『ネオン・デーモン』 ©2016, Space Rocket, Gaumont, Wild Bunch
第29回東京国際映画祭が2016年10月25日(火)から11月3日(木・祝)までの10日間、六本木ヒルズ、EXシアター六本木を中心に、都内の各劇場および施設を主会場に開催される。コンペティションは、ジャン=ジャック・ベネックス審査委員長を含む国際審査委員5名によって東京グランプリほか各賞が選ばれることになっている。
webDICEでは、アップリンクが運営する「配給サポート・ワークショップ」に参加する青木吉幸さん、鎌倉知紗さん、前野立帆さんの3名によるセレクトにより、注目すべき22作品を紹介する。
特別招待作品 オープニング作品
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
©2016 Pathé Productions Limited. All Rights Reserved
メリル・ストリープ降臨!東京国際映画祭の楽しみの一つは大スターを間近で見られること。ましてや本作で主役を演じた大女優メリル・ストリープが来日して舞台挨拶となれば、映画ファンが普段は抑えていたミーハー心を大爆発させて迎え撃ってもバチは当たらないだろう。
今回のメリルの役柄は、自分が致命的な音痴であることに気付かず、ソプラノ歌手としてカーネギーホール公演を目指す、NY社交界のトップらしい。かつて様々な作品で役柄に応じたアクセントを自家薬篭中の物にしてきた名女優が奏でる、完璧なまでの“音痴”の響きとはどのようなものか。同じ実話を基にしたフランス映画『偉大なるマルグリット』の主演カトリーヌ・フロと比較するのも一興だが、そこはメリル・ストリープ、名匠スティーヴン・フリアーズ監督のもと、夫役のヒュー・グラント共々、笑って泣かせる演技に間違いはない筈だ。
(青木吉幸)
監督:スティーヴン・フリアーズ
キャスト:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーグ、レベッカ・ファーガソン、ニナ・アリアンダ
111分/カラー/英語/2016年/イギリス
配給:ギャガ
特別招待作品
『ネオン・デーモン』
©2016, Space Rocket, Gaumont, Wild Bunch
カメラの動きは緩過ぎず、早過ぎず。カットの多さで誤魔化さない、静動メリハリの効いたリズム。ニコラス・ウィンディング・レフン監督が『ドライヴ』で見せたヴィジュアル・センスには大変驚かされたが、今度は主演にエル・ファニングを起用し、ファッションモデル業界を舞台に華麗なる人工美を構築している模様。
赤と青のライティングが強力な色彩設計、レンズフレア光の輝き、カメラのシャッター音、クリフ・マルティネスによるレトロフューチャーなエレクトロ音楽。どれもこれも凄そうだ。カンヌでも賛否別れたというが、麻薬のようにトリップできる、ニコラス・ウィンディング・レフンのスタイリッシュなヴィジュアル&サウンド・センスは、もはや他の追従を許さない。正に2010年代のブライアン・デ・パルマ!
