映画『こころに剣士を』 © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
スターリン体制のソ連に占領されていた1950年初頭のエストニアを舞台に、KGBに追われた元フェンシング選手エンデル・ネリスと彼がフェンシングを教えた子供たちをめぐる実話を映画化した『こころに剣士を』が12月24日(土)より公開。webDICEでは、クラウス・ハロ監督のインタビューを掲載する。
政治的にする意図はまったくありません。ですが、ドイツとソ連の占領により、エストニアの父親はいなくなり、母親は働きに出て、子供たちは放っておかれていました。私にとっては、そこが重要だったのです。(クラウス・ハロ監督)
エストニアという国の隠された美しさや詩を輝かせたい
──小説家として活動していたアナ・ヘイナマーの脚本が素晴らしかったから監督を引き受けたとお聞きしました。この物語を読んだいちばん始めの印象を教えて下さい。
はじめに「1950年代のエストニアの話を読んでみないか」とプロデューサーに言われた時に、絶対に気に入らないと思ったので読む気にならなかった、ということを告白します。
しかし、実際に読んで驚いたのは、第二次大戦後という陰鬱な時代を、こんなにも美しく楽しく心が温まる、人を惹きつける物語にすることができたということが素晴らしく、驚いた。そうだ、僕が驚いたのだから、観客も驚かせることができるのかもしれない。そういう映画にしたい、と思いました。
映画『こころに剣士』クラウス・ハロ監督
脚本を15ページくらい読んだところのシーンでしたが、主人公のフェンシングのトップ選手・エンデルが、フェンシングの経験のない右足も左足もどういう風に出したらいいかわからない子供を前にして対峙するシーンがありました。その時、ああ、この子たちはこれからどういう風に変化していくのだろう、そして彼はどんな思いの変化を持つのか、という部分に自分はとても惹かれたのです。
映画『こころに剣士を』エンデル役のマルト・アヴァンディ © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
──フィンランド出身の監督にとって、エストニアという国はどのような存在ですか?
近い国なのに、この映画にとりかかるまでエストニアには言ったことがありませんでした。撮影で到着したばかりの頃、地平線を見ました。とても美しくて、泣きたくなるほど悲しかった。半旗を掲げていたからです。
1940年、ソ連はエストニアを占領しました。ポーランドのように強固に支配しようと、ソ連はたった一晩で何千人もの人を国外追放し、彼らを散り散りにしました。私はこの映画を、招かざる客が押し入ってきて、美しいものを破壊していくような感じにしたかった。エストニア人たちは、50年間、無人地帯に暮らしていたのです。そこには、隠された美しさや詩がありました。私はそれを輝かせたかったのです。
子供には人生の方向性を示す、お手本になる存在が必要
──フェンシングは、エストニアとロシアの間の歴史にどのように関わっていると思いますか?
ある夜、この物語の舞台でもあるエストニアのハープサルで、ロシアがウクライナに侵攻したというニュースをスタッフ全員がスマートフォンで読んでいました。まるでタイムトラベルをしたような感覚をおぼえました。
フェンシングはエストニアとソ連の関係性のメタファーになっているし、あの陰鬱な時代のメタファーでもある。誰もが下をむいて、人と会わずにひっそりと暮らしていた時代に対して、フェンシングはまっすぐに相手と向き合って、必要とあれば立ち向かっていく。それがフェンシングというスポーツの美点です。
映画『こころに剣士を』 © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
──フェンシングの全国大会に出場する女の子マルタを演じた子役リーサ・コッペルの演技経験は一度だけで、ほかの子たちは未経験だったそうですが、撮影時に苦労したことは?
とにかく長い時間、毎日撮影をしなければならないので、子供たちにとっては大変だったと思います。特にレニングラードに行くメンバーの子たちは、フェンシングの練習もしなければいけなかったので大変でしたね。
映画『こころに剣士を』フェンシングの全国大会に挑戦するマルタを演じたリーサ・コッペル © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
実はそのほかの子たちというのは、フェンシング経験のある子たちだったんです。ただ、主演の子供たちを選んだ理由としては、役にのめり込むことのできる才能があったこと、そしてカメラの前に立った時の対応に惹かれて選びました。
撮影が始まってしまったら私は何もできないんです。一番大事なのはその役にぴったりの子供を探すこと。ぴったりの子が見つかれば、全てを与えてくれるのです。
──本作の核となるテーマとして監督は「子供の人生における大人の役割」を挙げていますが、現代の社会において「子供の人生における大人の役割」とは何だと思われますか?
現代は豊かで、遊び道具を沢山持っている子供たちが多くいるけれども、決して満足しているわけじゃないと思う。一番大事なのは彼らがこころを強く持てるようにしてあげることで、私たち大人はいつも近くに存在して、子供たちが安心して過ごせるようにしてあげることが大事だと思います。
子供には人生の方向性を示す、お手本になる存在が必要ですよね。それは両親でも祖父母でも誰でもいいのだけれど、子供が「こういうことをしたい」という時に、目の前にいて鏡になって助けてあげられるような存在が必要です。大人が子供の鏡となれること。そこがとても大事だと私は思います。
映画『こころに剣士を』 © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
エストニアの子供たちは放っておかれていた、
そこが重要だった
──本作は、今日のエストニアとロシアの関係に影響を与えるでしょうか?
