骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-08-12 16:30


"コミュニティが先生を変えた"スラム街の子供達が奏でるブラジル映画『ストリート・オーケストラ』

クラシック交響楽団「エリオポリス」誕生の実話を映画化、監督が語る
"コミュニティが先生を変えた"スラム街の子供達が奏でるブラジル映画『ストリート・オーケストラ』
映画『ストリート・オーケストラ』より、ラザロ・ハーモス演じるヴァイオリニストのラエルチと彼が教えるスラム街の学校の生徒たち ©gullane

ブラジルのスラム街の子どもたちにより結成されたクラシック交響楽団「エリオポリス」誕生の実話を映画化した『ストリート・オーケストラ』が8月13日(土)より公開。webDICEでは自身もブラジル出身のセルジオ・マシャード監督のインタビューを掲載する。

インタビューでも語られているように、マシャード監督は実際の事件をベースにしたリアリティだけでなく、オーディションに落ち意気消沈するひとりのヴァイオリニストが、子どもたちに音楽を教えることによって音楽への情熱を取り戻す過程を追うことで、スラム街を舞台にした映画に特徴的な暴力やドラッグの問題を描きながらも、よりパーソナルな物語へと導くことに成功している。

映画をよりパーソナルなものにしたい

──この映画を撮ったきかっけを教えてください。

ふたつあります。ひとつは、両親が音楽家だということです。父はピアノを、母はファゴットをバイーア大学交響楽団で吹いていました。幼い頃はオーケストラの中で育てられ、楽器で遊んだりしていたので音楽の世界には親しみがあり、両親へ捧げたいという気持ちがありました。もうひとつは、ブラジル映画といえば、ネガティブな問題に焦点をあてた作品が多いのですが、その中で希望を伝える映画を作りたいと思ったということです。音楽は普遍的な言語として世界中に通じるものだと思っています。

映画『ストリート・オーケストラ』セルジオ・マシャード監督
映画『ストリート・オーケストラ』セルジオ・マシャード監督

──主人公のラエルチは、もともとは教師としての熱意があったのではなく、普通の人だと感じました。どうしてこのように描いたのでしょうか?

実はもともとこの作品の監督を引き受けた時に、別作品を撮影していたので、プロデューサーが別の人に脚本を頼んでいたのですが、あがってきたものに納得ができず修正をかなりしたんです。私は映画をつくる際には、よりパーソナルなものにしたいと思っています。最初の脚本のままでは撮れないと思い悩み、このままでは映画を撮れなくなってしまうのではないか、とまで思いました。私は、映画監督になると子どもの頃に意志を固めてから、その意志が揺らいだことはありませんが、ラエルチが感じる恐怖は、ある日突然なんらかの理由でこの仕事ができなくなるという私自身の恐怖でもあります。つまり、私には映画をつくることしかできないのに、それさえ出来なくなってしまったらそこからどう回復していくのか、その道のりを描こうと思い至ったのです。自分の中のラエルチを発見した瞬間から、脚本をスムーズに書くことができました。この映画は、主人公のバイオリニストが直面するジレンマ、オーディションで神経衰弱を起こし、人生の全てを捧げて来た夢を一生叶えられないという恐怖を、自分自身のジレンマと重ねた、個人的な要素を含むプロジェクトでもあるのです。

映画『ストリート・オーケストラ』より ©gullane
映画『ストリート・オーケストラ』より ©gullane

またもうひとつ大事なことは、「素晴らしい教師との出会いによって、子どもたちが変わった」という物語ではなく、「コミュニティが先生を変えた」という物語にしたということです。私は、世間からはみ出し者と見られがちな人物たちを違う切り口で描きたいといつも思っています。前作では、貧しい地域に生まれた人々が、愛の力で人生を変える物語でした。ブラジル映画では、スラム街を舞台にすると、暴動とか暗い話題が主題になりがちですが、私はそうしたくはありません。また、新作でも、例えばウォルター・サレスと進めている次のプロジェクトでは、アニメなのですが小さな虫が大きな世界を救うという物語で、しかもその小さな虫は、可愛いものではなく、ゴキブリやドブネズミたちなんです。私は、泥の中でさえも花は咲く、どんなところにでも希望はあるということをいつも描こうとしています。

この映画は、もともとは頼まれて引き受けた仕事ですが、結果的にはとても大事な仕事になりました。

映画『ストリート・オーケストラ』より ©gullane
映画『ストリート・オーケストラ』より ©gullane

生徒役の子たちに出来上がった作品に誇りを持ってほしかった

──生徒役のキャストはどのようにして選んだのでしょうか?彼らとの撮影はどうでしたか?

