映画『ヒトラーの忘れもの』 © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
1945年のナチス・ドイツ降伏後のデンマークで、海岸沿いに埋められた200万個の地雷撤去のために捕虜になったドイツ少年兵が駆り出されたという史実を基に、11名の少年兵たちとデンマーク人軍曹との交流を描く映画『ヒトラーの忘れもの』が12月17日(土)より公開。webDICEではマーチン・サントフリート監督のインタビューを掲載する。
インタビューでも語られているように、サントフリート監督は、デンマーク人さえ知らなかったというこの史実をベースに、あどけないドイツ人少年兵をこき使う鬼軍曹が「この少年たちにナチの罪を償わせることが果たしていいことなのか」と葛藤し、両者の関係が次第に変化していく過程を丹念に追うことで、様々な映画のなかでナチス・ドイツを「悪の象徴」として観てきた観客の価値観を揺さぶる。ナチスを憎みながらも、空腹をかかえ次々と地雷の犠牲となる極限の状況に生きる少年たちの誠実さと生命力に感化され、彼らの祖国へ帰りたいという思いを叶えようとする軍曹の行動を通して、人を赦すことという普遍的なテーマを浮かび上がらせている。
この作品は、2016年アカデミー賞外国語映画賞のデンマーク代表に選出。2015年の東京国際映画祭で『地雷と少年兵』というタイトルで上映され、ラスムスン軍曹を演じたローラン・ムラが主演男優賞を受賞した。
デンマークの戦争の歴史の暗い側面を描く
──映画化はどのようにして始まり、この題材についてどのようにして知ったのでしょうか?
『ヒトラーの忘れもの』は、第二次大戦直後の時期を取り上げている。デンマーク政府によって同国の海岸に連れて行かれ、そこに埋められた地雷を除去するよう強いられた11人の幼いドイツ人兵士たちの物語だ。
最初に、デンマークの戦争の歴史における暗い側面について描いた映画を作ろうと思い立ったんだ。戦争において自分たちがいかに正しかったのか、どれほど人々の助けになったのか、という話はよく聞くことだ。だが、どの国の歴史にも暗い側面があると私は信じてる。そういう経緯で、リサーチを始めたんだ。
映画『ヒトラーの忘れもの』マーチン・サントフリート監督(左)とラスムスン軍曹役のローラン・ムラ(右) ©yosuke ibe
──脚本を書く際に、何を描くことを目的としていましたか?
この脚本で描きたかったのは、「目には目を」という心理についての物語だ。それはうまく機能しないし、私たちは人間として、自分だったらこう接してほしい、と思うやり方で他人に接するべきなんだということをね。でも、これはバランスが微妙なんだ。第二次大戦においてのドイツは、通常は全世界を敵に回した悪の国家として見られている。でもこの映画に登場するドイツ人は、純朴な少年たちだ。それでもやはり、バランスは微妙だ。だって、その少年たちがデンマークの海岸に来る前にどんなことをしてきたのかは、私たちにはわからないからね。
映画『ヒトラーの忘れもの』 © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
この話について書かれた歴史書は1冊もない
──戦争というのは軽い題材ではありません。『ヒトラーの忘れもの』はドイツとデンマークの歴史において特に残酷な側面を浮き彫りにしています。リサーチはどれぐらいの規模で行ったのでしょう? また、専門家も作品に携わりましたか?
ドイツ人が、デンマークの海岸に埋められた地雷を除去することを強いられたと初めて知って、この話にますます興味が沸いたんだ。少年兵たちがそんなことを強いられるなんて、ひどい話だと思ってね。もちろん、ドイツ人が埋めたんだから、ドイツ人が除去すべきだろうというふうには感じていた。でも、だからってそれを少年兵にやらせるべきだったのか、ということには疑問を抱いたよ。
それでリサーチを始めたんだけど……この話について書かれた本はあまり多くは存在しなかったから、墓地とか病院とかを訪れたんだ。それと、歴史家ではなくて、デンマークの海岸の歴史に興味のある専門家に話を聞きに行った。ほとんどの人が、当時の物品や話、写真とかいったものの膨大なコレクションを持つ一般人だったんだ。
この話について書かれた歴史書は1冊もない。だから、きっとこの話は誰にとってもあまり触れたくないことなんだろうと感じた。でも、この映画をきっかけに議論が起こって、歴史書が書かれてくれたらうれしいよ。
映画『ヒトラーの忘れもの』 © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
若い俳優たちはすべての役に当てはめられてキャスティングした
──若い俳優たちをどのようにしてキャスティングしたのかをお教えいただけますか? どのようにして彼らを発掘したのでしょうか?
