映画『無垢の祈り』より、主人公の少女フミ役の福田美姫
9月18日にカナザワ映画祭でプレミア上映され、立ち見も出るなど観客が殺到し、大きな反響を呼んだ『無垢の祈り』が10月8日(土)より渋谷アップリンクで公開。webDICEでは公開にあたり、カナザワ映画祭で行われた、亀井亨監督と、原作者の平山夢明さんのトーク・レポートを掲載する。
『無垢の祈り』は、平山さんの短編集『独白するユニバーサル横メルカトル』に収録されている同名短編を実写化、この世に絶望した少女・フミが連続殺人鬼に救いを求める、という物語、虐待・宗教・連続殺人などをテーマに、観る側の倫理観を揺さぶる、リミッターを振り切った容赦ない描写の数々から公開が危ぶまれてきた問題作だ。この日は、撮影にも参加した平山さんと亀井監督から撮影現場のエピソードや、この作品への思いが語られた。
貯金を全てつぎ込み自主製作で完成
平山夢明(以下、平山):この映画は、亀ちゃん(亀井監督)がぜんぶ自分のお金で作った作品なので、よそからは一円ももらっていないんですよ。僕も一円も出していませんし、ポスターからなにから彼が作ったんです。
亀井亨(以下、亀井):貯めていたお金を全てつぎ込んでしまいましたね。
カナザワ映画祭楽屋にて、亀井亨監督(右)、平山夢明さん(左)
平山:僕は虐待について描くときに、分析的なことにあまり興味がないんです。お父さんやお母さんに対する恐怖もあるけれど、虐待されている本人が何を感じているか、なぜ私の家は他と違うんだろう、ということ。なぜ私はこんな辛い思いをして生きなければいけないのに、隣の家では笑っておいしいごはんを食べているんだろう、いつもその子達の間に巨大なクエスチョンがある。
亀井:子どもの世界と大人の世界を描いている平山さんの小説は、他の作品にない、ものすごく独特のものがある。そのなかでこの『無垢の祈り』は、その女の子の世界の見ている風景が平山さんにも見えているのかな、と思ったんです。
平山:小説はある種双方向性で、読者の人が読んで理解して、次に進むというかたちをとっていったので、そうすることで難しい心の部分を描きやすかった。けれど映画だと一方的に流れていくから、難しい題材を見事にやってもらったと思います。
亀井:難しいなと思いました。いくつもチョイスがあって、小説だと読んだ人の数だけ想像力がある。けれど映画は作り手の固定観念で勝負しなければいけない。僕は、自分の固定観念で作っていったほうがいいんじゃないかと腹をくくったんです。全員の想像力に合わせてしまうと、最終的にゆるいものになってしまうという気がしていて。
映画『無垢の祈り』より
平山:以前にも彼には『「超」怖い話』で僕の作品を撮ってもらっているんですけれど、「こういうのを撮りました」というのをちょっと見せてくれたんです。タンスのなかから頭のおかしなお母ちゃんの顔が出てくる、という30秒もないシーンだったんですけれど、「あ、この人は分かってる人なんだな」と直感しました。
亀井:『「超」怖い話』は数話に分かれているので、どうしてもたくさんあるものを収めなければいけない。『無垢の祈り』もそうですけれど、どうせ平山さんの原作を映像化できるのであれば、いちばん楽しんでやりたい。そうするとテレビを超えたり、映画だと映画のジャンルを超えなければいけない。平山さんの小説にはその奥行があるから、どうにかそれを出せるように考えています。
映画『無垢の祈り』より
平山:映画化してもらうときに原作者がまず感じるのは「この人分かってるな」ということ。できる/できないを越えて、同じ世界を共有できているなというのがあると、後は完全に任せられるし、こちらも楽しんで観られる。僕のなかでは、今のところ彼しかいないです。亀ちゃんにはこれに懲りずに、他にも太った女を捨てに行く話とか、売春宿が苦しくなったので猿と山羊を代わりに入れてみたら、猿に負けた女の人たちが怒る話とか映画化してもらえればなと思います(笑)。
映画『無垢の祈り』より、フミの義父・クスオを演じたBBゴロー
当時9歳の主演・福田美姫の女優魂
平山:撮影の見学に行ったのですが、すごかったんですよ。とにかく監督本人も鬼気迫るものがあるし、普通の商業映画のように完全な制作体制はとれないから、必要最小限のスタッフでやっているし、美姫ちゃん(主演の福田美姫)自体も器用じゃないから、リテイクをして、スケジュールが押していくんです。
