骰子の眼

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東京都 渋谷区

2017-01-27 22:00


全編iPhoneでトランスジェンダーの現実写し取る『タンジェリン』ベイカー監督の映画術

頼れるのはお互いしかいない―クリスマスイブのLAを舞台に家族のような友人関係を描く
全編iPhoneでトランスジェンダーの現実写し取る『タンジェリン』ベイカー監督の映画術
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

LAに生きるトランスジェンダーの娼婦の日常を全編iPhone5Sで描き、世界の映画祭で話題を呼び、日本でも園子温監督らが絶賛する映画『タンジェリン』が1月28日(土)より公開。webDICEではショーン・ベイカー監督のインタビューを掲載する。


この映画は近年稀にみる革命的な作品だ。もう金がないから映画撮れないなんて言えなくなったぞ。スマホで撮ったのに最高の映画になった!ここ数年の中でも文句なくNo. 1映画!!
若者よ!もう金がないから映画撮れないなんて言えないぞ!スマホを手に町へ出よ!!(園子温監督による『タンジェリン』へのコメント)


ベイカー監督はリサーチ中に出会ったトランスジェンダーのマイヤ・テイラーとキタナ・キキ・ロドリゲスを主演に抜擢。彼女たちから聞いたエピソードも脚本に盛り込んでいったという。この作品が初演技ながら、マイヤ・テイラーはインディペンデント・スピリット賞の助演女優賞を獲得するなど、トランスジェンダーの俳優が主要映画賞を受賞するという快挙を成し遂げた。恋人の浮気をめぐるいざこざの舞台となるLAのストリートの猥雑さを生々しく感じることができるとともに、ふたりの丁々発止のやり合いから浮かび上がる友情に胸を打たれる。


世界中の様々な若手映像作家からSNSを通じて、「すごく大きなインスピレーションになった」、「これで初めての映画が作れます」といったメッセージが届きます。撮りたいテーマが見つかった彼らにインスピレーションを与えられるのはうれしいし、もしかしたら来年の最優秀作品賞となる作品が今iPhoneで誰かが撮っているかもしれないと思うととてもワクワクします。(『タンジェリン』ショーン・ベイカー監督)


初めて演技をする役者とより自由度の高い現場を実現

──『タンジェリン』は全編iPhoneで撮影された映画として、大きな注目と称賛を得た作品ですが、なぜiPhoneで撮影しようと思ったのですか?

製作費がとても少額しかなかったということがそもそものきっかけです。同時に、これから撮影しようとしているコミュニティにより没入した撮影をするのに助けになるということもわかっていました。ストリートライフのリアルを映すために、これまでも撮影クルーがあまり視界に入らないような工夫をしてきました。そういった点でもスマホは周囲に気づかれずに自由に撮ることを可能にしてくれます。だからストリートのリアルな姿を捉えることができるという意識はありましたが、具体的にどのような利点があるかを理解できたのは、撮影が始まってからでした。

映画『タンジェリン』ショーン・ベイカー監督
映画『タンジェリン』ショーン・ベイカー監督

これまで監督した5本の作品でも初めて演技をする役者を多くキャスティングしています。今回も初めてカメラの前に立つ役者が多く、大きな撮影用カメラを向けたら当然緊張してしまいます。しかし、普段からみんながセルフィを撮っているようなスマホでは、そのような脅威を取り除くことができ、より自由度の高い、軽さのある現場を実現することができました。

また、ちょうどiPhone5Sが発売され、そのテクノロジーが飛躍的に進化したタイミングだったので、iPhoneで撮影するという可能性を探りはじめました。そして、Moondog Labsが開発したばかりのiPhoneのレンズに装着するアダプターと出会い、iPhoneでもワイドスクリーンで撮影できることがわかり、iPhoneでの撮影を決意しました。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』iPhone5Sでの撮影風景 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』iPhone5Sでの撮影風景 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

なんてダイナミックなペア!主役のキキとマイヤの可能性

──なぜLAで生きるトランスジェンダーたちの日常を描こうと思ったのですか?このテーマのリサーチはどのように行いましたか?