(青木吉幸)
女の子として生きるということは、時としてホラー映画の中にいるのと同義だ。女の子の世界にはかわいいもの、キラキラしたものと同じくらい恐ろしいことやドロドロしたものが溢れている。特に美醜問題は女の子にとって永遠に解けない呪いのようなものだ。
『ネオン・デーモン』もまた、作品解説から察するに、素朴だが魅力的な女の子ジェシーがモデル業界のトップを目指すうちに、その闇に飲み込まれ恐ろしい領域に足を踏み入れてしまうという「ホラー映画」のようだ。
健康的な印象の強いエル・ファニングだが、この作品のスチール写真に映る、今までのイメージを覆すかのような気怠げな表情や熱の籠らない瞳は、人形のように儚く妖艶で、見る者を仄暗い異界へと誘う。「こんな女の子になれるなら、地獄に落ちても構わない」そう思わずにはいられない、期待を抱かせるビジュアルだ。
(前野立帆)
監督/脚本:ニコラス・ウィンディング・レフン
出演:エル・ファニング、キアヌ・リーヴス、アビー・リー、カール・グルスマン、ジェナ・マローン、ベラ・ヒースコート、クリスティナ・ヘンドリックス
118分/カラー/英語/2016年 アメリカ=フランス=デンマーク
配給:ギャガ
特別招待作品
『メッセージ』
来年公開予定の『ブレードランナー』の続編『Blade Runner 2049』に抜擢されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。『灼熱の魂』で紹介されたカナダ出身のこの監督は、ハリウッドに招かれた後も『プリズナーズ』『複製された男』といった、知的興奮を誘う、謎そのものが主役のような、不条理ぎりぎりの展開を有する特異な作品で観客を翻弄してきた。
ならば、SF作家テッド・チャンの中編で、ネビュラ賞を受賞した「あなたの人生の物語」を原作とする本作が、一筋縄では行かない作品になるのは、まず間違いないだろう。地球外から突如として出現した黒い浮遊物体の正体とは何か……。フェルマーの原理をモチーフにし、同時に凝った言語SFでもあるこの原作を、ヴィルヌーヴはどのように映像化したのか?もちろん1秒たりとも目を離してはならない。刮目して観よう。
(青木吉幸)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー、マイケル・スタールバーグ
116分/カラー/英語/2016年/アメリカ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
コンペティション
『7分間』
© Goldenart Production S.r.l. - Manny Films - Ventura Film - 2016
女性の社会進出については日本でも長い間様々な取り組みがなされているが、今日現在でも思うように進捗しておらず、それと同時に女性の貧困問題も深刻化しているという状況がある。さらに今作の舞台である欧州では、移民や人種問題など日本とはまた少し違った条件も絡んでくる。また一般的に男性と比較して、「感情の生き物」と言われる女性同士の戦い、さらには自らの生活がかかっているとなれば、綺麗事だけでは済まされない。各々の利害が絡み合う緊迫した場で、どのように議論が進んでいくのか……一言一句漏らさず行方を見守りたい。
(鎌倉知紗)
監督/脚本:ミケーレ・プラチド
キャスト:オッタヴィア・ピッコロ、アンブラ・アンジョリーニ、クリスティアーナ・カポトンディ、フィオレッラ・マンノイア、マリア・ナツィオナーレ
91分/カラー/イタリア語/2016年/イタリア=フランス=スイス
コンペティション
『アズミ・ハルコは行方不明』
©2016「アズミ・ハルコは行方不明」製作委員会
作家・山内マリコの書き下ろし同名小説が原作。若者の闇や暴力、都会と地方都市の対比、そんなモチーフはこれまでにいくらでも作品となって世に出ているが、アラサー独身OLハルコの失踪と、ポップアーテイスト気取りの少年たちに付きまとうハタチのアイナ、さらに謎の女子高生ギャングと3つの要素が合わさることでどのように物語が進んでいくのか。『アフロ田中』等長編も多数手がけながら、若い世代にはクリープハイプや大森靖子らのミュージックビデオで知られる松居大悟の手腕に期待。イマっぽいし軽くて観やすいけど、どこにでもありそうな話ではないことを祈る。