亀井:夏休みに撮影をあてて、1日だけどうしても最後のシーンが撮れなくて、もう1日撮りました。
映画『無垢の祈り』より
平山:どんどん日が落ちていって、ラストのシーンで食肉の解体工場で、焦ってくるからどんどん追い込んでいく。亀井にどんどん角が生えていって、美姫ちゃんがそれに応える。というのを「ひどいなぁ、この人たち、もう許してやれよ」と見ていました。あ、原作は俺か(笑)。
その日、日が暮れてしまったので、追加撮影を翌日します、ということになって、俺は原作者という責任上、最後まで見届けると現場入っているときは言っていたんですけれど、あまりにも強烈で、次の日は参加しなかったんです。
亀井:殺人鬼役のサコイさんは、ずっと現場にいて、屠殺場の殺される音だけをずっと聞いて自分の役のために準備していたというすごくストイックな方で、けっこう目がトンでるんです。
映画『無垢の祈り』より、殺人鬼役のサコイ
平山:撮影のときは異様な空間だったね。
亀井:常時7人くらい、最低限のスタッフで進めていて、車1台か2台で収まるくらいの規模でやっていたので、全員が役割を兼任しながらやってもらって、これが完成したので、僕は誇りに思います。
平山:いまこうやって彼は静かにしゃべっていますけれど、ラストのシーンなんて、だんだんテンションが上がってきて「お前どうなってるんだ!」と叫んでいて。カメラマンはずっと一緒にやってる中尾正人さんなんですけれど、最小限の機材で自由に動かす人で、その中尾さんのカメラを掴んで自分で動かしているのを見て「あ、おかしくなってる!」って。制御が不可能になってる。
亀井:後でハッと我に返ったんですけれど、自分で正気かなと思いました(笑)。
平山:そしてなんと言っても主演の美姫ちゃんはがんばったよね。
亀井:美姫ちゃんもそれに「はいっ」って体育会系のノリになっていました。
映画『無垢の祈り』より、フミ役の福田美姫
平山:亀井くんのなかでは和製ジョディ・フォスターのようにして、『タクシー・ドライバー』のような映画に出てもらおうというのがあったと思います(笑)。
虐待を受けている設定で、子どもは世界観の把握ができていないから、家庭の成り立ち自体が社会と地続きになっている。女の子のもっとも安心できる場所である家庭が戦争状態になっていると、外はもっと破壊されている世界、もしくは自分を切り捨てていく社会ということになる。そういうなかにいるであろう女の子の「目」が、美姫ちゃんにはしっかりできていた。
亀井:撮影当時9歳でしたが、彼女はほんとうに女優だと思いました。
平山:小さい頃に読んで影響を受けた小説で『血の末裔』という短編があるんです。スティーブン・スピルバーグが名を売ることになった映画『激突!』の原作で知られるリチャード・マシスンが書いていて、生まれつき変わった子どもが「吸血鬼になりたい」と一生懸命なる練習していると、最後に本物の吸血鬼が現れる、という物語が強烈に頭のなかにありました。この『無垢の祈り』の、なんとかこの状態から脱したいと希求する少女が殺人鬼に助けを求める、という逆転の仕方、人間に救いは求められないという絶望から異形のものに救いを求める、というモチーフは、たぶん『血の末裔』から来ていると思います。
(9月18日、カナザワ映画祭にて ©カナザワ映画祭)
映画『無垢の祈り』
10月8日(土)より渋谷アップリンクにて公開
学校で陰湿ないじめを受ける10歳の少女フミ。家に帰っても、日常化した義父の虐待が日を追うごとに酷くなり安息の時間もない。母親は、夫の暴力から精神の逃げ場をつくるべく、新興宗教にいっそうのめり込んでいく。誰も助けてくれない――フミは永遠に続く絶望の中で生きている。そんなある日、自分の住む町の界隈で起こる連続殺人事件を知ったフミは、殺害現場を巡る小さな旅を始める。そしてフミは「ある人」に向けて、メッセージを残した――。
監督:亀井亨
原作:平山夢明(短編集『独白するユニバーサル横メルカトル』[光文社刊]収録『無垢の祈り』)
出演:福田美姫、BBゴロー、下村愛、サコイ、綾乃テン、奈良聡美、YOSHIHIRO、幸将司、高井理江、シゲル、三木くるみ、河嶋遥伽
脚本:亀井亨
撮影:中尾正人
音楽:野中“まさ”雄一
美術:松塚隆史
録音:甲斐田哲也
音響効果:丹愛
撮影助手:坂元啓二
助監督:芦塚慎太郎
制作担当:内田亮一
2015年/ビスタサイズ/ステレオ/85分