映画『ヒッチコック/トリュフォー』 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
フランソワ・トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコックへのインタビューを収録、日本でも山田宏一・蓮實重彦訳で1981年に刊行され「映画の教科書」として多くのクリエイター、映画ファンに愛されている書籍『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』について描くドキュメンタリー『ヒッチコック/トリュフォー』が12月10日(土)より公開。webDICEではケント・ジョーンズ監督のインタビューを掲載する。
『ヒッチコック/トリュフォー』 は、1週間をかけてほとんど1本の映画を手がけるのと同じ労力を使いトリュフォー監督が行ったヒッチコック監督へのインタビューがどのように実現したのか、その取材テープをもとに、この大著の魅力を紐解いている。そしてジョーンズ監督は、ヒッチコック監督の手法を丹念な取材で解き明かしていったトリュフォー監督の「映画愛」を描くとともに、マーティン・スコセッシやウェス・アンダーソン、黒沢清など現在活躍する10人の監督の取材を加えることで、観客の期待を裏切らないことを大切にし、「映画の力は大衆のエモーションを生むところ」と言ってはばからないヒッチコック監督の哲学を浮き彫りにしている。
「映画作りとは何か?」ということについて語れる人が必要だった
──『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』との出会いを教えて下さい。
12歳頃に購入し、モンタージュの箇所は何度も繰り返し読みました。昔バイク事故で入院していた時に、フランスのラジオ局が『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』のインタビューの一部を放送したのを聴いたのですが、そのこともよく憶えています。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』ケント・ジョーンズ監督 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
──この映画は、ビジュアル版『映画術』というよりも『映画術』を愛した、或いは『映画術』に影響された映画人に関するドキュメンタリーにもなっています。なぜそのようなアプローチの作品にしたのでしょうか?
そもそも、本のビジュアル化ということには興味がありませんでした。本の映像化で終わってしまうことは、映画としての行き場がありません。この映画では、『映画術』を愛する人や、ヒッチコックの作品に対して繋がりを感じさせる人にコメントを頂きましたが、「ヒッチコックは重要な映画作家です」とか「このショットが素晴らしい」といった感想が欲しかった訳ではありません。「ヒッチコックを愛している」ということだけでなく、「映画作りとは何か?」ということについて語れる人が必要でした。インタビューした10人の映画監督たちは、皆そのような方々です。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』より、デビッド・フィンチャー監督「父の本棚に映画作法を論じた本があった。映画作家を志していた私に、この本を読めと父が言った。夢中になって読んだ」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画『ヒッチコック/トリュフォー』より、黒沢清監督「アメリカ映画があったからヒッチコックはあそこまでなれ、ヒッチコックがいて、アメリカ映画もあそこまでになれた」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
──「映画術」に記述されている膨大な情報を処理するため、どのような基準で情報を取捨選択したのでしょうか?
トリュフォーの取材テープには、『映画術』よりも多くの情報が録音されていました。そもそも『映画術』は、そのテープから編集され、出版したものですから(笑)。私がいつも一緒に仕事をしている編集のレイチェル・ライヒマンは「テープの中で、熱を感じるところを取り上げてはどうか?」と提案してくれました。例えば、ヒッチコックが夢の話をするくだりがそうですね。逆に、ヒッチコックにとって初のカラー作品として作られた『ロープ』(48)については、編集の段階で本編からほとんどカットしてしまったという経緯があります。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』より、オリヴィエ・アサイヤス監督「『映画術』はトリュフォーの映画の一本なんだ」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画『ヒッチコック/トリュフォー』より、アルノー・デプレシャン監督「ヒッチコックは恐怖を極限まで描く。恐怖に魅せられたかのように、恐怖を美にまで高める」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画は脈々と続くムーブメント
──この映画の中には、ヒッチコック作品のフッテージが多数使われていますが、そのカットの長さにリズムを感じました。それは意図されたものですか?
