骰子の眼

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2017-05-11 16:20


セレブの買い物係が受け取る死者からのメッセージ 心理サスペンス『パーソナル・ショッパー』

「僕らは物質的な世界と無形の内なる世界との真ん中にいる」アサイヤス監督インタビュー
セレブの買い物係が受け取る死者からのメッセージ 心理サスペンス『パーソナル・ショッパー』
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

オリヴィエ・アサイヤス監督が、前作『アクトレス~女たちの舞台~』に続きクリステン・スチュワートを起用し、パリでセレブのために買い物を代行する“パーソナル・ショッパー”として働くヒロインに起こる奇妙な出来事を描く映画『パーソナル・ショッパー』が5月12日(金)より公開。webDICEではオリヴィエ・アサイヤス監督のインタビューを掲載する。

主人公のモウリーンは、自分の将来に不安を感じながら、スターのキーラの買物係として働いている。霊媒師であった兄を心臓発作で亡くし、失意の底にある彼女は、自らも霊媒師であることを自覚していて、かつて彼が住んでいた家を訪ね、兄からのメッセージを受け取ろうと試みる──。アサイヤス監督は、華やかなセレブの生活に憧れながらアイデンティティを模索する女性の成長物語と、“人は誰かに見守られている”というスピリチュアルなテーマの双方を交錯させ主人公を描いている。アサイヤス監督はこの作品で、2016年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門の監督賞を受賞した。

「僕はこの映画で、私たちが生きているリアリティの世界と、イマジネーションの世界を繋ぐことを目指した。見えないものの中に救いを見出そうとする人間を描こうとしたんだ」オリヴィエ・アサイヤス監督

リアリティの世界とイマジネーションの世界を繋ぐ

──タイトルにもなっている主人公の職業、パーソナル・ショッパーとは何でしょうか?またこれを題材に選んだ理由は?

忙しいセレブは自分で買い物に行くことができない。その代理がパーソナル・ショッパーなんだ。日本ではスタイリストに近いのかな。ファッション業界では知られているこの職業を題材にすることにした。主人公はファッション業界の底辺にいて、その視点からなのできらびやかな世界は描いてはいない。モウリーンは孤独で友人も家族もいない。世界との唯一のつながりはスマートフォンのみなんだ。しかしそのスマートフォンも誰かに侵入されてしまう。僕はこの映画で、私たちが生きているリアリティの世界と、イマジネーションの世界を繋ぐことを目指した。見えないものの中に救いを見出そうとする人間を描こうとしたんだ。

映画『パーソナル・ショッパー』オリヴィエ・アサイヤス監督
映画『パーソナル・ショッパー』オリヴィエ・アサイヤス監督(撮影:Eisuke Asaoka)

──冒頭から主人公のモウリーンが霊媒師だったりと、パラノーマルな要素が含まれています。でも、彼女は自身のアイデンティティやジェンダーに疑問を抱く、多くの人が共感できそうなキャラクターで、本作の主軸には彼女の成長物語が描かれているように感じました。そこにあえてホラー的な要素を取り入れた理由は?

自分が思い描いていたように物語を伝える上で、必要な要素だったから。モウリーンはとても孤独で、一人で過ごす時間が多い。彼女の周りの多くの出来事は想像の中で起きていて、現実世界との交流は非常に少ないんだ。不安や恐怖、混乱といった彼女の感情や、そういった感情が生み出すバイオレンスを、観客に分かち合ってほしかったんだ。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

それに、ジャンル的な要素を付与することによって、そういった感情をより物理的にすることができる。僕にはそれが必要だった。キャンバスに絵を描くようなもので、ジャンル的な要素も色彩のように使っているんだよ。特定の場所に赤が必要だからといって、キャンバス全体を赤く塗る必要はないんだ。そしてもう一つ重要なことは、「見えざるもの」を描くことや死者との交信を描くことは、アメリカのジャンル映画にとって特別な意味を担ってきたということだ。それはアメリカという国が宗教との奇妙な関わりのなかで築いてきた世界観だと僕は思うが、世界には善と悪があり、見えるものは善であり「見えざるもの」は悪であるという信念がそこではしばしば機能している。現実の背後には邪悪なものが渦巻いていると彼らは考えているように見える。

僕はそれに対して、「見えざるもの」もまた有益でポジティブでクリエイティブなものでありえることを作品で示そうと考えた。ユーゴーやクリントがそこから恩恵を受けたように、この映画の主人公もまた、「見えざるもの」の力によって前に進んで行くことになるんだ。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

ありのままのクリステン・スチュワートに興味があった

──主演のクリステン・スチュワートは、ハリウッドの人気女優であり、現実にセレブリティとしてその世界を生きているのに、『アクトレス ~女たちの舞台~』と本作で彼女が演じているのは共にセレブのアシスタントという役柄です。ここに何か意図はありましたか。

