工事中の「シネマ・チュプキ・タバタ」館内にて、シティ・ライツの代表・平塚千穂子さん
バリアフリーの映画鑑賞を推進する団体シティ・ライツが月に4日間だけ上映を認められて運営していた「アートスペース・チュプキ(ART Space Chupki)」が、上中里から東田端に移転し、晴れて常設の映画館「シネマ・チュプキ・タバタ(CINEMA Chupki TABATA)」として9月1日にオープンする。これにあたり現在、クラウドファンディング・サイトMotionGalleryにて支援プロジェクトを実施している。webDICEでは、支配人の佐藤浩章さんによるメッセージに続き、シティ・ライツの代表・平塚千穂子さんからのメッセージを掲載する。
「アートスペース・チュプキ」は視覚に障がいのある方でも、FMラジオで“音声ガイド”や“字幕朗読”を使って楽しめるバリアフリー上映を2014年11月から2016年2月まで月に4日間だけ営業してきた。座席数17席(車いすスペース含む)、補助席を入れると25席の「シネマ・チュプキ・タバタ」では、聴覚に障害のある方のための日本語字幕付きの上映や、定期的に手話活弁をつけた上映なども行い、すべての人に使いやすく心地よい常設の映画館を目指す。
今回のクラウドファンディング・プロジェクトは、2016年8月31日までの期間で、600万円を目標に資金を募る。集まった資金は、オープンのための内装工事や設備の設営に使用される。詳しくは支援プロジェクトページまで。
工事中の「シネマ・チュプキ・タバタ」、田端駅から7分ほどの小さな商店街の一角に新築のビル、1階を映画館に、2階を音声ガイドのスタジオとして賃貸
平塚さんが1期に参加した「未来の映画館を作るワークショップ」2期参加者と、工事中の「シネマ・チュプキ・タバタ」にて
シティ・ライツ代表・平塚千穂子さんからのメッセージ
「映画館という特別な空間はいつでも生活の傍らにあって、駆け込める居場所」
■映画館が救ってくれた
「いつか映画館を持ちたい」という夢は、1999年 早稲田松竹でアルバイトをはじめた頃から思っていた夢でした。振り返れば、すべて自分の責任ですが、骨を埋める覚悟で働いていた職場でのトラブルと突然の解雇、その後、電撃結婚と離婚を1年に満たない間に経験し、道を見失った時、どこにも居場所がなくなってしまったわたしを、唯一むかえいれてくれたのが映画館でした。気持ちを切り替えて仕事を探す気力もなく、時間があればぐるぐると自責の念に捕われて、鬱々と考えごとをしてしまう。そんな時に、映画に入り込めることは、わたしにとってとても救いでした。スクリーンに映し出される様々な人間模様を眺めて、笑ったり、泣いたり、怒ったり、ゆるしたりしているうちに心が軽くなっていきました。「人に映画をみせる仕事をしたい」と思い始めたのは、この時からです。すると、ちょうど早稲田松竹でアルバイト募集の張り紙をみつけ、採用が決まりました。
工事中の「シネマ・チュプキ・タバタ」にて、平塚千穂子さん
映画館での仕事は楽しくて、ますます映画の世界に惹き込まれました。そして、映画を通じた新しい縁を作っていきたいとも思い、バイトでためたお金でパソコンを購入し、ネットの世界にも飛び出しました。そして出会ったのが、当時、自主映画監督をしていた池田剛さん(地球交響曲第八番・助監督等)が主宰していた「クレイジーランニング」という異業種交流会でした。映画『クール・ランニング』をもじったネーミングからも察しがつくと思いますが、この交流会では、アップル社のCM「Think Different.」のスティーブ・ジョブスの言葉を信望し、夢を持った仲間が集まり、それぞれが本気でクレイジーなことをしていこうとしていました。その流れから派生してできた一つの企画が、チャップリンの『街の灯』を目の見えない人たちに伝えるバリアフリー上映会だったのです。
■目が見えなくても、映画が観たい!