小津安二郎がストップウォッチを使って演出した、というエピソードと同じということですね(笑)。まずひとつに、この映画を早いペースで見せたかったということがあります。そして、ボールが転がってゆくようなエネルギーが生まれる構成にしたいと思っていました。そうすることで、別々の作品から抜き出したはずのフッテージ同士に関係性が生まれ、そこからヒッチコック作品における共通点を見出せるという意図があります。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』リチャード・リンクレーター監督「ヒッチコックは時間と空間を思いのままに、映画で支配した巨匠だ」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画『ヒッチコック/トリュフォー』ポール・シュレイダー監督「『めまい』は貴重な作品でね。まるで禁じられた聖なる映画だった」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
──この映画でも<モンタージュ>が巧みに使われているのが興味深いです。例えば、ウェス・アンダーソンの発言にミニチュアの列車を走らせているカットを重ねることで、ミニチュアを多用するアンダーソンがヒッチコックの影響を受けているような印象を与えています。
この映画の中では、特定の映画のことを話している部分もあれば、より広い意味で映画というものを話している部分もあります。なので、ウェス・アンダーソンが話している部分に『第十七番』(32)のカットを使ったことで、そのような効果が生まれたのかも知れませんね。実は、デビッド・フィンチャーが『ソーシャル・ネットワーク』(2010)でやった<モンタージュ>を意識しながら、この映画で実践しているんです。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』ウェス・アンダーソン監督「『映画術』はなにしろ分厚い本だったからね。ペーパーバック版を持ち歩いて読み続けたよ」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画『ヒッチコック/トリュフォー』ピーター・ボクダノヴィッチ監督「ヒッチコックの正当な評価は、この本のおかげだ」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
──<アメリカン・ニューシネマ>の監督はトリュフォーたちの<ヌーヴェル・ヴァーグ>に影響され、そのトリュフォーはヒッチコックに影響されましたよね。ヒッチコックもまた助監督時代に<ドイツ表現主義>の影響を受けている訳ですが、そうやって点と点が繋がって線になり、映画史が形成されているということを、この映画で描こうとしたのでしょうか?
まさにその通りです。芸術というのは、全部繋がっています。ヒッチコックの影響を語り出すと、おそらく<映画の誕生>にまで話が及ぶと思います。映画は脈々と続くムーブメントなんですね。映画作家は、自身の作品の中にある刻印のようなものを語りたがる傾向にありますが、「実は何かに影響を受けているものなのではないか?」と私は考えているんです。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』より、マーティン・スコセッシ監督「『サイコ』は当時もいまも偉大な映画だ。映画の話術の傑作だと言える。いや、それ以上だ」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画『ヒッチコック/トリュフォー』より、ジェームズ・グレイ監督「『めまい』はヒッチコックのすべて、映画のすべての結晶」 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
──この映画は、ヒッチコックを知らなかった若い世代にこそ観てもらいたい作品だと思います。
私は「古い映画」という表現が、そぐわないものだと思っています。例えば、美術館に行くのに「古い絵を見に行く」なんて言い方はしませんよね。この映画は、古い時代の古い映画監督の話をしている訳ではなく、脈々と繋がる映画文化の話を描いています。若い人で「古い映画は観なくていいや」と言う人がいたら、そういう意識は捨てるべきです。この映画をきっかけに映画に対する見方を変えて、まずはヒッチコックの作品に触れて頂けると嬉しいです。
(オフィシャル・インタビューより)
ケント・ジョーンズ(Kent Jones) プロフィール
1960年、アメリカ、マサチューセッツ州生まれ。長年「フィルム・コメント」誌に寄稿する評論家であり、脚本家、監督のほか、現在、ニューヨーク映画祭のディレクター、及び世界映画基金の芸術監督を努めている。共同脚本に参加した作品に、ドキュメンタリー『マーティン・スコセッシ 私のイタリア映画旅行』(01)や、マチュー・アマルリックとベニチオ・デル・トロが主演した、アルノー・デプレシャン監督作『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』(13)。脚本、監督を務めた作品には、RKOスタジオで手予算ホラーを数多く手がけたプロデューサーを描いたドキュメンタリー「Val Lewton: The Man in the Shadows」(07)や、エミー賞にノミネートされたエリア・カザンをテーマにしたTVドキュメント「A Letter to Elia」(10)がある。
映画『ヒッチコック/トリュフォー』 ©COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
映画『ヒッチコック/トリュフォー』
12月10日(土)より 新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督・脚本:ケント・ジョーンズ
原題:HITCHCOCK/TRUFFAUT
日本語字幕:山田宏一
提供:ギャガ、ロングライド
配給:ロングライド
協力:アンスティチュ・フランセ日本/フランス大使館
2015年/アメリカ・フランス/英語、仏語、日本語/80分/ビスタ/カラー/5.1ch