キャスティングに関しては、私はいつもミヒャエル・ハネケに触発されてきて、彼の配役の仕方が気に入っていたんだ。だから、「ミヒャエル・ハネケ作品のキャスティング・ディレクターは誰だ?」とスタッフに尋ねて、それがジモーネ・ベアーだとわかったんだ。それで、彼女のもとを訪れて、どんな人材を求めているのか、どんな子供を探しているのかを伝えた。そうしたら彼女は、少年たちをたくさん連れてきた。街中でスカウトした子たちをね。その中には演技の経験がない子もいたし、ある子もいたんだ。
映画『ヒトラーの忘れもの』少年兵ヴェルナー・レスナー役のオスカー・ベルトン © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
セバスチャンを演じたルイス・ホフマンと、ヘルムート役のジョエル・バズマンには演技経験があった。でも基本的に、起用した時点では彼らはみんな同じ役に……つまり、すべての役に当てはめられてキャスティングされたんだ。自分がどの役を得られるのか知っている者はいなかった。少年5人を1つの部屋の中で互いに組ませて演技をさせて、それぞれがどの役に適しているかを見極めようとした。こうやって少年たちが集まっていると、すぐに、彼らの中で序列が自然とできあがるんだよ。それが面白かったね。ああ、なるほど、彼がリーダーで、彼が負け犬で……っていうのが簡単にわかるんだよ。その序列を、実際に配役に生かしたんだ。
映画『ヒトラーの忘れもの』少年兵セバスチャンを演じたルイス・ホフマン(左)、ラスムスン軍曹役のローラン・ムラ(左) © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
映画『ヒトラーの忘れもの』少年兵ヘルムート・モアバッハ役のジョエル・バズマン(左) © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
撮影の中で、その序列が大戦当時に実際に少年兵たちの間にあったであろう序列と似たようなものへと発展していく様をカメラに収めることができたのも、とても興味深いことだった。物語の中で、少年兵たちの何人かは地雷に吹き飛ばされて、ドイツに送り返されるんだけれど、実際の少年たちも、友人がいなくなったことに喪失感を感じていたんだ。映画の中で地雷に吹き飛ばされた者はドイツに戻るから、まるで彼らが本当に死んでしまったかのように寂しがっていたんだよ。もちろん、それでも撮影は続けたけどね。
近しい者を失うということの本質をとらえた演技
──撮影現場で何か記憶に残るような瞬間や出来事はありましたか?
記憶に残っているような瞬間はたくさんあるよ。何かしらの困難があったせいで覚えていることもあるし、その他は……。いちばん鮮明に覚えているのは、双子の片方が小屋にいて、ラスムスン軍曹を演じるローラン・ムラと一緒に座って話していて、双子の片割れを探しに行きたいと伝えるシーンだ。私も含め、制作チーム全員が泣いていたのを覚えている。全員がだよ。胸が張り裂けるようなシーンだったんだ。双子の片方を演じたエーミール・ベルトンは自分の演じるキャラクターをあれほど深く理解しているとは思わなかった。これまで一切、演技経験が無いにも関わらずだ。彼は、近しい者を失うということがどういうことなのか、その本質を非常にうまくとらえていた。これは、ローラン演じるラスムスン軍曹にとって非常に重要なことなんだ。
そして、これは彼にとってのターニング・ポイントになった。「よし、今こそがラスムスン軍曹の変化を描くべき時だ」と思ったんだ。
映画『ヒトラーの忘れもの』双子の少年兵エルンスト・レスナーを演じたエーミール・ベルトン(左) © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
現代にも通じることを伝える作品に
──特殊効果の使用と、感情的側面を描き出すこと、どちらのほうが困難でしたか?
最も大変だったのは、たぶん天気と海岸だろう。砂浜を80人ものスタッフが歩き回るんだから、常に足跡が残ってしまう。撮影が始まってから、自分の考えが甘かったということを実感した。撮影前は、たった一か所で撮影するのだから、準備したり、演出の指示を出したり、実際に撮影したりということにたっぷり時間を使えると思っていたんだ。でも、実際には足跡を消したり埋めた地雷を取り出したりということにたくさん時間を取られてしまった。正直、予想外だった。
感情的側面で言えば、いちばん大変だったのはちょうどいいバランスを見つけることだった。この作品は、ドイツ人を英雄視するような映画ではない。これは赦しについて描いていて、自分だったらこう接してほしい、と思うやり方で他人に接するべきだと伝えているんだ。そして、ラスムスンがちゃんと正しい道のりを歩んだということもしっかりと描き出したかった。ラスムスンが自身の中にある憎しみの感情を自覚すると同時に、変わっていく自分を感じ取っていく様をね。
映画『ヒトラーの忘れもの』ラスムスン軍曹役のローラン・ムラ(右)、少年兵セバスチャン・シューマン役のルイス・ホフマン(左) © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
──デンマークの西海岸でのロケはいかがでしたか?