彼らは全員スラム街出身で、演技経験のある子は1人しかいません。オーディションでは、自分の人生を語ってもらいました。そして子どもたちを初めて集めた日に、みんなの前でもう一度、自分の人生を語ってもらったんです。彼らはまだ子どもですが、すでに苦しみを十分に味わい、暴力などの痛みを感じているという共通点があります。他人の話を聞いて、涙する子どもたちを見た時、「この映画のことが分かった」と感じました。クラウディオ・アバドというイタリアの有名な指揮者がいましたが、彼は「クラシックの未来は南米にある」と言っています。これはエル・システマという素晴らしいプログラムがあるからですが、私も実際にそうなんだろうなと感じています。

彼らは、もしかしたら人生でたった1回かもしれないチャンスと感じ、撮影に真剣に向き合ってくれました。また私にも、色々な意味で変化をもたらしてくれました。撮影を始めてすぐに、この映画は彼らが作り、彼らのために作られる物だと気付きました。彼らがインスピレーションの源であり、最終的に少年たちにこの映画を見てほしかったので、とにかく彼らの本当の姿を描けるように努力しました。彼らが自らを発見し、出来上がった作品に誇りを持ってほしかったのです。

──彼らは、ブラジルの映画界の大物俳優のラザロ・ハーモスと共演しました。ラザロをラエルチに選んだのはどうしてでしょうか?

実は当初は彼が一番の候補ではありませんでした。主人公の友人役の話を彼に持ちかけたのです。ラザロとは15年来の友人です。脚本を読んで、彼は自分自身の話だから、この主人公役が務まるのは自分以外にいない、ぜひやらせて欲しいと言ってきたのです。もともとは白人をイメージしていたので戸惑いましたが、最初で最後のお願いとまで言われました。

映画『ストリート・オーケストラ』より ©gullane
映画『ストリート・オーケストラ』より、ヴァイオリニスト、ラエルチ役のラザロ・ハーモス(左)、アジーラ校長役のサンドラ・コルベローニ(右) ©gullane

彼は、映画に出てくる子どもたちよりもっと貧しいスラム街出身で、 芸能界への道は、社会福祉活動から開かれたそうです。その熱意に押され、ラザロにラエルチを演じてもらうことにしましたが、その際にはラザロの個性をキャラにもたらして欲しい、ただ演じるのではなく存在して欲しいとお願いしました。私はかなり細かい脚本をつくるタイプですが、現場ではオープンなタイプで、ラザロにも脚本は持たずにアドリブで演じても良いとも言いました。

実は、制作費が集まらず、撮影が1年伸びてしまい、その間子どもたちには演奏のレッスンを受けてもらったのですが、ラザロにも1年間レッスンを受けてもらっています。ラザロは大スターですが、現場での子どもたちとの関係性は同等でした。子どもたちは、かつてのラザロであり、ラザロは子どもたちがいつかなりたい夢の人物、というリアルな関係性が素晴らしかったんです。撮影が始まったばかりの頃の、微笑ましいエピソードがあります。子どもたちが撮影を終えて、ラザロだけのシーンの撮影に入る前に、彼らがラザロを部屋の隅に呼んで、「失敗しちゃだめですよ。」と言っていたんです。ラザロと彼らの間には、最初からとても強い絆を感じました。

ブラジルの社会問題を忠実に、問題を提起しながら、解決しようと動いている人々を描いた

──監督がお気に入りのシーンはありますか?

やはり楽しそうに演奏するシーンですね。ひとつは、サムエルのバイオリンと生徒VRの楽器(ブラジルのウクレレのようなもの)が競演するところ、もうひとつはサークルで、ジョイントするところです。このサークルのシーンについては、バカレリ協会で実際に目にした練習を取り入れたんですが、実際のエリオポリス交響楽団のメンバーたちもとても楽しそうに演奏していました。

映画『ストリート・オーケストラ』より ©gullane
映画『ストリート・オーケストラ』より、生徒VR役のエウジオ・ヴィエイラ(右)、サムエル役のカイケ・ジェズース(左) ©gullane

──ラエルチや生徒など、映画の登場人物にモデルはいるのでしょうか?

