骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-07-09 20:15


“音楽家が政治を動かした”ジェームス・ブラウンと公民権運動―大和田俊之氏が分析

JBドキュメンタリー決定版『ミスター・ダイナマイト』7/16~丸の内TOEIで上映
“音楽家が政治を動かした”ジェームス・ブラウンと公民権運動―大和田俊之氏が分析
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より、ニクソン大統領とジェームス・ブラウン

ミック・ジャガーのプロデュースによるJBドキュメンタリーの決定版『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』が現在全国ロードショー公開中。上映中の渋谷アップリンクにて6月29日(水)、慶應義塾大学教授でアメリカ文学/ポピュラー音楽研究で知られる大和田俊之氏を迎えてのトークショー付きイベントが行われた。

この日は「ジェームス・ブラウンはなぜニクソンを支持したのか?! ~JBと政治運動の“距離”~」をテーマに、作品の背景となる公民権運動を解説しながら、そこにJBがどう関わっていたか、そしてJBが与えた影響について語られた。

なお、この作品は東京・銀座の映画館、丸の内TOEIで7月16日(土)より上映が決定している。

ミックの一声で実現、
観たことのない映像満載の決定版ドキュメンタリー

『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』は、いまのところジェームス・ブラウンのドキュメンタリーとしては決定版と言っていいんじゃないかな。ミック・ジャガー(本作のプロデューサー)が一声かけると開かないドアがこんなに開くのか!こんなに観たことのない映像がたくさん出てくるのか、と思いました。

大和田俊之さん
渋谷アップリンクで開催された『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』トークイベントに登壇した大和田俊之氏

1968年のキング牧師暗殺後のボストン・ガーデンでのライブはJBファンの間では有名で、20年くらい前に西新宿のブートビデオショップでVHSを買ったんですが、ものすごく粗い映像で(笑)。途中、客席からオーディエンスがステージに上がってくるシーンもぼんやりとしか観ることができなかったんです。今回あらためて映画で観て、興奮しました。あそこで観客にではなく警官に「お前引っ込め」とダメ出しするって人間の器が違いますよね(笑)。

キング牧師は、公共交通機関の人種差別を撤廃させた非暴力不服従運動「フリーダム・ライド(自由のための乗車運動)」などの非暴力の抵抗により頭角を現していきます。重要なのはこうした運動には、白人の学生がシンパシーを示したことです。

僕はいつも授業で聞くのですが、アメリカ合衆国における黒人の割合はどのくらいかみなさんご存知ですか?ブラックミュージックを好きな人には驚きかもしれませんが、2010年の国政調査で12.6%、1960年の時点では10.5%、1950年は10.0%。つまり、黒人が全員立ち上がっても1割なんです。しかしそこに白人の大学生が運動に加わることで当時の公民権運動は盛り上がりを見せます。1963年のワシントン大行進があり、キング牧師が「I Have A Dream」という歴史的なスピーチのあと、1964年に公民権法が成立します。ここがひとつのクライマックスです。

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より、「タミー・ショー」でのミック・ジャガーとジェームス・ブラウン

JBは公民権運動の変化に巻き込まれざるをえなかった

映画でも紹介される1964年の音楽番組「タミー・ショー」の出演によって、白人のオーディエンスに認知されますが、このシーンは、映画のなかでいちばん興奮する場面のひとつですね。その時期までは、白人と黒人のインターレイシャル(異人種)な運動として盛り上がっていました。しかし、実はこの期間、ジェームス・ブラウンは公民権運動に何も関わっていません。

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より

1965年以降、公民権運動は運動の質を変えていきます。キング牧師の非暴力主義を捨てて、ブラックパンサー党のように武装蜂起も辞さない組織がたくさん出てきます。そうすると、なかなか白人はついていけなくなる。運動がより黒人中心主義的な性質を帯びていきます。

そんななかで、JBは公民権運動に巻き込まれざるをえなかった。1965年にマルコムXが、1968年にキング牧師が暗殺されます。1968年のキング牧師暗殺直後のライブがテレビ放映されたことで、ジェームス・ブラウンはさらにお茶の間に知られるようになった。激しい時代のなかで、名実共にアフリカ系アメリカン人のトップ・ミュージシャンのひとりとして、学校を辞めるな、という「Don't Be a Drop-Out」(1966年)、「この国には表現の自由がある」「俺は靴磨きだったけれど、大統領と握手するまでになった、アメリカは今でも最高の国だ」と歌う「America Is My Home」(1968年)といったように、運動に直接関係する曲をメッセージ的に出すようになります。

