骰子の眼

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2017-07-20 09:20


死化粧をセレブメイクで フィリピン発トランスジェンダーの生涯描く『ダイ・ビューティフル』

「別の誰かに“変身”すること、その姿を認められることの重要さ伝えたかった」監督語る
死化粧をセレブメイクで フィリピン発トランスジェンダーの生涯描く『ダイ・ビューティフル』
映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

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「ミスコンの女王」と呼ばれたトランスジェンダー、トリシャ・エチェバリアの人生を描き、2016年・第29回東京国際映画祭のコンペティション部門で最優秀男優賞と観客賞を受賞したフィリピン映画『ダイ・ビューティフル』が7月22日(土)より公開。webDICEではジュン・ロブレス・ラナ監督のインタビューを掲載する。

美女コンテストで優勝したものの、授賞式の途中で突然倒れ急死したトリシャ。友人たちはセレブリティのそっくりメイクが得意だったトリシャの遺志を継ごうと、自分らしくあろうとした彼女の人生の回想シーンとともに、様々なメイクが毎日施され、埋葬前の儀式は続いていく。ジュン・ロブレス・ラナ監督はどんなに深刻な事態になっても、ユーモアを忘れず自分を貫いたトリシャのバイタリティとまっすぐな生き方とともに、誰もが持つ「別の誰かに変身することへの願望」を映し出している。今回のインタビューでは、このストーリーがフィリピンで起きたトランスジェンダーの殺害事件に着想を得たこと、カトリックの教えが根強いフィリピンでのこの作品の反応について語っている。

「持って生まれた身体に違和感を持っているトランスジェンダーのトリシャにとって、別の姿に『変身』することと、その姿を『認められる』ことは重要なことです。さらに、父親にカミングアウトした“トリシャ”としての自分を拒絶され、家を追い出されたという悲しい過去がトラウマとなって彼女の心の奥底にありました。『自分ではない別の誰かに変身すれば、父親に認めてもらえるかもしれない』。日替わりセレブメイクを死化粧にしたい、という遺言は、そんなトリシャの小さな願いが込められていたのです」ジュン・ロブレス・ラナ監督


トランスジェンダーへの人々の理解を深めたい

──この映画を作ったきっかけを教えてください。

2013年にNYで結婚式(ジュン・ロブレス・ラナ監督と、プロデューサーのペルシ・インタランさんは2013年にNYで結婚。現在は孤児を引き取り二人で育てている)を挙げた翌年、結婚1周年のパーティをした後の事でした。フィリピン人のトランスジェンダー、ジェニファー・ロードさんが米海兵隊員に殺害されるという事件が報道されたのです。その裁判は3時間に渡って全国放送され、多くのフィリピン人が注目しましたが、米兵への判決は軽いものでした。

映画『ダイ・ビューティフル』 ジュン・ロブレス・ラナ 監督
映画『ダイ・ビューティフル』ジュン・ロブレス・ラナ監督

私が悲しかったのは、この事件後SNS等で「トランスジェンダーは殺されて当たり前だ」などの差別的な発言が多くあったことです。ジェニファーさんのようなトランスジェンダーを含め、性的マイノリティでも、みんな同じ一人の人間なんだということを伝えたいと思いました。

キリスト教の中でもカトリックの強い影響下にあるフィリピンでは、同性愛や性転換は罪になります。そのため、多くの人が「トランスジェンダーとは何か」をよく理解していなかったのです。そういった人々の理解を深めたいと思い、『ダイ・ビューティフル』を作ろうと思いました。

映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films
映画『ダイ・ビューティフル』トリシャ役のパオロ・バレステロス © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

悲劇が起きた時こそ、ユーモアの精神が重要

──どのようにトリシャの波乱万丈な人生を構想したのですか?

