骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-08-01 22:25


2つの国、2人の男についての彼女の選択とは!?アカデミーノミネート作『ブルックリン』

監督インタビュー「頭とは違って、心では同時に2人を愛することができる...」
2つの国、2人の男についての彼女の選択とは!?アカデミーノミネート作『ブルックリン』
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

1950年代を舞台に、アイルランドの田舎町からニューヨークへと移住した女性の生涯を描く映画『ブルックリン』が現在公開中。

第88回アカデミー賞で作品賞、主演女優賞、脚色賞にノミネートされたこの作は、1950年代のデパートが主人公の仕事場ということもあり、昨年のアカデミー賞ノミネート作『キャロル』を観た方が、本作のファンになった方も多いのではないでしょうか。2作品ともラブ・ロマンスが作品の芯を貫きますが、そこに本人の意思ではどうすることもできない、その時代の社会性が物語のもう一つの大きなテーマになっています。キャロルでは50年代アメリカの同性愛差別、そし本作では、アイルランド移民です。

「現代は、世界中の多くの人が、母国ではないところに住んでいる」と述べるクローリー監督は、次のようにインタビューで答えています。

「自分の国を離れることは1950年代と同じように今でも関連性がある。これは母国を出た人の話だ。国を離れて別の国に住むことにした場合、その人はもはや母国に所属していないが、だからといって、住むことにした別の国にも所属していない。つまり、第3の国の一員になる。流浪者の国の一員だ」

英語が母語のアイルランドからの移民でさえ映画のように苦労しているのなら、母語でない国からまして文化宗教の違う国からの移民がいかに大変なことなのか、世界が難民問題を抱えている現在、思いを馳せざるを得ません。共和党の大統領候補ドナルド・トランプが移民枠の制限を政策として唱えていますが、アメリカは主人公のエイリシュのような移民で成り立ってきた国というのが映画を見るとよくわかります。

タイトルはブルックリンですが、映画の半分はエイリシュの故郷アイルランドのエニスコーシーが舞台です。「これは愛が複雑なものということを語るストーリーだよ。それに、人の心は必ずしも1人の人だけに忠実とは限らないということ。頭とは違って、心では同時に2人を愛していると考えることができるのかもしれない。彼女は感情的に大きく揺さぶられるが、生きるための唯一の道は先へ進むことだ」とクローリー監督が語るように、二都に現れる2人の青年の間で揺れるエイリシュの心模様もこの映画の見どころの一つです。

以下、webDICEでは、ジョン・クローリー監督のインタビューを掲載します。8月6日(土)より渋谷アップリンクでも公開されるので是非ご覧ください。

(文:浅井隆)


世界中の多くの人が母国ではないところに住んでいる現代の物語

──故郷アイルランドに自分の居場所がなかったエイリシュが新天地ブルックリンで開花する。1人の少女の成長物語であると同時に、生きる場所を変えることによって可能性をひらく物語として、描かれていると思いました。当時のアメリカの歴史的な背景を盛り込むにあたり、どんなことを意識されたのですか。

本作は20世紀のヨーロッパ系アメリカ人たちの物語を、非常に小規模に描いた物語だ。大げさにではなく、50年代にアメリカに移民した1人の若い女性の目線で描いている。しかしその裏には、今まで映画では見たことのないような大きな規模の物語が含まれている。

『ゴッドファーザー PART II』がニューヨークのエリス島とその他の移民を描いて壮大なバージョンだとしたら、『ブルックリン』は小切手のようなものだ。時代背景を決め込んだ後はそこまで気にしなかった。歴史のレッスンのようにはしたくなかったんだ。1人の少女の物語にしたかった。

映画『ブルックリン』ジョン・クローリー監督 Photo by Kerry Brown. © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved
映画『ブルックリン』ジョン・クローリー監督 Photo by Kerry Brown. © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

──コルム・トビーンの小説を台本になるよりずっと前に読んでいたそうですね。監督するにあたって、小説で描かれる時代と場所、移民の経験をどのように描こうとしましたか。

『ブルックリン』は、良く知っている要素があるにもかかわらず、まだ語られたことのない物語の一面のような気がした。誰でも、ヨーロッパ移民の初期の波については知っているが、1950年代以降にアイルランドからアメリカに移住した人たちの話は、当時の話の中でも一番取りざたされていない部分だ。コルムの書き方はメロドラマとは対照的だが、すばらしい感情があふれている。彼女にドラマティックなことが起きる訳ではなく、見かけ上はシンプルな本だが、2つの国、2人の男についてのエイリシュの選択はこれ以上ないほどドラマティックだと思う。

自分の国を離れることは1950年代と同じように今でも関連性がある。これは母国を出た人の話だ。国を離れて別の国に住むことにした場合、その人はもはや母国に所属していないが、だからといって、住むことにした別の国にも所属していない。つまり、第3の国の一員になる。流浪者の国の一員だ。現代は、世界中の多くの人が、母国ではないところに住んでいる。コルムが書き、ニックが脚本により完成させた映画『ブルックリン』は、そういう経験に沿ったものだ。

原作にあるように、そっと忍び寄るストーリーのパワーを生かしたいと思った。それにユーモアとスケール感も出したいと思った。これは仰々しい話ではないが、1950年代に生きた1人のアイルランド人の少女の話は、20世紀のアメリカにいる大勢のヨーロッパ人たちの話も内に含んでいると思うからだ。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

脚本のニック・ホーンビィは小説を完璧に理解していた

──ニック・ホーンビィの脚本については満足していますか?

