トロント国際映画祭の会場TIFF Bell Lightbox 外観
カナダのトロントで行われる北米最大の映画祭、トロント国際映画祭が今年も9月8日から18日まで開催された。webDICEでは移動式の映画館プロジェクト『moonbow cinema』を主催する維倉みづきさんによるレポートを掲載する。映画祭の成り立ちや今年の映画祭の会場の雰囲気、そして維倉さんが実際に鑑賞した7作品(※)についてレポートしてもらった。
※鑑賞作品(鑑賞順):『La La Land』『Planetarium』『Moonlight』『Nocturnal Animals』『City of Tiny Lights』『Voyage of Time: Life's Journey』『The Cinema Travellers』
話題作をいち早く観たい!の気持ちでトロントへ
私、維倉は、会社勤めの仕事の傍ら、移動式の上映プロジェクト『moonbow cinema』を主催しています。9月の3連休に有給休暇を付け足して、トロント(カナダ)で開催されたToronto International Film Festival(以下、トロント国際映画祭)最後の3日間に観客として参加しました。トロント国際映画祭での上映作品は、直前に開催されるベネチア国際映画祭(イタリア)、テルライド映画祭(米国)と重複することが多く、作品関係者も水の都・ベネチアからロッキー山脈中腹・標高2,700mのテルライド、そして五大湖の一つ、オンタリオ湖のほとりのトロントへ大移動するということを聞き、自分もトロント国際映画祭であればスケジュール的に行けなくもないことに気付くと、「早く話題作に会いたい……!」と心が躍り始めたため、まずは行ってみることにしたのです。現地で過ごした3日間を、鑑賞作品のレビューと共にお伝えします。
高層ビルが美しい都市、トロント
トロントを訪れたのは今回が初めてだったのですが、空港から市内への直通列車「UP Express」からの景色で驚いたのは、その高層ビルの多さ。調べてみると、トロントと東京23区の面積はほぼ同じで、且つ40階以上の高層ビルの数も約500棟とほぼ同数でした(Emporis調べ)。海外の映画祭と言えば、真冬の雪山で開催されるサンダンス映画祭(※)しか参加したことがなかったため、「都会の映画祭」の快適さは目から鱗が落ちるほどの大発見でした。トロント国際映画祭では、どの会場にも地下鉄1本で早朝から深夜まで安全に行くことができ、Yelp(「食べログ」に似たサービス)を使って映画の合間の食事も楽しく、何より9月の気候も薄手の長袖1枚で心地よく、非常に快適に過ごすことができました。
※2016年サンダンス映画祭現地レポート:『Amazon12億円、Netflix6億円の買付が話題となった2016年サンダンス映画祭』
オンタリオ湖からみたトロント
トロント国際映画祭の成り立ち
今年のトロント国際映画祭は9月8日(木)~18日(日)に開催され、上映作品数は348本(うち52本はドキュメンタリー作品)。41年目を迎え、巨大化しているようです。映画祭の運営を担う「Toronto International Film Festival」は、年間予算は約40億円を超え、150名以上の正社員を雇用する一大組織。CEOを1994年から務めるピアース・ハンドリング氏はカンヌ映画祭や東京国際映画祭でも審査員を務めたことがある方で、2003年にはカナダPR協会からCEOオブ・ザ・イヤーにも選ばれた優秀な経営者でもあるそうです。
トロント国際映画祭は年に1度のイベントですが、常設の映画館「TIFF Bell Lightbox Cinema」が映画祭運営組織によって2010年に建てられました。5階建ての施設には5つのスクリーン、2つの展示スペース、そして収蔵作品や図書館、教室などが備わっています。ギフトショップ、2つのレストラン、ラウンジ、カフェも併設されており、無料WiFiも全館完備されており、映画好きにとっては丸一日過ごしても飽きない場所。トロント国際映画祭中は、作品の上映はもちろんのこと、授賞式の会場ともなっていました。
TIFF Lightbox Cinema
