映画『兵士A』より
七尾旅人のライブ映像作品『兵士A』が8月20日(土)より渋谷アップリンクで一週間限定上映。webDICEでは公開にあたり宇川直宏によるこの作品へのコメントを掲載する。
この映像作品は、2015年11月に東京・渋谷のライブハウスWWWで開催された同名のワンマン公演の模様を収録。7月7日のDVD、Blu-rayリリースにあたり7月5日に渋谷WWWで行われた試写会に参加したアップリンクの担当者が、これは映画館で体験すべき「映画」であると、急きょ劇場公開を企画し、ロードショー公開が決定。8月15日の終戦記念日には先行上映が行われ、七尾旅人が舞台挨拶に登壇し「兵士Aというのは、これから数十年ぶりに現れる、一人目の戦死自衛官のこと。ただこの先、最速であれば、11月の南スーダンの陸上自衛隊による『駆けつけ警護』でごく普通の青年が死ぬかもしれない」と自身が描いた物語が現実になるかもしれない不安を口にしながらも最後に「芸術の力を信じてください」と希望のメッセージで締めくくった。
宇川直宏(DOMMUNE主宰)
抉(エグ)りとった「心」の・ようなもの
七尾旅人.....僕はもうかれこれ15年間程前から、この現代日本に於ける稀少な吟遊詩人の表現を追っている。だから、だからこそ「兵士A」を見逃したことだけが、去年の僕の心残りであった。そこで、未だ観ぬものの特権として、TWITTERでライヴ帰りのフォロワー達の驚嘆のつぶやきを漁ったり、『911FANTASIA』との連なりを探ったり、また「この国の どこかで まだ 君が生きている」...この詞からルバング島より帰還した"最後の日本兵"小野田寛郎氏を重ねたりして、ひとり「兵士A」の妄想に浸っていた。その上で、美化される出来事の地獄の真実と、極限状況の阿鼻叫喚を、七尾旅人は描いているに違いない!そう確信していた!!!!!!!
あれから、8ケ月…。遂に「兵士A」は忘れ形見のように、ブルーレイディスクに姿を変えて僕の目前に立ち現れた!!!!!!! そして、僕の想像の遥か数十億光年の彼方に、この作品が君臨していたことに恐れ戦くのであった.....。
1人目の戦死陸上自衛官=「兵士A」の、およそ100年間に及ぶ壮大なサーガは、嘗て自らが体感した全ての表現に似ておらず、しかし、体感した表現のあらゆる要素が入り乱れていた。つまり、これは勿論、音楽であり、そして、演劇であり、漫画であり、映画であり、そしてまたパフォーミングアーツでもあって、更には、個が放つ大衆芸能の総体であるかのように雄弁だった。落語、講談、浪曲、義太夫.....全ての要素がここにあるではないか? しかし、この作品は、そんなカテゴライズ自体を拒絶しているかのように、最終的には、そのどれにも回収されておらず.....にも関わらず、それら全ての表現の底流に脈打つ、創作の正体が剥き出しになっているかのように無防備だった。七尾旅人の全身全霊から放たれる、創造の根源としての身体的衝動と、また個体と外界(社会)との相互作用、そしてなにより七尾本人の現世を生きた痕跡が、物語の主人公である「兵士A」のメディウムと化して滲み弾ける。Aは、Bであり、Cでもあり、またXでも、Zでもあって、あなた自身、そして僕自身でもあるのだ。
しかし特筆すべきは、この"特殊ワンマン"で構成された、"うた達"は、フォーク文脈のクリシェとしてのプロテストソングなどでは毛頭ないということだ。つまり、この表現は、社会運動や反戦運動と結びついた直接的な政治的抗議ではないのだ。疑いもなく妄信してきた政府が、戦争国家へ向け強権的に動きだし、そして、世界が少しずつ破綻して行く不安と、焦燥と、恐怖を、物語の登場人物になりきり、渾身の力で描き出しているのだ!!!!!!!
この映像作品の中には、それら七尾の繊細な心の揺らぎを中心に、観念的な口寄せによって降霊した様々な登場人物が顔を出したり、またその惨状を目撃した観客の情動が乱反射したり....自己と他者と架空の人物が、分裂的に歪んで溶解し合って空間に渦巻いた、生命力の束として真空保存されていた!!!!!!! このディスクには、音楽も言語をも超越した、ありとあらゆる人間の感情が詰まっているのだ!!!!!!!
そしてその演奏空間を再生することによって、収録された生命力は空気感染を果たし、我々視聴者の精神に多層的に作用する!!!!!!! そう、この作品は抉(エグ)りとった「心」の・ようなものだ!!!!!!! その証拠に観賞後、取り出した銀盤が、人間の心臓に見えてきたではないか? だけど、誰も知らない、ほんとは知らない....。しかし遂に、この映像を目撃してしまった僕は、「兵士A」は小野田寛郎氏のように生き残ってはいなかった、という物語を知ることとなる。「兵士A」は、人を殺し、そして人に殺されていたのだ....。
「私は戦場での三十年、 生きる意味を真剣に考えた。戦前、人々は「命を惜しむな」と教えられ、死を覚悟して生きてきた。戦後、日本人は何かを「命がけ」でやる事を否定してしまった。覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが、死を意識しない事で日本人は生きる事を疎かにしてしまってはいないだろうか?」最後の日本兵、小野田寛郎氏は、戦後を生きる我々にこのような言葉を残し、警笛を鳴らした。そして、いま、我々は、世紀を超えて、文字通り「命がけ」の創造に向かい合うこととなった。一心不乱な七尾旅人の覚悟に触れて「命」の意味を上書きしてしまったのだ!!!!!!! だからこそ声高に叫びたい!!!!!!! これは、壮絶な「玉砕」などではない。極限の「創造」なのだ、と!!!!!!!
僕は、七尾旅人と同じ時代を生きていることを誇りに思う......。
映画『兵士A』より
【関連記事】
『兵士A』七尾旅人が演じる、数十年ぶりに現れるかもしれない一人目の戦死自衛官:終戦記念日の先行上映で舞台挨拶(2016/8/15)
http://www.webdice.jp/dice/detail/5222/
七尾旅人『兵士A』
8月20日(土)より渋谷アップリンクンクにて一週間限定公開
作詞・作曲・演奏:七尾旅人
サックス・クラリネット:梅津和時
舞台映像:ひらのりょう
監督:河合宏樹
2016年/日本/175分/カラー/16:9
劇場サイト:http://www.uplink.co.jp/movie/2016/45666
『兵士A』特設サイト:http://www.tavito.net/soldier_a/