骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2016-10-27 19:36


戦争の「記憶」を憶えているうちに作らなければならなかった映画―エゴヤン監督『手紙は憶えている』

これは第二次世界大戦という題材を現在進行形の問題として描くことのできる最後の映画になるだろう
戦争の「記憶」を憶えているうちに作らなければならなかった映画―エゴヤン監督『手紙は憶えている』
映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.

アルメニア系カナダ人のアトム・エゴヤン監督の新作『手紙は憶えている』が10月28日(金)より公開。webDICEではエゴヤン監督が今作のテーマや、ナチスを探す90歳の老人を演じた主演のクリストファー・プラマーについて語ったインタビューを掲載する。

『手紙は憶えている』は、認知症を持つ主人公ゼヴが、友人のマックスから託された手紙をもとに、かつてアウシュヴィッツで自らの家族を殺したナチスに復讐するために、身分を偽り暮らしている収容所のブロック長を追うという物語。クリストファー・ノーラン監督の『メメント』を彷彿とさせる、主人公が無くしていく記憶と闘いながら手紙だけを頼りにナチスの行方を追うサスペンスとしての要素のみならず、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』『ストレイト・ストーリー』といった老人が旅にでるハートウォーミングなロードムービー的テイストも持ち合わせている。さらにインタビューでも語られているように、父方の祖父母が第一次大戦下の1915年に起きたアルメニア人虐殺の生存者であるエゴヤン監督が、あらためてホロコーストと、それを風化させないための記録、そして記憶といったテーマに正面から取り組んでいる作品だ。

胸が苦しくなるほど複雑な問題を描いていく

──今回の脚本は、ご自身で手掛けていらっしゃいませんが、他の作品と比べてどのような違いがありますか。

長編映画を15本監督してきて、だいたい自分で脚本も書いてきたから余計に痛感するのだけれど、この作品は完膚なきまでにオリジナルなものでした。脚本のベンジャミン・オーガストは、我々がどういったことについて恐怖を覚えるのか知りつくしていて、それを前代未聞の形でストーリーに織り込んでいる。ある意味とてもシンプルな話の展開だから感情移入しやすいけれど、何重にもストーリーを折り重ねて、胸が苦しくなるほど複雑な問題を描いていくのです。

映画『手紙は憶えている』アトム・エゴヤン監督
映画『手紙は憶えている』アトム・エゴヤン監督

──戦後70年が経過した今、あえてこの作品を描いたのでしょうか。

今は、戦争を体験した人たちの最後の存命者がいます。しかし5年後、10年後にこの作品を作ろうとすると時代劇になってしまうと思いました。登場人物たちは人生の最後の章に入っていて、しかし自分たちの経験した歴史が、未だに現在形でいる人たちです。よく映画で年老いた人が歴史を語ったりすると、そのことに対して何かケリをつけていたり、心の安寧を見つけていたりする描き方が多いのですが、本作では主人公のゼヴはまだまだ憤怒を感じています。まだ戦争を体験してきた人たちと、未だに残り続けているこの問題に向き合って映画を作れるのは、今が最後の機会だと思ったのです。

映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.

──本作のテーマはどういったものなのでしょうか。

これは第二次世界大戦という題材を、現代の、現在進行形の問題として描くことのできる最後の映画になるでしょう。その時代特有のトラウマが世代を越えて、どのように屈折していくか、私はそこに一番興味があるのです。『アララトの聖母』(自身のルーツでもあるアルメニアの歴史の中のオスマン帝国によるアルメニア人虐殺をテーマにした2002年作)で描いた問題も、本作で掘り下げたテーマも、まさにそこなのです。歴史的な出来事が、加害者の子どもたちや被害者の子どもたちに、どういった影響を与え、思いがけない形で彼らの人生をねじ曲げてしまうのか。どんな結果をもたらすのかは誰にもわからないことで、予期せぬ変化を映画の中で追いかけていくことになります。

主人公が辿る旅の大きさ、スケール感をいかに見せるか

──本作では回想シーンが一切ありませんでした。これは現在進行形の物語ということを強調するためでしょうか。

脚本では、過去の回想シーンがあったのですが、そこを完全に現代の物語で綴りました。そこが脚本から唯一改変した部分です。実は音での回想はあるのですが、視覚的な回想は使っていません。そうすることで、ありきたりな映画的な手法になるのを避けました。

──原題の『REMEMBER』とはどのような意味を込めたタイトルなのでしょうか。

「時間」、「記憶」というものを掘り下げていきたいということと、まだ憶えているうちに解決しなければいけない、今やらなければいけないという緊急性を含んだ意味合いを込めました。

映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.

