映画『われらが背きし者』より ©STUDIOCANAL S.A. 2015
『裏切りのサーカス』の原作で知られる作家ジョン・ル・カレのスパイ小説を、ユアン・マクレガー主演で映画化した『われらが背きし者』が10月21日(金)より公開。webDICEではスザンナ・ホワイト監督のインタビューを掲載する。
ユアン・マクレガーが演じるのは、詩を教えるイギリス人大学教授ペリー。妻のゲイルとともに訪れたモロッコでの休暇中に、ロシア・マフィアで「世界一のマネーロンダー」と呼ばれるディマと偶然レストランで知り合い、組織のやり方に反発するディマからマネーロンダリング(資金洗浄)の情報をMI6(イギリス秘密情報部)に渡してほしいと頼まれる。彼の家族の命が狙われていることを知ったペリーとゲイルは、イギリスで腐敗政治家を調査していた捜査官・ヘクターからの依頼もあり、ディマと家族の亡命に手を貸すことになる。ホワイト監督は、実直な性格のペリーと、奔放かつ家族を愛する男ディマ、という一見背反するふたりの友情を中心に、世界を股にかけた逃亡劇と交錯する人間関係をシャープに描いている。
現代の人々にも通じる人間感情を描いている
──『われらが背きし者』はエレガントで豪華な内容ですし、キャストやスタッフもすごい顔ぶれです。プロジェクトに取りかかるにあたり、作品の可能性についてどう感じていましたか?
ホセイン・アミニの脚本を手にした瞬間からこのプロジェクトに惹かれていたの。一度開いたら置くことができず、一気に読んだわ。サスペンスの要素にももちろん興奮したけど、登場人物の感情も深く描かれていて、硬めの政治的テーマも扱っていた。そして何よりも、現代のイギリスやロシアが舞台であることに興味を持ったの。ル・カレ原作の映画を観て育ち、リチャード・バートン主演の『寒い国から帰ったスパイ』などは傑作だと思うけど、本作はそのような暗い路地裏や室内を感じさせる内容ではなく、ヒッチコック風のストーリーだった。これはロードムービーね。雪のロシアに灼熱のモロッコ、さらにパリ、ロンドン、スイスへと舞台を移していく。
映画『われらが背きし者』 スザンナ・ホワイト監督 ©STUDIOCANAL S.A. 2015
ル・カレのブランドがあれば、一流のスタッフが集まることは分かっていた。撮影監督は『ラストキング・オブ・スコットランド』や『スラムドッグ$ミリオネア』を手掛けたアンソニー・ドッド・マントル、プロダクションデザインは『アンナ・カレーニナ』や『つぐない』手掛けたサラ・グリーンウッドにお願いした。他の部門も一流のスタッフが参加してくれたし、言うまでもなく出演者も名優ばかりよ。だから、とても楽しみなプロジェクトだったわ。
──そうでしょうね。思わず笑みがこぼれてしまうような名前が並んでいます。世界各国を舞台にしながら、キャラクターの心理やその場のムードに応じて変化していく撮影も素晴らしかったです。
アンソニー・ドット・マントルは世界でただ一人、アイデアを一つ得たら、それを10倍にも良くできる並外れた人よ。
映画『われらが背きし者』より、ペリー役のユアン・マクレガー(左)、ディマ役のステラン・スカルスガルド(右) ©STUDIOCANAL S.A. 2015
──ストーリーの中心となっている、ユアン演じるペリーが追い込まれる窮地について教えてください。
ユアン演じるペリーは自分自身を見失っているの。彼の夫婦関係はとても現代的だと思うわ。二人ともキャリアを積もうとしていて、ペリーは妻に対して少し不満を抱いている。でも彼はそれを認めるタイプではないわ。自分は女性の自立と成功を応援する人間だと思っているからね。とはいえ、妻の方が断然収入は多いし、ペリーは自分の仕事に満足していないし、どうしていいか分からないの。そんな時にマネーロンダリングをしているロシア人、ディマと出会い、彼の男らしい自信に満ちあふれた人柄に魅せられてしまう。そして“ロシアのマフィアに命を狙われているから、メモリースティックをMI6に手渡してほしい”と頼まれるの。ペリーは、MI6やロシア・マフィアに巻き込まれながら、その旅を通じて自分自身を発見していき、さらにその過程でペリーはナオミ・ハリス演じる妻との関係も修復していく。だから、ル・カレらしい政治やスパイ的要素を扱っていると同時に、現代の人々にも通じる人間感情を描いているわ。
映画『われらが背きし者』より ©STUDIOCANAL S.A. 2015
何が何でもディマと彼の家族を救いたくなる
──ディマについてもう少し話してもらえますか?彼はこのストーリーのドラマ性や、エンターテインメント的な側面を原動力となっていますよね?
実はデビッド・コーンウェル、つまりジョン・ル・カレと初めて会った時、ディマを演じてくれたの。彼はモノマネがすごく上手なのよ。あまり知られていないけど、彼はすばらしいストーリテラーで、もし世界有数の作家になっていなければ役者になっていたかもしれないわね。本当に最高よ。その時、ル・カレは実際にロシアで知り合った、面白いカリスマ性のある男性を再現してくれたのよ。
映画『われらが背きし者』より ディマ役のステラン・スカルスガルド ©STUDIOCANAL S.A. 2015
その後、誰がディマ役に適しているか考えた時、ステランが頭に浮かんだの。なぜなら彼自身は温かくカリスマ性にあふれていて、ユーモアのセンスもあるけど、とてもダークで暴力的な人物も演じられるからよ。そして彼はそういう一面を見せることをためらわない。実際ディマは、一瞬にしてキレて暴力的な人間になる。でも私たちはどうしても彼に心奪われてしまうの。ペリーのようにね。だから、何が何でもディマと彼の家族を救いたくなるの。それがこのストーリーの核にあるテーマよ。ある男が、別の男の家族を救うの。
映画『われらが背きし者』より ©STUDIOCANAL S.A. 2015
──ディマというキャラクターを具現化していくステランを見ていて興奮しましたか?彼の演技力やスクリーン上の存在感を目の当たりにすると、間違いなくファンになってしまうはずです。そのプロセスは心躍る体験でしたか?
