映画『ダゲレオタイプの女』 © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
黒沢清監督が、オールフランスロケ、全編フランス語で完成させた『ダゲレオタイプの女』が10月15日(土)より公開。webDICEでは、本作のプロデュースを務めた吉武美知子さんのインタビューを掲載する。深田晃司監督の『淵に立つ』同様、フランスの映画助成システムを利用しての製作作品だ。フランス、ベルギー、日本の合作となる今作の制作の経緯、フランスの助成金システムなどについて、マルセイユで新作映画撮影中の吉武さんに、制作の経緯をはじめフランスのプロデューサーのスタンス、そしてヨーロッパの助成金システムについてスカイプで話を聞いた。
フランスでは映画の制作現場から離れれば離れるほど金持ち
──この企画を最初に思いついたのは吉武さんなのですか?
そうですね。黒沢さんに「フランスとか海外での撮影に興味あります?」とお伺いをたてたのがきっかけです。具体的にやってみましょうと話をしたのが2011年の震災の頃だと思います。
映画『ダゲレオタイプの女』ロケ現場にて、プロデューサーの吉武美知子さん
──いろいろ考えていた企画のなかのひとつとして黒沢さんに声をかけたということですね。
その前に、カトリーヌ・カドゥーが監督したドキュメンタリー『黒澤、その道』や短編作品を製作しました。
──その頃は吉武さんのプロダクション、FILM IN EVOLUTIONはあったのですか?
自分の会社を創立したのは2009年の秋です。
──それまでは、コム・デ・シネマの澤田正道さんを仕事されていたんですよね。どうして新しく会社を立ち上げようと思ったのですか?
コム・デ・シネマで諏訪敦彦さんの前の作品や『TOKYO!』を製作しましたが、ひとりでやってみたいなと思って、会社を作りました。企画を立てるのは好きなんですが、お金の計算が苦手というウィークポイントがあって。
──企画は頭の中の作業でも、プロデューサーは実際にお金を集めて、そこから先が大変だというのは吉武さんも分かっていると思います。その辺は澤田さんが得意だったということですか?
そうです。フランスで映画を作る場合はどこからお金をひいてくるか、とか。まあその辺は自分でも知っていましたが、彼はそこから先の製作費の資金繰りとかに長けています。
──フランスのCNC(国立映画センター)から助成金をひっぱってくる部分では、日本人がオーナーのコム・デ・シネマはパイオニアですよね。11年に黒沢監督に声をかけて、実際実現するまで、4年くらいかかっています。その4年の間、FILM IN EVOLUTIONはどうされていたのですか。
先ほど言ったドキュメンタリー1本と短編を製作しました。少しずつ名前が知られてきたので、いろいろプロジェクトを持ち込まれたりしていますが、ひとりでやっている零細企業なので、そんなにいちどにいくつもできないですし。日本人の監督でフランスを拠点に活動している人や、フランス人の監督からも企画がきます。でも、それらに目を通して、吟味して、この人とやってみようかなと判断する時間がなかなかないんです。
──このインタビューが出るとまた日本から依頼がたくさんくると思います。
いいです(笑)。自分には限界があって、1年に1本で十分です。
──パリで映画のプロダクションというと、カフェで打ち合わせとか、監督とはシャンパン開けて、という羽振り良さそうなイメージがあるのですか?
(笑)。それはほんとうに昔か、お金稼ぐのがうまい、ヒットする映画をやっている人のイメージですね。
──FILM IN EVOLUTIONは、パリに事務所があるのですか?
私の自宅ですけれど、いちおうあります。会社登記するときに住所が必要だから。雇用者はゼロです。
──フランスではそうしたプロダクションは普通なのですか?