クリステンはたしかにセレブリティの世界を生きている。でもそれは俳優としての彼女にとって重荷だと思うし、彼女はその世界のことが好きではないと思う。一方、僕が彼女と作った2本の作品は、ともにその世界から逃れようとする人間を描いている。だから彼女のスターとしての側面は、僕の映画にとって必要不可欠な要素のひとつになっているんだ。ただし、僕は彼女の背中からスターの重荷を取り去り、別の人間に与えた。こうした捻りによって、僕は彼女の人間的側面にアプローチすることができたと思う。セレブリティというヴェール越しにではなく、ありのままの彼女に興味があったからだ。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR ©Carole Bethuel
映画『パーソナル・ショッパー』モウリーン役のクリステン・スチュワート ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

──クリステンを再び起用したいと思った理由は何ですか。

クリステンは映画作りを本能的に知っている。技術は素晴らしいし直感的な演技も出来る。全てを兼ね備えている女優だよ。そして僕は、映画作りは“若者”に向けてするべきだと考えている。本当の観客というのは若者なのではないかと思う。だからこそ若者たちとのつながりを失ってはいけないというのはとても重要で、今のインディペンデントの映画作りの問題は、どんどん年上のシニアに向けた作品が多く生み出されていることだ。だからこそ映画の観客が失われているんじゃないかと思う。世代は全然違うけれど、クリステンと僕は共通した部分があると感じている。彼女はヨーロッパのインディーズシーンで、インスピレーションに従った自由な活躍の場を得ることができるし、逆に僕は彼女を通じて若者世代を知る指標として彼らの感覚と繋がることができる。彼女は映画作りにおいて“これは正しい”“正しくない”という直感に優れているから、僕は「好きなようにやっていいよ」と伝えていた。

『パーソナル・ショッパー』はある意味、表面下にある目に見えないものを題材にした『アクトレス~女たちの舞台~』に続くストーリーなんだ。本作にもそのような側面が描かれている。僕は目に見えない存在を主題にした映画を撮りたかった。そして、それにはクリステンが必要だった。だから僕はクリステンのことを単なるキャストとしてではなく、共同のクリエーターなんだという言い方をいつもしている。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR ©Carole Bethuel
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

──『アクトレス~』でもエンターテイメントの世界を描き、本作ではファッションの都パリを舞台にし、一方で、セレブとされる人々と貧しい人々とのギャップや格差を描いた『カルロス』のような作品も撮っている監督は、今の世の中をどう見ていますか?

映画やアートというものは、そもそも多層世界を掘り下げて表現ができるものだと思う。それこそが我々の生きる世界であり、僕の作品は、ある意味でそれらがすべて繋がっていて、“一つの世界”をそれぞれ違うアングルから考察した作品だと考えればいい。人間の経験というものもまた、違う側面が共存した多層的なものという点で映画と共通するところがある。「今の世の中」について一言で答えることはできないが、少なくとも一ついえるのは、世界が「物質主義的なものになってしまっている」ということ、「個々の人間と精神世界の関わりを定義づけるのが難しくなっている」と感じている。物質主義的な世界に身を置いても、精神世界との繋がりをいかに持つべきか、「死」や「過去」にどう向き合えば良いかという答えを提示してくれない。今の世界というのは、私たちが生きていくうえで、基本的に人間が持つ問いに満足な答えを与えてくれない世界だと感じている。本作では、そんな苦しみを抱える主人公のモウリーンが、確たる自分を構築するため、地に足を付け生きていくために模索する物語といえるだろう。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

──そんな思いがあって作られた作品で一番撮影の中で表現として難しかったことは?

映画というもの自体が、作ることがひとつの挑戦だといえる。撮影の6週間は──比較的に短い方ではあるものの──クリステンはこの作品をほとんどひとりで背負わなければならなったので、“つらい”“痛い”という心理的状況の中で演技をしなければならなかった。僕らもそんな彼女に寄り添っていたので、全員がそういう想いを共にした。脚本はあるものの、現場の中で作品を再発見していくように作っていったので、クリステンが僕らに分けてくれる気持ちであったり、その強さのようなもので内容はどんどん変わっていった。技術的に大変だったのは、モウリーンが謎の人物とメッセージのやり取りを行うシーンで、脚本を書いたときは簡単だと思っていたけど、実際にはとても複雑だった。見えないものに対して演技をしなければならないからね、二度とやりたいとは思わないよ。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

アートというものが超越的なものになり得るか

──モウリーンはファッションという物質主義的な世界において、非常に孤独な生活を送っています。その中で彼女は2つのコミュニケーションで世の中とつながりを持とうとしているように思えます。一つはテキストメッセージで、前作でも使われていましたが、本作でテキストメッセージを使用した意味は?