映画の舞台となっているハイランド・アベニューとサンタモニカ・ブールバードの交差点は、非公式のレッドライト地帯として昔から知られているエリアです。今は主にトランスジェンダーのセックスワーカーたちが働いているエリアとしても知られています。映画産業があるハリウッドのすぐ近くに位置していながら、映画やテレビにこういう地域がほとんど出てこないことに違和感を覚えていました。ここにはたくさんの物語がきっとあるだろう、それを掘り下げてみたいというところから、この企画は始まりました。

しかし私と共同脚本家のクリス・バーゴッチはシスジェンダーの白人男性という完全なアウトサイダーな立場で、勝手にそこを舞台としたフィクションをつくるような無責任なことはしたくなかった。そして、その地域に没入するような方法でリサーチをしていくなかで、主演のふたり、マイヤ・テイラー(アレクサンドラ役)とキタナ・キキ・ロドリゲス(シンディ役)と出会い、彼女たちと密にコラボレートすることでプロットがだんだんと見えてきたのです。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲス(左)、アレクサンドラ役のマイヤ・テイラー(右) ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

彼女たちはものすごい熱意をもって僕たちに応えてくれて、この企画にとても協力的でした。トランジェンダーたちは社会においてはみ出し者として扱われる、あるいは社会から無視されたり、透明人間的な存在でもあるので、逆に彼らの話を聞きたいという人が現れたとき、積極的に話したがっていると私たちは感じました。

マイヤは、僕の他の作品を観てくれて、僕の感性も理解した上で「ストリートでこういった仕事をしているトランスジェンダーの女性たちの現実をそのまま写し取ってください」と最初にリクエストしてきました。同時に「観ていてめちゃくちゃ笑える映画にしてね」ともいわれました。つまり、自分たちのコミュニティというものをきちんとプレゼンテーションしてほしい、と言われたわけです。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

──マヤとキキと出会った最初の印象は?ふたりを女優として起用しようと決めた一番の理由は何ですか?

もともと演技経験のないファーストタイマーの役者と仕事をするというイメージはありました。リサーチ中に、キキとマイヤが並んで一緒にいるのを見たとき、なんてダイナミックなペアなんだろうと思いました。ふたりに可能性を感じて、「お願いだからこのふたりが演技力を持っててくれ!」って願っていたら、まさに素晴らしい演技力を見せてくれました。数ヵ月わたって彼女たちから聞いた色々な話をベースに、僕たちがそこで見聞きしたことを盛り込みながら、脚本を練っていき、6ヵ月後には撮影をしていました。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲス ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』アレクサンドラ役のマイヤ・テイラー ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

甘やかさと酸っぱさを持つ主人公のキャラクター

──クリスマスイブの1日を舞台にした物語ですが、なぜこの日を選んだのですか。監督にとってクリスマスイブはどんな意味、印象をお持ちですか?

共同脚本家のクリスがクリスマスのアイディアを出してきました。私も視覚的に色彩も増えるし、面白い画が撮れるのではないかとワクワクしました。クリスマスは、たとえ敬虔な信者でなくても、信仰を持っていなくても、家族と過ごすことを想起させるホリディです。しかしトランスジェンダーの女性たちの多くは、特に貧困層出身の彼女たちは自分たちの家族から拒まれているケースが多いんです。家族がもういない、お互いに頼れるのはお互いしかいないという家族のような関係を持っていることを、テーマの一つとして掘り下げたかったので、そういった意味でもイブはぴったりだと思いました。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

──『タンジェリン』というタイトルにはどんな意味を込めていますか?

なぜかそこにいつも立ち戻ってしまう言葉だったんです。フルーツや色彩の一色としてぴったりと合うように感じたタイトルです。実際に主人公たちもフルーツのタンジェリンのように、非常に甘やかなんだけど、同時に酸っぱさもちょっと持っているようなキャラクターです。しかし、このタイトルは、観客の解釈に任せたいと思っています。多くの人からたくさんの解釈を聞いたし、どれも全部正解だと思っています。僕なりに映画の中にヒントはちりばめていて、たとえばエアーフレッシュナーとかね。でも、文字通りこれだという意味はなく、そういう意図もないです。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』より、タクシー運転手ラズミック役のカレン・カラグリアン ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

何で撮影するかはあくまで「企画次第」

──今後の映画界に於いて、iPhoneで撮影された映画は増えると思いますか?

