骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-10-28 12:40


私はこの映画を撮影して前とは違う人間になったと語る『彷徨える河』ゲーラ監督

アマゾンを先住民の視点で探検家との出会いを描いた物語
私はこの映画を撮影して前とは違う人間になったと語る『彷徨える河』ゲーラ監督
映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones

コロンビア出身のシーロ・ゲーラ監督の作品で、第88回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた『彷徨える河』が10月29日(土)より公開。webDICEではシーロ・ゲーラ監督のインタビューを掲載する。『彷徨える河』は、アマゾンの先住民族出身のシャーマンの男・カラマカテが辿る運命が描かれる物語だ。

20世紀初頭に、若き頃に彼に助けを求めてやってきたドイツ人の民族学者テオ、そして数十年後に老人となったカラマカテのもとに訪れるアメリカ人植物学者のエヴァン。カラマカテとふたりの学者との交流、そしてアマゾンを巡る旅が深淵なモノクロームの映像で描かれている。この登場人物は、ドイツ人の民俗学者テオドール・コッホ=グリュンベルクと、アメリカ人の植物学者リチャード・エヴァンズ・シュルテスという実在するふたりの白人探検家の手記を参考にしており、ふたつの時代のカラマカテ役をニルビオ・トーレスというアントニオ・ボリバル・サルバドールというふたりの先住民が演じているのみならず、撮影を行ったコロンビアのバウペスに暮らす先住民の協力を得てこの企画が実現したという。

ゲーラ監督はこの作品で、これまで多くの映画が題材にしてきた「先住民と白人社会の邂逅」を先住民の視点から描く、というテーマを、妖術をあやつるカラマカテの視点をそのままビジュアル化したかのような神秘的で強烈な映像の力で提示している。今回のインタビューでゲーラ監督は、アマゾンでの撮影について、そして先住民を主人公に先住民の視点で物語を描くことへの奮闘を語っている。

連続する複数の世界が同時に存在するという先住民の概念を映像化

──このプロジェクトのきっかけは何ですか?

国土の半分を覆っているアマゾンには、コロンビアで生まれ育った私のような人間でさえも知らない、秘境といえる場所がいまだ残っている。そんなコロンビアのアマゾンについて知りたいという個人的な興味がきっかけだ。私は皆がその世界を理解することから背を向けているように感じるんだ。

映画『彷徨える河』シーロ・ゲーラ監督
映画『彷徨える河』シーロ・ゲーラ監督

調べはじめてから気づいたことは、その世界を知る術が、欧米の探検家たちの視点からの情報しかなかったということだ。私たちの国についての情報を私たちに与えてきたのは、彼らだったんだ。そこで、主人公を白人ではなく先住民にし、先住民と探検家の出会いの物語を描きたいと思った。視点の変化によって、過去に幾度も語られてきたこの遭遇劇は、新しいものとして生まれ変わったんだ。私たちは、この物語を先住民たちの経験として偽りのないものにすると同時に、世界中の人々が共感してくれるものにしたいと思った。

映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones
映画『彷徨える河』より、若き日のカラマカテを演じたニルビオ・トーレス ©Ciudad Lunar Producciones

──この物語は、出会ったことがないふたりの探検家の手記を元に、ふたつの時間軸によって語られていますが、このような語り口に辿り着いた過程と、実際の脚本を作る過程について話してください。

先住民は私たちとは異なる時間概念を持っているという考え方がある。彼らの時間の概念は、西洋のように直線的に流れるものではなく、連続する複数の世界が同時に存在するというものだ。それは「時間のない時間」、「空間のない空間」と呼ばれている概念だ。この概念が、探検家たちの物語と繋がると思ったんだ。昔の探検家の足跡を辿ってアマゾンにやってきた探検家が、昔の探検家が遭遇したのと同じ先住民に遭遇し、昔の探検家の存在が神話になっていることを知る。先住民にとっては、繰り返し訪れてくるのは、いつも同じ人間で同じ魂なんだ。ひとつの人生やひとつの経験が、複数の人間の身体を通して生き続けているというアイデアはとても面白く、脚本の大いなる出発点になると思った。このアイデアが、先住民の概念に基づいた視点で物語を描きながらも、探検家たちと同じ概念をもつ観客とその物語を繋いでくれた。私たちは、探検家たちを通して、ゆっくりとカラマカテの世界観を理解できるんだ。

映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones
映画『彷徨える河』より、年老いたカラマカテ役のアントニオ・ボリバル・サルバドール(右)アメリカ人の学者エヴァン役のブリオン・デイビス(左) ©Ciudad Lunar Producciones

この映画で、もはや存在しないアマゾンの記憶を取り戻そうとしている

──コロンビア南東部のアマゾン地域の県、バウペスで7週間をかけて撮影されたそうですね。

撮影が1週間を過ぎたとき、どうしようもない不安に襲われた。私は当時の日記にこのように記した「問題は山積みだし、スケジュールはタイトすぎる。この映画を撮り終えることが不可能なのは、明白だ。私たちは大きすぎる夢を描き、届くはずのない場所を目指していた。罪深いほど楽観的な私たちを、神とジャングルが罰しようとしているのだ。私はまるで、船が沈んでいることに最初に気づいた船乗りのように、避けられない事態に備えて座り込んだ。しかしそこで目撃したのは、奇跡が生まれる瞬間だったのだ」。

──先住民のコミュニティとの関係はどうでしたか?彼らは映画製作についてどのような反応を示しましたか?

