(写真左より)映画『すべての政府は嘘をつく』先行プレミア上映後のシンポジウムに登壇した、竹下隆一郎氏、津田大介氏、岩上安身氏のゲスト3名。
今回のアメリカ大統領選挙を動かしたとも言われる“フェイク・ニュース”の影響力が加速する中、米国で“真実”を報道するために闘うフリー・ジャーナリストたちの姿を追ったドキュメンタリー映画『すべての政府は嘘をつく』が、テレビ・インターネット・映画館のクロスメディアで2月上旬から一斉公開された。なお、映画館での本公開は3月18日からとなる。
映画館での先行プレミア上映日(2月4日)に開催された、日本のオルタナティブ・メディアを代表するゲスト3名──岩上安身氏(IWJ代表/ジャーナリスト)、津田大介氏(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)、竹下隆一郎氏(「ハフィントンポスト日本版」編集長)──を招いた公開記念シンポジウムの模様を以下に掲載する。
世界的に「政府の嘘」が日常化しつつある時代
映画『すべての政府は嘘をつく』は、昨年(2016年)のトロント国際映画祭やアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、注目を集めた作品だ。まずNHK-BS1「BS世界のドキュメンタリー」で2月1日と2日に前編・後編に分けてテレビ放映され、その翌日からVODサービス“アップリンク・クラウド”で配信開始、次いで映画館で上映されるというクロスメディアでの公開になった。
本作が撮影されたのは、ちょうど米国の大統領選真っ只中で、トランプ候補(当時)が新旧メディアを騒がせ地方選で勝利を積み上げていった時期と重なる。折しもオックスフォード辞典による「2016年世界今年の言葉」に“ポスト真実(post-truth)”が選ばれ、大統領就任後のトランプ氏は、ツイッターで事実と異なることを連投。大統領顧問はホワイトハウス報道官の明らかな虚偽の声明を「オルタナティブ・ファクト」と呼び擁護するなど、米国の「政府の嘘」が日常化しつつある。そんな時代に呼応する作品、それが『すべての政府は嘘をつく』だ。
映画『すべての政府は嘘をつく』より、(写真左から)マイケル・ムーア(映画監督)、エイミー・グッドマン(報道番組「デモクラシー・ナウ!」創設者)、ノーム・チョムスキー(マサチューセッツ工科大学名誉教授)、I.F.ストーン(調査報道記者)
作品の中では、「ニューヨーク・タイムズ」紙の元記者で20年に渡り世界情勢を報道してきたクリス・ヘッジズが、「オルタナティブ・メディアこそが、本物のジャーナリズムだ」と発言しており、「デモクラシー・ナウ!」や「ジ・インターセプト」、「ザ・ヤング・タークス」などのインターネットを駆使した独立系の調査報道機関が紹介されている。
シンポジウムでは、まずゲスト3人が、『すべての政府は嘘をつく』を観た感想を語った。
岩上氏は、「非常に面白い作品。ただ、この作品1本だけでジャーナリズムと政府の拮抗の全貌を語ることは難しい」と述べた。そして、「本作のエグゼクティブ・プロデューサーも務めているオリバー・ストーンが監督した『スノーデン』は、日本でも現在公開中なので、ぜひ併せて観てほしい。歴史を変えるようなスクープが報じられるとき、内部告発者の存在がとても重要になってくる。それと、言語哲学者のノーム・チョムスキーの発言も重要。彼の活動を知ることも、この作品を深く理解することにつながる」と語った。
岩上安身氏(IWJ代表/ジャーナリスト)
エドワード・スノーデンによる内部告発を、英国の「ガーディアン」紙にスクープしたグレン・グリーンウォルドは、スノーデン報道の後、eBayの創設者ピエール・オミダイアによる2億5000万ドルにも及ぶ資本協力を得て、ニュースサイト「ジ・インターセプト」を設立している。映画『すべての政府は嘘をつく』では、グリーンウォルドが仲間とともに、米国政府によるドローン攻撃の実態に迫る様子も描かれており、さながら映画『スノーデン』の続編ともいえる内容だ。
津田氏は、「トランプ政権誕生後、“フェイク・ニュース”や“ポスト・トゥルース”という言葉がさかんに使われるようになっているが、なぜ今、こういう状況なのかを理解するうえで、本作はとても重要」と評した。さらに、日本の地方局制作のドキュメンタリーや『ニュース女子』に対するカウンター報道に言及し、「良質な報道活動をしているものが多数あるものの、一般の人々にその情報が届いていない。流通経路の問題」と指摘した。
津田大介氏(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)
竹下氏は「映画は物事を単純化しており、作品としてつまらなかった。ただ、提起されている問題は重要で、ここで批判されている大手既存メディアである朝日新聞社の中にいたので、その中の駄目さはよくわかる。なにが問題かというと、組織が大きくなりすぎて個々人が本来の目的を忘れ、続けることが最終目標のようになってしまっている点。さらに、大手メディア組織自体の権力性に内部の人間が気付かないことも権力のとらえどころのなさだ」と発言した。
『すべての政府は嘘をつく』では、「ジ・インターセプト」のジェレミー・スケイヒルが「われわれは、プロの物乞いです」と言い、ジャーナリスト人生のほとんどを資金の乏しいメディアで働いてきたことを吐露している。また、メキシコ国境近くのテキサス州で起きた200人におよぶ不法移民の埋葬事件を取材しているフリー・ジャーナリストのジョン・カルロス・フレイは、ネイション・インスティテュート調査財団から毎月固定給を受け取れることで、長期取材を続けることができていると説明する。
