編集者の菅付雅信氏による『写真の新しい自由』が刊行された。本書は「コマーシャル・フォト」連載「流行写真通信」約5年分と、菅付氏がゲスト・エディターとして手がけた写真家特集「Photographers Now」のインタビュー記事をまとめ直したものだ。 本書は写真の評論集ではなく、月刊誌の連載ということもあり、写真を取り巻く事象のアクチュアルなレポートで、パーソナルなスマホからマスメディアまでイメージが溢れかえる現在に、写真という表現がどう有効かを問い直すものである。
今回はその書籍のなかから「写真とファッションの最新型の矛盾」そして「ストックフォトが示すふたつの未来」の項を掲載する。
写真とファッションの最新型の矛盾
The Interfusion of Fashion and Art Photography
イッセイ ミヤケ メンが2015年秋冬コレクションより、才能あふれる若手写真家との連続コラボレーション企画を開始した。第一弾はベルリンを拠点に活動する藤原聡志さん。以前この連載(2015年3月号)でも紹介した「ジャパンフォトアワード2014」でステラ・スッチ賞を受賞したアーティストだ。今回のコラボでは受賞シリーズ「Code Unknown」のうち3作品がTシャツやバッグなどへ展開される。
この「Code Unknown」は「肖像権」をテーマに、ベルリンの街中の人々をあえて無許可で撮影している。個人が特定されないよう画像処理を加え、トリミングしてはいるものの、“顔”という身体の一部分だけに焦点を当てることで、逆に被写体の個性が浮き彫りになっている。
写真とファッションのコラボレーションには数多くの前例があるが、今回のように「ファッション」要素の無い作品とファッションが融合することは珍しい。なぜこのようなコラボレーションが実現したのか。藤原さんとイッセイ ミヤケ メンのデザイナーの高橋悠介さんに話を聞いた。
藤原さんのこれらの作品では、人の無自覚でリアルな表情をとらえるため、被写体に気づかれないよう撮影された。このような手法による表現へたどり着くまでにさまざまな模索があったと彼は語る。「僕は元々デザイン事務所に所属し、デザインの技術を現代美術の文脈に変換して戦っていこうと考えていたんです。絵画やインスタレーション、コラージュにも取り組んでいたのですが、美術を勉強していくうちに手段が写真に絞られていきました」。
このシリーズは、ジャパンフォトアワードで初めて発表された。受賞直後にイッセイからコラボレーションの話が飛び込んで来るが、彼は当初あまり積極的ではなかった。「広告デザインの制作に携わっていたので、裏側で若手作家がどういう扱われ方をしているのかを嫌というほど見てきたんです。ただ、イッセイ ミヤケ メンは僕のような駆け出しの若手に対しても敬意を払ってくれた。世界中にファンがいて、アーティストからもリスペクトされるブランドだったので、今回のお話を引き受けました。それに、このシリーズのモデルの多くは、低所得者や生活保護受給者。彼らの写真がハイブランドの商品にプリントされ、その文脈を知らない人びとが着ることになる。そのような形で再び彼らが街へ戻っていくことが、痛快だと思ったんです」。
しかし肖像権などの複雑な問題を抱える作品をデザインに取り込むことは、ハイリスクな試みでもある。高橋さんはなぜ彼の作品とコラボしようと思ったのか。「ジャパンフォトアワードは、媒体や展示方法などの文脈を全部無視し、ウェブ上だけで審査を行いますよね。その制度に共感したからこそ、ファッションと芸術家のコラボには写真が重要だと思ったのです。この賞に応募する人は表現に制限をかけないだろうとも考え、注目していました。それに加え、藤原さんとのコラボによって“アートはこうじゃないといけない”という思い込みを破壊するエネルギーが生まれるとも感じた。だからこそ、彼の写真が世の中に出ていく面白さを表現したくなったのです」。
またプロジェクトを通し、彼はデザイナーとしての自身の成長段階を意識したという。「今まではどうやってイッセイ ミヤケ メンらしさを継承していくかがポイントでした。しかし次のステップは、自分をどうやって前任者と差別化しながらイッセイ ミヤケ メンをどう表現していくか、ということになる。最近はアートが大衆化し、ファッションが文化的になっていく傾向が強まっています。ファッションとアートは結びつきやすいが、ブランドが神聖化されるほど、コラボする相手のネームバリューが必要になっていく。すでにハイブランド化されているイッセイ ミヤケ メンだからこそ、若手写真家とコラボするのが面白いと思ったのです。イッセイ ミヤケ メンのデザイナーである以上、現代性とファッションのつながりを常に模索し、常に文化へ昇華されるような服を作りたいです」。
イッセイ ミヤケ メン「Code Unknown」シリーズ「リンクルシャツ」。 ©2015 ISSEY MIYAKE INC.
