骰子の眼

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東京都 中央区

2017-06-10 12:30


早期教育研究より"そこそこいい親"で 映画『いのちのはじまり』が伝える子育ての本質

「乳幼児期の子供の発達~プレイセラピーを通して~」トークレポート
早期教育研究より"そこそこいい親"で 映画『いのちのはじまり』が伝える子育ての本質
映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より

映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』の劇場公開を記念した先行試写会が2017年6月2日に日比谷図書文化館で開催された。会場には赤ちゃん連れの若いご夫婦から、おじいちゃんおばあちゃん世代の方々まで約90名が集まり、映画上映とその後の講演会に耳を傾けた。

本記事では、ゲストに臨床心理士の本田涼子さん、聞き手に日本ユニセフ協会の林茉以子さんを迎えた講演「乳幼児期の子供の発達~プレイセラピーを通して~」の模様をお伝えする。

<この記事のまとめ>
1.映画『いのちのはじまり』のメッセージ“子供一人育てるのには村が必要”
2.子供にとって遊びは呼吸することと同じくらい自然な行い。被災地でも用いられているプレイセラピーは、この「遊び」を表現手段をに用いた心理的な治療のこと
3.乳幼児期は脳が飛躍的に発達する重要な時期
4.脳の発達の特徴として、「脳の可塑性」、「臨界期や感受期の存在」そして「愛着関係」が挙げられる
5.完璧を目指すのは危険、ほどほどよい親がいちばん

映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』
世界の子育て最前線を伝えるドキュメンタリー映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』先行上映イベントより、臨床心理士の本田涼子さん

緊急時の酸素マスクは親から?子から?

──まずは作品の感想をお聞かせください

観るたびに新しい発見がある作品ですが、なんといっても“子供一人育てるのには村が必要”という言葉が印象に残っています。
日本では母親が一人で子育てをがんばってしまうケースがまだまだ見受けられますが、それ自体が無理を強いている状況です。
臨床心理士として、カウンセリングの仕事の中でも、被災地の活動の中でも、お母さんたちには、まずご自身のケアが一番大事であることを伝えています。そしてよくこのたとえ話をするんです。飛行機に乗ると、最初に緊急時の避難の案内がありますが、酸素マスクの付け方についても説明がありますよね。子供と一緒に飛行機に乗って、万が一緊急事態になった場合、子供と自分とどちらに先に酸素マスクをつけるべきか、みなさんご存じですか?まずは親がつけて、その後で子供に付けるようにと必ず決められているんです。共倒れを防ぐために、親はまず自分をいたわることが大切だということ、そして遠慮せず周囲に助けを求めましょうということを伝えています。

ガーナ事務所に保育室を設立

──この“子供一人育てるのには村が必要”という言葉はアフリカの諺として紹介されていますね。子育ての方法は一つではないこと、家族一人一人にそれぞれ役割があり、さらに近所の人にも、地域の人にも役割があって、それぞれが大事。子育ては、社会全体の力を必要としているということですね。
本田さんは、以前ユニセフのガーナ事務所で勤務されていましたが、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?

1997年から4年間、ガーナのユニセフ事務所で、ユニセフが実施している様々なプロジェクトの進み具合などを確認するモニタリングやプロジェクトの評価、そして様々なスパンの計画を政府と策定する仕事をしていました。
直接仕事とは関係ないのですが、実は私はガーナで娘を出産したんです。ユニセフのガーナ事務所に私が一番貢献したのは、私が子供を事務所に連れて行くようになったことがきっかけで、結果的に、職員のための保育室ができたことかもしれません。
現地事務所では多くの女性が働いていましたが、遠距離通勤の現地職員も多かったのです。私は長女が6か月になるまでガーナにいたのですが、職場にベビーベッドを置かせてもらい、子供を連れて出勤していました。私が帰国した後、ガーナ事務所には、私が残したベビーベッドを置いておくベビールームができ、現地の職員も子供を連れてこられるようになったそうです。

映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より
映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より

遊びは子供の表現手段

──本田さんは日本プレイセラピー協会の理事も務めていらっしゃいますが、“プレイセラピー”とはどういった療法なんでしょうか。

プレイセラピーとは、子供の心理的な治療のことです。映画にも出ていましたが、子供にとって遊ぶことは呼吸をするのと同じくらい自然なことです。この最も身近な表現手段を使って、専門的なトレーニングを受けた心理士がある程度期間をかけて行っていきます。 大人は何か怖い思いをしたとき、それを誰かに話さずにはいられなくなります。音楽や芸術の中で表現したりする方法もあります。なんらかの表現ができなければ、それが無意識の中で抑えつけられて、日常生活に様々な支障をきたすようになったり、心や身体の症状として現れるようになってしまうこともあります。 子供にとって言葉で表現することは非常に難しく、子供に「言葉で言いなさい。言葉で説明しなさい」というのは、わたしたち大人が、あまり得意ではない第二外国語で、悩んでいることや感じている気持ちを、微妙なニュアンスも含めて正確に語りなさい、と言われているようなものなんです。

