、どういったことですか?

今振り返ると、人間の強さとか、その人のかけがえのなさとか、人はただ生きているだけで意味があるとか、もしかしたらありふれた言葉かもしれないですけど、そういったことを映画を通してもう一回言いたかったんだと思いますね。人が一緒に生きやすい社会にするとか、共生できる社会にするとか。森下さんが最初のころの撮影で言っていましたが、その人の生命を祝福するような、そういう作品にできたと思いますし、良かったなと思っています。

──「盲ろう」というテーマを扱いながら、押し付けがましくないですよね。

自分で言うのも恥ずかしいですけど、それは僕自身の監督としての個性かもしれないですね。多分これから上映していくと、物足りないとか、もっと重厚感がある作りになんでしないんだというような、いろいろな意見はでてくると思うんですけど。それでも本当に、監督として僕の人生観とか個性が作品に出ているんだと思います。

映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

──今回の作品はどのような方に観てほしいですか?

盲ろうの関係者の皆さんに観ていただきたいというのはもちろんなんですけど、撮影する前の僕のような、盲ろうのことを全く知らない人にも観てほしいと思います。当たり前ですが、いろんな人に観てほしいというふうに思ってますね。

──バリアフリー版も作成されたんですよね。

この映画は新しい試みとして、通常上映版を「聴覚障害者対応」日本語字幕付きにしました。さらに、「視覚障害者対応」として、音声ガイドをUDCast方式(6)で提供しています。 通常は本編のナレーションと音声ガイドのナレーションは違う人がやるのですが、今回はどちらも僕がしています。

映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo
映画『もうろうをいきる』 ©2017 siglo

──公開にあたり、どんなことを楽しみにしていますか。

僕は今回、いろんな方を撮影させてもらって、人と一緒に生きるとはどういうことなんだろうとか、コミュニケーションの大切さだとか、普段当たり前だと思っていたことが、実はすごいかけがえのないことだったというのを、あらためて感じました。上映が進むと、いろんな方からいろんな言葉が出てくると思うんで、それもすごく楽しみです。やっぱり映画というものは、上映して初めて完成するものだと思うので、いろんな人に観てもらって、いろんな声を聞きながら、そこでまたコミュニケーションが生まれるのをすごく楽しみにしています。

(オフィシャル・インタビューより)

(1)大河内直之(おおこうち・なおゆき)。4歳で失明し全盲となる。近年は、非営利活動法人バリアフリー映画研究会の理事長として、映画のバリアフリー化に関する研究・実践に取り組むと共に、障害者政策委員として国の障害者政策にも参画している。
(2)山上徹二郎(やまがみ・てつじろう)。1986年に映画製作・配給を行う株式会社シグロを設立し、代表取締役を務めている。
(3)社会福祉法人全国盲ろう者協会が毎年夏に主催する大会。全国から盲ろう者、通訳・介助員、盲ろう関係者らが一堂に集まり、交流を深めている。
(4)森下摩利(もりした・まり)。大学在学中に通訳・介助を始め、07年から全国盲ろう者協会が主催する研修会や事業の企画運営に携わる。本作では撮影に同行し、通訳を行った。
(5)遠目塚秀子(とおめつか・ひでこ)。全盲ろうの出演者。生後二ヵ月で耳が聞こえなくなり、38歳のときに病気で目が見えなくなる。
(6)いつでもどこでも映画が楽しめるよう、携帯端末(スマートフォン・タブレット端末)とイヤホンを使って、音声ガイド付きで鑑賞するシステム。



西原孝至(にしはら・たかし) プロフィール

1983年、富山県生まれ。早稲田大学卒業。映画美学校ドキュメンタリー高等科修了。
14年の『Starting Over』は東京国際映画祭をはじめ、国内外10箇所以上の映画祭に正式招待され高い評価を得る。最新作『わたしの自由について~SEALDs 2015~』は北米最大の国際ドキュメンタリー映画祭 Hot Docsに正式出品。
現在、主にTVドキュメンタリー番組のディレクターとして活動中。




映画『もうろうをいきる』

映画『もうろうをいきる』
8月26日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開

監督:西原孝至
企画・製作:山上徹二郎、大河内直之、北岡賢剛
プロデューサー:小町谷健彦、山上徹二郎
撮影:加藤孝信、山本大輔
録音:小町谷健彦
整音:若林大記
編集:西原孝至
編集協力:金子尚樹、植田浩行
音楽:柳下美恵
テーマ曲/桜井まみ(「寝耳に銀の刺繍」「今日」)
協賛:NPO法人バリアフリー映画研究会
協力:社会福祉法人全国盲ろう者協会、認定NPO法人東京盲ろう者友の会、京大学先端科学技術研究センター・福島研究室、NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター(MASC)、 Palabra
製作・配給:シグロ

公式サイト


▼映画『もうろうをいきる』予告編

キーワード:

もうろうをいきる / 西原孝至


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