▼ジェームス・ブラウン「Don't Be a Drop-Out」

▼ジェームス・ブラウン「America Is My Home」

公民権運動の先鋭化、そしてJBの主張

音楽シーン全体で言うと、ロックンロールの誕生以降、1964年までの音楽シーンは、黒人も白人の音楽をよく聴いていたことが分かっています。白人も黒人音楽にどんどん触れるようになって、黒人のラジオDJも白人の音楽をたくさん流していました。黒人音楽のアイデンティティがそれほどなかった時代、とも言えます。ワシントン大行進では、ハリー・ベラフォンテを筆頭に、ボブ・ディランをはじめとするフォーク・ミュージックの人たちと、ハリウッド人脈が積極的に参加していましたが、ここにはJBは関わっていません。つまり「公民権運動のBGMは黒人音楽というよりは、フォークだった」というのが最近の研究の定説になっています。20世紀のアメリカの音楽史のなかでも、とりわけ黒人チャートに白人の曲が入っていた時代、公民権運動の前半は、黒人と白人が共闘していた運動だったのです。

その後、運動の先鋭化とともに、黒人コミュニティーはより黒人音楽しか聴かなくなってきます。そうした状況において、公民権運動の人種間の緊張感が急激に高まっている1968年に、ジェームス・ブラウンは、「アメリカは最高だ」と黒人たちに反発されかねない内容の「America Is My Home」をリリースし、その流れで、「Say It Loud I'm Black and I'm Proud」も発表します。この曲は、コーラスの子供の声を黒人ではなく、アジア人と白人の子供を使って録音した。この手法自体がJBのメッセージだと思います。映画のなかでもありますが、彼がコンク(縮毛をまっすぐに伸ばした白人のような髪型)からアフロヘアにします。

▼ジェームス・ブラウン「Say It Loud I'm Black and I'm Proud」

JBは決して黒人にシンパシーを感じていないわけではないですが、結局のところ、これらの曲のメッセージを読むと、彼のなかには先鋭化する公民権運動と別の考えがあったと言わざるをえません。それは簡単に言うと、「シビル・ライツ」ではなく「ヒューマン・ライツ」、黒人の権利だけでなく、全ての人の権利、人権が大事だということを主張しました。

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より

現在、白人警官による黒人への暴行をきっかけにした「ブラック・ライブス・マター(#blacklivesmatter)」(黒人の命には価値がある)という運動が盛り上がっています。JBの主張は、「ブラック・ライブス・マター」に対して保守的な人たちから「オール・ライブス・マター(#alllivesmatter)」、黒人だけじゃなく、全人類の命が大事なんだ、というスローガンが生まれたことを想起させます。

しかし、そもそも黒人の命が軽視されている状況が可視化されたうえで「ブラック・ライブス・マター」が起きているわけで、それに対して「オール・ライブス・マター」と声を上げることは、ステイトメントとしては間違っていないけれど、差別問題を矮小化しかねない、公民権運動への反動的な言葉だと、運動に関わっている側からは反発の声が上がっています。JBはその反動性を内面化していたところがあります。つまり、公民権運動に恩恵を受けて成功したと思いたくないのではないか。自分は極貧に生まれた境遇から、自分の力で成功した。だから、みんなもそうしろ、というメッセージを発信した。

現在のアメリカでも、公民権運動の成果として、アファーマティブ・アクションといって、一定の枠で黒人を入学させなくてはいけない、という積極的是正措置がとられている大学があります。それはアフリカ系アメリカ人コミュニティー全体の地位向上に貢献していますが、ひとりひとりの学生をみると「アファーマティブ・アクションのおかげで入れたんだろ」と揶揄されることもある。JBはそうしたことは耐えられなかったんだと思います。

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より

映画のなかでアル・シャープトンは「彼は政治的には確実に保守的だった」と語っていますが、黒人コミュニティーの教育と経済を通じて黒人社会をフォローしていく方針を打ち出したニクソン大統領を支持したということも、そうした理由だと思います。公民権運動につながるふたつの思想的な流れ、すなわち教育と起業により黒人の地位向上を目指し白人に支持されたブッカー.T.ワシントンと、公民権獲得と政治的平等を主張し白人には疎ましがられたW.E.B.デュボイスでいえば、ブッカー.T.ワシントンに近い。自分で稼ぐんだ、それくらい強くなれ、というJBと、彼のように突出した才能には恵まれない「普通」の人のために公民権運動が重要であるという意見の違いが、JBと公民権運動の距離感になっていることは否めないと思います。