──サスペンス映画の要素がある一方で、ロードムービーの要素もありますね?

大陸を横断しているわけですから、クラシックなロードムービーの要素はもちろんあります。実はこの脚本を読んだときに凄いと感心したことの一つでもありました。ナチスハンターものだったり、記憶がテーマだったり、ヒッチコック作品の様な緊張感があったり、そして先程言ったちょっとゆるいロードムービーだったり、様々な異なる要素を組み合わせていることが魅力的に感じました。普通のロードムービーだと、美しい風景が思い浮かぶのですが、それを見せるような旅ではなくて、彼の旅の大きさ、スケール感をいかに見せるかということを考えました。

──クリストファー・プラマーとの仕事はいかがでしたか。

この脚本を読んでいるときに、途中から彼のイメージが浮かんできて、今の彼の人生の段階になんてぴったりな役なんだろうと思ったのです。彼が出演した舞台作品はすべて観劇しましたし、もちろんプラマーの自伝も読みました。じっくり2回読んだおかげで、プラマー本人が忘れてしまったような出来事を、彼に説明できるまでになってしまいましたよ。決定的だったのは、撮影の何ヵ月も前のある早朝、コネティカット州にあるプラマーの家を訪問したときのことです。私を出迎えてくれた彼は、シャワーを浴びたばかりでした。髪は濡れて後ろに流されていたんです。それを見た瞬間にプラマーに告げたのです「その髪型でいこう」、と。彼のそのスタイルは、これまでに見てきたプラマーの、どれとも違いました。今思えばあれが、ゼヴという役柄を作り上げていく行程の、最初の共同作業だったわけです。

映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より 主人公ゼヴ役のクリストファー・プラマー ©2014, Remember Productions Inc.

この映画のプラマーは、これまでに見せたことのない芝居を見せてくれています。ゼヴという役柄の置かれた環境は、非常に不自然なものなのです。そんななかで彼は、とても自然な演技をしている。そういった自然さと不自然さの緊張感が、プラマーの芝居を魅力的にみせているのです。プラマーは演技マシーンなのです。世界的にみてもプラマーほど感受性の豊かな俳優は稀ですが、プラマーのすごいところはそこに体力もあることです。

プラマーとは『アララトの聖母』の時にともに仕事をしていたのですが、監督をすることの喜びの一つに、役者を通して映画という文化、そして伝統への祝福ができるということがあると思います。まさに彼らと仕事をするということは光栄なことはもちろん、とてもインスピレーションを感じることとでもあります。そしてこの作品を作りたかった理由の一つがまさにプラマーだったのです。

──そのほか、マーティン・ランドー、ブルーノ・ガンツという名優たちとの仕事はいかがでしたか。

30年前にマーティンと仕事をしたことがあって、とても素晴らしかったのでまたいつか一緒に仕事をしたいと話をしていたのです。当時若かった私は、彼と仕事ができるなんてとても光栄なことだったのですが、30年後に再び仕事をすることができてとても嬉しく思っています。

映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より、ゼヴの友人マックス役のマーティン・ランドー ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より、ルディ・コランダー役のブルーノ・ガンツ ©2014, Remember Productions Inc.

すばらしい才能をもった俳優たちが完全に他人になりきる瞬間を最前列で目撃するだから、すごい体験でした。しかし、そんな彼らも俳優の前に人間だってことに気づく場面もあって、そんなときに彼らの底力のようなものを垣間見ました。彼らは熟練した俳優で、これまでに演じてきた役柄が全部その体につまっているような力があって、その力を撮影現場で発揮するわけです。楽器みたいに自分の鳴らし方もわかっているし、肉体のことも把握していて、何ができるか、どんな愉快なことができるか、それぞれが理解している。そんな彼らが真剣に芝居でぶつかり合うんです。信じられないくらい魅力的な時間でした。