エストニアは1991年に独立したばかりです。今はNATOの加盟国ですが、昔はドイツとソ連に侵攻されても、どのこの国も手を差し伸べなかった。オバマ大統領がエストニアに行ったときに「我々は君たちを見捨てない」と言ったけれど、エストニア人たちは「本気であってほしいね」と言い合っていたそうです。警戒心が強い国民性なんだと思います。
──この映画は政治的なものだと思いますか?
私は脚本に変更を加える時、より映画的な視点を取り入れます。その際、できるだけ史実にこだわりすぎないようにするために、実在の人物は数人だけにします。感情に訴えかける物語にするために、映画をシンプルにしたいんです。
政治的にする意図はまったくありません。ですが、ドイツとソ連の占領によりエストニアの父親はいなくなり、母親は働きに出て、子供たちは放っておかれていました。私にとっては、そこが重要だったのです。
ドイツに徴兵された父親たちの中には、戦後、生き残った者、逃げなかった者もいます。そういった者たちは、権力を確立しようとするソ連により恐怖を植え付けられ、強制収容所送りにされていたのです。
映画『こころに剣士を』 © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
──これからの時代を生きていく子供たちの未来は明るいと思われますか?
必ずどんな国でも悩みがあると思うけれども、先進国では孤独が問題だと思う。老人だけではなくて実は子供の孤独も問題だと思います。だから、誰かが近くで「あなたのことを見守っていますよ。あなたはいてほしい存在なんですよ」と思わせてくれるような存在が、人には必要なのだと思います。誰でもです。特に子供の場合は、自分が認められているという眼差しが希望につながると思います。
映画『こころに剣士を』 © 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM
「自分は一人じゃないんだ」と思ってもらえる作品を作る
──今までに監督をされた長編作品の5本のうち4本がアカデミー外国映画賞で国を代表する作品となっていますが、監督が映画作りをされる際に一番重きをおいておられることは何ですか。
もともと賞には興味がなくて、なによりこの物語が観客に伝わることが一番大事です。そして、私が子供の頃に映画を観た時に感じた「自分と似た考えの人もいるんだ」「自分は一人じゃないんだ」「自分はこれでいいんだ」と思ってもらえるような作品を作ることが私の一番したいことです。
──日本映画で好きな映画はありますか?
日本映画を沢山見られるような環境ではなかったけど、好きな映画は黒澤明の『乱』ですね。
『ヤコブへの手紙』ではフィンランド映画祭で日本に行き、映画を観た観客からとても暖かい反応をもらいました。今の私たちに必要なのは、希望や仲間だと思います。この映画の題材にしているものです。ですので、この作品をご覧になっていただいた観客の方にも、希望や仲間を持つことの大切さを感じてもらえたら、とても幸せです。
(オフィシャル・インタビューより)
クラウス・ハロ(Klaus Haro) プロフィール
1971年、フィンランド、ポルヴォー生まれ。2002年に監督した『Elina-As If I Wasn’t There』が、2003年のアカデミー賞外国語映画部門フィンランド代表作品に選ばれ、ベルリン国際映画祭、モントリオール世界映画祭などの国際映画祭にて多数の賞を受賞する。2004年、スウェーデンのアカデミー賞と言われるゴールデン・ビートル賞のイングマール・ベルイマン賞を受賞。スウェーデン人以外の監督としては、初受賞となる快挙。また、スウェーデン映画の伝説的存在であるベルイマン監督本人から、作品を称える手紙をもらう。2005年に監督した『Mother of Mine』が、再び2006年のアカデミー賞外国語映画部門フィンランド代表作品に選ばれる。2007年には、『The New Man』で、上海国際映画祭審査員グランプリを受賞。2009年に『ヤコブへの手紙』でも、2010年のアカデミー賞外国語映画部門フィンランド代表作品に選ばれ、フィンランド・アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞、音楽賞を受賞、他世界の国際映画祭にて数々の賞に輝く。
映画『こころに剣士を』
12月24日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
1950年初頭、エストニア。ソ連の秘密警察に追われる元フェンシング選手のエンデルは、小学校の教師として田舎町ハープサルに身を隠す。そこでは生徒たちの多くが、ソ連の圧政によって親を奪われていた。やがてエンデルは課外授業としてフェンシングを教えることになるが、実は子供が苦手だった。そんなエンデルを変えたのは、学ぶことの喜びにキラキラと輝く子供たちの瞳だった。なかでも幼い妹たちの面倒を見るマルタと、祖父と二人暮らしのヤーンは、エンデルを父のように慕うようになる。ある時、レニングラードで開かれる全国大会に出たいと子供たちからせがまれたエンデルは、捕まることを恐れて躊躇うが、子供たちの夢を叶えようと決意する。
ハロ監督は、最初はKGBから追われる自分の身を隠すために教師になったエンデルが、偶然得意だったフェンシングを学校の子供たちに教えることになるという設定から、両親のいない子供たちの父代わりとなる「大人になれない父親」エンデルの逡巡と成長の物語として描いている。複雑な政治的時代背景のなかに、突然フェンシングの全国大会へ出場することになった子供たちの挑戦をハイライトに、ストレートな感動を呼び起こす物語を作り上げている。
監督:クラウス・ハロ
出演:マルト・アヴァンディ、ウルスラ・ラタセップ、レンビット・ウルフサク、リーサ・コッペル、ヨーナス・コッフ
原題:THE FENCER
フィンランド・エストニア・ドイツ合作/99分/カラー/シネスコ
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES