1983年にローマに開いた自らが経営する映画館「アッズッロ・シピオーニ」で語るシルヴァーノ・アゴスティ(撮影:エルネスト・テデスキ)
イタリア映画の翻訳、配給、本、絵本の翻訳などを中心にイタリア文化を紹介する団体・京都ドーナッツクラブが、イタリアの異才シルヴァーノ・アゴスティ監督の最新作『不可能という魅力』を2月8日(水)、アップリンク渋谷にて上映する。2016年12月のCircolo京都での上映に続き、関東初上映となるこの作品は、シチリアの片田舎に、発達障害の子供たちのための開放的な施設を作ったルイージ・フェルラウトの活動の軌跡を追ったドキュメンタリー。音楽は『ニュー・シネマ・パラダイス』でも知られるエンニオ・モリコーネが担当している。
アップリンク渋谷でイタリア映画の連続上映イベント『映画で旅するイタリア』を行う京都ドーナッツクラブは、2016年にアゴスティ監督の3作品『快楽の園』『ふたつめの影』『カーネーションの卵』をDVDリリース。それを記念し今回の上映は行われる。
webDICEでは、京都ドーナッツクラブのメンバーの二宮大輔さんに、「巨匠」とも形容されるアゴスティ監督の人物像について解説してもらった。
アゴスティ監督の最新作『不可能という魅力』には不思議な説得力を感じている。というのも、アゴスティは、何に囚われることもなく好きなように映画を撮り、思うままに映画館を開けた理想の体現者なのだ。(二宮大輔[京都ドーナツクラブ])
夢がきっかけで映画館を始めた
シルヴァーノ・アゴスティは映画監督である。だが、私の知っている彼は、俳優に演技指導をしたり、カメラを真剣にのぞき込んだりする監督像とはかけ離れている。映画館をやっている気のいいおっちゃんというのが彼のイメージだ。
アゴスティの映画館アッズッロ・シピオーニが建っているのは、バチカン市国への最寄り駅から徒歩3分の雑多な通り。国立映画学校を主席で卒業、モスクワに映画留学、巨匠マルコ・ベロッキオ処女作で編集を務めるなど、誇らしい経歴を持つアゴスティは、主に社会問題をテーマに自主制作で作品を撮っていたのだが、45歳のときに映画館経営に踏み切った。きっかけは、当時プロデュースした映画『青い惑星』だった。言葉や音楽を極力使わず、川の流れや木々の美しさに焦点を当て、四季の移ろいを記録した作品だ。その映像美が高い評価を受け、1982年ベネツィア映画祭で特別賞を獲得した。
「思い入れの強いこの作品を一般公開して、興行成績の良いヒット作のとなりに並べたくない」。そう考えていたアゴスティは、ある晩、夢を見た。どういう訳か、彼の大好きなチャーリー・チャップリンが、閉ざされた映画館の前でしくしく泣いている。その淋しそうな姿を目にして、自分が映画館を開けてやろうと決意した。
自らが経営する映画館アッズッロ・シピオーニで語るシルヴァーノ・アゴスティ(撮影:エルネスト・テデスキ)
つまりアゴスティは、夢がきっかけで映画館を始めたのだ。以来30年、自分の作品や、過去の名作をアッズッロ・シピオーニで上映し続けている。アンティークの小物や古い映写機で飾った大小2スクリーン、いくつかの座席はなんとアリタリア航空機のお下がりだ。そんな手作りの映画館なので、経営的には正直厳しい部分もある。事実、現在では週末以外休館している。それでも往年の映画ファンやアゴスティにシンンパシーを抱く若者などが入れ代わり立ち代わり来館し、客足が途絶えることは決してない。そういった人たちに囲まれながら、チケット・カウンター越しに映画談議をするアゴスティの姿には、やはり監督ではなく、映画館のおっちゃんという親しみやすさを感じるのだ。
シチリアの障害者向けの開放的な施設描く『不可能という魅力』