竹下隆一郎氏(ハフィントンポスト日本版編集長)
日本のオルタナティブ・メディアやフリー・ジャーナリストの活動資本についてもゲストに話を聞いた。『ハフィントンポスト日本版』には朝日新聞49%、AOL系企業51%の資本がそれぞれ入っている。司会から「ハフポスは“朝日新聞内オルタナティブ・メディア”では?と訊かれると、竹下氏は、「出資元が編集会議に加わることは一切なく、編集権は完全に独立している。編集部10人ちょっとという少ないリソースの中でどのテーマにどれだけ踏み込んだ報道を行うか、日々、毎時間判断を迫られている」と作業体制を説明した。
岩上氏も、「IWJのスタッフは約30名、そのうち取材から記事執筆まで完結できる記者は3名ほど。あとはまだ育成中で、全ての記事を私が編集長としてリライトしている。どこの資本にも広告スポンサーにも依存しない、完全に独立したメディアなので、運営資金は読者・会員からの会費と寄付で賄っている。権力やスポンサーに遠慮する必要はないが、経営は非常に厳しい。私個人の私財を投入してやりくりしている」と述べた。
二人の発言を受け、津田氏は「資金的にも人的にもリソースに限りのあるオルタナティブ・メディアは、時にはライバル媒体に続報を任せ、別のテーマを追いかけるという判断もあり得る」と補足した。
日本政府の嘘を追及せよ
次いで岩上氏が、『スノーデン』日本公開に合わせ来日したオリバー・ストーン監督への取材で、監督が日本の危機についても言及したことに触れ、「エドワード・スノーデンは、NSA(アメリカ国家安全保障局)が“PRISM(プリズム)”という通信監視プログラムを使用し、大手IT企業のウェブサービスにバックドアを設けさせ、政府に個人情報を提供していたと告発した。これは日本でも行なわれた可能性があり、他人事ではない」と述べた。また、岩上氏は「NSAは、国際海底ケーブルにコード名“STORMBREW”というポイントを設け、通過する全世界の全通信をコピーして入手している。“Collect it All(すべてを収集する)”というスローガンのもと、NSAは全地球規模の監視システムを構築している」と警鐘を鳴らした。
映画『すべての政府は嘘をつく』より、ニュースサイト「ジ・インターセプト」を立ち上げた米国人ジャーナリストのグレン・グリーンウォルド
竹下氏も「ハフィントンポストは米国のテック系企業との交流も盛ん。彼らが膨大なデータを集めているという実感はある。最近はSNSが提供している無料電話サービスから膨大な音声データも収集されているのではないか」と発言。続いて津田氏が、「マーケティング目的といって収集されたデータが、いつ政治利用されるかわからない。まさに、ただより怖いものはない。実際、日本でも2016年末に総務省が刑事捜査時の容疑者のGPS情報を取得する際のルールを変えた。大手メディアでは大きく報じられなかったが、プライバシーの観点から国会ででもっと議論される必要があった」と語った。
最後に岩上氏は、「調べられることは調べ、抗議することは抗議するというあたりまえの姿勢を持つべき。今、最も注目すべきは政府が今国会で法案を提出する予定の“共謀罪”が成立すると、密告を奨励する社会になってしまうこと。さらに、斉藤まさし氏の裁判で持出されている“未必の故意による黙示的共謀”という法律構成が判例として確立してしまうと、実行行為もなく、犯意も曖昧で、共謀(話し合い)すらしていないのに、共謀して犯罪を実行するつもりだっただろ?という権力側の推測だけで逮捕・有罪にされてしまう。決して大げさでなく、“共謀罪”と混ぜたら非常に危険」と警告した。
『すべての政府は嘘をつく』の終盤では、ジャーナリストを志す若者たちと、現役のフリー・ジャーナリストとの交流の場面が描かれる。ジェレミー・スケイヒルは「未来は、ジャーナリズムの世界に足を踏み入れたばかりの若者達の、すぐれた創造性や革新性にかかっていると思う。彼らのアイデアや意欲と、古い世代の不正を暴くテクニックや、時間をかけた取材方法とをひとつにすればいい」と、若者へのエールを送っている。
なお、このシンポジウムの全編が、“アップリンク・クラウド”にて無料配信中である。
映画『すべての政府は嘘をつく』
3月18日より渋谷アップリンク他にて全国順次公開
オリバー・ストーン製作総指揮
2016年トロント国際映画祭正式招待
2016年アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭正式招待
公益よりも私益に走り、権力の欺瞞を追及しない大手メディア。それに抗い、鋭い調査報道で真実を伝えるフリー・ジャーナリストたちが今、世界を変えようとしている。 彼らに多大な影響を与えたのが、1940~80年代に活躍した米国人ジャーナリストのI.F.ストーンだった。I.F.ストーンは「すべての政府は嘘をつく」という信念のもと、組織に属さず、地道な調査によってベトナム戦争をめぐる嘘などを次々と暴いていった。本作はそんな彼の報道姿勢を受け継いだ、現代の独立系ジャーナリストたちの闘いを追ったドキュメンタリー。
監督:フレッド・ピーボディ
出演:ノーム・チョムスキー(マサチューセッツ工科大学名誉教授)、マイケル・ムーア(映画監督)、エイミー・グッドマン(報道番組『デモクラシー・ナウ!』創設者)、カール・バーンスタイン(元『ワシントン・ポスト』記者)、グレン・グリーンウォルド(元『ガーディアン』記者/ニュースサイト『ジ・インターセプト』創立者)、ほか
原題:ALL GOVERNMENTS LIE - Truth, Deception, and the Spirit of I.F. Stone
2016年/92分/カナダ/英語/日本語吹替