まず、ラエルチは、バカレリ協会を設立したシルヴィオ・バカレリがモデルです。本人やバカレリ協会の他の教師にインタビューをしてラエルチというキャラクターを作り上げました。アントニオ・エルミリオ・デ・モラエスが書いたエリオポリス交響楽団についての演劇「Acorda Brasil」にもインスパイアされています。この演劇の主人公も、シウヴィオ・バカレリをモデルにした先生です。

生徒たちも、実在の人物のエピソードをベースとしていますが、それぞれ一人の人物をモデルにした訳ではありません。脚本を書いているとき、エリオポリス交響楽団の一期生だった、グラズィエラという女性に出会いました。彼女は、暴力的なコミュニティの中で、音楽をすることがいかに大変だったか、色々な話をしてくれました。彼女の兄はVRのように偽のクレジットカードを使っていたこともあり、元夫はドラッグディーラーで、父も犯罪者だったそうです。また、役を演じる役者たちの個人的な人生も物語に反映させ、実体験に基づいている部分もかなりあります。例えばサムエルを演じたカイーケは役者になるために、サムエル同様、家族との間に抱えていた問題を乗り越えなくてはなりませんでした。一方で、サムエルというキャラクターは私自身の父の話も元になっています。音楽家を志していた父は、それに反対した祖父から家を追い出されたのです。余談ですが、劇中の生徒たちの中には、実際のエリオポリス交響楽団のメンバーも10名いるんですよ。

──映画では、前向きなメッセージを伝えると同時に、厳しい現実をありのままの姿で描いていますね。

劇中のほとんどのエピソードは、新聞記事になった、実際にあった話からヒントを得て描いています。役者にも、実際の体験を登場人物に少し重ねるよう促しました。 結果、撮影に生気を吹き込むことができましたが、リアル過ぎて役者が精神的に回復するのを待つ場面もありました。例えば、暴動のシーンは、2009年8月31日に、実際にエリオポリスで起こった事件を元にしています。映画の中では実際の映像を一部使ったりもしていて、できるだけ本当の暴動に忠実に描こうと試みました。このシーンは映画のために脚色されていて、制服を着ているのは警官ではなく俳優だと誰もが分かっていながらも、撮影中、警官を傷つけようとする住民の人もいました。この事件はいまだに大きなトラウマとなっているのです。このメイキング動画をYouTubeに公開しているのでぜひ観て欲しいです。

▼映画『ストリート・オーケストラ』メイキング映像『Quebra Quebra Real』

私は、この映画は、ブラジルの社会問題を忠実に、そしてその問題を提起しながら、解決しようと動いている人々を描いたつもりです。ここ12年のボサファミリアという政策に基づいた急激な経済成長は、目を見張るものがありました。スラム街の暮らしぶりもだいぶ良くなってきていて、電気や水道、インターネットなどの完備も進んできていて、昔ほど、市内との格差はなくなってきていると感じていました。更迭されたルセフ前大統領は確かに、素晴らしいとは言えないかもしれませんが、テメル大統領代行よりは誠意があったと思っています。あの更迭は暴力のないクーデターでした。これからのブラジルがどうなっていくのか、注視していくつもりです。

(オフィシャル・インタビューより)



セルジオ・マシャード(Sergio Machado) プロフィール

68年、ブラジル、バイーア州生まれ。ブラジルを代表する映画『セントラル・ステーション』(98)と『ビハインド・ザ・サン』(02)で、助監督を務める。その後、『Onde a Terra Acaba』(02)で監督を務め、リオ、ハバナと、ビアリッツ映画祭で最優秀ドキュメンタリーに選ばれた。初の長編フィクション、『Lower City』(05)では、カンヌ国際映画祭の「Award of the Youth」を含め18もの賞を受賞するなど世界でその実力が認められている。08年にはHBOのシリーズ物語「Alice」の監督を務めるなど映画のみならず、テレビ界でもその名を知られている。15年には、本作だけでなく、ドキュメンタリー『Aqui Deste Lugar』を完成させるなど、今後が最も期待される監督。




映画『ストリート・オーケストラ』ポスター

映画『ストリート・オーケストラ』
8月13日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国順次ロードショー

憧れのサンパウロ交響楽団のオーディションに落ちたヴァイオリニストのラエルチは、失意のなか生活のためにスラム街の学校で音楽教師を始めるが、5分たりとも静かにできない子供たちに愕然とする。ある時、ギャングに襲われたラエルチは、見事な演奏で逆襲する。感動したギャングが銃をおろしたと聞いた子供たちは、暴力以外に人を変える力があることを知る。やがて子供たちは音楽の与えてくれる喜びに気付き、ラエルチもまた情熱を取り戻す。そんな矢先、校長から次の演奏会で最高の演奏ができなければ、学校の存続は難しいと告げられる。一世一代のステージにしようと張り切るラエルチと子供たちに、思わぬ事件が待ち受けていた──。

監督・脚本:セルジオ・マシャード
出演:ラザロ・ハーモス、カイケ・ジェズース、サンドラ・コルベローニ
特別出演:サンパウロ交響楽団、エリオポリス交響楽団
原題:Tudo Que Aprendemos Juntos
2015年/ブラジル映画/103分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
字幕翻訳:蓮見玲子

公式サイト:http://gaga.ne.jp/street/


▼映画『ストリート・オーケストラ』予告編

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