フランスでいつも思うけれど、映画の制作現場から離れれば離れるほど、金持ちなんです。配給会社のほうがリスクが少ないので羽振りがいい。私たちのようなインディペンデントのプロデューサーはいちばんお金がなくて、私ひとりで自宅が事務所、というのは極端な例としても、今回の映画で組んだジェローム・ドプフェールがやっているバルタザール(BALTHAZAR)というプロダクションも彼ひとりと、アシスタントの女性だけ。自宅じゃないところに事務所はあるけれど、ひとつのマンションを3つの会社でシェアしています。私の友達のプロデューサーたちはそんな感じです。
映画『ダゲレオタイプの女』 © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
──日本でも、配給会社もつかないようなインディーズのプロダクションはそういうレベルなのは分かるけれど、パリで黒沢清の新作を撮る映画のプロダクションがそうというのは、なかなか想像しにくいけれど、現実はそうなんですね。映画の制作現場に近づけば近づくほどリスクが大きく、離れれば離れるほどビジネスをやっている。
そうなんです。配給会社はシナリオを読んで監督の名前を見て、いいかわるいかやるか決める。スタッフもたくさんいて羽振りがいいですし、もっと羽振りがいいのは海外セールスの会社ですね。
インディペンデントの世界では、好き者じゃないとやっていけない
──僕が経験したことだと、フランスのプロデューサーは基本的に助成金をCNCから引っ張ってくる窓口のプロダクションで、あまり自分のリスクをとる人は少なかったように思いますが、いかがですか。
自己資金は入れないです。ただリスクは大いに背負っています。公的助成金を得ても、それをルールに従ってきちんと使って映画を完成させねばなりません。また、プロデューサー・フィーも予算には計上されていますが、実際は現場費に回り、最後に手残りがあれば手にできる、そんな感じです。つまりプロデューサー・フィー等は実質自己資金の投資と言えます。
──それでもプロデュースをするということは、ビジネスや生活のためではなく、なんのためなのですか?
やっぱり映画が好き、という気持ちが圧倒的に強いのではないでしょうか。映画でビジネスとしてお金を稼ごうと思ったら、フランスの場合はインディペンデントのプロデューサーはやらないです。もっと、ゴーモン(Gaumont)やパテ(Pathe)といった会社で配給してもらうような、商業ベースのテレビ局からも資金をとれる映画の制作にかかわれば、それこそシャンペンの世界ですよね。でもインディペンデントの世界では、好き者じゃないとやっていけないと思います。
──黒沢清監督の映画でも、映画のビジネスとして組み立てることができない、ということなのでしょうか?
組み立たないことはないでしょう、まだ公開されていないのでわかりませんが(笑)。
映画『ダゲレオタイプの女』 © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
──今回の作品は、フランスの吉武さんの会社と、日本のビターズ・エンド、そしてベルギーの会社が加わっています。
私のFILM IN EVOLUTIONは零細企業なのですが、CNCなどからお金を持ってきて、制作に入っていくなかで、バルタザールと一緒に、フランスのコ・プロデューサーとして2社で立っています。もう一社クレジットされているFRAKAS PRODUCTIONSはベルギーの会社。ベルギーは自国の作家がそんなに多くないので、フランスとのコ・プロダクションで制作会社は成り立っています。最近のフランス映画の1/3はベルギーとの合作と言っても過言ではないでしょう。ベルギーはタックス・シェルターがあって、合作に乗りやすい。しかもベルギーとフランスは言語も同じだし、兄弟みたいなもので話も通じやすい。FRAKAS PRODUCTIONSは、バルタザールと何度か組んでいるので、一声かけたらやろう、という感じでした。
──ベルギーの会社にとってのタックス・シェルターということですか?
ベルギーの税法で、個人がタックス・シェルターとして収める金を集めて映画に投資していいというシステムがあります。フランスにもSOFICA(映画・視聴覚産業融資会社)という同じ機能がありますが、一口にタックス・シェルターと言っても、コレクトし投資作品を決める組織が幾つかあって、そこが仕切っています。
──それが映画制作にまわってくるということですか。あとはARTE France Cinémaですね。
アート系のテレビ局です。ARTE France Cinémaの場合はお金の出し方がふたつあって、一部を制作にコ・プロダクションとしてお金を入れる、それから、テレビ権のプリバイ(製作前に買い付ける)として入れる方法。制作費として入れた分はコ・プロデューサーだから、後々収益が上がってきたら比率に応じてシェアします。ARTE France Cinémaは、フランスで唯一外国映画にも投資できるのですが、他のテレビ局はフランス映画にしか投資ができない、という国のルールがあります。
──ARTE France Cinémaはフランスの放送局ARTEのテレビ権も買って、さらに投資もしているというわけですね。制作総額は発表されていないのですか?日本映画よりは高いですか?