僕はただ、テキストメッセージを今の世界を描く上で無視できない事実として捉えている。良いとか悪いとか特定の意見を持っているわけではなく、それは今の世界で起こっていることなんだ。もし現代の世界や人物を描写したければ、スマートフォンを含むコミュニケーション方法やネットワーク間における機能、僕たちの周りにある目に見えない波長は必要不可欠だからね。テキストメッセージのシーンの撮影は本当に難しかった。画面上の内容を撮って、それに反応する役者の演技を撮るのはすごく難しい。でも、その複雑さこそが現代社会を表しているんだと思う。それに、目に見えない誰かと交信するということは、インターネット文化の一部でもあると思う。世の中にはびこっているもので、そこには何ら奇妙なことはない。今のカルチャーの一部なんだよ。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

──アートやショービジネスのテーマを多く手掛けていますが、そういった世界へのリスペクトやそこで起こっていることへの問題意識があるのでしょうか。

例えば『アクトレス』の場合はジュリエット・ビノシュとずっと仕事をしたいと思っていて作った作品なのだが、役者と仕事をしたいと思うときには、彼らの名前を借りることで映画が作れたりするそれだけのものを与えてくれるわけだから、僕らが逆に役者に何を与えられるかということを考える。ビノシュがやったことのない、「自分自身を演じる事」、「自分と似たキャラクターと演じてみる」という挑戦が面白いのではないかと考えたのと、時間の経過(エイジング)とどうやって付き合っていくのかということを、顔や肉体の変化により敏感な役者というキャラクターに背負わせることで深く掘り下げられるのではないかと思った。たまたまアクトレスの主人公が「女優」だったけれど、物語の中心に据えられているのは「エイジング」という普遍的なものだった。

『パーソナル・ショッパー』の場合、僕が何よりも面白いなと思ったのは、アートというものが超越的なものになり得るかという概念。いいかえれば、偉大なる芸術作品というものが我々よりも何か大きなものへの扉を開いてくれるはずだ、ということ。特に現代芸術というものはすごく抽象的なものが多くスピリチュアリティと繋がりがあって、そのことを可視化しわかりやすく伝えるために「ヒルマ・アフ・クリント」という女性画家を用いることにした。

映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

──モウリーンは、物質的なものと霊的なもの、さらには過去と現在の狭間で、身動きが取れなくなりますが、同時に、彼女が抱く“何かに間に合わない”という感覚も物語の大きな部分を占めているようですね。こういう、後ろめたさを象徴する何かというのは、監督自身がよく感じていることでもあるのでしょうか?

それって誰もが感じているものなんじゃないかな。しかも常にね。それこそがまさしく、人間としての体験だと思う。つまり、僕らは。五感を通じてとらえている物質的な世界と、無形の内なる世界との真ん中にいるんだ。目に見えない自分との対話の世界や、無意識の闇や、不思議な憧れや妄想、そういうものとマテリアルな世界との狭間にね。とりわけ僕はアーティストで、ましてや映画人なので、こうした体験を人一倍、複雑に味わっているのかもしれない。撮影したり脚本を書いたりしている時には、日常を生きながらも、自分独自の妄想の世界で暮らしているわけだから。『パーソナル・ショッパー』の構造にも、こうした奇妙な立場が反映されているのかもしれないね。

(オフィシャル・インタビューより)



オリヴィエ・アサイヤス(Olivier Assayas) プロフィール

1955年1月25日、パリ生まれ。1970年代にカイエ・デュ・シネマ誌で映画批評を書き、その後、映画作家となる。『ランデヴー』(85)、『夜を殺した女』(86)、『溺れゆく女』(98)などのアンドレ・テシネ監督作品で脚本を担当。86年『無秩序』で長編デビュー。その後、パリを舞台に大人の三角関係を描いた 『パリ・セヴェイユ』(91)、香港スターのマギー・チャンを主演に迎え話題を呼んだ『イルマ・ヴェップ』(96)、東京での撮影を敢行した『DEMONLOVER デーモンラヴァー』(02)を経て、『クリーン』(04)では、マギー・チャンがカンヌ国際映画祭で女優賞を獲得。その後も『夏時間の庭』(08)、『カルロス』(10)、クリステン・スチュワート出演の『アクトレス~女たちの舞台~』(14)など次々と作品を発表し続けている。本作で、2016年カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した。




映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR ©Carole Bethuel
映画『パーソナル・ショッパー』 ©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

映画『パーソナル・ショッパー』
5月12日(金)TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開

忙しいセレブに代わり服やアクセサリーを買い付ける“パーソナル・ショッパー”としてパリで働くモウリーンは、数カ月前に最愛の双子の兄を亡くし、悲しみから立ち直れずにいた。なんとか前を向き歩いていこうとしているモウリーンに、ある日、携帯に奇妙なメッセージが届き始め、不可解な出来事が次々と起こる―果たして、このメッセージは誰からの物なのか?そして、何を意味するのか?

監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:クリステン・スチュワート、ラース・アイディンガ―、シグリッド・ブアジズ
原題:Personal Shopper
2016年/フランス映画/英語・フランス語/105分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR

公式サイト


▼映画『パーソナル・ショッパー』予告編

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