彼は小説から必要な要素をすべて拾い上げ、何が物語を行き詰らせ、何を取り除くべきかを完璧に理解していた。それと同じように、彼の書いたセリフは難なくアイルランドの発音に馴染んだ。わざとアイルランド特有の言葉遣いにしようとしていないのにもかかわらずだ。非常にシンプルな言葉が、見事にうまくいったと思う。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

──トニーの元へたどり着くラストシーンのシアーシャの眼差しがとても印象的ですが、原作はアメリカへ戻る途中で終わり、あのシーンは描かれていません。とても映画的で素晴らしいシーンですが、どのような経緯であのシーンを入れられたのですか?ニック・ホーンビィと結末の描き方についてどのような話し合いをされたのでしょうか?

原作の小説との違いについては、小説の場合、読後に浸って考え続けることができる。でも映画は感情的にどう反応するかが必要だ。ラストシーンはニックの仕上げた脚本の段階ですでに入っていた。原作のようにアンビバレントで終わるのは映画の場合は適さないんだ。選択を見せることで彼女を裁くような描き方はしていないよ。あのシーン撮影はシアーシャにとっても、この作品のクランクアップの日でラストカットだった。彼女はプロだからきちんとコントロールをして演じていたけど、撮影をしていて、彼女の痛みも込められているように感じていたよ。その他、ケリーの店のシーンはこの作品の中でいちばん変更をしたと思う。

──エイリシュの選択について、監督の意見を聞かせてください。

『ブルックリン』は、現代の愛に対する考えも表している。これは愛が複雑なものということを語るストーリーだよ。それに、人の心は必ずしも1人の人だけに忠実とは限らないということ。頭とは違って、心では同時に2人を愛していると考えることができるのかもしれない。エイリシュが2人の男の一方を選ぶことは、どんな生活を送りたいかを選ぶことでもある。でも、彼女はその事実を受け入れられず、自分の体の一部を麻痺させなければならないほどだ。彼女は感情的に大きく揺さぶられるが、生きるための唯一の道は先へ進むことだ。この話で描かれている愛は、どっちの方向に進むかによって、破壊的にも解放的にもなる強い力を持っている。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

──主演のシアーシャ・ローナンは現場ではいかがでしたか。

シアーシャは感情を表現できる大きな役を待っていたんだと思う。言ってみれば、エイリシュは彼女のための役だった。必ずしもアイルランド人役である必要はなかったが、初めての主演映画で自分の訛りでしゃべれることは大きな助けになったと思う。それに彼女に脚本を送って初めて会った時、彼女はちょうど生まれ育った街から出ようとしていた最中だった。ロンドンに引っ越しをしたんだ。まだ撮影が始まる前、初対面から4ヵ月後に彼女に会った。その間にも彼女の人生には多くのことが起こっていたんだと思う。これから演じる物語がどんどん自分の人生と重なっていくことに、彼女はとても驚いていた。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より、シアーシャ・ローナン ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

さまざまな魅力と、ひどく率直な面を見せる彼女の演技力に驚かされた。この役は、シアーシャが待ち望んでいた役のようだ。運がよければ、生涯に一度だけ、役者と役が交わるチャンスに出会える。シアーシャがセットで言った台詞はすべて、現実に言いそうな言葉だった。彼女は役になりきっていて、深い感情的なかかわりを見せたから驚くばかりだった。この役は完全に彼女のものだ。

──トニー・フィオレロを演じたエモリー・コーエンについては?

探求的なアプローチに加えて、コーエンは自然な魅力を発揮する直観を持っている。エモリーが初めて本読みをした時点ですぐ、彼だと思った。彼にはカリスマ性や男らしさだけでなく、傷つきやすさや現実味があった。エモリーもシアーシャも自分の役にすっかりなりきっていたから、相性の良さは明らかだった。

映画『ブルックリン』よりモリー・コーエン(左)とシアーシャ・ローナン(右) ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より、エモリー・コーエン(左)とシアーシャ・ローナン(右) ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

──ジム・ファレル役のドーナル・グリーソンは?