今回のコラボは藤原さん自身にも写真の概念を捉え直す機会になったという。「最初は現代美術に興味が凝り固まっていましたが、作品が服になることで一度その文脈から離れ、視界が広がりました。一方で、写真は思った以上に恐ろしい表現手段だということにも気づきましたね。プリントされるメディアによって意味が変化していくのを感じました」。
「ファッション写真には興味がない」という藤原さんだが、今回のコラボにより、世界中の都市でこの写真が広がることになる。高橋さんいわく「この写真がひとり歩きする面白さと怖さがありますね」。
芸術であり商業、作品であり商品、一瞬のものでありながら、普遍的な美を目指す。写真とファッションは実は同じような矛盾を抱えている。このコラボは、その最新型の美しい矛盾だ。
(2015年7月号掲載)
ストックフォトが示すふたつの未来
The Thriving Stock Photography Business and Its Future
2015年9月に取材でNYのフォト・エージェンシーを訪れた際、随所で話題に上っていたのはストックフォトのビジネスが急速に拡大しているということだった。例えばNYのトランク・アーカイブは、現在マート&マーカス、アニー・リーボヴィッツ、エレン・ヴォン・アンワース、イネス&ヴィノードなどの大御所写真家のライセンスを管理している。代表のマシュー・マニーペニー氏は『AnOther』2011年秋冬号のインタビューで「当社のアーカイブに所蔵するほとんどの作品が、全世界で使用されている。ハイブランドなファッション雑誌を開けば、必ずトランクの写真を目にするはずだ。有名な写真家だけではなく、斬新で魅力的なイメージメーカーを常に探し、ストックを増やしてくことが大事」と語る。
トランクはNYに拠点を置きつつ、現在はLAやパリ、香港、上海や北京などにもオフィスを構え、日本ではアマナイメージズと提携している。トランクの副代表のレスリー・シュミッツ氏に話を伺うと、「アジアのカルチャー・シーンはとても活気に満ちていて、ハイクオリティなものへの要求も高まってきている。長期的な発展としてやはり可能性を感じる」と言う。急拡大するストックフォトの浸透で、日本の写真業界にはどのような変化が生まれるのだろうか。
アマナイメージズのホームページより
「日本のストックフォト市場はまだまだ未発達。市場規模から考えると五倍以上の大きさがあっていい」と語るのは、ゲッティイメージズジャパン代表取締役の島本久美子さん。日本ではストックフォトを特殊なシステムと捉える先入観がビジネスの拡大を妨げていると、島本さんはいう。「特定のイメージが欲しいとき、まずはストックフォトで画像を探すことから始めるのが、世界の主流です。それに対し、日本ではすぐに撮影から入ります。日本の広告がタレント中心だから、ということもあるでしょうが、それ以上にストックフォトに対し“写真のレベルが低い”という先入観が蔓延しているからだと思います。実際にストックフォトで活躍しているプロは、特定の分野に特化しているため、普通のカメラマンよりも高い専門性を持っています。それに、ストックフォトの方が作品を自発的に制作できるメリットもある。一方でクライアントもハイクオリティな作品を低価格で購入できる。実は作家とクライアント、両者にとって好都合なビジネスなのです」。
また、ストックフォトのビジネスが国内に普及しない一因として、ウェブ上で作家の著作権を守るためのシステムが普及していないことも挙げられる。そのためアマナイメージズではマーケットの健全化のため、無断使用の追跡など、写真家の著作権を守る対策に力を入れている。アマナイメージズ代表取締役の石亀幸大氏(取材時。現アマナ取締役)は、「今後はプロの写真家による高品質・高付加価値の写真と、投稿型サイトを中心とする低価格な写真とに二極化が進むだろう」と語る。「これまではウェブのビジュアルに対してあまり予算をかけない傾向がありましたが、昨今、表示デバイスの高性能化やウェブによるマーケティングの重要性の高まりにより、ハイクオリティな写真へのニーズも高まっています。そういった写真を無断使用されずにウェブでもっと利用されるようにするためにも、弊社のようなエージェンシーは、しっかりと写真家の権利を守る必要があります。そして写真家の方は、このような活動をきちんと行っているエージェンシーを選択されることが重要になるのではないかと考えます」。
ゲッティイメージズより、ゲッティでは非商用利用に限り上のように埋め込んでウェブサイトやブログに使用が可能となっている。
では、ストックフォトが急拡大する中で、写真家は何を意識しながら活動していけばいいのだろうか。シュミッツ氏は「雑誌の予算が縮小し、かつ誰でも写真を撮れる時代だからこそ、クリエイティヴ性の高い一流の写真に注目が集まるようになる。そしてこれからは個性をもった写真の需要が増え、クライアントも積極的に購入するようになるはずです。そういった写真を継続的にストックし続けることが、イメージライセンス事業の成長を握る鍵になります」。
またゲッティ島本さんは、ストックフォトで求められる写真家の能力についてこう語る。「ストックフォトの分野で活躍するプロは、ウェブ上で自分自身のコンセプトやキーワードを分析したうえで作品を制作します。どういうキーワードから自分の写真が検索され、売れているのかを分析することが重要です。また、日々広告として使われている写真の性質をチェックし、トレンドを見定めることも大切。今、写真家には技術だけではなく、そういったマーケティング能力も必要になってくるはずです」。
最後に僕がNYのエージェントたちから聞いた、ある大きな懸念を島本さんにぶつけてみた。未来はスーパースター写真家とそうでないストックフォトにいる写真家に二極化されるという懸念だ。彼女の答えは明解だった。「そうなると思います。多くの写真は、ストックフォトで済むようになるのではないでしょうか。クライアントや利用者も、写真家のスター性が欲しいか、そうでないか、使い分ける時代になるはずです」。
(2015年12月号掲載)
『写真の新しい自由』
著:菅付雅信
発売中
定価:2,160円(税込)
288ページ
発行:玄光社
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