(鎌倉知紗)
郊外は緩やかな檻だ。
都会のように飢餓感のない日々は穏やかだが、永遠に同じ日が繰り返されているような気がしてしまう。楽だけれど閉鎖的な人間関係やどこにも行けない鬱屈感に押し潰されそうになる時もある。行方不明になりたくなる時だってある。
原作の『アズミ・ハルコは行方不明』で描かれるのは、郊外の街に生きる女の子たちの反撃の物語だった。彼女たちは自分たちを穏やかな世界に閉じ込めようとする見えない力に思いっきり否を突き付ける。彼女たちの戦いはめちゃくちゃに狂っているが、不思議と爽快だ。無軌道な女の子たちの最高にイカれた青春がどんな風に映像化されているのか、早くスクリーンで確かめたい。
(前野立帆)
監督:松居大悟
原作:山内マリコ
出演:蒼井 優、高畑充希、太賀、葉山奨之、石崎ひゅーい、加瀬 亮、菊池亜希子 山田真歩
100分/カラー/日本語/2016年/日本
配給:ファントム・フィルム
コンペティション
『誕生のゆくえ』
望まない妊娠と中絶。非常にパーソナルなこの問題に、明確な答えを持っている人は世界のどこにもいないだろう。日本とイランでは宗教観・倫理観、社会情勢も大きく異なるが、イランにおける中流階級の夫婦の心情や周囲の反応など、夫婦を取り巻く状況が主題のみならず多くのことを物語ってくれるだろうと期待する。観た人がどのような感想を持つのか、この作品をきっかけにどんな議論が起こるのか、なかなか日頃気軽にコメントを求めることができないデリケートな問題だけに、多くの人の意見を聞いてみたいと思う作品である。
(鎌倉知紗)
監督:モーセン・アブドルワハブ
出演:ヘダヤト・ハシェミ、エルハム・コルダ、セパーラド・ファルザミ、レザ・モルタザワィ、ベーナーズ・ジャファリ、モルテザ・ナシム・ソブハン、ロヤ・ジァワィドニア
91分/カラー/ペルシャ語/2016年/イラン
コンペティション
『浮き草たち』
©2016 Over the Barn, LLC
間もなく日本でも公開されるバンドマンvsネオナチの攻防を描く『グリーンルーム』にも出演するカラム・ターナーが主演を務める作品で、こちらもスリラー仕立ての青春ラブストーリーとのこと。サウス・バイ・サウス・ウェストで受賞などインディペンデント映画界で注目を集めるアダム・レオン監督が、無軌道な若者たちが巻き込まれる事件というアメリカ青春映画の典型的な物語のフォーマットをどう更新しているのか。
狂った世界で繰り広げられる爽やかなラブストーリー。王道でありながら新しい青春映画の誕生に期待が膨らむ。
(前野立帆)
監督:アダム・レオン
出演:カラム・ターナー、グレース・ヴァン・パタン、マイク・バービグリア、マーガレット・コリン、ミハル・フォンデル、ルイス・キャンセルミ
82分/カラー/英語、ポーランド語/2016年/アメリカ
ワールド・フォーカス
『痛ましき謎への子守唄』
©Films Boutique
ラヴ・ディアスは、今や世界中の映画祭を席捲するフィリピンの怪物監督だ。9月のベネチア映画祭では『The Woman Who Left』が金獅子賞を受賞し、本作も今年2月にベルリン映画祭で銀熊賞を獲得している。
19世紀末、スペインの植民地支配からの独立を目論むフィリピン革命期を舞台に、虚実入り混じるエピソードを散りばめたという本作の上映時間は、何と8時間9分。一昨年に上映した『昔のはじまり』の5時間38分を超える長尺!だが、「俺の映画は途中で席を外しても何の問題もない」と言う監督の要望で休憩なしだった一昨年とは違い、今回は途中休憩があるらしい(笑)。カメラはほぼフィックスで、極端な長廻しを身上とするディアスの映画作法からすれば、長くなるのも当然だが、独特のリズムに慣れ、次第に話の全体像を掴めるようになれば、目眩く映画体験を得られるのは必至。8時間9分を観終えた後の達成感は何ものにも代え難いだろう。これぞ東京国際映画祭の醍醐味だ。上映後に登壇するQ&Aで、ほぼ同時期に来日するドゥテルテ大統領について、ディアスが何を言うかも要注目。