増えると思います。実際に技術がどんどん進歩し、スマートフォンでも高画質で撮れるようになったので、製作費が少ない作品だけでなく、業界自体も取り入れていくと思います。アメリカの広告でもiPhoneで撮影したものを目にするようになりました。

これは全く期待をしていなかったのですが、世界中の様々な若手映像作家からSNSを通じて、「すごく大きなインスピレーションになった」、「これで初めての映画が作れます」といったメッセージが届きます。全く意図したことではなかったけど、撮りたいテーマが見つかった彼らにインスピレーションを与えられるのはうれしいし、もしかしたら来年の最優秀作品賞となる作品が今iPhoneで誰かが撮っているかもしれないと思うととてもワクワクします。僕が与えたかもしれないインスピレーションが、僕にかえってくるようで元気をもらえます。

映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

──次回作について教えてください。今後もiPhoneで撮り続けていきますか?

現在、編集中の新作は35mmで撮影しています。何で撮影するかは企画次第だと思っているので、『タンジェリン』をiPhoneで撮影したことはすごく満足していますが、次は180度違う形で撮りたいという気持ちもありました。この作品の後はまたスマホで撮影するようなこともあるかもしれません。けれど、スマホをはじめとする技術の進化はとても早く、iPhoneにしても今は4Kで撮影ができ、以前はなかった多様なレンズやアプリも入手することができます。僕が大切だと思っていることは、フィルムメイカーたちに選択肢が増えたとこいうことです。新しいものがでたからと言って、古い撮り方や方法を捨てる必要はまったくなく、新技術で選択肢が増えただけのことだと考えています。

(オフィシャル・インタビューより)



ショーン・ベイカー(SEAN BAKER)

1971年生まれ、アメリカ、ニュージャージー州サミット出身の監督、脚本家、プロデューサー。ニューヨーク大学映画学科卒業後、間もなくしてアメリカ郊外で暮らす若者たちの心理を描いたデビュー作「Four Letter Words(原題)」(2000)で、監督、脚本、編集を担当。2004年には、中華料理屋の配達人として働く違法移民の中国人男性の1日を描いた「Take Out(原題)」を共同監督し、脚本と編集も共同で担当。スラムダンス映画祭にてプレミア上映され、インディペンデント・スピリット賞にノミネートされた。監督第3作目「Prince of Broadway(原題)」(2008)では、息子の存在を初めて知ることになるニューヨークのストリートでブランドのコピー商品を販売する男を描き、同じくインディペンデント・スピリット賞にノミネートされる。女優ドリー・ヘミングウェイのデビュー作となった『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(2012)はプレミア上映されたSXSW映画祭にて注目を浴び、インディペンデント・スピリット賞ロバート・アルトマン賞を受賞。長編映画第5作目となった『タンジェリン』公開後に、iPhoneで撮影したKENZOプロデュースによる短編映画「Snowbird」を発表。6歳の少女を中心に彼女を取り巻く大人たちを描いた次回作「The Florida Project(原題)」(2017年公開予定)は35mmフィルムで撮影し、ウィレム・デフォー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズらが出演している。




映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
映画『タンジェリン』 ©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

映画『タンジェリン』
1月28日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラム他順次公開

太陽が照り付けるロサンゼルスのクリスマスイブ。街角のドーナツショップで一個のどドーナツを分け合うトランスジェンダーのふたり。28日間の服役を終え出所間もない娼婦シンディは、自分の留守中に恋人が浮気したと聞きブチ切れる。歌手を夢見る同業のアレクサンドラはそんな親友シンディをなだめつつも、その夜に小さなクラブで歌う自分のライブのことで頭がいっぱい。さらに、アルメニア移民のタクシー運転手ラズミックも巻き込んで、それぞれのカオティックは一日がけたたましく幕を開ける!

監督・編集・共同脚本・共同撮影:ショーン・ベイカー
共同脚本:クリス・バーゴッチ
共同撮影:ラディウム・チャン
製作総指揮:マーク・デュプラス、ジェイ・デュプラス
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン、ミッキー・オヘイガン、アラ・トゥマニアン、ジェームズ・ランソン
原題:Tangerine
2015年/アメリカ/英語・アルメニア語/88分/カラー/シネスコ
配給・宣伝:ミッドシップ

公式サイト


▼映画『タンジェリン』予告編

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