フランスは人件費が違います。いわゆるサラリーだけをとれば日本とそれほど変わらないと思いますが、社会保障費があって、サラリーの約62%を雇用者側が国に収めなければなりません。だから日給が1万円だとしたら、雇用者は16,200円払わなければならないのです。こちらは失業保険が充実しているので、本人の手取りは1万円ですが、6,200円はそうした社会保障部分に充てられることになります。
──いまうかがったような資金面のことは、バルタザールに任せていたのですか?
最初のデヴェロップメントは一人でやりました。ARTEやCNCへ申請する辺りからバルタザールとの共同作業になりました。その後、あてにしていたフランス国内の地方の組織からお金が出ないことになって、その分をどうしようかと迷っていたときに、私がベルギーに声をかけようと言いました。フランスとベルギーというEU圏の2ヵ国が製作に入ったことによって、ユーリマージュ(Eurimages)という、EU圏全体の助成システムからもお金が下りたんです。昔は3ヵ国の参加が必要でしたが、現在は2ヵ国でもOKです。日本人の監督でユーリマージュから助成されたのは初めてだと思います。現場でのお金のやりくりは実行プロダクションとしてバルタザールに任せました。
映画『ダゲレオタイプの女』より、オリヴィエ・グルメ © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
──フランスのCNCからの助成金は、プロデューサーの国籍は問われないのですか?
私の国籍は日本ですが、法人がフランスです。日本の国籍で日本のパスポートを持っていますが、フランスの居住権を持っていますから、助成に関してはフランスと同じになるんです。
──世界中のプロデューサーが、フランスのパスポートを持っていないけれど、フランスに事務所を構えてCNCを申請しているというのが現状なんですか?
どれくらいの人がやっているかは分からないですが、それは可能です。会社の登記はフランスにしなくてはいけませんね。
──日本で映画を作るとき、今回のバジェットが1億円以上だとしたら、配給会社を決めてから制作に入るけれど、この作品の場合、日本の制作会社がビターズ・エンドなので日本の配給は決まっているとして、フランスの場合はどう考えるのですか?
やっぱりMG(ミニマム・ギャランティ、配給会社が権利を取得する際に支払う最低保証金)を入れてほしいので、早い段階で決めたいと考えました。今回は、『贖罪』以来黒沢作品をずっと配給しているVERSION ORIGINALE / CONDOR ENTERTAINMENTという『贖罪』をフランスですごく成功させた、超黒沢ファンの会社があって、そこが早くから名乗りを上げていました。熱心だし会社もしっかりしているし、いちばん熱いところとやりたいということで、制作の時点で決めました。
──フランスの配給権を先に売ったわけですね。
はい、配給会社に買ってもらいました。バイ・アウトではありません。ミニマム・ギャランティで期間限定で委ねました。
──ワールド・セールスのエージェントはセルロイド・ドリームスですが、吉武さんがいろいろ当たったなかで決まったのですか。それとも情報を聞きつけてやらせてほしいとくるのですか?
フランスの会社でも国内配給と海外配給の両方手掛けているところがあって、ある一社からは、国内配給をやりたいが海外配給もやらせてほしい、と言われたりもしました。SOFICAも「ここがいい」という意見を出します。SOFICAはお金を貸してくれるけれど、収益があったときに最初に回収するところだから。彼らにとっては、売るのがうまいところや評価している会社にしたがります。最終的に私とバルタザールのジェロームで熱意があったセルロイドに決めました。
──SOFICAとCNCの違いというのは?