彼らはとてもオープンで協力的だったよ。アマゾンの人々はとても温かく、愉快な人たちだ。彼らは長い間、外部の人間によって略奪されたり、傷つけられたりしてきたので、映画の目的を理解してもらうまでは警戒していた。しかし、私たちが脅威となる存在ではないとわかると、熱心に協力してくれた。彼らと一緒にプロジェクトを進めるのはとても幸せな気分だったよ。私たちはこの映画で、もはや存在しない、もしくは変わってしまったアマゾンの記憶を取り戻そうとしているんだ。カラマカテのような賢者やシャーマンはほぼ絶滅しているから、願わくば、この映画は人々の記憶の一部として残るようなものにしたい。現代の先住民にも知識は継承されているけれど、文化や言語などほとんどのものが失われている。彼らの知識の継承方法は、伝統的に口承だった。

映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones
映画『彷徨える河』より、ドイツ人学者テオ役のヤン・ベイヴート ©Ciudad Lunar Producciones

個人的には、筆記で伝えることは、ある意味で彼らの自尊心を傷つけることなのかもしれないと感じた。彼らの知識は学校などで短期間に学べるものではなく、人生や自然の循環に深く根ざしているものなんだ。私たちができることといえば、その表面を称賛したり、ひっかいたりする程度で、巨大な壁のような存在だ。知識を習得するには長い間、先住民としての人生を生きるしかない。多くの人が、この作品を観て好奇心を刺激され、現代社会にとって極めて重要なこの知識を、学び、敬い、守っていきたいと思ってくれることを願うばかりだ。この知恵は、ある民族や古代文化だけに関係するものではなく、今日の私たちが抱えている多くの疑問に答えを与えてくれるものだ。自然を破壊せず最大限にその資源を活用するという人間と自然との共存だけではなく、人間同士の共存という問題にも答えを与えてくれる。この共存、調和こそが、現在の政治や社会のシステムからは得られない幸福に辿り着く道なんだ。

映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones
映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones

──リサーチを進め、先住民の文化について知識を得たことで、あなた自身の世界の見方は変わりましたか?

あらゆる面において、このプロジェクトを開始する前とは違う人間になったと思う。制作に携わったすべての人間が、同じような気持ちになったと思うよ。大きな流れの中での泳ぎ方を学んで、新しい世界に出会った。岩、木、虫、風など、すべてのものに学ぶべきことがあるとわかった。そしてそこに幸福を見出すことができるということを知った。物事の見方が変わったんだ。資本主義社会で生まれ育った私たちにとって、生き方を変えるのは簡単なことではない。でも、異なる生き方と出会い、人間が心地よく感じる道というのは一つではないと知ったんだ。他者の中に美しさを発見して敬うことの大切さに、改めて気づいいた。

(オフィシャル・インタビューより)



シーロ・ゲーラ Ciro Guerra

1981年、コロンビアのリオ・デ・オロ生まれ。コロンビア国立大学で映画・テレビ制作を学び、短編映画を数本制作した後、21歳で初の長編映画『Wandering Shadows』を制作。サンセバスチャン国際映画祭をはじめとする9つの賞を受賞し、トライベッカ映画祭やロカルノ国際映画祭など60以上の映画祭に出品される。2作目の長編『The Wind Journeys』(2009)は、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に選出され、ローマ市賞を受賞。この作品は17カ国で上映され、90以上の映画祭に出品され、6つの賞を受賞。また、コロンビアの批評家らによるコロンビア映画史における10本の最も重要な作品として選出される。本作『彷徨える河』は長編3本目となる。これまでの3作品はいずれも、アカデミー賞外国語映画賞のコロンビア代表となり、本作はコロンビア映画史上初の同賞最終ノミネート作品に選出される。近年、彼の評価は急速に高まっており、米エンターテインメント業界紙Varietyにて「2016年に注目すべき監督10人」に選出されるなど、世界的に注目されている。現在、ハリウッド製作による新作の企画が進行中。




映画『彷徨える河』
2016年10月29日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones
映画『彷徨える河』より ©Ciudad Lunar Producciones

アマゾン流域の奥深いジャングル。侵略者によって滅ぼされた先住民族の村、唯一の生き残りとして他者と交わることなく孤独に生きているカラマカテ。ある日、不思議な呪術をあやつる彼を頼り、重篤な病に侵されたドイツ人民族学者がやってくる。白人を忌み嫌うカラマカテは一度は治療を拒否するが病を治す唯一の手段となる幻の聖なる植物ヤクルナを求めて、カヌーを漕ぎ出す。数十年後、孤独によって記憶や感情を失ったカラマカテは、ヤクルナを求めるアメリカ人植物学者との出会いによって再び旅に出る。過去と現在、二つの時が交錯する中で、カラマカテたちは、狂気、幻影、混沌が蔓延するアマゾンの深部を遡上する。彼らが向かう闇の奥にあるものとは……。

監督:シーロ・ゲーラ
プロデューサー:クリスティーナ・ガジェゴ
脚本:シーロ・ゲーラ、ジャック・トゥールモンド
撮影監督:ダヴィ・ガジェゴ
プロダクションデザイナー:アンヘリカ・ペレア
アートディレクター:ランセス・ベンフメア
録音:マルコ・サラバリア
サウンドデザイナー:カルロス・ガルシア
音楽:ナスクイ・リナレス
編集:エティエンヌ・ブサック、クリスティーナ・ガジェゴ
出演:ヤン・ベイヴート、ブリオン・デイビス、アントニオ・ボリバル・サルバドール
ニルビオ・トーレス、ヤウエンク・ミゲ
2015年/コロンビア・ベネズエラ・アルゼンチン/B&W+color 2.35:1/124 分
原題:El abrazo de la serpiente
配給:トレノバ、ディレクターズ・ユニブ
宣伝:トレノバ
宣伝協力:スリーピン
後援:コロンビア共和国大使館

公式サイト


▼映画『彷徨える河』予告編

キーワード:

シーロ・ゲーラ / コロンビア


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