(青木吉幸)
監督/脚本/編集:ラヴ・ディアス
出演:ジョン・リョイド・クルス、ピオロ・パスカル、ヘイゼル・オレンシオ、アレサンドラ・デ・ロッシ、ジョエル・サラチョ、スサン・アフリカ
489分/モノクロ/英語、フィリピン語、スペイン語、北京語/2016年/フィリピン
ワールド・フォーカス
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』
© 2016 Aamu Film Company Ltd
人生の中でそう多くない絶好のチャンスを傍から見れば馬鹿馬鹿しい理由で棒に振ってしまうというのは、テレビや新聞のニュースでスポーツ選手やアーティストのそんな局面にがっかりし、もしかすると自分自身の人生でも経験しているかもしれないありふれた話だ。しかしそのチャンスは周りから見れば「絶好の」チャンス、「またとない」チャンスかもしれないが、当の本人にしてみればどうだろうか。オリ・マキが選択した自分の本当の幸せとは。他の誰かからの評価に振り回されず、自分の心に生きた彼に共感したクオスマネン監督の気持ちが少し分かるような気がする。
(鎌倉知紗)
監督/脚本:ユホ・クオスマネン
出演:ヤルコ・ラハティ、オーナ・アイロラ、エーロ・ミロノフ、ヨアンナ・ハールッチ エスコ・バルクゥエロ、エルマ・ミロノフ
92分/モノクロ/フィンランド語/2016年/フィンランド=ドイツ=スウェーデン
ワールド・フォーカス
『ザ・ティーチャー』
© 2016 Rozhlas a televízia Slovenska, PubRes s.r.o., OFFSIDEMEN s.r.o., Česká televize
あらすじを読んでいて、これは意外とびっくりするような話ではなくて、世界中のどこででも起こりそうな、また現在進行形で起こっていてもおかしくない話のように感じられた。自らの言動に「正義」や「正当性」を少しの葛藤もなく信じられるという人間は、国籍や時代を問わず危険だ。メディアの信頼性が昨日より今日、今日より明日と下がっているのを実感する今、特に日本に暮らす我々の「平和ボケ」した頭に、静かにしかし重く響く警鐘を鳴らしてくれる作品だろう。
(鎌倉知紗)
監督/撮影:ヤン・フジェベイク
出演:ズザナ・マウレーリ、ペテル・バビヤーク、ズザナ・コネチナー、チョンゴル・カッシャイ
103分/カラー/スロバキア語/2016年/スロバキア=チェコ
ワールド・フォーカス
『ゴッドスピード』
©3 NG Film
ひょんなことから運び屋とタクシードライバーの珍道中がはじまる!それらのキーワードだけでもう、気持ちが高まってしまうのは私だけではないはず……。老若男女問わず、深く考えずに楽しめるのはやっぱりロマンと笑いの詰まったロードムービーだ。「Mr.BOO」シリーズで日本でも著名な喜劇王、マイケル・ホイがタクシードライバー役を務めるというのも、当時を知る世代には懐かしく、そうでない世代には新鮮だろう。さらに父と子ほど年の離れた男二人のドタバタ劇とくれば、久しぶりに父親を誘って映画に行くのもいいかもしれない。
(鎌倉知紗)
監督/脚本:チョン・モンホン
キャスト:マイケル・ホイ、ナードウ、レオン・ダイ、トゥオ・ツォンホア、マット・ウー、チェン・イーウェン、ビンセント・リャン
111分/カラー/北京語/2016年/台湾
ワールド・フォーカス
『フロム・ノーウェア』
© No Place Like Films, LLC
アメリカにはアメリカ人として育ったが、親が不法移民のため正規の滞在権を持たない子供達がいるという。『フロム・ノーウェア』は、そんな高校生たちの日常と現実の壁との衝突を描いた物語とのこと。
些細に思えた青春の日々が暗闇の中で道筋を照らす唯一の光になることがある。運命も神様もどんなに重い現実もその光を潰すことはできない。彼らの目線で描かれる世界はいつでもどこか輝いているのだと思う。非情な現実に振り回されながらも、痛みの中に希望を見出していく高校生たちの姿というのはこれまでも様々なアメリカ青春映画がテーマとしてきたが、この物語には他の作品にない眩しさや力強さを感じられるのではないかと楽しみにしている。
