骰子の眼

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東京都 新宿区

2017-01-05 19:45


キム・ギドク監督「『The NET 網に囚われた男』で描いた厳しい現実が南北の今です」

ボートのエンジン事故で国境を越えてしまった漁師の姿から浮かび上がる北朝鮮と韓国の緊張関係
キム・ギドク監督「『The NET 網に囚われた男』で描いた厳しい現実が南北の今です」
映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

韓国のキム・ギドク監督が、漁船の不慮の事故のため意に反して北朝鮮と韓国の国境を越えてしまった漁師の運命を描く『The NET 網に囚われた男』が年1月7日(土)より公開。webDICEではキム・ギドク監督のインタビューを掲載する。

今日、韓国と北朝鮮のような強い対立は、戦争を巻き起こす原因になるかもしれないし、そうした戦争はまた世界の他のところでも起こり得ることです。だから監督としてそのことについて考察し、それを反映した作品が作りたかったのです。(キム・ギドク監督)

南と北の、ふたつのシステムが浮き彫りにされている

──近年、南北分断をテーマとした作品は、脚本を書かれたものでも若い監督に任せられていたかと思うのですが、この作品をご自身で撮ることにした理由は?

『プンサンケ』や『レッド・ファミリー』といった、私が制作と脚本を手掛けて監督をしなかった作品は、もう少し愉快な要素が入っているようなところがあったのですが、この『The NET 網に囚われた男』は本格的にシリアスにアプローチしてみたいという思いがありました。今韓国にはふたつの大きな問題があります。ひとつは北朝鮮の核の問題、それから在韓米軍が配備を決めたTHAADミサイルの問題です。この問題を巡って今様々な論争が起きています。こういったことからも、今はどの時代よりも南北は緊張関係が非常に高まっていて、危険な状態にあると考えています。それで、この題材を映画に、そして自分で演出をすることにしたのです。

映画『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督 ©Stephanie Cornfield
映画『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督 ©Stephanie Cornfield

──監督作としては『殺されたミンジュ』(2014)、福島の原発事故を扱った『STOP』(2015)に続く作品となりますが、政治的なメッセージ性の強い作品が続いていますね。

わたしは映画監督なので、わたしの仕事は映画を作ることです。でもそのためには、わたしが生きる社会がまず安全であることが必要です。安全な社会というのは、ふつう人々が文化に触れる機会があったり、アートを作る機会があったりするものです。今日、韓国と北朝鮮のような強い対立は、戦争を巻き起こす原因になるかもしれないし、そうした戦争はまた世界の他のところでも起こり得ることです。だから監督としてそのことについて考察し、それを反映した作品が作りたかったのです。いわば社会の本当の顔とは何なのか、原子力の社会に対する意味とは何なのか、などといったことを。この映画ではとくに、今日まったく安全とは言えない韓国の状況について考えたいと思いました。

ここでは南と北の、ふたつのシステムが浮き彫りにされている。両者はまったく異なりますが、互いに自分たちが正しいと信じている。でも両方とも間違っていて、お互い不幸だと思います。なぜならこの相反する状態、両者の不信による対立が多くの人々をみじめで不幸にしているから。お互いをただ批判するのは、無知で愚かな態度です。それでは決して、再統合はできないでしょう。その結果被害を被るのは、ネット(網)を作った当事者ではない人々なのです。

映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画『The NET 網に囚われた男』より、リュ・スンボム演じる漁師ナム・チョル © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──最初の犠牲者というのはつねに社会の底辺にいる人々だということですね。

その通りです。特権階級の人々は、イデオロギーがどうあれネットを作ることに加担している。その結果、被害は彼らにではなく、貧しい人々に降りかかってくるのです。

私たちの歴史が作り出した暴力的で憎悪にみちたキャラクター

──『The NET 網に囚われた男』はギドク監督特有のトリックが効いた寓話、もしくはファンタジーでしょうか。

『The NET 網に囚われた男』で描いたこの厳しい現実が、南北の今です。韓国と北朝鮮は、どちらがより悪い、より良いということを互いに武器にして、互いへの疑いを強めている現実があります。この映画は、特定の時代を設定しているわけではありません。キム・イルソン(任期1948年~1994年)、キム・ジョンイル(1994年~2011年)、キム・ジョンウン(2011年~)、この三人の時期をひとつにしたような時代だと思っていただけばいいかと思います。韓国と北朝鮮は戦争で分かれてしまったわけですが、分断以降の時代を圧縮して表現しているということです。

映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──『The NET 網に囚われた男』では、リュ・スンボム演じる漁師以外も、様々なキャラクターがとても印象的です。

韓国の取り調べ官、そして北朝鮮の防衛部の職員など、暴力的で憎悪にみちたキャラクターも、私は理解が出来るんです。そういった人たちは、私たちの歴史が作り出したものだと思っています。現実にいることを想定して、すべてのキャラクターの存在に責任をもって作り上げました。