トラウマというものがいかにその人物の中に長く残っていくのか

──アルメニア人虐殺の生き残りの子孫である監督が本作を描く意図はあるのでしょうか。

父方の祖父母が虐殺の生存者でした。ホロコーストを描くということは、誰もが知っている事件を描くことです。そしてそういった題材を使いながら、極めて私的なテーマを、みなさんに説明することなしに向き合うことができました。私のテーマである、トラウマというものがいかにその人物の中に長く残っていくのか、というものです。

『アララトの聖母』と作ったときは、歴史の説明をしつつ、ストーリーを進めなければいけなく、また、4世代に渡る物語だったので、本当に複雑な構造で作るという挑戦でした。それに対して、ホロコーストだと説明が不要で、一風変わった旅路に細かいディテールを説明することなしに観る人を誘うことができます。ただ、物語の後半に登場する、病室にいるゼヴが出会う少女の「ナチってなに?」というセリフのように、もしかしたら次の世代では誰もが知っている、集約的な記憶ではないのかもしれません。

映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.

──日本での公開にあたり、どのようなお気持ちですか。

日本には何度も訪れたことがあり、映画への愛情が溢れている国だと思います。今回の作品もダークなテーマではあるけれど、同時に映画的な快感や面白さ、娯楽性がとてもある映画になっています。

なんといってもこの年齢の素晴らしい役者たちが人生最高とも言えるくらいの演技をしているのを見てほしいです。彼らを演出している瞬間、これを世界にいつシェアできるのか、ワクワクしていました。映画を見終わった後、思わず議論したくなるような映画だと思うので、日本で公開されるのをとても楽しみにしています。

(オフィシャル・インタビューより)



アトム・エゴヤン(Atom Egoyan) プロフィール

1960年7月19日生まれ。エジプト・カイロ出身。大学卒業後、初の長編映画『Next of Kin』(84/日本未公開)がカナダのアカデミー賞に相当するジニー賞で監督賞にノミネート。続く『ファミリー・ビューイング』(87/日本未公開)がロカルノ映画祭エキュメニック審査員賞、トロント映画祭最優秀カナダ映画賞を受賞し、ジニー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされた。94年、『エキゾチカ』でカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞、ジニー賞でも作品賞・監督賞を含む8部門を受賞し、世界的に注目を集める。そして97年、『スウィート ヒアアフター』では、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリ、国際批評家連盟賞、エキュメニック賞をトリプル受賞。アカデミー賞®では監督賞・脚色賞の2部門にノミネートされ、全世界で高い評価を受けた。その他の監督作に『アララトの聖母』(02)、『秘密のかけら』(05)、『クロエ』(09)、『デビルズ・ノット』(14)、『白い沈黙』(15)など。国際映画祭での審査員経験も数多く、ベルリン国際映画祭で審査員長を務めた他、カンヌ、ヴェネチア、サンダンス、トロント、トライベッカ等で審査員を務めている。また、ワーグナーの「ワルキューレ」をはじめ、オペラや舞台劇の演出も数多く手がけた経歴も持つ。




映画『手紙は憶えている』
10月28日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.
映画『手紙は憶えている』より ©2014, Remember Productions Inc.

最愛の妻ルースが死んだ。だが、90歳のゼヴはそれすら覚えていられない程もの忘れがひどくなった。ある日彼は友人のマックスから1通の手紙を託される。「覚えているか?ルース亡き後、誓ったことを。君が忘れても大丈夫なように、全てを手紙に書いた。その約束を果たしてほしい―」。2人はアウシュヴィッツ収容所の生存者で、大切な家族をナチスの兵士に殺された、とそこには書かれていた。そしてその兵士は身分を偽り、今も生きているという。犯人の名は“ルディ・コランダー”。容疑者は4名まで絞り込まれていた。体が不自由なマックスに代わり、ゼヴはたった 1人での復讐を決意し、託された手紙とかすかな記憶だけを頼りに旅立つ。だが、彼を待ち受けていたのは人生を覆すほどの衝撃の真実だった―。

監督:アトム・エゴヤン
脚本:ベンジャミン・オーガスト
出演:クリストファー・プラマー、ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・プロホノフ、ハインツ・リーフェン、ヘンリー・ツェニー、ディーン・ノリス、マーティン・ランドー
原題:REMEMBER
2015年/カナダ=ドイツ/95分/ヴィスタサイズ/5.1ch/サラウンド
字幕翻訳:遠藤壽美子
配給:アスミック・エース

公式サイト


▼映画『手紙は憶えている』予告編

レビュー(0)


コメント(0)