孤児を引き取って育てたり、自分の望んだ姿で葬式をすることに親から反対されたりといった話は、実際にトランスジェンダーの人々に取材をして聞いた話を元にしています。トランスジェンダーであるトリシャは特別な存在ではなく、他の人と同じ一人の人間として表現したかったので、頭の中で考えたことより実話を元にした方が人間的に説得力をもたせられると思ったからです。

これは取材をして聞いた話ではありませんが、トリシャが嫌がる娘を無理やりミス・コン女王に育てようとして反発されるというのも、トリシャを普通の女性、普通の親として表現したかったために入れたシーンです。子供に自分の夢を託す親ってよくいますよね。世の中に完璧な母親はいないように、トリシャも完璧ではないことを伝えたかったのです。

──原案は悲しい実話なのに、明るく表現されていますよね。

シリアスな映画にしなかったのは、悲劇が起きた時こそ、ユーモアの精神が重要だと伝えたかったからです。

フィリピンはよく台風や地震などの自然災害に遭います。そういった時でも、私たちはユーモアを持って明るく立ち向かうことで乗り越えてきました。ユーモアがないと悲しみに暮れるだけで、立ち向かうことはできないのです。

そのため、トリシャも悲劇に打ちひしがれるのではなく、明るく笑いにかえて乗り越えていくという人物像になりました。

映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films
映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

フィリピンでは「美しい」ということが重要視される

──“日替わりセレブメイク”の発想も実話に基づいているのですか?

これはオリジナルです。トリシャが日替わりセレブメイクを死化粧にしたいと遺言を残したのは、もちろんタイトルにあるように「美しく死ぬ」「死んでも美しくいたい」というミス・コン女王としての誇りでもありますが、実は父親との関係も深く関わっています。

持って生まれた身体に違和感を持っているトランスジェンダーのトリシャにとって、別の姿に「変身」することと、その姿を「認められる」ことは重要なことです。さらに、父親にカミングアウトした“トリシャ”としての自分を拒絶され、家を追い出されたという悲しい過去がトラウマとなって彼女の心の奥底にありました。「自分ではない別の誰かに変身すれば、父親に認めてもらえるかもしれない」。そんなトリシャの小さな願いが込められた遺言だったのです。

映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films
映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

──トリシャが変身するのが「海外セレブ」なのも、理由があるのでしょうか?

フィリピンでは「美しい」ということが非常に重要視されます。本編でもミス・コンをテレビで生中継している場面があったと思いますが、フィリピンでは各地で頻繁にミス・コンが開催されていて注目度も関心も高い。そんな美意識の高いフィリピン人にとって「美しさ」で認められるということはとても誇り高いことなのです。

そのため「美しい」と世界中の人達から認められている誇り高き海外セレブに変身すれば、父親からも認めてもらえるのでは?美しいと思ってもらえるのでは?そんなトリシャの切ない願望を、ユーモアを持って明るく表現したかったのです。

映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films
映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

──トリシャの遺言には、父親に認められたいという切ない思いが込められていたのですね。1週間もお通夜をするのはフィリピンではよくあることなのですか?

基本的には4~5日ですが、1週間というのもよくあります。長くやればやるほど、ドネーション(日本で言う香典)がもらえて、そのお金で故人のお墓を作れるということで、貧しい家庭の方が葬式は長くなります。場合によっては2週間近く通夜が続くこともありますよ。

──そんなに長くやって死体は腐らないのですか?

『ダイ・ビューティフル』のようにただ棺に入っているだけだと腐ってしまうので、実際には薬品漬けにしてガラスケースの中に入れます。先ほど貧しい家ほどお通夜を長く行うと話しましたが、当然お金がないと薬品などをきちんと揃えられません。年中暑い国ですし、腐敗臭がすることもありますよ。

映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films
映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

──本編で「死体が溶けちゃう」って言っていましたが……。

あれはジョークです(笑)。実際に言われるジョークなんですよ。フィリピンのお通夜は笑いに満ちていて、大抵みんなが泣くのは初日と最終日だけです。それ以外は、たくさんの食事をみんなで囲んで、わいわいとパーティみたいな雰囲気です。「亡くなった人を一人にしない」という風習があるので、親族や友人はそこで寝泊りしてずっと一緒にいます。