トロント国際映画祭のレッド・カーペットは、TIFF Bell Lightboxから1ブロックほど離れた高層ビルの合間に設置され、通りすがりの人でも眺められる設計になっていました。朝から晩までレッド・カーペットに張り付いている観客も多いようで、映画を見ずに連日登場するセレブリティを見ているだけで楽しめてしまうのではないかと思いました。尚、トロントはニューヨーク(米国)から飛行機でたったの1時間半。忙しいセレブリティや業界関係者にもアクセス抜群です。
レッド・カーペット
『La La Land』
『La La Land』
以下、トロント国際映画祭で鑑賞した7作品を鑑賞順にご紹介致します。トロントに到着したその日の夜にまず鑑賞したのが、エマ・ストーンがベネチア映画祭で主演女優賞を受賞したアカデミー賞まっしぐら!?の話題作『La La Land』。トロント国際映画祭では最高賞である観客賞を受賞しました。監督・脚本は『セッション』のダミアン・チャゼル。ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン出演の、ハリウッドを舞台にしたラブ・ストーリー・ミュージカルです。オープニング・シーンは、アクロバットも混ざった圧巻の「ショー」で、上映途中にもかかわらず会場から拍手が沸くほどの大迫力でした。
監督の前作である『セッション』とは正反対に、本作は笑いがふんだんに盛り込まれた現代のお伽噺。ロサンゼルスの著名な場所を舞台に、エマ・ストーンとライアン・ゴズリングが歌って踊り、喜怒哀楽を伸び伸びと見せてくれます。尚、本作には『セッション』で鬼教師を演じアカデミー賞助演男優賞を受賞したJ・K・シモンズもチラリと登場、お茶目な役回りを演じています(J・K・シモンズがスクリーンに登場した瞬間、怒号が飛んでくるのではと反射的に構えてしまったのですが、それが大きなギャップとなり、笑いを生んでいます)。
『セッション』との共通点は、「本物の」ジャズへの熱い思い。そして自分の意志を貫きながら周囲の人々との関係を維持することのままならなさ。まだ長編2作目のダミアン・チャゼル、目が離せません。本作は日本での配給も決定しているとのこと。映画館の大スクリーンで、エンターテイメント性あふれる本作の魅力を再び堪能できる日が楽しみです。米国での劇場公開は2016年12月9日。日本ではギャガの配給により、2017年2月公開予定となっています。
『Planetarium』
『Planetarium』
2日目の朝一番に鑑賞したのが、レベッカ・ズロトヴスキ(『グランド・セントラル』(2013年))監督のフランス/ベルギー共同製作作品『Planetarium』。1930年代のパリを舞台に、死者と対話できる無邪気な妹(リリー・ローズ・デップ)と、その能力を使って生計をたてるしっかり者の姉(ナタリー・ポートマン)、そして妹の死者との対話の様子を映像に収めようと執着する映画プロデューサー(エマニュエル・サランジェ)の三角関係とも言える人間模様を描きます。衣装や空間演出がセンス良く、美しい映像を堪能することができました。
上映会場は、壁を覆うツタが美しい大学の講堂「Isabel Bader Theatre」。周囲には美術館や高級ブランド店が軒を連ねており、清潔感あふれるエリアで、上映後は映画の世界観に浸ったまま、街を歩くことができました。フランスでの劇場公開は2016年11月26日。
Isabel Bader Theater
『Moonlight』
『Moonlight』
2日目の午後に鑑賞したのが、テルライド映画祭で世界初公開され大絶賛された『Moonlight』。上映会場には既に本作を鑑賞したリピーターも目立つほどでした。本作の舞台はフロリダのドラッグが蔓延する貧困コミュニティ。母子家庭で育った、黒人であり同性愛者である男性の、少年期、思春期、青年期を辿る物語。背景に現代アメリカ社会を構成する人種/貧困/母子家庭/いじめ/ドラッグ/LGBT/フロリダのキューバ・コミュニティなどの複数の要素が複雑に絡み合いながらも、人間の誰もが成長過程で通過する痛みを描いています。