しかし、そもそも目の見えない人が、映画を観たいのだろうか?どうやって観られるだろう?と、壁にぶち当たりました。しかし、『街の灯』のエンディングの、あの感動をどうにかして伝えたいと、色々なリサーチを始め、実際に視覚障碍者の方々に会いにいくことにしました。
中でも衝撃的だったのは、トークパフォーマンスグループ「こうばこの会」との出会いでした。「こうばこの会」は、視覚障碍者自らが脚本を書き、演出も行い、舞台に立ってお芝居をするという劇団でした。その劇団の視覚障碍者の方々が「映画はあきらめていたけど、本当は観たい。」「状況説明の副音声がついていれば、映画だって想像して楽しめるのに…」そんな、意見をくれました。さらに、映画を観ることをあきらめきれず、行動をおこしていた視覚障碍者の女性にも出会いました。その方は、学生の頃から映画が大好きで、目が見えなくなってしまってからもなんとか映画を楽しめないか?と、映画館や配給会社にかけあったけれど門前払い。最後には、飛行機の中で観られる映画だけでもと思い、航空会社にも相談を持ちかけたがダメだった……と話してくれました。「目が見えないというだけで、映画との出会いが遮断されてしまう…」普段、当たり前に映画を楽しんでいた自分の事を思うと、とてもいたたまれない気持ちになりました。わたしは、なんとかならないのだろうか?と思い、国内事情と海外事情を調べはじめました。すると、アメリカでは100館以上の映画館に、視覚障碍者が場面解説(音声ガイド)を聴くためのヘッドフォン設備があり、公開と同時に最新映画を鑑賞しているという事実を知りました。それなのに、日本ではそのような映画館は全くなかったのです。そこで私は思いました。「無いなら自分たちで創るしかない!」と。そして、シティ・ライツ設立に踏み切ったのです。今から15年前のことでした。
音声ガイド研究会
■映画の音声ガイドとは
見せることに重きをおいて作られている映画を、目の見えない人に、言葉で説明するというのは、そう生半可なことではありませんでした。最初は、視覚障碍者に映画の場面情報を伝えるための、「音声ガイド」の研究から始めました。「音声ガイド」とは、セリフの合間や場面転換の隙間に、視覚的な情報を補うナレーションのことで、時や場所、人物の服装や動き、表情、情景描写などを言葉で伝えます。
といっても、イメージがつきにくいかもしれませんので、一つ例をあげます。「風と共に去りぬ」前編の有名なラストシーン。「音声ガイド」が入るとこうなります。
音声ガイド:地面に崩れ伏し、すすり泣いていたスカーレット、
両手をついてゆっくりと体を起こすと、決然と立ち上がる。
天を仰ぎ、右腕を高く突き上げる。
スカーレット: 神よ ごらんください。私は負けません!…
「目の見えない人が、映画を観たいと思うわけがない。楽しめるわけがない。」そう思っている人もいらっしゃるかもしれません。私もはじめはそうでした。でもこのような「音声ガイド」を、映画のセリフや音、音楽と連動しながら聴くことができたら、映像が見えなくても、想像しながら楽しむことができる。それってとても自由だと思いませんか?もちろん、音声ガイドで映像を100%、その通りに伝えることはできません。そもそも、目が見えている人だって、100% 見えているとは言えません。だから、見えないからといって、0%にすることはないと思います。
「人生は意味じゃない、願望だ」と、チャップリンは言いました。シティ・ライツという団体名は、チャップリンの映画『街の灯』の原題「City Lights」からとっています。「映画を観たい」という気持ち、「一緒に観たい」という気持ちが、音声ガイドを作る原動力であり、ユニバーサルな映画館をつくる原動力にもなっています。
音声ガイドボランティア
「大切なものは目に見えない」
視覚的機能だけで見えるか見えないかを問うよりも、その願いが見せる「想像」の力を信じたいと思うからです。
■映画のバリアフリー化
シティ・ライツでは、まず定期的に、音声ガイドの研究会を開いて、見えるものを言葉でわかりやすく伝え、映画の面白さを伝えるにはどうしたらよいかを、視覚障碍者と一緒に探ることからはじめました。そして、市民映画祭や上映会に、音声ガイド付きのバリアフリー上映を提案・協力したり、劇場公開中の映画を視覚障碍者と一緒に観に行く同行鑑賞会を企画したりするようになりました。当時はまだ映画会社が音声ガイドをつけて劇場公開する「バリアフリー映画」のたぐいは、全くと言っていいほどありませんでしたから、音声ガイド付きの映画鑑賞の機会は、自分達の手で自主的に作るしかなかったのです。
中でも、同行鑑賞会は、ボランティアが視覚障碍者の友人と、劇場公開中の最新映画を一緒に楽しむためにはどうしたらよいか?と、試行錯誤をくりかえし、やっとたどり着いた苦肉の策でした。最初は映画館の客席で、周りのお客様への迷惑を気遣いながら、晴眼者(目の見える人)が視覚障碍者の隣に座って耳元でコソコソガイドをする方法(『ニュー・シネマ・パラダイス』でも、目の見えなくなったアルフレードがトトにコソコソガイドしてもらいながら映画を観るシーンがありましたよね)からはじめました。しかし、すぐに人数が増えてしまったので、周りのお客様にご迷惑とならないように、MDにガイドの声を吹き込んで、イヤホンをタコ足配線して聴いてもらったり、ガイドの声が漏れないように防塵マスクやゴム製の筒を口にあてて話してもらったり、いろいろな試行錯誤をした末、歌舞伎のイヤホンガイドのようにラジオのイヤホンで音声ガイドを聴くスタイルを確立しました。
シティ・ライツのメンバー