CNCはフランスにおける映画の全てをとりまとめる国家の組織です。その中に製作サポートもあります。助成金等は大まかに言えば、国家予算からの配分です。一方SOFICAは民間組織です。いくつもあって、民間の人が映画に投資すると税控除になるので、個人が投資するのですが、その方々からコレクトしたお金をひとまとめにする機能があります。SOFICAを運営しているのは映画の専門家で、映画に関しては素人の投資者に、「この映画にいくら投資しましょう」と、お金を預かり、リクープすれば儲けもつけて投資者に返す、という仕組みです。国(CNC)の承認を得ている映画ファンドです。
──収益が上がったら最初に受け取れる、ファースト・リクープメント・ポジションを要求するということですね。入ってくるお金は海外セールスの手腕にかかっているから、どこがちゃんと売ってくれるか気にしている。ということは、プロデューサーと同じボートの上だから、同じ考え方ではあるということですね。
はい、ただ内容には口を出さないです。シナリオを読んで、これは行ける、と考えた作品に投資しますが。
──CNCも内容には口を出さないのですか?
言いません。シナリオや面接審査の上で決定しますから、助成金を出すと決めた後は何も言いません。
映画『ダゲレオタイプの女』より、マチュー・アマルリックとオリヴィエ・グルメ © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
黒沢清の映画である、ということに賭けた
──今回の作品は、プロデューサーの仕事として、クリエイティブな面は吉武さんにも委ねられているのですか?
いえ、そこはやはり黒沢さんですね。
──キャスティングやスタッフィングから考えていかなければいけないですよね。
黒沢さんと一緒にやりましたが、例えばこんな撮影監督はどうか、とか、この俳優はどうか、という提案は私とジェロームでやりました。
──そこで、売る、ということは考えるのですか?作品がきちんと配給されて、ヒットする、ということは。
もちろん、映画は観客の目に触れて初めて存在するわけですから。しかし今回は黒沢清の映画である、ということに賭けました。
──すると、今回の作品の場合はどこの国を主にターゲットにするのですか?
そこは難しいですよね。その辺りが私の弱いところですが、客のターゲットを絞ってそこに向けて作っていく、というよりは、やっぱりより多くの人に黒沢映画を観てほしい、という目的がまずはありました。
──お客さんは国籍で選ぶのではなく、黒沢映画を観たい、というお客さんは世界にいる、ということですね。
そう思います。さらに黒沢清という名前を知らなくても、この映画でもっと裾野が広がればいいなという気持ちもあります。
──制作に入って、シナリオはプロデューサーから「こうしてほしい」と意見は出すのですか?
あまり出さないです。私の場合は黒沢さんのお好きに、という感じです。ジェロームは意見していました。一部採用になった部分もあります。
──ではどちらかというと、撮っていただいた、という感じなのですか?
はい(笑)。
映画『ダゲレオタイプの女』黒沢清監督とジャン役のタハール・ラヒム © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
──吉武さんのキャスティングやスタッフィングのアイディアは?タハール・ラヒムについては、プレスのインタビューでも黒沢監督のなかで早くから決まっていたと書かれていましたが。
今のフランス映画はそんなに日本で公開されていないものの、黒沢さんはちょくちょくフランスにいらしているのである程度はご存知でした。私もキャスティングは好きなので色々候補を出しましたし、いわゆるキャスティング・ディレクターも入れています。タハールは最初から主演の予定でしたが、マリー役は20人くらいの候補に会いました。まずキャスティング・ディレクターが録ってきたビデオを黒沢さんが見て、会ってみたい人を絞って、4人くらいに会いました。
映画『ダゲレオタイプの女』黒沢清監督とマリー役のコンスタンス・ルソー © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
アビー・ロード・スタジオで音楽を録音
──撮影はどのくらいの期間だったのですか?
2ヵ月くらいです。ポスト・プロダクションが8ヵ月くらいかかりました。その間黒沢監督は日本とフランスを行ったり来たりしていました。編集はフランスのヴェロニク・ランジュがやって、そのあとに黒沢さんが合流して彼女がやったものに2週間くらいかけて修正を指示して、その後、音にすごい時間をかけました。ベルギーにもお金を落とさなくてはいけないので、効果音を入れたり、ダビングはベルギー人のジュリー・ブレンタとエマニュエル・ドゥ・ボワシューがベルギーのスタジオで作業をし、仕上げのダビングは、パリのスタジオに二人が来てやりました。
それとこれは自慢なんだけど、音楽をつけにロンドンのアビー・ロード・スタジオに行きました。
──それはどうしてですか?