この作品のチケットを買う時、米国メディアに発表されたレビューを読みながら、正直、どこまでこの作品が語り掛けている社会的な「声」に自分が気付けるか、迷いがありました。しかしながら、BGMの殆どない、静かで力強い、ドキュメンタリー調の本作からは、社会的な背景を超えて、社会に晒されるにつれて少年が体験する痛みと、少ないながらも確実に心に残る他の人との赦しや愛を感じることができ、心が落ち着くものがあり、鑑賞できたことを幸運に感じた1本でした。
監督・脚本を務めたのは、2008年に『Medicine for Melancholy』で長編デビューし、本作が長編2作目となるバリー・ジェンキンス。監督は日本でまだ無名ですが、製作にあたっては著名な企業・人物が名を連ねています。『エクス・マキナ』の大成功を米国で仕掛けた配給会社「A24」が、本作で初めて映画製作事業に進出した他、ブラッド・ピットが代表の「PLAN B」も製作会社として参加。出演者の中には、主人公の母親役として007マニーペニー役のナオミ・ハリス。また、主人公と少年期に出会い、長年に亘って心の拠り所となる女性を、ソウル/R&Bシンガーのジャネール・モネイが演じています。今年はミシェル・オバマの教育プロジェクト「Let Girls Learn」のためにミッシー・エリオットらと『This Is For My Girls』を発表するなど精力的に活動している人物です。
本作は2016年10月21日(金)にニューヨークとロサンゼルスの4劇場で先行公開され、1館あたり収入が10万ドル(約1,000万円)を超え、先行公開の興行記録として稀にみる数値を記録し、アカデミー賞も視野に入れたインディペンデント映画として異例のヒットとなるのではとの推測も見られます。11月末までには全米で公開されるとのこと。日本での公開はあるでしょうか。
『Nocturnal Animals』
『Nocturnal Animals』
2日目の夜に鑑賞したのが、今回のトロント国際映画祭で一番楽しみにしていた『Nocturnal Animals』。ファッションの帝王、トム・フォードが、『シングル・マン』(2009年)に続き監督・脚本を手掛けた作品です。チケットを購入した時、上映場所が、偶然、100年以上前に建設され、カナダ国定史跡にも指定されている劇場「Elgin Winter Theater」であることを知り、鋭い美意識を持つ監督の作品を、歴史あふれる美しい会場で見ることを、非常に楽しみにしていたのです。この上映会に備えて、お気に入りのワンピースと靴を持参したほどでした。
会場はドーム型の天井にシャンデリアが吊り下げられ、赤いビロードの緞帳や絨毯が薄暗い光を柔らかく反射し、左右には個室のバルコニーが並び、足を踏み入れた途端に日常を忘れる空間でした。
Elgin Theater
本作は、人間の残酷さを容赦なく描いてゆく鋭利なサスペンス。オープニングから、視覚的なインパクトが大きく、不快感さえ抱かせ、不穏なムードが漂います。トム・フォードの厳格な美意識が、物語の緊張感や痛みを高め、鑑賞中、気付くと呼吸が浅くなっていました。上映終了後、それまで余りにも集中していたせいで暫く席を立つことが出来ませんでしたが、美しく温かい会場に少しずつ「解凍」してもらった気がしました。
本作はベネチア映画祭で審査員大賞を受賞しましたが、「映画」としての質が非常に高く、ハリウッド・レポーター誌では「デヴィッド・リンチ×アルフレッド・ヒッチコック×ダグラス・サークが凝縮された作品」と評しています。出演陣も豪華で、エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン他。特にアーロン・テイラー=ジョンソンの徹底した恐ろしさは暫く後を引きました。エイミー・アダムスは今秋の映画祭で『Arrival(邦題:メッセージ)』も絶賛されており、時の人となっています。
本作の主な舞台はロサンゼルスとテキサス。特にテキサスはトム・フォードの出身地でもあります。本作は1993年の小説に基づいているものの、登場人物のテキサスにいる家族に対する発言には批判めいた内容もあり、トム・フォードの真意について考えさせられるものがありました。米国での劇場公開は2016年11月18日。
尚、2日目の夜は『Moonlight』と『Nocturnal Animals』に圧倒された興奮に、時差ボケが重なり、なかなか眠ることができなかったのですが、代わりに美しい日の出を見ることができました。