映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画『The NET 網に囚われた男』より、取り調べ官役のキム・ヨンミン(左)リュ・スンボム演じる漁師ナム・チョル(右」 © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

取り調べ官に扮したキム・ヨンミンは、『殺されたミンジュ』で一人8役を演じた俳優です。『春夏秋冬そして春』などにも出てもらい、私が個人的にとても信頼を寄せている俳優です。私は撮影期間が非常に短いので、現場でこまかく指導したりすることはないのですが、彼は脚本から非常に綿密に役を作り上げて撮影にのぞんでくれました。

(プレス掲載の佐藤久理子さんによるインタビューとオフィシャル・インタビューより構成)
映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画『The NET 網に囚われた男』より、取り調べ官オ・ジヌを演じたイ・ウォングン © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.



キム・ギドク(KIM Ki-duk) プロフィール

1960年12月20日生まれ。30歳でパリに渡り、路上画家として生計を立てながら、当時公開されていた『羊たちの沈黙』(90)や『ポンヌフの恋人』(91)を観て、映画という映像表現に開眼。帰国後に脚本家としてのキャリアをスタートさせる。96年『鰐(ワニ)』で監督デビュー。2000年の『魚と寝る女』がヴェネチア国際映画祭をはじめ数々の国際映画祭で絶賛される。同作は、ギドク映画の日本初上陸となり、熱狂的なファンを獲得した。だが、08年の『悲夢』以降、一時映画界から姿を消す。3年後、隠遁生活を送る自分を撮ったセルフ・ドキュメンタリー『アリラン』を発表。2011年カンヌ国際映画祭ある視点部門最優秀作品賞を獲得し、2004年ベルリン国際映画祭(監督賞『サマリア』)、2004年ヴェネチア国際映画祭(監督賞『うつせみ』)と、世界三大映画祭での受賞という快挙を成し遂げる。続く実験作「アーメン」の後、久々の本格的劇場映画『嘆きのピエタ』が、ヴェネチア国際映画祭で、韓国映画初となる最高賞・金獅子賞に輝いた。その後も、韓国で上映制限された問題作『メビウス』、異色サスペンス『殺されたミンジュ』と健在ぶりを発揮。2015年には、福島原発事故をモチーフにした「STOP」を発表。また、01年設立のキム・ギドク フィルムからは、『映画は映画だ』(08)のチャン・フン、『ビー・デビル』(10)のチャン・チョルス、『ママは娼婦』(11/F)のイ・サンウ、『プンサンケ』(11)のチョン・ジェホン、『俳優は俳優だ』(13)のシン・ヨンシク、『レッド・ファミリー』(13)のイ・ジュヒョンなど、新鋭監督が次々と輩出されている。




映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画『The NET 網に囚われた男』より © 2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

映画『The NET 網に囚われた男』
2017年1月7日(土)よりシネマカリテほか全国順次ロードショー

北朝鮮の寒村で、妻子と共に暮らす漁師ナム・チョル。唯一の財産である小さなモーターボートで漁に出るが、魚網がエンジンに絡まりボートが故障し、韓国側に流されてしまう。韓国の警察に拘束された彼は、身に覚えのないスパイ容疑で、執拗で残忍な尋問を受ける。チョルの監視役に就いた青年警護官オ・ジヌは、家族の元に帰りたいというチョルの切実な思いを知り、次第にその潔白を信じるようになる。チョルを泳がせようという方針から、ソウルの繁華街に放置される。街を彷徨う彼は、家族を養い弟を大学に入れるために身を売る若い女性と出会い、韓国の経済的繁栄の陰に隠されたダークサイドに気付く。街中のチョルの姿を映した映像が北に流れ、南北関係の悪化を懸念した韓国当局は、チョルを北朝鮮に送還するが、彼を待ち受けていたのは、いっそう苛酷な運命だった。

主人公の漁師ナム・チョルの拘束というサスペンスを前半に据えながら、その後彼が韓国の街を自由に歩くシーン、そして街で出会った人々とのやりとりを描くことで、容赦ない韓国警察の尋問よりも、ふたつの国に生きることになった男が目の当たりにする文化的ギャップこそが彼を打ちのめす。インタビューにもあるように、ギドク監督はナム・チョルが辿った運命を通して、社会と文化の関わりについて疑問を呈している。

エグゼクティブ・プロデューサー:キム・ギドク
プロデューサー:キム・スンモ
監督・脚本:キム・ギドク
出演:リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、チェ・グィファ、ソン・ミンソク、イ・ウヌ
撮影:キム・ギドク
照明:チョン・ヨンサム
美術:アン・ジヘ
編集:パク・ミンソン
原題:그물
英題:THE NET
資料協力:大和晶
日本語字幕:根本理恵
提供:キングレコード
配給・宣伝:クレストインターナショナル
韓国/2016年/112分/カラー/1:1.85/5.1 SRD

公式サイト


▼映画『The NET 網に囚われた男』予告編

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