(前野立帆)
監督:マシュー・ニュートン
出演:ジュリアン・ニコルソン、J・マロリー・マクリー、オクタビア・チャベス・リッチモンド、ラクエル・カストロ、チナサ・オグブアグ、シドニー・ボードワン
90分/カラー/英語、スペイン語/2016年/アメリカ
ワールド・フォーカス ディスカバー亜州電影
『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件[デジタル・リマスター版]』
©1991 Kailidoscope
第4回東京国際映画祭に出品され、審査員特別賞と国際批評家連盟賞をW受賞した故エドワード・ヤン監督の傑作。長らく権利関係の問題で上映されることがなかった本作が、25年ぶりに東京国際映画祭のスクリーンに帰還する。しかも、デジタル・リマスター版での上映だ。
日本の統治下に置かれていた台湾に、戦後、大陸から外省人が移民をし、その第2世代が育つと同時に、アメリカ文化が浸透してきた時代……。1961年に実際に起きた男子中学生による少女殺傷事件をモチーフとして、事件を起こすに至った少年の恋物語と心の機微を主軸に描きつつ、1960年当時の台湾の閉塞感と不安をも映し出す、映画の形を借りた叙事詩。屈託のない青春が決定的な悲劇に変わる瞬間。不穏な空気が漂う、今こそ観るべき作品だろう。
(青木吉幸)
監督/脚本:エドワード・ヤン
出演:チャン・チェン、リサ・ヤン、チャン・クオチュー、エレイン・ジン、ワン・チーザン、クー・ユールン
236分/北京語/1991年/台湾
配給:ビターズ・エンド
アジアの未来
『雨にゆれる女』
©「雨にゆれる女」members
パリ在住のエレクトロニカ/音響派の才人で、映画音楽家としての活躍も著しいミュージシャン、半野喜弘。その半野喜弘が音楽のみならず、脚本/編集/監督までこなしたのが本作だ。
人目を避け、別人として生きる男と、謎の女を主人公に、ふたりが一つ所で暮らす日常の中の狂気を描いているという。主演を務めるのは青木崇高。まだ無名時代の彼が半野と14年前のパリで出会ったことに端を発した、という作品は一体どういうものなのか?洗練され、かつボーダレスな音楽を作ってきた半野が映像に込めたものとは?映画音楽のクリエイターが映画を撮るというのは極めて異例。恐らく観る側も、音楽と映画の関係性について再考せざるを得ないだろう。音響的にも期待値大。坂本龍一や吉本ばななが絶賛した、“音楽家が撮る本気の映画”に興味は尽きない。
(青木吉幸)
脚本/編集/音楽/監督:半野喜弘
出演:青木崇高、大野いと、岡山天音
83分/カラー/日本語/2016年/日本
配給:ビターズ・エンド
国際交流基金アジアセンター presents
CROSSCUT ASIA #03 カラフル! インドネシア
『フィクション。』
©Cinesurya
「少女」という生き物はなぜか人を惹きつける。不安定で儚げで、触れたら壊れてしまいそうな世間のイメージとは裏腹に、その生き物の実態はオタマジャクシとカエルの間のような、非常にグロテスクな生き物だ。子供であり女である、彼女たちは時に周囲の想像を軽々と飛び越えていく。今作の解説を読むと、主人公のアリシャは、好きな人が恋人と暮らす隣の部屋にいきなり住むことにするのだという。誰しもがほんの少しは考えてしまうそんな欲望をまさか本当に実行してしまう、そんなエネルギーは底の知れない恐ろしさが勿論あるが、同時に今の自分からは少し羨ましくも思えてしまうのだった。
(鎌倉知紗)
監督/原案:モウリー・スリヤ
出演:ラディア・シェリル、ドニー・アラムシャ、キナルヨシ
110分/カラー/インドネシア語/ 2008年/インドネシア
国際交流基金アジアセンター presents
CROSSCUT ASIA #03 カラフル! インドネシア
『珈琲哲學-恋と人生の味わい方-(仮題)』
© Visinema Pictures /ココロヲ・動かす・映画社 ○
カフェに行くと不思議な高揚感がある。店員や常連客の小慣れた感じに緊張もする時もあるが、その緊張感が妙に心地良い。他人の会話にこっそりと耳を傾けたり、お洒落な女の子たちを見るのも楽しい。