子供は実にさまざまなことを遊びの中で表現します。体験したこと、困っていること、抱えている不安、こうあってほしいという希望、自分がどんな人間であると感じているのか……。プレイセラピストはそうした表現に寄り添い、理解し受け止めていきます。子供は遊びを通して、体験や気持ちを整理し、乗り越えていくのです。セラピーの中では、解決方法を一緒に、やはり遊びの中で、もちろん、言葉も使いながらですが、見つけていきます。

──映画の中でも、遊びの研究者であるレナータ・メイレリスさんが「遊びとは自分らしくいること」と言っていましたね。
本田さんは、東日本大震災の被災地支援にも日本ユニセフ協会のケアアドバイザーとして取り組まれましたが、その中での「遊び」はどのような役割を持っていたのでしょうか。

みなさんも災害とか事故が起きた後に、子供たちがよくごっこ遊びをするということをお聞きになったことがあると思います。津波ごっこ、地震ごっこなどですね。ごっこ遊びの中で、子供たちは恐怖心や無力感を表現します。繰り返し繰り返し同じような遊びをするので周りの大人は心配することもありますが、実はちょっとずつ展開が変わってきます。強くなるとか乗り越えるといったことを表現していくのです。
私たちは東北や熊本で、身近にいる大人たちがどうやってそんな子供たちに寄り添っていけるかを研修しました。
子供にとって、災害時には、まずは周囲の人たちとの繋がり、一人ぼっちじゃないという安心感を持てることが大切です。そして安定した日常生活を繰り返すことができること。つまり今日と明日はだいたい決まった時間に食事ができて、決まった時間に眠れるといったことです。さらに、子供にやさしい空間、英語でChild Friendly Space 略してCFSといいますが、このCFSが確保され、安心して遊んだり勉強したりすることが重要になります。

子供を支える大人のための「遊びを通したセルフケア研修」や、個別の「親子へのプレイセラピー」、「保育の専門家へのプレイセラピー研修」等、福島や熊本での活動は現在も継続しており、つい先月も、熊本のある幼稚園で親子でふれあいをたっぷり楽しめるような遊びをたくさんしました。親子がスキンシップを取りながらしっかり向き合うことは、常に大切ですが非常時にはさらに重要になってきます。大人はそんな余裕がないと感じるかもしれませんが、触れ合える時間を確保することで、親子ともに安心感を得ることができます。

映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』
「遊びを通したセルフケア研修」の様子 怪獣(津波)が防波堤を越えて町にやってくる様子をあらわしている

乳幼児期の脳の発達

──この映画で乳幼児期が大切な理由として伝えていた「脳の発達」についてご説明お願いします。

人間の脳の発達の第1の特徴として、乳幼児期に最も発達するということがあります。胎内にいるときから始まって、脳の形成は「脳幹」と呼ばれる、呼吸や体温など私たちの身体の基本的な機能を司る部分から、下から上へと順番に形成されていきます。私たちの五感を司る大脳の各部分や、感情を司る大脳辺縁系、言語や抽象的な思考を司どる大脳新皮質という順番で形成されていきます。

生まれた時には400gくらいである脳は、2~3歳くらいまでに1200~1300gになると言われていて、飛躍的に発達することがわかります。脳の90%は3歳までに発達すると言われています。この時期がとても大切な時期であることがわかると思います。しかし、3歳を過ぎたら手遅れだという意味に取ってしまうのも危険です。脳が発達しきるのは20歳を過ぎてからで、児童期や思春期なども、脳の前頭葉など大切な部分が形成途上にあります。

脳の発達の第2の特徴として、脳は「使用依存的」に発達するという特徴があります。英語で use-dependentという言い方をしますが、脳の構造や機能が、入ってくる刺激に合わせて変化しながら発達するということです。「脳の可塑性」とも言われています。
乳幼児期の脳は、体験や環境の影響を大きく受けながら発達します。毎日の生活の中で身の周りのものを探索し、五感から入ってくるたくさんの情報を吸収して、そのたびに大脳の中の神経線維が木の枝のように伸びて発達していくのです。
これが逆に、自分が笑ったり泣いたりして、周囲に働きかけても何の反応もない、といった刺激が不足した環境や、強すぎたり身に危険を感じるような刺激にさらされると、乳幼児期の脳はその刺激に従って構造や機能を合わせていく形で発達してしまうのです。
虐待などを受けている脳は、いつも危険に対してアンテナを貼っているので、覚醒しすぎている「過覚醒」の状態であり続けたり、逆に危険から自分を守るために解離した状態を長時間保ったりします。脳の最も基本的な脳幹レベルでなんとか生存している状態なので、それより上の脳の部分の正常な発達が妨げられます。