トロント国際映画祭 最終日の夜明け
『City of Tiny Lights』
『City of Tiny Lights』
3日目、トロント国際映画祭最終日の朝に鑑賞したのが、『ジャッジ・ドレッド』(2012年)のピート・トラビス監督作品『City of Tiny Lights』。ロンドンで私立探偵を営む男性が娼婦殺人事件を追ううちに大規模な陰謀に巻き込まれてゆく様子を描いた作品です。人種のるつぼ・ロンドンの様子が伝わってきますが、ストーリーが浅いにも関わらず演出過剰な印象でした。前日に鑑賞した『Moonlight』や『Nocturnal Animals』が素晴らしかったため、見る目が厳しくなっていたかもしれません。
『Voyage of Time: Life's Journey』
『Voyage of Time: Life's Journey』
3日目の午後に鑑賞したのが、テレンス・マリック監督初のドキュメンタリー作品『Voyage of Time: Life's Journey』。題名の通り、地球の誕生から生命の進化を辿った作品です。ナレーションはケイト・ブランシェット。映画の冒頭、真っ暗で、他の物音が一切しない中、ケイト・ブランシェットの哀しい声が響く下りがあったのですが、会場全体が重く静まり返り、宇宙に一人で放り出されたような、未体験の印象を残しました。ただ、続くシーンの構成がテレビや博物館で見たことがあるようなものであったため、上映中、徐々に会場から寝息が聞こえてきました……。
『The Cinema Travellers』
『The Cinema Travellers』
3日目の夕方に鑑賞したのが、フィルムからデジタル上映の移行時期にインドで移動映画館を営む人々を追った、映画への愛が溢れるドキュメンタリー『The Cinema Travellers』。カンヌ映画祭で世界初上映され、ドキュメンタリー作品に与えられる「L'Oeil d'or(黄金の眼)」賞を受賞しました。監督はシーレイ・アブラハムとアミット・マドエシア。二人とも、長編ドキュメンタリー作品を手掛けるのは初めてながら、アブラハム監督はアル・ジャジーラやガーディアン向けにドキュメンタリー映像を製作していた経験があり、マドエシア監督は世界写真賞等の受賞歴がある写真家。映画館が設営される移動遊園地や伝統的なお祭りの様子など、映像の美しさと会場の混沌とした様子は圧倒的でした。日本で公開されるとしても、きっと小ぶりな映画館になると思うのですが、映画祭という場で200名以上は入るであろうシネコンの大スクリーンで迫力ある映像を堪能できたことは、映画祭ならではの体験でした。
本作の後、もう1本、近未来SFの少し暗い内容の作品を鑑賞予定だったのですが、本作が映画への愛が溢れていて、とても心地よい余韻を残してくれ、しかも会場を出た瞬間、美しい夕陽が待っていてくれたため、これは素敵なエンディングだと直感し、『The Cinema Travellers』をもって私の2016年トロント国際映画祭を終了することにしました。
The Cinema Travellers後の夕陽
さいごに
非常に快適に過ごすことができるトロント国際映画祭は、海外の映画祭初心者の方にも強くおすすめの映画祭です。また、トロント国際映画祭の後にはニューヨーク、釜山、そして東京と、世界中で秋の映画祭シーズンが続きます。自分が鑑賞した作品がニュースに登場すると、秋の映画祭シーズンの流れに巻き込まれた心地よさを感じることができます。来年、あなたも足を運んでみてはいかがでしょうか?
文:維倉みづき(moonbow cinema)
【筆者紹介】
維倉みづき
神奈川県出身。日本の大学在学中にフランスへ1年間留学。その後、アメリカの大学院を卒業。現在は都内で会社員として勤める傍ら、移動式の上映プロジェクト『moonbow cinema』を主催。
『moonbow cinema』について
『moonbow cinema』は、映画のストーリーにあわせて上映空間をかえてゆく、移動式の映画館。日本未公開映画のご紹介も行っています。映画好きのみなさんに「映画を見に行く」機会と「映画に出会う」機会をご提供し、多くの会話が生まれ続くことを目指しています。