骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-12-22 13:00


あなたの本能に働きかけ誘惑する映画『ワイルド わたしの中の獣』監督が語る

「オオカミは見た目が美しく主演女優との顔の相性がいいという点で選びました」
あなたの本能に働きかけ誘惑する映画『ワイルド わたしの中の獣』監督が語る
映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

単調な日々を送る平凡なOLがオオカミを愛するようになったことをきっかけに野生化していく姿を描くドイツ映画『ワイルド わたしの中の獣』が12月24日(土)より公開。webDICEではニコレッテ・クレビッツ監督のインタビューを掲載する。

本作はあなた本来の動物的部分に語りかけます。その部分を葬るのではなく、さらけだす気にさせてくれます。だって、みんなその部分を忘れようとしているでしょう?時には人生の最初から最後まで。得体のしれないものだけれど、誰もがみんな抱えていると思います。(ニコレッテ・クレビッツ監督)


日常から解き放たれたいと切望する主人公アニア

──『ワイルド わたしの中の獣』のストーリーは、どのようにして思いついたのですか。

この映画の主人公アニアは仕事へ向かう途中、マンションの前に広がる森で一匹のオオカミと出会います。この“野性”との出会いが彼女の中の“何か”を目覚めさせます。それは彼女が仕事や家族との生活の中でこれまで感じたことのない気持ちでした。アニアはもう一度そのオオカミに逢いたくて、彼を待ち、餌で釣ろうとしますが、次第にハンターと化していきます。そして、麻酔で意識を失ったオオカミを連れて帰り、彼女の住むマンションに閉じ込めます。

彼女は次第に野性化していき、全ての物事において野性的なアプローチを始めます。そして、その変化を彼女の周りの人間、特に彼女の上司ボリスは楽しんでいるように見えます。日常から解き放たれたいと切望する彼女の想いに周りの皆が惹きつけられていくのです。

映画『ワイルド わたしの中の獣』ニコレッテ・クレビッツ監督
映画『ワイルド わたしの中の獣』ニコレッテ・クレビッツ監督

このストーリーは、自分自身の夢から思いつきました。何かに後ろを付けられているなという夢を何度か見て怖かったし、混乱しました。それで夢の中で後ろを振り向いてみたらそこに“オオカミ”がいたのです。そこから着想を得て、自分の住む世界というものを改めて考えてみました。そして、映画を撮影するのに困難な今回の設定をあえて選びました。

もう一つの理由は、丁度その頃にオオカミがポーランドの国境を越えてドイツに来ているというニュースがありました。ドイツからはオオカミが消えて100年以上経っています。彼らはすごく魅力的な動物だと思います。上手く環境に慣れる、順応できるという点ではある意味人間に近いですね。だから自分たちの習性を長年変えずにここまで生息できたのです。野生を捨てずに来た、つまり“自由”を手放すということはなかったのです。そのオオカミ達がドイツという都会に戻ってきた。丁度そのタイミングで夢をみましたから、そこがこの話の骨格になりました。

危険に身を晒しながらのオオカミとの撮影

──オオカミはどのようにして見つけてきたのですか?

ハンガリーに行っていくつかのオオカミのグループの中から選びました。オオカミもそれぞれ得意な能力や性格が異なっているので、本作に合っているか適正も確認しました。今回のオオカミは見た目が美しいのと、主演女優のリリトとの顔の相性がいいという点で選びました。トレーナーに育てられたネルソンという名前のオオカミです。

彼はすごく優しくて紳士的でした。ネルソンには演技経験もあってCMなどに出演していました。彼はトレーナーが連れてきた群れのメインのオオカミで、リーダーでしたので、ネルソンの群れの7匹のオオカミは全部撮影所に連れてこられたのです。ネルソンを撮影が終わるたびに毎回その群れの檻に戻していました。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

──主演のリリト・シュタンゲンベルクのオオカミとの演技はいかがでしたか?

リリトとはかなり話し合いました。キャスティング・オーディションで彼女は自分の番になった時に、すぐに本作の役柄について話し始めました。命が危うい状況に身を置くというところから説明を始めました。彼女は本作が自分を解放する唯一の機会だと分かっていましたし、私が何も言わなくてもすごくやる気がありました。

ですから、彼女とは演出上のやりとりをするだけで、とくに具体的なアドバイスはしませんでした。状況を与えてそれにどう対応するかが俳優の仕事ですよね。私は彼女に恐れを感じてほしくなかったのです。リリトは本当に危険に身を晒していましたが、同時にオオカミに自分自身をすべてさらけ出していました。本当に彼女にとってオオカミは“恋人”という感じでしたね。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』主演のリリト・シュタンゲンベルク ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

──主演リリトとオオカミの撮影はどのように行ったのですか?