ハイハイ卒業を急ぐのは危険

脳の発達の第3の特徴は、臨界期や感受期が存在する、ということです。臨界期や感受期というのは「ある刺激を与えられたときに効果が最もよく表れる時期」です。絶対音感や言語の習得などについて「臨界期」が存在するという話を聞いたことがあるかもしれません。
しかし、臨界期の話で気をつけなければいけないのは、このことを気にしすぎて、早期教育に走ってしまうことです。人間の発達において大切なのはバランスのいい発達です。例えば、赤ちゃんにとって早く歩けるようになることが決していいわけではなく、ハイハイをする時期にしっかりと経験しなければ、ハイハイができない大人になってしまいます。ハイハイは身体の様々な筋力やバランス感覚が発達したり、自分から興味のあるもののところに急いで行って手でつかむ、といった探究心が促進される重要な行動です。早期教育を無理に行うと、心と身体の発達のバランスを崩すという例もあります。

つまり身体・感情・知識がバランスよく発達することが大切で、そのためには五感を通した刺激が不可欠です。この時期もっとも自然に五感を通した刺激がもたらされるのが「遊び」です。その遊びも、いまこの子は何に興味を持っているのか、何を楽しいと感じているのか、それぞれの興味と発達段階に合わせることが非常に重要となります。

映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より
映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より

愛着関係の影響

最後に第4の特徴として「脳の発達が愛着関係から大きく影響を受ける」というものがあります。主要な養育者とのやりとり、コミュニケーション、ふれあい、というのは、脳を形成する最初の、根っことなる経験となります。この経験を通して、人を信頼する力や共感力、世界観の基盤が形成されます。そして、当然それは将来、他者や社会とのかかわりに大きく影響していきます。
社会の中で、被害者に対する共感力の欠如がみられる凶悪な犯罪がときどき起こりますが、そういうときに加害者の乳幼児期の愛着の形成や脳の発達の問題が取り上げられることがあります。社会全体が考える必要のある問題だと思います。

──本田さんが最後におっしゃっていた「愛着関係」、養育者との相互のやりとり、ふれあいの大切さを訴えるために、ユニセフでは6月18日の父の日に向けて、『お父さんと子供が一緒に過ごす時間』を収めた写真投稿を募集するキャンペーンを世界80か国で同時展開します。日本では、「パパ、一緒に○○○」をキーワードに、投稿を呼びかけます。ぜひこちらもご参加ください。

GOOD ENOUGHがいちばん

最後にみなさんにお伝えしたいのですが、映画を見て、もっとがんばらなくちゃ、いつも一緒にいてあげなくちゃ、3歳までにもっと自然に触れさせなくちゃ、完璧な親にならなくちゃ、と思いすぎるのはかえって危険です。
大事なのは、イギリスの精神科医として有名なドナルド・ウィニコットの言う、「そこそこいい親 good enough mother」でいることです。ブルース・ペリーという研究者も『子どもの共感力を育てる』という本の中で、子育ての本質というのは「延々と続く日常的な世話とか、際限のない繰り返しの日々であり、その中に親子のリズムがあること」と記しています。
この映画でも親子がまるでダンスを踊っているようなリズムのある関係が観られましたね。
頑張りすぎずリラックスして子供との時間を楽しんでください。
私が親子遊びをするときによく紹介するおすすめの絵本を一冊ご紹介しますね。佐々木マキさんの『はぐ』という絵本です。静かな海岸を舞台に、ページをめくるたびにいろんな動物たちが抱き合う、とってもシンプルな絵本です。すてきな時間を分かち合えますので、お休み前などにぜひ読んであげてくださいね。




本田涼子さん(臨床心理士、日本プレイセラピー協会理事)プロフィール

臨床心理士として、児童家庭支援センターみなと(横浜市)、日本赤十字医療センター附属乳児院で勤務。米国コーネル大学で農村開発学修士、アライアント国際大学カリフォルニア臨床心理大学院東京校で臨床心理学修士を取得。1997年から4年間、ガーナのユニセフ事務所でモニタリング評価担当官として勤務。2011‐16年日本ユニセフ協会東日本大震災緊急支援本部心理社会的ケアアドバイザー




研修についての問い合わせ先:
災害時こどものこころと居場所サポート
E-mail:saigaikodomokokoro@gmail.com
研修動画:http://www.unicef.or.jp/cfs/guide.html
http://www.unicef.or.jp/kinkyu/japan/children_support/




映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より
映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』より

映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』
6月24日(土)よりアップリンク渋谷、ユジク阿佐ヶ谷、7月1日(土)よりCINEMA Chupki TABATA他にて、全国順次公開

監督:エステラ・ヘネル
制作:マリア・ファリナ・フィルムズ
提供:マリア・セシリア・ソート・ビジガル財団、バーナード・バン・リー財団、アラナ協会、ユニセフ
後援:アショカ 、世界銀行グループ、UBSオプティマス財団、ジョンソンズ 、ハギーズ 、ナチュラ 、アミル 、ポンポン 、TAMブラジル航空
配給・宣伝:アップリンク
協力:日本ユニセフ協会
原題:O Comeco da Vida
2016年/ブラジル/96分/カラー/16:9/DCP

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