映画『イレブン・ミニッツ』よりバイク便の男(ダヴィド・オグロドニク) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
現在78歳のイエジー・スコリモフスキが、午後5時からの11分間を舞台に、大都会で暮らす人々の姿と運命を描いた群像劇『イレブン・ミニッツ』が8月20日(土)より公開。webDICEではスコリモフスキ監督のインタビューを掲載する。
舞台となるのはポーランドのワルシャワにあるグジボフスキ広場付近。離婚問題で揉めている映画監督とオーディションのため彼と会うポーランド生まれの女優アニャを中心に、アニャの夫、ホットドッグ屋の主人、バイク便を仕事とする彼のジャンキーの息子、登山家の男女のカップル、女性救命隊員、映画の撮影現場に居合わせた画家、質屋強盗を試みる少年、犬を連れたパンクの少女と、一見関わりのないように感じられる11人の人々。ある日の午後5時から5時11分まで11分の間に彼らに起きる出来事と人間関係を、ウェブカメラやカメラ付き携帯、監視カメラといった映像を織り交ぜ、ラストのカタストロフまでスリリングに描いている。
辛い出来事から立ち直るために作った
──この奇想天外とも言える映画の着想はどこから生まれたのでしょうか?
この映画は、個人的にとても辛い出来事があり、そこから立ち直るために作ったものだ。まず、そんな時期にみた強烈な夢があった。ある朝、その夢をみて目覚めた時、これは映画の最高のラストシーンになると思った。それは具体的な映像というよりは、あのラストシーンの持つ、独特な雰囲気のようなもの、破滅の連鎖のイメージだ。そこから、そのラストシーンにどんな人物が集まるかを想像していった。なるべく多様な人、それぞれに個性や背景を持った人が集まって来る。監督、女優、その夫、ビルの壁を修理する男、ホットドッグ屋、修道女……。それぞれの登場人物には関係性を持つものもあれば、まったく持たないものもある。「カタストロフ」とは「運命のシンクロニシティ」ともいえる時間の一致だ。その時間に向かって、時間を逆転させ登場人物たちを緻密に配置し、脚本を組み立てていった。つまり、物語の冒頭が、一番最後に考えたものなんだ。
映画『イレブン・ミニッツ』イエジー・スコリモフスキ監督 ©Maciej Komorowski
──この映画における“時間”の役割について教えて下さい。
時間が有益な役割を果たすというのが、この映画をめぐって当初抱いていたアイディアだった。脚本は、頭のなかで厳密な制約を伴いつつ書き上げられていた。登場人物たちの行動を入念に調整し、各々のストーリーを現実の時間のなかで示そうと思ったのだ。一連のできごとは、午後5時から5時11分までの11分間にぴったり含まれることになっていた。最終的にできあがった映画のなかでは、この構造的厳密さはゆるやかなものになっているが、その方がもっと説得力があることがわかった。それでも時間経過の強調が感じられるものとなっていれば、と願っている。だが時間経過の強調が、ストーリーを感情的に理解するための助けになるわけではない。結局はメタファーを用いることを選んだのだ。
映画『イレブン・ミニッツ』より、映画監督(リチャード・ドーマー)と女優アニャ(パウリナ・ハプコ) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
──なぜ10でも13でもなく11だったのでしょうか?
最初は数学的な理由があった。まず登場人物が10人ほどの映画を作ろうと思ったのだが、100分あまりの映画を想定した場合、一人に使う時間は10分程度となる。そのくらいあれば、なんとかその人物たち全員を描く映画が撮れるだろうと考えた。それで10から13の数字を想定したのだが、10は「10進法」や「デカローグ(十戒)」を思わせ、12も「12か月」や「12人の使徒」を、13は言うまでもなく不吉な数字として想起される、すると、あとは11しかないということになる。その意味で、なるべく意味付けされていない数字を選んだつもりだ。最終的には、純粋に美学的な水準で、どういうわけか11という数字の対称性(シンメトリー)と単純さに魅せられたので、それに決めたんだ。
映画『イレブン・ミニッツ』より、登山家の女(アガタ・ブゼク) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
この作品には「緻密に計画された曖昧さ」がある
──本作には斬新な目線のカットや、スマートフォンを使った映像など、新しい技術も積極的に活用されています。それらを使用した理由をお聞かせ下さい。
それらを最も象徴的に使ったのは、この映画の冒頭シーン。あれは、スマートフォンやWEBカメラで撮られた映像を使用している。その映像が終わったところでタイトルバックがあり、17時ちょうどからの物語がスタートする。物語のプロローグの部分にあたるわけだが、多様な人物が現れるこの映画にあって、いきなり17時ぴったりから始まるのではなく、まずは幾人かのバックグラウンドを観客に知ってもらおうと考えた。そのためには、通常のカメラで撮影するより、違った映像メディアを使用することが望ましいと思ったんだ。
映画『イレブン・ミニッツ』より、質屋強盗を試みる少年(ウカシュ・シコラ) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
また、そのあと5時11分までのテンポも、シーンによって時間が引き伸ばされたり、異常に早くなったりと、時間は一様に推移しない。カメラ・アングルもそうだが、同じ時間を捉えるのに様々な手法を忍ばせている。
映画『イレブン・ミニッツ』より、ホットドッグ屋の主人(アンジェイ・ヒラ) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
──この映画には、現代の生きる人々の「不安」が随所に投影されていると感じます。それは意図的なものでしょうか?