ジャカルタのカフェ「フィロソフィ・コピ」を舞台に生真面目なオーナーと癖のあるバリスタ、個性豊かな登場人物たちが完璧なコーヒーを追い求めるという『珈琲哲學 恋と人生の味わい方』のストーリーは、聞いただけで気分が浮き立つ。加えて店内の内装の細かさやコーヒーを淹れる音、立ち昇る蒸気といったカフェ好きにはたまらない要素も盛り込まれているのではと期待が募る。観終えた後にはきっとカフェに走ってコーヒーを注文してしまうだろう。
(前野立帆)
監督:アンガ・ドゥイマス・サソンコ
出演:チコ・ジェリコ、リオ・デワント、ジュリー・エステル
118分/カラー/インドネシア語/2015年/インドネシア
配給:ココロヲ・動かす・映画社 ○
ユース TIFF ティーンズ
『フロッキング』
© 2afilm
今年新設された「ユース」部門の「TIFF ティーンズ」に選ばれた3作は若者に観てほしい物語、という趣旨に留まらない可能性を秘めた作品が多いように思う。こちらはスウェーデンの新鋭ベアータ・ゴーデーレル監督の作品で、女子高生をめぐるレイプ疑惑を題材に、田舎町の鬱屈したムードを緊迫感を持って描いているということ。北欧映画ファン、そして青春映画ファンの両方にアピールするテーマ性と、ティーンの俳優たちのリアルな演技に期待したい。
青春は楽しいことばかりではない。二度と思い出したくないこともある。取り戻せない失敗もある。『フロッキング』の場面写真に映る若者たちの疲れきった表情はそのことを思い出させてくれ、欺瞞や嫉妬に彩られた青春の記憶をあぶり出す。この映画に強烈に惹かれてしまうのは、どこかでそれを忘れたくないと思っているからかもしれない。
(前野立帆)
監督:ベアータ・ゴーデーレル
出演:ファティーメ・アゼミ、ヨン・リスト、エヴァ・メランデル、マーリン・レヴァノン ヘンリック・ドルシン、ヤコブ・エーマン
109分/カラー/スウェーデン語/2015年/スウェーデン
ユース TIFF ティーンズ
『リトル・メン』
©TYFBH, LLC
まずは初老の男のカップルの同性婚を描く『人生は小説よりも奇なり』が日本でも公開されたアイラ・サックス監督の新作ということで注目。しかも、テーマが「子供の格差」という、今のアメリカの切実な問題にフォーカスしていることもあり、広がるアメリカの今を切り取るとともに、人間模様を丁寧な筆致で捉えるのを得意とするサックス監督が大人と子供、双方の世界をどのように切り取っているのか、アメリカのインディペンデント映画好きとしては観逃せない一本。
子供の頃は何をするのも一緒の友達がいた。何のしがらみもなく、ただ楽しくて友達といた子供の頃が懐かしくなる。この映画を観終えたらあの頃のように友達を想うことが出来るだろうか。
(前野立帆)
監督:アイラ・サックス
出演:グレッグ・キニア、ジェニファー・イーリー、パウリナ・ガルシア、テオ・タプリッツ、マイケル・バルビエリ
85分/カラー/英語/2016年/アメリカ
ユース TIFF ティーンズ
『アメリカから来たモーリス』
©Lichtblick Media, Beachside, Indi Film, SWR 2016
13歳の頃何を思っていただろう。
父親とドイツに暮らす13歳のアフリカ系アメリカ人モーリスの青春の日々を描いているという『アメリカから来たモーリス』は、そんな記憶を思い起こさせてくれるのではないかとわくわくしている。
13歳は絶妙に難しい年齢だ。子供じゃないけど大人でもない。世界はわからないことだらけ。自意識はどんどん強くなるのに自分に出来ることは僅かしかない。
憧れの同級生との会話に一喜一憂したり、不満や不安を抱えながらポジティブに自分を表現しようとするモーリスの奮闘を早く観たい。友達にも世界にも全力で向き合っていた13歳の感覚が雪崩のようにキラキラと蘇るはずだ。
(前野立帆)
監督/脚本:チャド・ハーティガン
出演:クレイグ・ロビンソン、マーキース・クリスマス、カーラ・ジュリ、リナ・ケラー ヤクブ・ゲルシャウ
90分/英語、ドイツ語/2016年/米国=ドイツ
特別上映
『黒い牡牛』
©1956 by RKO Radio Pictures, Inc. All Rights Reserved.