ステランと一緒に仕事ができたのは大きな喜びだった。とにかくすばらしかったわ。朝、現場に来る時もいつも元気いっぱいで、子どもたちに悪態をつくんだけど、なぜか文句を言えないのよ。愛すべき人柄だわ。役者としても最高よ。とにかくパワフルで、1つのシーンを何パターンもノンストップで撮りたがった。一緒に仕事ができて本当に楽しかったわ。これから私が作る映画、すべてに出演してほしいわね。
映画『われらが背きし者』より ©STUDIOCANAL S.A. 2015
ユアンは、自信喪失ぎみの人物を演じるのは役者としてチャレンジだったと思う
──ユアンの役は、どこにでもいそうな役柄で多くの人が共感できると思います。ユアンがこの役に適していると感じた理由は?
ユアンの役は、最初自分を失っていて精神的にも弱いから、この役を引き受けたのは勇気がいったと思う。ペリーは自分が何を欲しているのか、何者なのか分からず、見えないものを探し求めているの。ナオミ・ハリスのセリフにもあるけど、MI6やマフィアが彼に目をつけたのは、そこに理由があるのよ。ロシアのマフィアは“さまよう魂”を狙っているの。
ユアンは身近にいそうな、親しみを持てる人柄だから、今回の役にぴったりだった。出演を決めたのは勇敢だったと思う。精神的に脆く、自分探しの旅に出なければいけない役を演じるのは役者として簡単ではないもの。でもその旅に同行できてうれしかったわ。
映画『われらが背きし者』より ユアン・マクレガー ©STUDIOCANAL S.A. 2015
──それでもユアンは映画界においてカリスマ的存在ですし、演技力もある俳優なので、あのような状況にいる人物を演じるのは大変だったと思います。
ユアンは親近感を覚える人柄だけど、彼自身は演じているキャラクターとは正反対だわ。カリスマ性があり、人々を惹きつけ、自信にあふれた人だから。だから、本人とはかけ離れた、脆くて自信喪失ぎみの人物を演じるのは役者としてチャレンジだったと思う。でも見事になり切ってくれたわ。
映画『われらが背きし者』より ナオミ・ハリス ©STUDIOCANAL S.A. 2015
──ペリーとナオミ演じるゲイルとの関係ですが、彼は過去の過ちを償いたいという気持ちもあり、ペリーの旅路の土台となっています。ナオミは二人の関係において、どのくらいの役割を担っていますか?二人の相性はいいように感じるのですが。
キャスティングの時、念頭にあったのは、今どきの夫婦らしく見せたいということ。ル・カレが原作なのにとても現代的で、今のロンドンらしさが出ていて、それがこの作品の面白いところだと思うの。だから、現代の夫婦を描き、観ている人の共感を呼ぶことが大切だった。今の社会で夫婦が共に仕事を続けていくのはとても難しく大変なことで、必然的に二人で過ごす時間を割かなければいけなくなる。リハーサルではそのことについても話し合ったわ。二人の生活で何が欠けていたか、どのような偽りがあったか。それを追究しようとした。観終わったあと、二人の関係は今後も続き、二人は一緒にいる運命なんだと感じるはず。徐々に二人の関係が回復していくのも分かるわ。よい結末が人々の心に響くことを願う。
(オフィシャル・インタビューより)
スザンナ・ホワイト(Susanna White) プロフィール
1960年、イギリス生まれ。オックスフォード大学とUCLA卒業後にBBCで数多くのドキュメンタリー番組に携わる。テレビシリーズ「ブリーク・ハウス」(2005)で高い評価を受け、テレビシリーズ「ジェイン・エア」(2006)、テレビシリーズ「ジェネレーション・キル 兵士たちのイラク戦争」(2008)等でエミー賞監督賞にノミネートされている他、テレビシリーズ「パレーズ・エンド」(2012)も手掛けている。また、『ナニー・マクフィーと空飛ぶ子ブタ』(2010)で長編映画デビューを果たしている。
映画『われらが背きし者』より 捜査官・ヘクター役のダミアン・ハリス ©STUDIOCANAL S.A. 2015
映画『われらが背きし者』
10月21日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
モロッコでの休暇中、イギリス人の大学教授ペリーとその妻ゲイルは、偶然知り合ったロシア・マフィアのディマから、組織のマネーローンダリングの情報が入ったUSBをMI6に渡して欲しいと懇願される。突然の依頼に戸惑う二人だったが、ディマと家族の命が狙われていると知り、仕方なく引き受ける事に。しかし、その日を切っ掛けに、二人は世界を股に掛けた危険な亡命劇に巻き込まれていく……。
監督:スザンナ・ホワイト
原作:ジョン・ル・カレ
出演:ユアン・マクレガー、ステラン・スカルスガルド、ダミアン・ルイス、ナオミ・ハリス
脚本:ホセイン・アミニ
原題:Our Kind Of Traitor
提供:ファントム・フィルム、ハピネット
配給:ファントム・フィルム
2016年/イギリス=フランス/107分