そんな人柄とは裏腹に、映画となるとアゴスティの作品はどれも刺激に満ち溢れている。1967年のデビュー作『快楽の園』では、思い出に苛まれた男が新婚旅行で浮気を犯す。敬虔なキリスト教国であるイタリアでは、当時離婚が法的に認められておらず、本作は今よりもずっとスキャンダラスなテーマとして観客に提示された。また、1976年の『天の高みへ』では、法王謁見に向かうエレベーターの中に閉じ込められた信者の一団が、その危機的状況下で徐々に人間の本性を顕わにしていく。こちらはより直接的で強烈なキリスト教批判として世に問われた。そして2000年に発表された『ふたつめの影』。イタリアから精神病院を撤廃させようと働きかけた医師フランコ・バザーリアの運動を描き、日本でも精神医療関係者を中心に大変な話題となった。これらの衝撃作が、あの好々爺の手によってつくり出されたかと思うと、やはり面白い。
映画『不可能という魅力』
そして昨年の秋、久しぶりの新作ドキュメンタリーを発表したという吉報がアゴスティのもとから届いた。カメラが向けられたのは、シチリア北東の小村トロイーナに住む今年で95歳のルイージ・オラツィオ・フェルラウト神父と障害を持った子供たち。ルイージ神父は障害者向けの開放的な施設を戦後すぐに設立し、今日にいたるまで運営してきた人物だ。だが、さらなる理想を追い求め、面積を拡大し、町全体が関わり合うオープン・シティーの構想を掲げている。作品タイトル『不可能という魅力』は、そんな神父の果てしのない夢と実行力を示したものだ。
映画『不可能という魅力』
京都で上映会を開いた時は、開放的なのはいいけれど、この施設は一体どのように仕組みになっているのか具体的な説明が欠けているとの批判の声もあった。個人的には、説明はなくとも作品から不思議な説得力を感じている。というのも、これまで見てきた通り、アゴスティ自身、何に囚われることもなく好きなように映画を撮り、思うままに映画館を開けた理想の体現者なのだ。その意味で、オープン・シティーを夢見るルイージ老人と共通する部分が多々あり、ドキュメンタリーの随所で二人が共鳴しているような印象を受けるのだ。理想を追い求める彼らの道は決して平たんではないが、だからこそ見ごたえも十分。そんなアゴスティの作品に、是非これを機会に触れてみてほしい。
(文:二宮大輔)
シルヴァーノ・アゴスティ(Silvano Agosti)
1938年、ブレーシャ生まれ。作家、映画監督、詩人、俳優。愛、労働、性、精神病、宗教、権力など、テーマの広さとラディカルな表現から、驚異のインディペンデント監督として各国の映画祭で絶賛。イタリア最高峰の文学賞・ストレーガ賞にノミネートするなど、文筆家としても大きな成果を残す。1日3時間以上は働かず、99歳になったらお祝いにセックスをして死ぬつもりだと公言する。権力、イデオロギー、世間の常識などから解放され、常に「人間」であるべきだと語る。 商業主義を嫌い、経済的にも精神的にも独立して創作するために、映画製作配給会社・映画館・出版社を自ら経営。自身が1983年にローマに開いた映画館「アッズッロ・シピオーニ」は、何十年もの間ローマ市民に愛されている。
二宮大輔(京都ドーナッツクラブ)
関西学院大学卒業後、ローマ第三大学に入学し、マフィア文学の第一人者レオナルド・シャーシャに関する論文で学士号を取得。イタリア語検定一級、通訳案内士(イタリア語)。
アゴスティDVD発売記念&最新作上映会
『不可能という魅力』
2月8日(水)アップリンク渋谷
19:50開場 20:00開演
上映後トークショーあり、トークゲスト:大熊一夫(ジャーナリスト)
予約はアップリンク渋谷公式サイトにて
京都ドーナッツクラブ公式サイト
『不可能という魅力』
監督:シルヴァーノ・アゴスティ
音楽:エンニオ・モリコーネ
原題:Il fascino dell’impossibile
2015年/イタリア/カラー/60分