ガイドをする人を、映画館の映写室に入れてもらい、ガイドの話す声を、FMの微弱電波で客席に飛ばして、ラジオのイヤホンで聴いていただく方法です。これで、周りのお客様にご迷惑とならずに、自然と共存できるようになりました。しかし、音声ガイドは、あくまでも観客の1人にすぎない私たちボランティアが行うものでしたから、映像資料が手に入らない場合が多く、劇場公開中の最新映画の鑑賞会を行う場合は、ガイドをする人が、劇場へ何度も足を運び、頭に映像を叩き込む。そして、鑑賞会当日はライブ実況でガイドをするという方法です。ライブガイドは見た映像を瞬時に言葉に変換し、間やリズムをはかりながら、うまく表現しなければならないので、かなりのスキルが要求されました。ですから、誰でも簡単にできるというものではないので、全国各地に広く平等に音声ガイドを普及させ、映画鑑賞機会を広げようとしても限界があありました。
音声ガイドで使用するラジオ
これらの問題を改善すべく、2006年3月に設立したのが、NPO法人シネマ・アクセス・パートナーズ(以下、CAP)です。CAPの課題は、映画の製作・配給サイドに、字幕や吹替版を作るのと同じように、公式の音声ガイドを製作していただき、作品と一緒に提供していただくことでした。そうすれば、試写会、劇場、DVD、テレビ、はたまた劇場以外のホール上映へと、あらゆる媒体で音声ガイド付きの映画を鑑賞することができるようになります。
そのためにも、映画の著作者をはじめとする映画業界の方々、そして一般の方々に、もっと音声ガイドを理解していただき、認知していただく必要がありました。また、作品に適した言葉で、誤りのない音声ガイドを提供するためにも、一定の経験とスキルを持った人材を育成する。そして、映画製作側のスタッフにも、監修チェックのご協力をいただくなど、今までのボランティア活動とは違った形の制作体制をつくることを目指しました。近年では、CAPの他にも、メディア・アクセス・サポート・センター、Palabra株式会社といったNPO法人や企業が、映像のバリアフリー化を進めており、日本映像翻訳アカデミーのような音声ガイド制作者(ディスクライバー)の養成講座を開講している学校もあるほど普及が進みました。最近では、是枝裕和監督の最近作『海よりもまだ深く』にも公式の音声ガイドが付き、劇場公開時からバリアフリー上映が行われています。
2012年開催の第5回City Lights映画祭にて行われた是枝裕和監督のトークショーより
しかし、まだ本数が少ないのが現状です。日本で劇場公開される映画は年間800本と言われていますが、そのうち、わずか年間10本~20本程度しかバリアフリー化されていないわけですから、これではまだまだ数が少な過ぎます。ですから、今はまだ、点字図書館が制作し貸出しているシネマ・デイジーという耳で聴く映画コンテンツや、ボランティアが自主的に行うライブ音声ガイドも、必要なのだと思います。CAPの設立後、シティ・ライツでもずっと同行鑑賞会や上映会等の活動を続けていますが、映画にハマってしまった視覚障碍者の方々からは「もっとたくさんの色々な映画が観たい。」という願いを感じます。映画を楽しむ視覚障碍者人口は、間違いなく増えていますし、「音声ガイド」が晴眼者にも、「全く邪魔だと感じない。むしろ映画の理解に役立って便利。」と評価されていることも音声ガイドの可能性を広げる1つの突破口になるかもしれません。
2010年開催の第3回 City Lights 映画祭にて、山田洋次監督
わたし自身の体験からも、映画館という音と光の波動に包まれる特別な空間は、いつでも生活の傍らにあって、人生につまずいた時、人間関係や生き方に悩んだ時、現実に疲れてしまった時や、誰かと一緒に夢を観たい時、いつでも駆け込める居場所であってほしい。それは、視覚障碍者に限らず、誰にとっても同じことだと思います。15年間、映画からもっとも遠くにいたと思われていた視覚障碍者の人達と、映画のバリアフリー環境をつくる活動を共に歩んできましたが、聴覚障碍者や車いす利用者、その他の映画館へ行くことに、なんらかの障碍を感じてしまう方々には、どのような環境であれば安心なのか?どんなツールがあればよいか?これから一人一人と出会って学んでいくことですが、どんな人にも当たり前に「映画館で映画を観る」という選択肢があるような、そんな日常に近づけていきたいと思っています。また、映画館が映画を観るだけにとどまらず、お客様が織りなす、出会い、気づき、学び、成長の可能性を広げた面白いコミュニティ空間としても、進化させていきたいと思っています。その夢を実現するのが、ユニバーサルシアター・CINEMA Chupki TABATAです。是非、ご支援よろしくお願いいたします。
PS:映画館のオープンが9月1日(木)に決まりました。
2016年8月27日(土)13時から18時まで、北とぴあ つつじホールにて、プレ・オープニングイベントを行います。上映作品は『かみさまとのやくそく』と、チャップリンの『街の灯』のユニバーサル上映。荻久保監督や矢野デイビットさんのトークショーもあります。8月20日までに、募金にご協力いただいた方には、もれなく招待状をお送りします。詳しくはこちらをご覧ください。
「シネマ・チュプキ・タバタ」MotionGalleryプロジェクトページ:
https://motion-gallery.net/projects/cinema_chupki_tabata
「シネマ・チュプキ・タバタ」
東京都北区東田端2-8-4 マウントサイドTABATA 1F
公式サイト:http://chupki.petit.cc/
【チュプキ・プレオープンイベント】
2016年8月27日 13:00~18:00
会場:北とぴあ つつじホール
東京都 北区東京都北区王子1-11-1
https://www.facebook.com/events/1107837395948881/