フランスで売れっ子の作曲家、グレゴワール・エッツェルのこだわりで。ロンドンはハリウッド映画をたくさん扱っているので、映画音楽がなにかを熟知していて、すごいプロなんだと。値段は高いけれど効率がいいから、最終的に高くはならない、と私たちを説得して。例えば管楽器奏者をとっても、息の注ぎ方から違う、ロンドンのミュージシャンは慣れているから、すごいんだと。なので、ロンドンに黒沢さんも来て、フルオーケストラを録りました。
アビー・ロード・スタジオにて、黒沢清監督
私も物味遊山でスタジオに行きましたが(笑)、今までフルオーケストラのスタジオで音楽を録るのを見たことがなかったから、ほお!という感じでした。確かに2日かかるところを1日で全て仕上げました。
アビー・ロード・スタジオでのレコーディングの様子
──ではグレゴワールの言ったことは正しかったんですね。カラーコレクションも監督が立ち会うんですか?
撮影監督とカラーコレクションの担当がずっとやっていましたが、最終的に、もともと自然に撮った色を黒沢さんは気に入っていて「ほとんどいじらなくていいです」と言っていたんです。ところが、思った以上にいじってしまって、後で黒沢さんが「やっぱりカラーコレクションは怖いですね」と言っていましたね。今はコンピューターでどんな風にも色を変えられるので、時間を与えるといじりすぎてしまう傾向がある。それで元に戻したり、VFXを使っているところもチェックするので、黒沢さんは仕上げ作業中は何回も行き来していました。
──では飛行機代もコストにかかりますね。
確かに(苦笑)。
──黒沢さんはこの後に『クリーピー 偽りの隣人』を撮ったのですか?公開は先ですが、フィルモグラフィ的には『クリーピー』の方が新しいんですよね。
こちらは2015年の春に撮っていて、『クリーピー 偽りの隣人』は夏なので、『クリーピー』のほうが後です。
──美術についてなのですが、ダゲレオタイプのカメラはリアルに再現しているのですか、それとも黒沢さんのイメージのデフォルメで作られているのですか?
だいたい等身大のダゲレオタイプなんてないですから。黒沢さんのイマジネーションで作りました。技術的に等身大は不可能だと思います。でも、従来撮れるダゲレオタイプの写真機はどんな構造をしているのか、を分析して、あの機械ができたんです。
映画『ダゲレオタイプの女』 © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
街自体が不穏な感じ―ロケーションへのこだわり
──映画のオープニングが『クリーピー 偽りの隣人』と同じ、不穏な雰囲気の郊外の街で、『クリーピー 偽りの隣人』は建売の住宅だけれど、『ダゲレオタイプの女』は古い邸宅が出てきます。フランスと日本だから見え方は違うけれど、黒沢さんのなかではたぶん同じテンションで見えているんだなと、面白かったです。
ロケーションについては相当こだわりましたね。彼のなかには明確なイメージがあって、それを求めてかなり時間をかけました。
映画『ダゲレオタイプの女』 © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
──ホラー的な雰囲気を求めていたのでしょうか?
まずパリ郊外という街自体が不穏な感じ、何かが変わって土台が崩れていくようなところにありながら、昔ながらの時代がかったものがそのまま取り残されている屋敷、というイメージに合うところ。それからロケーション・セットだから、地の利的にパリから行ける範囲の場所、といった様々な条件がありました。
──撮影スタッフはパリに住んでいる人たちなんですか?
今回は、メインのロケセットはセーヌポーという、パリから電車で1時間くらい行ったところです。だから、朝早い第一助監督や照明といった一部スタッフは現地に一時的に泊まっていたけれど、監督はパリから通っていました。
──スタッフとキャストも宿泊費の問題があるから、パリ郊外で通える場所でロケセットという条件だったのですね。
それはひとつの基本でしたね。
映画『ダゲレオタイプの女』ロケ現場
──この作品は、フランス国籍のフランス語映画、CNCのワールドシネマとカテゴリーが違うので助成金ももらえる額が大きいということですね。法人がフランスであれば、プロデューサーがどこの国の人でもフランスは受け入れてくれるのですね。そうした意味では、インディペンデント、アートハウス系の映画のプロデュースをやる場合は、世界のなかでは、フランスで作るのがいいということですね。フランス語を覚えるのは必須でしょうか?