もう1つ、フィリピンのお通夜の特徴としてギャンブルもあります。カジノ以外でギャンブルをすることは法律で禁止されておりますが、お通夜をしている時だけは許されるので、親族でも友人でもない人がギャンブルをしに紛れ込んでいることもありますし、ギャンブルをしたいがために長く通夜をやることもあります。

映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films
映画『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films

フィリピン社会の認識を変えるのに役立った

──SNSなどの反応を見て、本作公開以降社会の認識は変わったと思いますか?

すごく変わったと思います。ジェニファー・ロード事件の時に差別的な発言をしていた人が、公開後はトランスジェンダーに対して理解ある発言をするようになったこともありました。作品公開前はあまり世間で「トランスジェンダー」の話題が挙がることはありませんでしたが、公開後は誰もがトリシャのことを話していました。

隣国タイなどと比べフィリピンではカトリックの教えが根強く、性転換・同性愛への理解や制度化がなかなかされにくいという現状はあります。

また、トリシャを演じていたパオロが2~3ヵ月ほど前(2017年6月29日現在)に男性と手を繋いでいる写真を自身のInstagramに載せ、“彼氏”がいることをカミングアウトしました。私も知らなかったので驚きましたが、この告白に対しても好意的な反応が多く見られたのも嬉しかったです。フィリピン社会の認識を変えるのに役立ったと実感しています。

──東京国際映画祭での受賞に続き、日本での公開が決定しました。

処女作『海に抱かれて』を「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」で上映してもらいましたし、『ある理髪師の物語』でも東京国際映画祭で上映され、ついに『ダイ・ビューティフル』も日本の劇場での上映が決まり、本当に嬉しいです。

(オフィシャル・インタビューより)



ジュン・ロブレス・ラナ(Jun Robles Lana) プロフィールル

フィリピン映画界の巨匠マリルー・ディアス=アバヤに師事。孤独なゲイ老人の日常と愛犬ブワカウとの交流を名優エディ・ガルシア主演で描いた処女作『ブワカウ』(12)は米アカデミー賞外国語映画賞のフィリピン代表作品にも選ばれ、続く『ある理髪師の物語』(13) ではフィリピン映画として初めてユージン・ドミンゴに第26回東京国際映画祭最優秀女優賞をもたらした名監督だ。『ダイ・ビューティフル』でも苦難を前にした人間たちの逞しい人生讃歌を巧みな技術によって描き出し、最優秀男優賞に加えて観客賞のW受賞をもたらした。




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映画『ダイ・ビューティフル』
2017年7月22日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督・プロデューサー・原案:ジュン・ロブレス・ラナ
出演:パオロ・バレステロス、ジョエル・トーレ、グラディス・レイエス、アルビー・カシノ、ルイス・アランディ、クリスチャン・バブレス、イナ・デ・ベレン、I・C・メンドーサ、セデリック・ジュアン、ルー・ヴェローゾ、イザ・カルザド、ユージン・ドミンゴ
エグゼクティブ・プロデューサー:リリィ・モンテヴェルデ、ロッセル・モンテヴェルデ、ペルシ・インタラン
プロデューサー:ジュン・ロブレス・ラナ、フェルディナンド・ラプス
ライン・プロデューサー:オマール・ソルティハス
脚本:ロディ・ベラ
撮影監督:カルロ・メンドーサ
編集:ベン・トレンティーノ
作曲:リカルド・ゴンサレス
プロダクション・デザイナー:アンヘル・ディエスタ
制作会社:アイディアファーストカンパニー、オクトーバートレインフィルムズ、リーガルエンターテイメント
2016年/フィリピン/120分/カラー
原題:Die Beautiful
日本語字幕:佐藤恵子
宣伝協力:太秦
配給:ココロヲ・動かす・映画社〇

公式サイト

▼映画『ダイ・ビューティフル』予告編

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