グリーソンの演じたキャラクターは、ストーリーにほろ苦さをもたらした。ドーナルは知性にあふれた人だ。彼はどんな役でも深く考えるが、ジム役では強烈な個性と成熟ぶりを見せ、トニー役のエモリーと見事に対照的だった。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より、ドーナル・グリーソン(左)とシアーシャ・ローナン(右) ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

本作ではジムとトニーが、それぞれ別々に物語の大きな部分を占めていることが重要だった。エイリシュはどちらと一緒にいても自分らしくいられて、2人とも完璧に彼女にふさわしいと感じるが、まったく正反対のタイプの男性なんだ。本作ではそれがうまくいって、とても満足している。

これは、20歳から25歳くらいに誰もが通る道だ

──女優ジュリー・ウォーターズを迎えた本作のスピンオフドラマが制作されるとのことですが、監督自身このプロジェクトに携わられていますか?どのようなストーリーになるのでしょうか。

脚本はまだなく、方向性もまだ見えていない初期の段階だよ。あまりよく知らない。どうなるかはよく分からないけどこの物語が別のプロジェクトとして、より多くの人に届けられることにはとても感謝しているんだ。

──原作者のコルム・トビーンがカメオ出演していますが、どんな経緯で出演することになったのですか。

モントリオールでの撮影中にコルムが見学に来てくれた。彼自らが「移民の1人として出ていたら面白いんじゃないか」と出演したいと言い出したんだよ(笑)。本当は「やっぱりこのカットは使っていないじゃないか!」とわざと僕に怒りたかったらしいんだけど、劇中で使用したから、結果的にはヒッチコック的なカメオ出演になっていたね。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

──日本のマスコミでは、一部で小津安二郎作品の原節子のようだと評する人もいます。監督自身何か意識されたところはありますか?

何年も前にTPT(シアター・プロジェクト・トウキョウ)の仕事で日本に行ったことがある(※1997年「マッチ売りの少女」演出を手掛ける)。その時に鎌倉まで墓参りに行くほど小津は大好きだ。間の描き方、人間性を描く力が素晴らしい。センチメンタルにならずにシンパシーを感じる描き方をしているところが好きだよ。

──今後の監督作やプロジェクトについて教えてください。どんな作品に挑戦してみたいですか。

今年12月、クリスマス前にケイト・ブランシェットのブロードウェイデビュー作となる、チェーホフの“The Present”の脚色を手掛けている。映画はサイズもまちまちだけど、僕が最も大切にしているのは、感情面のリアクションを引き出すものかどうかということ。1つ物語はすごく小さいけどぜひやりたいと思った作品があるよ。

映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

──若い観客にとって、今作の魅力はどこにあると思いますか?

本作は成長の物語でもあり、故郷を離れて恋に落ち、初めて愛の複雑さを経験する物語でもある。これは、20歳から25歳くらいに誰もが通る道だ。

(オフィシャル・インタビューより)



ジョン・クローリー(John Crowley) プロフィール

1969年、アイルランド生まれ。舞台監督として活躍後、長編映画の初監督作『ダブリン上等!』(03)で高評価を受ける。社会派作品『BOY A』(07)で、2008年ベルリン国際映画祭の審査員賞を受賞。その他の監督作に“I s A n y b o d y T h e r e?(2009)、『クローズド・サーキット』(2013・未)やT Vシリーズではヴィンス・ヴォーン、コリン・ファレル主演作“TRUE DETECTIV/ロサンゼルス”のシーズン2のファイナルとエピソード5がある。現在は、ケイト・ブランシェットのブロードウェーデビュー作となる、チェーホフの“THE PRESENT”の脚色を手がけている。




映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
映画『ブルックリン』より ©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

映画『ブルックリン』
TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開中
渋谷アップリンクにて8月6日(土)より上映

夢と仕事を求めてアメリカに移り住む人は、第2次大戦後も後を絶たない。その入り口でもあるニューヨーク、1950年代のブルックリンにアイルランドからやってきたエイリシュは高級デパートで働き始めるが、新生活にとまどい、故郷からの手紙を読み返しては涙を流してホームシックに。やがて大学で学び、新しい恋と出会うと笑顔を取り戻し、驚くほど洗練された女性に変わっていくのだが ――ある日、突然の悲報でアイルランドに戻った彼女を家族や友だちの優しさと、運命的な再会が待ちうけていた――。

監督:ジョン・クローリー
脚本:ニック・ホーンビィ
原作:コルム・トビーン
出演:シアーシャ・ローナン、ドーナル・グリーソン、エモリー・コーエン、ジム・ブロードベント、ジュリー・ウォルターズ
撮影:イヴ・ベランジェ
編集:ジェイク・ロバーツ
配給:20世紀フォックス映画
2015年/アイルランド=イギリス=カナダ/112分
©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/brooklyn-movie/


▼映画『ブルックリン』予告編

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