この映画はものすごく用意周到に撮られています。つまり、安全をきちんと確保していました。まず、ハンガリーからオオカミのトレーナーを呼び寄せました。そのトレーナーにオオカミとの撮影はどこまでが可能なのかを色々と相談しました。オオカミが主人公を観て喜ぶ様子などを撮りたかったので。

撮影は全部で28日間、1日の撮影は10時間くらいで、その内オオカミの撮影は15日間で1日3~5時間でした。主役のリリトは撮影前の3週間ハンガリーに行き、オオカミトレーナーの元で指導を受けました。そして、撮影は一匹のオオカミ(ネルソン)でほとんど撮影しました。オオカミはあまり長く檻から出しておけません。オオカミと上手く撮影する秘訣は、オオカミをそこそこお腹いっぱいにしておくことです(笑)。

舐めるという動作ではフォアグラを利用したり、リリトの後を付いていくシーンではポケットに肉片を忍ばせて少しずつ落としていったりしました。基本的にエサにつられればなんでもやりますね。しかし、オオカミは絶対に自由になる機会を見逃さないのです。もし檻の扉を少しでも長く空けていたりすれば、その隙に出て行って二度と帰ってこないでしょうね。犬とは違います。そもそも人を喜ばせようとは思ってないですし、どうでもいいんですよね。そこが彼らの魅力でもあります。だからリリトは本当に危険に身を晒しながら撮影をしていました。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』上司ボリスを演じたゲオルク・フリードリヒ(左) ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

──嫌な上司役ゲオルク・フリードリヒとオオカミの演技はいかがでしたか?

後半のマンションの屋上でオオカミに噛みつかれるシーンはトレーナーと訓練しました。とにかく勇気を持って臨むしかなかったと(笑)。屋上にはテーブルを置き、オオカミが高い位置にいて、彼に向っていく感じにしました。ゲオルクはそのシーンで服の襟元に肉を付けていたんです。

それで襟にめがけてオオカミは突進していったんです。ゲオルクはすごく楽しんでいましたよ。実はゲオルクはすごく繊細でシャイな人です。私は彼の作品が好きで俳優の観点から彼のニーズはよく分かっていました。彼が望んでいることを私は色々と与えられたかなと思います。私たちはすごく仲が良くて、彼のことは役者としてとても尊敬しています。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

私たちのどこかに野性的なままでありたいという気持ちが残っている

──“適応”の反対は“野性”と言えるのでしょうか?

私たちは皆、生まれた時は野性的で、私たちのどこかに野性的なままでありたいという気持ちが残っていると思います。

──“野性”と“自然”は同じ意味でしょうか?

必ずしも否定はできないですね。直感に正直に生きたいという想い。そして自分で選ぶ人生。もちろん都会でも野性的でいることは可能ですが、かなり難しいですよね。他人が貴方に対して思うこと、他人の評価は多くの場合、自分自身の声より正しいと思います。声とは、私たちの内側の声、非理性的で、道徳に反し、本能的な声です。

私たちはどこかで自由を求めています。でも現実にはどれくらいの自由が許されているのでしょうか。自分の財産、他人からの評価など日々浪費して過ごしているけれど、それはあなたにとって無意味なことです。そして自分に何が一番必要かを完全に忘れてしまっているのです。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

──私たちの中の動物的な部分を解放してほしいと考えますか?

そうですね。最終的に性別はあまり関係ありません。日常から逃避する手段は限られています。趣味、不品行、セックス……それらはすべて代替手段です。私自身も成人女性として、母親として期待されている通りの行動から逸脱したい衝動を持っています。それは決して口にはできないような内容です。

周りに良い印象を与え、お金を稼ぐためにどうすべきかを心得ていますけれど、そんなことよりも、いっそのこと目的を持たずに生きてみたいです。未来は予測不能だからこそ、私たちは何も抑制するものがない自由な経験をしたいと感じています。私たちが内に秘めた欲望は時に衝撃的なものだったりするのです。

──口にできないようなことを映画館で観たい人はいるでしょうか?

映画館こそがベストな場所です。そこは暗くて、普段は勇気が足りなくて出来ないようなことを経験できる空間です。映画を観る前、観客はそこで自分たちがどのような世界を体験できることになるのか分かりません。それが求めることの醍醐味です。欲望は物事を変える弊害になるのか、逆に変える力になりえるのかは分かりませんからね。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

ユートピアが映画の存在によって現実となる

──本国ドイツで公開した時のお客さんの反応はいかがでしたか?

本作は映画館から出てきたときにすごくポジティブになれる作品だと思います。そして、とてもエキサイティングです。

というのも、今までの「女性としてこうであるべき」と言われてきたイメージを全部壊すからです。だから、映画館から出てきたときにとても良い気持ちになれると思います。ですからドイツで公開された時も皆さんがそのように思ってくれたのは嬉しかったです。男性の観客も含めて、私の意図は伝わったと思います。映画館にはカップルで観に来た人が結構いて、うまいこと二人の関係をいい感じにならしてくれたような。

私たちは「欲望」を持っています。それは男女に共通することだと思います。日本の観客の皆さんもそのように感じてくれたらいいなと思っています。

映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
映画『ワイルド わたしの中の獣』 ©2014 Heimatfilm GmbH + Co KG

──これまでは女優として活躍されてきましたが、今は映画監督として更に自由な仕事ができるようになりましたか?