もちろんだ。この映画はワルシャワで撮影されたが、ふつう飛行機はあんなに低く飛ばないものだ。人は普段より低く飛行機が飛んでいると不安になる。また、街中を走る霊柩車、登場人物の何人かが気づく「空にあるなにか」など、不安を呼び起こすシーンをかなり意識的に、随所に忍ばせた。例えばこの映画で、一か所だけ、巨大な十字架が登場するんだ。観た後の観客にそれに気づいたかと問いかけたら100人中5人しか気づいていなかったよ。それ以外にも、老画家の絵に落ちるインクの染みといった、ある感情的なざわめきを掻き立てるようないくつかの「不安」そして「予兆」的なカットが多く見つかるだろう。ジャック・ニコルソンが前作の『エッセンシャル・キリング』を観て、私の映画のスタイルについて述べてくれた言葉がある。「緻密に計画された曖昧さ」。この作品にもそれは現れていると思う。
映画『イレブン・ミニッツ』より、老画家(ヤン・ノヴィツキ)©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
──同時にこの映画にはコミュニケーションが不全に陥った人々が多く登場します。このような人物たちは自身の亡命作家としての境遇が影響しているのでしょうか。
自分の経験が反映されている、ということは確実にあるだろう。ただし、映画制作においては、異国の地でも素晴らしい仲間に恵まれ、コミュニケーションに難しさを感じたことはなく、「亡命作家として」ということをあえて強調したくはない。それよりも、今日における人間関係というものが不誠実さを基に築きあげられるようになっている、そのことへの反省を映画に込めている。
映画『イレブン・ミニッツ』より、女優アニャの夫ヘルマン(ヴォイチェフ・メツファルドフスキ) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
私は退屈な映画が嫌いだ
──この作品を観た誰しもが、非常に若々しいエネルギッシュな映画だと思うでしょう。なぜ78歳の監督にこのような映画を撮るエネルギーがあるのでしょう。
まず第一に、私は退屈な映画が嫌いだ。他の人が作った映画もあまり観ない。すぐに劇場を出たくなってしまうくらい、退屈なものが多いからね(笑)。だから私が作る映画に対しては、観客にそんなふうに感じてもらいたくない。退屈しない映画を撮りたいと、いつも思っているんだ。
第二に、私は映画監督であると同時に画家でもある。「アンナと過ごした4日間」までの、映画を撮らなかった長い期間、ずっと絵を描いて過ごしていた。私のまわりには、常に映画を撮り続けていなければ映画監督でない、というふうに考える人もいるが、私は違う。撮りたくなった時に撮る。映画の着想がふっとわいてくる、その時に映画を作る。そうやって映画を撮っているから、一作ごとに、真っさらな気分で映画に臨めていると思う。今回、気心の知れた撮影監督をはじめこれまでのスタッフを一新したのも、その、自分の映画を常に新しい地平に置きたいという気持ちにつながっている。
映画『イレブン・ミニッツ』より、女優アニャ(パウリナ・ハプコ) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
次回作?次にいつ撮るか、何を撮るかもわからないね。最近は3作続けて映画を作ったから、今度はしばらく絵を描いて過ごしたいと思っているんだ。だけどまた急に撮りたくなって、次回作も案外、すぐに出来るかもしれないね(笑)。
(オフィシャル・インタビューより)
イエジー・スコリモフスキ(Jerzy Skolimowski) プロフィール
1938年5月5日ポーランド・ウッチ生まれ。アンジェイ・ワイダの『夜の終わりに』(60)で共同執筆およびボクサー役で俳優デビュー。ポランスキーの長編デビュー作『水の中のナイフ』(62)で台詞を執筆。64年、自ら主演して完成させた長編第1作『身分証明書』を発表。その後『不戦勝』(65)、『手を挙げろ!』(67)を監督・主演でつくりあげる。『手を挙げろ!』がスターリン批判と言われ上映禁止処分となり、これにより国を離れる。67年ベルギーを舞台にジャン=ピエール・レオー主演『出発』を監督。イタリア・ロケによる英国映画『ジェラールの冒険』(70)、ジョン・モルダー=ブラウン主演の『早春』(70)などを意欲的に撮る。『ザ・シャウト/さまよえる幻響』(78)でカンヌ国際映画祭グランプリ、『ムーンライティング』(82)で同映画祭最優秀脚本賞に輝き、『ライトシップ』(85)でベネチア国際映画祭監督賞および審査員特別賞を獲得。また、この頃俳優として出演した『ホワイトナイツ 白夜』(85)での演技が高い評価を受け、アメリカの大学で講師を務めると共に、画家としても活動しながら、ティム・バートン『マーズ・アタック!』(97)、ミカ・カウリスマキ『GO! GO! L.A.』(98)、ジュリアン・シュナーベル『夜になる前に』(00)、デヴィッド・クローネンバーグ『イースタン・プロミス』(07)などに出演。2008年、17年ぶりに監督復帰した『アンナと過ごした4 日間』を故国ポーランドで製作。10年、ヴィンセント・ギャロ主演『エッセンシャル・キリング』でベネチア国際映画祭審査員特別賞、最優秀男優賞をW受賞。現在は、『夜になる前に』で共演したエヴァ・ピャスコフスカと公私にわたりパートナー関係にあり、ふたりの名前をとって命名した映画会社SKOPIAを起点に活動。俳優としてもハリウッド超大作『アベンジャーズ』(12)で健在ぶりを披露している。
映画『イレブン・ミニッツ』より、映画監督(リチャード・ドーマー)と女優アニャ(パウリナ・ハプコ) ©2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT
映画『イレブン・ミニッツ』
8月20日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督・製作・脚本:イエジー・スコリモフスキ
出演:リチャード・ドーマー、ヴォイチェフ・メツファルドフスキ、パウリナ・ハプコ
英題:11 MINUTES
2015年/カラー/ポーランド、アイルランド/81分/デジタル
提供:ポニーキャニオン、マーメイドフィルム
配給:コピアポア・フィルム
公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/11minutes