ハリウッドを赤狩りで追われた脚本家、ダルトン・トランボの伝記映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』を観た人なら必見。何しろ本作は、『トランボ』の劇中にあるように、仕事を干されていたトランボがロバート・リッチなる偽名で原案を執筆し、アカデミー原案賞を受賞した作品なのだ。
メキシコの貧しい農村を舞台に、共に母を亡くしたレオナルド少年と黒い仔牛の友情物語というあらすじだけで感涙モノだが、闘牛場に送られた牛を取り戻そうと諦めずに馳け廻る少年に、不屈の意志で生き抜いたダルトン・トランボの姿を見出すこともできるのではないか。総天然色なジャック・カーディフの撮影、壮大なヴィクター・ヤングの音楽を大スクリーンで体験できるのも楽しみ。
(青木吉幸)
監督:アーヴィング・ラッパー
原案:ロバート・リッチ(ダルトン・トランボ)
キャスト:マイケル・レイ、ロドルフォ・ホヨス・Jr.、エルザ・カルデナス、カルロス・ナヴァロ、ジョイ・ランシング、フェルミン・リヴェラ、ジョージ・トレビノ
102分/カラー/英語/1956年/アメリカ
配給:株式会社 東北新社
特別上映
『SACRED~いのちへの讃歌』
© 2016 WLIW LLC
「祈る」という言葉を、日本に住む多くの人、特に若い世代では、一神教の国のそれよりもライトに、ごく自然に日常の常葉として使うことが多い。信仰というものとは、一体何なのか?それに一言で答えることができないからこそ、世界で同じ時代を生きる多種多様な人々の「祈り」、「信仰」の姿を感覚として享受できる経験は非常に珍しい。また、一度も顔を合わせたことのない制作チームが撮影した映像がひとつの作品になるという試みもまた、非常に興味をそそられるポイントである。
(鎌倉知紗)
プロデューサー/監督:トーマス・レノン
出演:釜堀浩元(千日回峰行 行者)、ハキム・イクバール、キャロリン・ヘス、エラッド・ヤナ、タンヴィ・ニンブル
86分/カラー/英語/2016年/アメリカ=日本
配給:WOWOW
特別上映
『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』
©ピクチャーズネットワーク株式会社
報道写真家の笹本恒子と、ジャーナリストのむのたけじ。101歳まで現役で活動し、それぞれの視点から世の中を見つめ続けてきたふたりをめぐるドキュメンタリーだという。デジタルネイティブとして、物心ついたころからインターネットがある我々世代は、「さとり世代」と言われるように自分の人生すらも早くから諦めて決めつけて生きているように思う。時代は進んで情報へのアクセスは格段に容易になったのに、その精神はなんと不自由になったことだろうか!「挑戦に年齢は関係ない」、それはありふれた言葉だ。しかし挑戦へと向かう好奇心や覚悟、決意を持つ者には、この作品はきっとどんな言葉よりも力強いエールになるのでは、という予感がしている。
(鎌倉知紗)
監督/脚本:河邑厚徳
出演:笹本恒子、むのたけじ、谷原章介(語り)
91分/カラー/日本語/2016年/日本
配給:マジックアワー/リュックス
【執筆者プロフィール】
青木吉幸
映画とは直接縁のない某社勤務の映画愛好家。映画配給の知見を得るべくワークショップに参加。ここ数年、東京国際映画祭には毎年行ってます。今年もチケットシステムのごたごたを乗り越えて参加します!
鎌倉知紗
現在は広告会社に勤務。幼い頃から本を読むことが大好き。本から始まり、映画や音楽へと興味の幅を広げていく。もっと気楽に、もっと簡単に、もっと楽しく、老若男女が文学や映画・音楽に親しむ場と機会を広げることが将来の夢。
前野立帆
北海道出身。東京住在。派遣販売員/渋谷のHMV&BOOKS TOKYO勤務。子供映画・青春映画好き。
第29回東京国際映画祭
2016年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区)ほか
公式サイト