そうですね、好きな作品を撮れていると言えますね。私が監督業も始めたことを友人たちも自然な発展だと思っています。ただ監督として映画を撮るには時間がかかります。資金を集め、周囲の人々を説得して、いろいろなことが大変です。でもまずは、自分を喜ばせられるかどうか、やりがいを見いだせるかどうかですね。俳優経験は役立つと思われがちですが、実は全く役立ちません。

ただ出演者をどのように扱えばいいのか、監督が俳優の仕事を全く理解できていない時があるのです。ある意味守ってあげられない時がありますが、その点に関しては、私はその立場を理解し、俳優からベストな演技を引きだすことができたらと思っています。私は脚本もたくさん書きましたし、そのテーマが物語にどのように作用するのか、映画として成り立つのか、どうかという感覚や、どのような問題が生じる可能性があるのかなどを考えられることは、俳優時代の経験が生かされています。

──最後に、この映画から観客は何を読み取ればいいでしょうか?

この作品はあなたを誘惑し、夢中にさせることでしょう。そして観終わったら、あなたの愛する人の胸に飛び込むのが一番いいです。この作品のアイデアは頭で浮かんだものではなく、直感からきています。内側から壊すものではなく、爆発するものであるべき。そして、問題に固執するのではなく、提案をするものです。

あるユートピアを提案していて、そのユートピアが映画の存在によって現実となる。情熱、自由についてのストーリーなのです。本作はあなた本来の動物的部分に語りかけます。その部分を葬るのではなく、さらけだす気にさせてくれます。だって、みんなその部分を忘れようとしているでしょう?時には人生の最初から最後まで。得体のしれないものだけれど、誰もがみんな抱えていると思います。

私は皆さんに“経験”というものを提供したかった。大抵、他の似たような系統の映画だと、“自然に還る”ということは何らかの罰を与えられたりしますよね。コントロールが無くなった状態というのは、すごく怖いです。けれど何かに縛られない、制御されないというのは良いことなんです。私はそれを体感できる映画を作りたかったのです。

(オフィシャル・インタビューより)



ニコレッテ・クレビッツ(Nicolette Krebitz) プロフィール

1971年9月2日ドイツ・ベルリン生まれ。女優としても活躍し、刑務所でロックバンドを結成した4人の女性の友情を描いた『バンディッツ』(99)のエンジェル役で注目を集める。その後は、ベルリンを舞台に男女3人がトラブルに巻き込まれるさまを描いたドラッグムービー『CLUBファンダンゴ』(01)、ドイツ分断の象徴であった「ベルリンの壁」に隔てられた愛する人を救うため、危険を顧みず壁の下にトンネルを掘ったという実話を基にしたドラマ『トンネル』(02)など数々の映画に出演する。2000年からは監督業も務め、『Jeans(原題)』(01)、『Das Herz ist ein dunkler Wald(原題)』(07)等でも脚本を担当している。




映画『ワイルド わたしの中の獣』

映画『ワイルド わたしの中の獣』
12月24日(土)新宿シネマカリテ他にて公開

職場と自宅の往復で無機質な毎日を過ごす女性アニア。女性はある日、自宅マンションの前に広がる森で一匹のオオカミを見かける。オオカミは彼女をじっと見つめ、再び森の中に姿を消した。嫌な上司ボリスにこき使われ、冴えない日々を過ごしていたアニアは、初めて触れる“野性”に心をかき乱され、激しく惹かれていく。次第にオオカミに執着するようになって彼女はあらゆる手を尽くし、ついに捕えて自分の高層マンションに連れ込む。狭い部屋で暴れるオオカミに最初は命の危機を感じるが、次第に“彼”と心を通わせ、彼女が秘めていた欲望が露わになっていく。果たして獣と愛を交わした彼女を待ち受ける運命とは―。

とても扱いづらいけれど、どうしようもなく離れられない。そんな誰もが内に秘めた欲望を、クレビッツ監督は主人公アニアと彼女が愛するオオカミに投影させる。オオカミを観察するためにマンションの壁に穴を開け、オオカミに食べさせる肉のために散財する。次第に野生化していく変化と、会社の威圧的な上司との関係を同時に描くことで、アニアが自己を開放させる過程を、ときおり白日夢のような描写も交え捉えている。

監督・脚本:ニコレッテ・クレビッツ
出演:リリト・シュタンゲンベルク、ゲオルク・フリードリヒ、ザスキア・ローゼンダール
原題:WILD
配給:ファインフィルムズ
2016年/ドイツ/カラー/ドイツ語/97分

公式サイト

▼映画『ワイルド わたしの中の獣』予告編

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