フランス語は必要です。書類はフランス語で書かなければいけないですし。
──でも、パートナーを見つければできるのですね。ビターズ・エンドからの「こういう風にしてほしい」という要求はなかったのですか?
特別注文はなかったです。
──フランスはいつ公開ですか?
2017年の2月とちょっと先です。
──それは配給会社の戦略的なことですか?
はい、いろいろ作品があるなかで、同じタイプの観客が来そうな作品の公開とずらしたり、主役のタハール・ラヒムが出ている他の作品があるので、露出が少なくならないようになど、そこは配給会社が考えています。
──世界にはどのくらい売れたのですか?
今回、トロント国際映画祭がワールドプレミアで、そこから本格的にスタートしますが、既に6ヵ国くらい売れています。まだ一般の人は誰も観ていない状況なので、日本のお客さんが世界で最初に観るお客さんです。ぜひ楽しみにしていてください。
(2016年8月31日、スカイプで取材 インタビュー:浅井隆)
映画『ダゲレオタイプの女』 © FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
吉武美知子 プロフィール
プロデューサー。東京生まれ、パリ在住。80年代から映画の様々な分野で仕事。キネマ旬報や女性誌等に寄稿。いち早くレオス・カラックス、シリル・コラール、ニコラ・フィリベール、フランソワ・オゾンを発掘し配給会社ユーロスペースの買い付けをサポート。ジャン・ユスタッシュ、ストローブ=ユイレ、ジャック・ロジエ等、作家の映画を日本へ紹介。ジャンーピエール・リモザン『Tokyo Eyes』レオス・カラックス『Pola X』フランソワ・オゾン『クリミナル・ラヴァーズ』『焼け石に水』『まぼろし』の日仏合作コーディネート。1993年にフランスの映画製作会社 Comme des Cinemas の設立に参加。1998年に諏訪敦彦監督と出会い、以降同監督の『H story』『不完全なふたり』『パリ、ジュテーム』『ユキとニナ』に参与。Comme des Cinemas で『TOKYO!』の企画開発・製作に4年、『ユキとニナ』の企画開発・製作に5年をかけた後、2009年に映画製作会社FILM IN EVOLUTIONを設立。
映画『ダゲレオタイプの女』
10月15日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
パリ郊外、再開発中の街の一角、古い路地に佇む屋敷。ジャンは、そこに住む気難しそうな中年の写真家ステファンの助手として働きはじめた。「これこそが本来の写真だ!」等身大の銀板には、ドレスを着て空虚な表情を浮かべるステファンの娘マリーが写っている。ステファンは娘をモデルに、ダゲレオタイプという170年前の撮影方法を再現していたのだ。露光時間の長い撮影のため、動かぬように、手、腰、頭……と拘束器具で固定されていくマリー。「今日の露光時間は70分だ!」ステファンの声が響く。ダゲレオタイプの撮影は生きているものの息遣いさえも銀板に閉じ込めるかのようだ。この屋敷ではかつてステファンの妻でマリーの母ドゥーニーズもダゲレオタイプのモデルをしていた。ドゥーニーズは今はもうこの世にいない。しかし彼女の姿は銀板に閉じ込められ、永遠を得たのだ。ダゲレオタイプに魅入られたステファン。そんな芸術家の狂気を受け止めながらも、父から離れて自分自身の人生を手に入れたいマリー。そんな彼女に惹かれ、やがて共に生きたいと願うジャン。ダゲレオタイプの撮影を通して、曖昧になっていく生と死の境界線。3人のいびつな関係は、やがてある出来事をきっかけに思いもよらぬ方向へと動き出す――。
監督・脚本:黒沢清
プロデューサー:吉武美知子、ジェローム・ドプフェール
撮影:アレクシ・カヴィルシーヌ
音楽:グレゴワール・エッツェル
出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリック
2016年/フランス=ベルギー=日本/131分
配給:ビターズ・エンド
提供:LFDLPA Japan Film Partners(ビターズ・エンド、バップ、WOWOW)