撮影前は、砂の下には本物の地雷があったから、恐ろしかった。踏んでも爆発はしないけれど、ハンマーで殴ったりしたらどうなるかわかったものじゃない。あそこにはまだ地雷が埋まってると私は思うよ。政府はすべて除去したと言っているけどね、まだ何個かはあるんじゃないかな。地雷を埋める場所を記した地図があったとは言うけれど、映画で描いている通り、地雷が多すぎて、本来埋めるべき場所でないところにまとめて埋めたんだ。でも、波や砂によって地雷は動いたりするから、あの海岸に地雷が残っているかいないかなんて、誰にもわからないんだよ。
映画『ヒトラーの忘れもの』 © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
──『ヒトラーの忘れもの』を観るべき理由とは?
『ヒトラーの忘れもの』を観るべき理由は、この作品は第二次大戦についてだけでなく、人間の振る舞いについても描いている映画だからだ。戦時下で、または戦後、人間がお互いに対してどのような態度を取るのかを描くと同時に、“怪物”を倒そうとして自分自身が“怪物”になってしまってはいけないと警鐘を鳴らしている。そして、人間は過ちから学ぶのだということと、たとえ自分の信念は正しいと思っていても、その信念とは異なる方向に進んでもいいということを伝えている。
これは、現代においても通じる重要なことだと思う。難民に対してどういう態度を取るべきか、国境を開放するのか、または一般的な憎しみや恐怖ということに関してね。本作においてラスムスン軍曹は、少年兵たちのことを知るにつれて、彼らが自分と同じ感情を抱えていて、同じものを必要としていることに気づく。食べ物だったり愛だったり、そういったものだ。ラスムスン軍曹と同じように、私たちも互いに十分な時間を一緒に過ごせば、相手のことがわかってくると思うんだ。今、私たちが生きているこの世界でもね。我々みんな、同じ物を必要としているんだ。
だから、この作品は昔の出来事を描いたありきたりの戦争映画ではなくて、現代にも通じることを伝える作品になってたらいいと思ってるよ。
(オフィシャル・インタビューより)
マーチン・サントフリート(Martin Zandvliet) プロフィール
1971年、デンマーク・フレゼリシア出身。演出・脚本を独学で学んだ後、編集マンとしてキャリアをスタートさせる。さまざまな監督によるドキュメンタリーの編集を手掛ける中、初監督を務めた『Angels of Brooklyn(原題)』(02)がロバート賞(デンマーク・アカデミー賞)最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞。09年、『Applause(原題)』で長編監督デビューを果たし、各方面から高評価を得る。本作は、ニコライ・リー・コスを主演に迎えた『Dirch(原題)』(11)に続く監督3作目となる。現在、ジャレッド・レト、浅野忠信出演の『The Outsider(原題)』を準備中。
映画『ヒトラーの忘れもの』 © 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
映画『ヒトラーの忘れもの』
12月17日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
1945年5月、ナチス・ドイツによる5年間の占領から解放されたデンマーク。ドイツ軍が海岸線に埋めた無数の地雷を除去するため、捕虜のドイツ兵たちが駆り出された。セバスチャン、双子のヴェルナーとエルンストらを含む11名は、地雷を扱った経験がほとんどない。彼らを監督するデンマーク軍のラスムスン軍曹は、全員があどけない少年であることに驚くが、初対面の彼らに容赦ない暴力と罵声を浴びせる。少年たちは祖国に帰る日を夢見て死と背中合わせの苛酷な任務に取り組むが、飢えや体調不良に苦しみ、地雷の暴発によってひとりまたひとりと命を落としていく。そんな様子を見て、ナチを激しく憎んでいたラスムスンも、彼らにその罪を償わせることに疑問を抱くようになる。とりわけ純粋な心を持つセバスチャンと打ち解け、二人の間には信頼関係や絆が芽生え始めていた。
脚本・監督:マーチン・サントフリート
出演:ローラン・ムラ、ミゲル・ボー・フルスゴー、ルイス・ホフマン、ジョエル・バズマン、エーミール・ベルトン、オスカー・ベルトンほか
プロデューサー:ミケール・クレスチャン・リークス/マルテ・グルーナート
撮影:カミラ・イェルム・クヌスン
編集:モリー・マリーネ・スティーンスゴー/ピア・サンホルト
音楽:スーネ・マーチン
美術:ギデ・マリング
衣装デザイン:シュテファニー・ビーカー
キャスティング:ジモーネ・ベアー
原題:LAND OF MINE
(東京国際映画祭2015上映時タイトル「地雷と少年兵」)
2015年/デンマーク・ドイツ/カラー/ドイツ語・デンマーク語・英語/101分/シネマスコープ/5.1ch
配給:キノフィルムズ/木下グループ