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より

JBの可能性の中心は、
メッセージ・ソングとしてではなく
サウンドの変化のなかにこそある

最後に、ジェームス・ブラウンの政治的な可能性の中心は、やはり音とダンスにあるんじゃないかと思います。ファンクを生み出す際に、彼はそれまでアメリカのポピュラー音楽の主流である3連符(シャッフル)から16分音符へ実験をし始めます。「シャッフル」とはもともと黒人のすり足を真似たミンストレル・ショーで使われていた言葉ですが、「シャッフル」を捨てる、つまり白人が押し付けるステレオタイプから脱却してサウンドを先鋭化させる、というのはひとつの解釈として言えると思います。

▼ジェームス・ブラウン「Give It Up Or Turn It A Loose」

先ほど挙げたように歌詞のメッセージとしては時代の雰囲気にそぐわないもののようでありながら、「Give It Up Or Turn It A Loose」(1969年)のように、サウンドそのものはどんどん緊張感を高めていく。映画のなかで、ピーウィー・エリスの「『Cold Sweat』はマイルス・デイヴィスの『So What』に似ていると思った」という言葉に鳥肌がたちました。僕は以前書いた本のなかで、「ファンクとはR&Bのモード化だ」と書きました。モード・ジャズの発祥である曲「So What」でマイルスは機能和声に基づくコード進行を止めた。和音を変化させないで、いかにして音楽を前進させるかという実験としてモード・ジャズがあると考えると、JBは「Papa's Got A Brand New Bag」(1965年)の頃はまだブルース進行でしたが、その後「Cold Sweat」(1967年)においてコード進行を止めた。

▼ジェームス・ブラウン「Cold Sweat」

▼マイルス・デイヴィス「So What」

つまり、JBのキャリアとは、ワンコードでヒット曲を量産する、という壮大な実験なんだと思います。これによりヒップホップもテクノもハウスも生まれたのであって、これこそがJBの20世紀におけるもっとも重要な功績。本人は意識していないかもしれませんが、コード進行の否定が、西洋音楽的な価値観からの脱却を象徴していたとも解釈できます。JBの黒人ミュージシャンとしての可能性の中心は、メッセージ・ソングとしてではなく、サウンドの変化のなかにこそあると思っています。

(2016年6月29日、渋谷アップリンクにて)



大和田俊之 プロフィール

1970年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程修了。博士(文学)。慶應義塾大学法学部教授。『文化系のためのヒップホップ入門』(長谷川町蔵との共著、アルテスパブリッシング)、『村上春樹を音楽で読み解く』(共著、日本文芸社)、『ブルースに囚われて─アメリカのルーツ音楽を探る』(共著、信山社)など。『アメリカ音楽史─ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』で、2011年にサントリー学芸賞を受賞。




映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』より

映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』
角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次ロードショー公開中
7月16日(土)より丸の内TOEIにて上映

ミック・ジャガープロデュース!異例のジェームス・ブラウン・エステート全面協力、未公開映像満載の驚異のドキュメンタリー。母親に捨てられ、靴磨きや売春宿の客引きをした不遇な少年時代を経て、“ショービジネス界で最も働き者”として音楽シーンに君臨したジェームス・ブラウン。そんな彼の知られざる素顔と“ファンクの帝王”と呼ばれるに至った経緯、そして今のアーティストたちに与えた絶大な影響を、未公開映像と全盛期のライブ映像、バンド・メンバーなどの関係者、また彼に影響を受けたアーティストたちのインタビューで綴る、熱く、貴重な映像クロニクル。

脚本・監督:アレックス・ギブニー
プロデューサー:ミック・ジャガー
出演:ジェームス・ブラウン、ミック・ジャガー、アル・シャープトン、メイシオ・パーカー、メルビン・パーカー、クライド・スタブルフィールド、アルフレッド・“ピーウィー”・エリス、マーサ・ハイ、ダニー・レイ、ブーツィー・コリンズ、フレッド・ウェズリー、チャックD、アーミア・“ クエストラブ”・トンプソン
配給:アップリンク/2014年/アメリカ/115分/カラー/16:9/DCP
原題:MR. DYNAMITE:THE RISE OF JAMES BROWN
©2015 Mr. Dynamite L.L.C.


『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』公開記念
トークイベントVOL.5「1968年/2016年の“音楽と政治”~ジェームス・ブラウンと公民権運動~」
(トーク出演:ピーター・バラカン、高橋芳朗)

7月11日(月)18:45開場/19:00上映スタート 上映終了後トークイベントスタート
会場:渋谷アップリンク(東京都渋谷区宇田川町37-18)
料金:一律:1,800円
(※特別興行の為パスポート会員使用不可、サービスデー適応外、前売り券の使用不可)
http://www.uplink.co.jp/event/2016/44845

前売りチケット購入は下記より
http://peatix.com/event/180846/view


公式サイト


▼映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』予告編

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